命令
お待たせしました!
「あぁっ!」
「……」
敵の1人が斬りかかってくるが、誰1人見ることすらできない斬撃でその攻撃を受け止める。
「なっ!?」
「!」
驚き動きが止まった男は、すぐさまゼノの峰打ちによって気を失った。
先ほどから使っているこの術は、魔法と似通ったものだ。
魔力そのものを別のエネルギーへと変換させる魔法、魔術と違い、これは魔力という物質そのものに性質を持たせている。この術を使えるのは、教会でもそう多くない。
シグレ達——教会側の魔導師や騎士達は、少数精鋭でこの場所へ来ている。彼らを侮っているわけではないようだが、これで十分だと影から告げられていた。
現に反乱軍は少しずつ怪我や気絶で戦闘不能になったものが増えているのだが、シグレはむしろ腑に落ちなかった。
(手応えがない)
シグレ本人が反乱軍と正面衝突するのは、今回が初めてのことだ。いや、そもそもここまで戦いに発展したこと自体、アイレーン法国の歴史では初めてのことではないだろうかと思われる。
しかし、それにしても彼らの様子がおかしい。
こちらの大半は彼らを殺そうと殺傷性の高い魔法を放っているというのに、向こうの魔導師が使うのは、衝撃波や幻惑系の陽動、それ以外には防御が基本となっていた。
(手加減してる?)
なぜか、シグレはそう感じた。
なぜかは分からない。分からないのだが、味方の1人が軽傷を追ってから——いや、彼の顔が露わになってからというもの、相手の行動が防戦一方のものばかりになっているのは確かだ。
(どうして)
ならば、なぜ。なぜ、戦いをやめないのか。
敵も味方も、可能なら今すぐにでもやめたいのではないのか。人を傷つけることを拒んでいるのは、自分だけなのか。
再び斬撃で敵の動きを封じつつ、シグレは1人釈然としない気持ちのままでいた。
「止めたいのなら、止めろ」
気付けば自分の隣に立っていたゼノの姿を認めて、今彼が呟いた言葉の意味を知り、驚く。
先ほどあの金髪の少年を置いてきぼりにしてからというもの、ゼノはずっとこの調子だ。まるで、自分がしてきたことを悔いているかのようで、シグレにはよく分からなかった。
「お前がそれを選ぶのなら、俺もそうしよう」
「……ありがとう」
そっとお礼を言ってから、シグレはそっと前へと歩き出す。
ゼノはその後ろ姿を覚悟を決めたように見つめながら、護衛としての役割を果たしていた。
ある程度戦場の中心に近寄ったところで、シグレは目を閉じて集中し、周囲の魔力を纏い始める。足下には黒く光る魔法陣が浮かび、魔力は少しずつ黒いオーラへと変貌した。
「!?」
「なんだよ、これ」
そのあまりの異質さに、反乱者達は怯みその動きを止めていった。いや、敵だけではない。
「アーカイヴ!?」
少し年上の女性魔導師が、シグレの行動に目を見張る。だが、それも当然のことだった。味方であるはずの彼女が、敵味方を省みない殺戮の魔法を詠唱しているのだから。
「何をする気だ!?っ!?」
「……」
「ゼノ、やめさせろ!」
護衛騎士は、彼女に仇なすものは全て排除するという勢いで、殺気を放つ。
味方であるはずの魔導師達の様子に、反乱者達も怯え始めていた。
これから何が起こるのか。具体的に分からずとも、本来使うべきではない魔法を使うつもりなのだということは彼らにも分かった。
シグレは、ゆっくりと瞼を開けて、皆に告げた。
「剣を、納めて」
しかし、彼らは動かないままシグレのことを見つめるだけだ。
「杖を下ろして」
けれども、諦めるわけにはいかない。ここで自分が止めなければ、きっと後悔する。自分だけでなく、おそらく味方も、敵も全てが。
「もう、戦う必要はない」
だからと、そう思っていたはずだった。
急に、シグレが支配下に置いていた魔力が、魔法が、その姿を消す。
「え?」
魔法の発動が中断されたわけではない。いや、中断といえばそうだが、発動されなくなったのではない。発動できなくなったのだ。
魔力が、忽然とその存在を消したのだ。
まるで、誰かの意思がそうさせたように。
「まさか!?」
影。
魔力を直接この場に転移させ供給し続けていたかの者ならば、その逆を行うことができるのも当然のことだった。
確かに、あの命令を出したのは、彼らを排除しろと命じたのはあの存在だ。だが、なぜわざわざ止めようとするのか、それが分からない。
もうこれ以上、違いを傷つける必要は無いというのに。
反乱軍側には、もうほとんど戦意はないはずだった。
倒すわけにはいかない。しかし、やられるわけにもいかない。その選択の場に無理やり立たされているだけで、ここでそれをやめさせる方法もあるはずだ。
「何で」
「それはこちらのセリフだ。シグレ=アーカイヴ」
目の前に、闇の渦が生まれる。
月明かりもなく、魔法の余韻もない暗闇ですら認識できるほど、黒い渦だ。
「私は殺せと命じたはずだ」
「しかし、殺す必要は——ッ!?」
反論しようとするシグレだが、影が放つただならぬ気配に怯んでしまう。
正しいはずだ。間違っていないはずだ。違えているのは、彼らの方のはずだ。
そう思っているのに、殺気に呑まれて声が出ない。
死神と恐れられている、狩る側の心が、逆に殺されていた。
そして、それはゼノも同じらしい。普段無表情で、苛立つ様子すら部下の失態でしか見せることのない彼が、稀に見ない怯えた様子でいた。
「殺せ」
「っ、ぇ」
「殺せ、殺せ、殺せ」
何度も、何度も。狂ったように、そう呟く。
「で、も」
「彼らはこの国を危機に脅かそうとする大犯罪者だ。そんな連中に慈悲など無用。いやむしろ与えてはならない」
長々と、演説をするように影は話す。
ノイズのようで性別すら判別できないその声は、何かの感情に無理やり突き動かされるように強か発せられている。
そして、言った。
「そんな無価値な存在を、平和を崩そうとする罪人を救おうとするならば——私が殺ろう」
右の掌を、最初に姿を見せた、反乱軍のリーダーらしき女性へと向ける。すると、その手から闇が生まれ、鋭い槍のごとく尖り、飛び出した。
「ダメッ!」
すぐに魔力を実体化させ防壁にするが、純粋な防御魔法と比べれば天と地ほどの差がある。優先度をもつ闇の魔法を止められるはずもなかった。
闇属性は、ありとあらゆる物質よりも高い優先度をもつ。細くして振ればなんでも切れ、何にでも染み込む。対抗できるのは同じ属性か、対の光属性くらいのものだろう。
しかし、それでも彼女が避けるだけの時間を稼ぐことができた。
そのはずだった。
「ぐあっ」
槍は急激に方向転換し、彼女の肩を貫く。
いや、方向を変えたというよりも、その形を変えたように見えた。
彼女は傷口を抑えながら、必死に悶え苦しんでいる。
「何でこんな!」
「これが、法皇の命だ」
抗議するシグレの心を、何よりも信じられない事実が襲う。
「う、そ」
「嘘などではない。これは法皇の意思だ」
もう一度、シグレの言葉を潰すように、影は言った。
しかし、その言葉こそ偽物だと、確信していた。
「あの方は、そんな命令はしない!」
拳を握りしめて、シグレは叫ぶ。
すると今度は、シグレに向けて闇の剣が放たれた。
「ぁ」
その剣が、シグレの胸を貫いた、ように見えた。
しかし実際には、その闇は、人間の速度ではあり得ないほど洗練された動きで、打ち落とされる。
彼女のだけの護衛騎士が、影との間に立っていた。
「怪我はないか、シグレ?」
「う、うん」
怒っている。激怒している。
そんな姿は、今まで片手で数える程すら見たことがなかった。いや、これほど殺意を漲らせているのを、シグレは初めて見る。
しかし、驚いたのはそこだけではなかった。
魔法陣を、目で捉えられなかったのだ。この暗闇の中、魔法を発動しようとすれば、魔法陣の光が必ず目視できるはずなのである。にもかかわらず、宮廷魔導師であるシグレにすら見えなかった。
シグレが呆然としている間にも、影は話を続ける。
「ゼノ=フラヴィス、貴様もか」
「シグレを傷つけようというのなら、それこそあり得ん。貴様は何者だ」
「なぜそれを聞く?」
「私に護衛の任を与えたのは、法皇様だからだ」
そう。幼い頃から、彼女に護衛をつけたのは、法皇本人だ。
なぜそうしたのかはわからない。だが、彼女にとってシグレはそれほどお気に入りだったのだ。神が何を考えているのかなど、知り得るはずもない。
だが、その事実さえあれば十分だ。
「法皇は、殲滅を望んだ」
しかし、それでも影の主張は変わらない。
「だから、仕方あるまい」
影が放つ殺気が消えた。
代わりに、とてつもない威圧感が迫ってくる。
「っ、ぁぁっ」
直後、シグレをとてつもない頭痛が襲った。
他に這い蹲り、痛みのあまり声が漏れる。痛みだけではない。クラクラと酔ったような気持ち悪さが、体の自由を少しずつ奪っていた。
(……何、これ……!?)
と、そこで、視界の端に、揺らめく白いマントが見えた。
「ゼ、ノ!」
彼もまた、苦しみ膝を折っている。いや、その抵抗もすぐに失せ、バタリと倒れた。
「さあ、殺せ」
「やめろ!」
ぼんやりとした意識の中、影の命令だけが、シグレにははっきりと聞こえる。誰か女性が叫んでいたように思えたが、確かめる術もなくその認識は思考から外れる。
考えることすら、できなくなっていった。
そして、痛みが少しずつ薄れていく。
気がつけば、自分は立ち上がっていた。視界の端には、未だゼノがうつ伏せに倒れているのが見て取れる。
(え?)
そして、シグレは、いや、自分の体は、黒のオーラを纏った。
(体が)
その魔力は少しずつ密度を増していき、魔法陣の輝きが一層増す。
(やめて)
そして、黒いオーラが、とてつもない勢いで森を包んだ。
祝ブックマーク10人突破^_^
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