騎士
すみません、体調が悪く投稿が遅くなりました。
石レンガの道を、シグレは1人で歩いている。
先ほどまでいた、人が賑わう通りとは違って、屋台も一つもなく、物寂しかった。こんなところにシグレが来る理由そのものが、人に知られては行けないものなので、仕方がないといえばそうだろう。
しかし、何故か。
今のシグレは、少しでも人に囲まれていたかった。
(いえ、違う)
シグレは、もっと言葉を交わしたかったのだ。
あの少年の言葉の意味を、もっと詳しく知りたかったのだ。
ヤヨイは、なぜ自分のことを知っていたのだろう。なぜ、自分はあの時、体調を崩したのだろう。いや、体調ではない。精神的に弱っていたのだ。
「巫女様」
悩みながら道を歩いていると、1人の男が姿を現した。
「ゼノ」
「ご無事でしたか。先ほどの少年は?」
彼の態度を見て、シグレは冷たくなっていく自分の心に気がついた。
あの少年なら、笑いかけてくれるだろう。どうしたんだと、本音で聞いてくれるだろう。
だから。
「ねえ、ゼノ——」
「隊長!」
その時、シグレの声を遮り、別の男の声が聞こえた。
成人しているゼノと比べると、まだ若い。今回の任務で、初めてシグレと顔を合わせるのだろう。騎士見習いから昇格したばかりなのか、まだまだ未熟者なようで、声をかけられたゼノは彼を睨みつけた。
「おい、俺たちが何の任務でここにいるか、お前はちゃんと分かっているのか」
その威圧は、側から見ても常人のものではないだろう。
それにあてられた未熟な騎士は、汗をたらして後ずさる。
それを見たシグレが思ったのは、
(隠密行動なのに、わざとやってるのかな?)
そんな、気の抜けた突っ込みだった。
それから、すぐに集合場所へと向かうよう話が進んだので、シグレ達はその場を後にする。
しかし、シグレの脳裏には、先ほど言えなかった言葉が残ったままだった。
『巫女様』
そして、ゼノが呟いた言葉を思い出す。
『ご無事でしたか』
ふと立ち止まって、先を歩く騎士達を眺めた。
(……幼馴染、なのに)
❄︎
「今回の任務は、魔物の討伐だ」
先ほど歩いていた通り、その中の建物の一室にて。
シグレ達は、今回の急な任務について話を聞いていた。
説明しているのはもちろん、影のようなフードの人物だ。いつでもどこでも陰気な雰囲気を醸し出している影に、騎士達も若干引いているらしい。
しかし、実力者であることは間違いない。彼の戦いをシグレは見たことがなかったが、直感がそう言っていた。
(この人は、私よりも遥かに強い)
そんな重要人物が、わざわざ派遣されているのだ。
今回の任務は、普段より気を引き締める必要があるのだろう。
「場所は、町の外れから入る林の中。今はまだ発生していないが、突発的に魔物が発生するのは間違いない」
「予め対策を取ることはできないのでしょうか?」
緊張しているのか、先ほどの若い騎士が質問をした。
ゼノは黙っているが、明らかに苛立たしそうなオーラが見える。確かに、説明が終わるまで黙っているべきではあると、シグレも思う。
「今回この町に来た理由は、反乱軍の潜入の阻止だ。だが、可能ならば逃さず捕らえたい。そのために、あえて敵の策に乗る」
しかし、影は気にすることなく、質問に答える。
その時、シグレは何となく感じ取った気がした。
(今、笑った?)
怒るでもなく、楽しそうに、嬉しそうに笑う。果たして、重要な仕事の前に、そんなことをする上司がいるのだろうか。
「シグレ」
「っ!はい」
「おそらく彼らに味方しているのは、数ヶ月前にケルンで起こった魔物発生の首謀者だろう。そのため、最大限に警戒するように」
「かしこまりました」
急に声をかけられ、不可解な様子に頭をひねっていたシグレは目に見えて動揺した。だが、やはり影は何も言わない。それどころか、ますます笑っているような気さえする。
「今の内に、彼らとの連携も話し合え」
そう言って、影は姿を消す。
おそらく転移魔法だろう。そう思ったシグレだが、初めて見たのか騎士達は感嘆の声を上げていた。
「すごいな、今の」
「ああ」
あの人物は、何者なのだろうか。ずっと、その考えが頭から離れないまま。
シグレ達は、日暮れと同時に魔物が生まれる林へと出発した。
灯りもつけず、無防備に道を歩く。
シグレにも、おそらくゼノにも、未だ魔物の存在は感じられない。
恐らく、出現までにはまだ時間があるのだろう。すぐ現れてもおかしくはないので、全員気を張り続けていた。
今のメンバーは、ゼノも含めた騎士4名に、シグレを足した計5名だ。新米騎士2人はシグレと顔を合わせるのも初めてだが、もう1人の騎士は以前別の任務で顔を合わせていた。
しかし、やはり今回の作戦に納得がいかないのか、若い騎士がゼノに問う。
「本当に任せて大丈夫なんですか?」
そう思うのも、無理はなかった。
今回の要は、やはりシグレだった。
作戦はいたってシンプルで、魔物の出現と同時に、シグレの魔法で広範囲にわたって掃討するというものだ。しかし、こんな内向的な少女に命を託せと言われても、難しいものなのだろう。現に質問の主である騎士、バルトは、怪しげな視線をシグレに向けていた。
「疑うのか、彼女を?」
それに対するゼノの反応は、圧倒的な圧力で威嚇するというものだった。
普段の彼ならば、決してこのようなことはしないだろう。無理やり押さえつけたところで、あとで痛い目を見るのは確定的だ。シグレの魔法がどれほどのものなのか、シグレの立場がどのようなものなのかを知らせるのが最も効果的だろう。
しかし、もう遅かった。
びびったバルトは少し距離を置いて、すみませんと謝罪する。
(何やってるの、ゼノ)
(お前を悪くいう奴は、こうしておけばいい)
(あとで絶対後悔するよ)
(それはないな)
幼馴染故か、目線だけで何となく会話をする。
最後にシグレがジト目を向けると、やはり思うところがあったのかぜのは目を逸らしたのだった。
と、その時。
(……来た)
周囲一帯で、魔力が蠢いた。
「これは……」
誰かの呟きとともに、それは姿を現す。
巨人、獣、植物。明らかに人に危害を加える魔物が、そこにいた。
「総員、配置につけ」
ゼノの指示と共に、騎士達はシグレの四方を取り囲む。
ゼノの方を見れば、彼もシグレを背中越しに見つめ、神妙な顔で頷いた。
深呼吸をし、全身に気を巡らせて、魔力を感じ取る。
「…………」
まず、シグレの足元に魔法陣が浮かんだ。
それでも、シグレは瞼を閉じたまま、さらに大量の魔力を注ぎ込む。
属性ごとにその色を変える魔法陣だが、今回浮かんだのは黒だ。実のところ、シグレ自身、自分の魔法がどういったものなのか、詳しくは理解していない。
生まれつきこの魔法を使えシグレは、教会でその制御を教わった。ヤヨイに襲われた時のように、暴発的に発動させることも可能ではあるが、この長い集中には意味がある。林でその姿がはっきりと見えないものもいるが、感覚的には離れていて100メートルそこそこの距離にいる魔物も存在する。それら全てを一撃で倒すには、ある程度の準備時間が必要だった。
もちろん、シグレの魔法を一体ずつ浴びせていくという手もある。しかし、それではすぐにかたがつくし、それにより敵を逃す恐れもあるのだ。できる限り早く、しかしできる限り怪しまれないように、シグレは集中し続ける。
しかし、やはりシグレの予想は、悪い意味で的中してしまった。
❄︎
騎士の1人が、駆け出した。
つい先日騎士になったばかりの、バルトだ。逃げ出したわけではない。ただ、信じられなかったのだ。こんな娘に、これだけの魔物を倒せるなどということが。
「おい!」
隊長であるゼノの掛け声をも無視して、獣型の魔物へと剣を向ける。
そのまま、脳天から切り裂いた。血を迸らせ、倒れる。その終わりを見届けることなく、バルトは再び走り出す。駆けながら剣を振り、動きの鈍い魔物を少しずつ倒していった。
まだ未成年でありながら、それでも重要な任務を任されるほどの騎士ではあるのだ。幼い頃から巫女の護衛を務めていたゼノに比べれば天と地ほどの差があるのかもしれないが、それでも、魔物相手には十分戦えていた。
最も、それは魔物の種類が相性のいいものだったということもある。
獣は中型で、人型や植物はやや大型。大きくても3、4メートルほどで、何より動きが遅い。相手をするのはそう難しくなかった。
背後から聞こえる剣が奏でる音に目を向ければ、もう1人の新米騎士も、少し陣形から離れて戦っている。おそらく彼も不安が大きかったのだろう。
同じ考えを持つものがいる。その事実が、彼らの慢心をより増長させていた。
(戦える)
魔物相手に、実力を発揮して善戦している。
ときに足を切り裂き動きを止め、ときに飛びかかってきた魔物を返り討ちにする。それを繰り返し、二桁を超えるところまで魔物を倒した。
(俺たちだって——)
しかし、相手は仮にも魔物だった。
「!?」
倒したはずなのに、また数を増している。
魔物は自然発生するのだ。生み出している術者は、それを意図的に組み込んでいるだけに他ならない。そして、それは遠くに限らず、近くにも生まれた。
とっさに避けるが、着地と同時につまずく。
「うあっ!」
強い衝撃が、地に走ったのだ。
躓き振り向けば、巨人が木を斧のようにして、土に叩きつけたところだった。
あれを喰らえば、バルトは間違いなく死ぬだろう。
「まだだ」
しかし、やっと、憧れていた騎士になれたのだ。
国に対する忠誠はそこまでなかった。ただ、昔助けてくれた騎士のように、今度は自分が誰かを助けたいと思っていたのだ。
「あ」
そんなバルトの希望を、現実は裏切った。
ゼノの忠告を無視して、飛び込んでいったのが悪かった。
魔物に囲まれ、退路を失う。
「わあっ!」
叫び声に振り向けば、戦っていたもう1人の騎士も同じような状況に陥っていた。
バルトは、さらに絶望し、俯く。
自分の選択が、仲間の命を危険に晒したのだ。それも、正当な理由からくるものではなく、ただの自己満足で選んでしまった決断が。
「っ!?」
手足に、植物型の魔物の触手が絡みつく。
骨を折らんばかりにきつく締め付けてくるそれは、今この状況下において致命的なものだった。
「終わり、か」
掠れた声で、上を見る。
満月を過ぎ、少しだけ光を弱めたそれが見えるはずの、その空には。
巨人型の魔物が持ち上げる木があり、月を遮っていた。
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