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縁日

すみません、少し遅くなりました。

 

 ここ数ヶ月で、ヤヨイの物に対する見方というものは、大きく変化していた。産業革命や農業革命のように、それはもう、ひっくり返っていた。

 知らないはずの知識が、見たことのはずのないものが、なぜか分かる。記憶にないのに知っている。奇妙な感覚ではあったが、確かめればそのほとんどが知識の通りで、役に立つことばかりだった。

 最も、だからこそ、ヤヨイは困惑していたのだ。

 そして、だからこそ、ヤヨイは今先陣を切ることができた。


「さて、何から食べるか」


 ずらっと並ぶ屋台に、ヤヨイは至難した。

 あまりにも種類が多すぎて、何から手をつければいいのかわからないのだ。

 それに対し、シグレはといえば。


「え、何種類も食べるの?」


 静かに、そう発言する。

 その言葉に、ヤヨイはわずかに動揺する。

 どうやらシグレは、祭り事は初めてらしい。ならばなぜそんな服を着ているのかだとか、わざわざ人混みを歩く気になれたのだとか、疑問が尽きなかった。


「せっかくの祭りなんだから、見て回らないと損だろう」


「そういえば、ゼノもそう言ってたっけ」


 聞き慣れない言葉に首を傾げれば、シグレは、ああ、と呟く。


「ゼノ、さっきの護衛のこと」


「護衛なのに、名前で呼ぶんだな」


「昔からずっと私の護衛をしていたから、いわゆる幼馴染なの」


 ふうん、と返事をしつつ、ヤヨイは釈然としない気持ちでいた。

 自分でも、なぜそんな漠然とした感情が込み上げてくるのかわからない。ただ、それは今思ってはいけないことだと考え、気分をリセットする。


「食べたことがないものとか、あるか?」


 そう尋ねれば、じーっと長く、右から左に見回して、振り返って、また見渡す。

 その視線があるところでふと止まり、キラリと輝いた。


「ん」


 指差す方向にあるのは、白とピンクの縞模様の屋台。

 何かを焼くプレートのようなものがあり、近くには果物と一緒に、何やらクリームのようなものが置かれている。

 というより、それは間違いなく、ホイップクリームだった。


(クレープ!?)


 またもや、知らないはずの知識が顔を出した。


「……」


「知ってるの?」


「あ、ああ。薄い生地に、果物やら生クリームやらを挟んだもので——」


「欲しい」


 また瞳を輝かせて、指を差しながら言う。

 甘い物には目がないようで、子供っぽく見えて、ついかわいいと思ってしまうヤヨイだったが、


「少し高いな」


 悟られないように、別のことを考えた。


 一つ銀貨3枚。この世界で一日分の食費が吹き飛ぶ額だ。量はそれほど多くなく、サンドイッチくらいのものだ。


「二つください」


「あいよ」


 少し待てば、紙に包まれた綺麗な焼き色のクレープが、2人の手元にやってくる。

 昼に甘いものを摂るのもどうかと思うが、これだけ食べるわけではないのだから問題ないだろう。

 それに、ヤヨイも知っているだけのこの甘味を、できるだけ早く食べてみたかった。


「「いただきます」」


 2人してそう言って、かぶり付く。

 クリームが少し甘過ぎるが、ここ最近甘いものを食べていなかったのでこれはこれでよかった。果実の甘味はさっぱりしていて、とても美味しい。イチゴやバナナ、キウイなど、次々と果物の名前が思い浮かぶのも、不思議なものだ。


「はあ」


 ふと横を見れば、満足そうに口元を綻ばせる姿が目に入り、つい見入ってしまった。


 それからあっという間に食べ終え、次の店へと歩き出す。

 先ほどまで疑問に思っていたシグレも、今は興味津々にキョロキョロと忙しない。この姿をあの騎士が独り占めしていたのだと思うと、してやったりという気分になったが、自分の悪行が原因だったことを思い出し複雑に感じるヤヨイだった。


「あれは?」


 気づけば、無表情で、しかし目だけは早く答えろと訴えかけてくるように尋ねてきた。


「あれは……焼きそばか?」


「ヤキソバ?」


「麺にソースを絡めながら、焼いたものだ」


 しかし、それにしてもおかしいとヤヨイは思った。

 どうして先ほどから、本来自分が知るはずのない物にばかり出会うのだろうか。村を出るまで、こんな料理を見たことも食べたこともなかったのだ。この祭りには、何かあるというのだろうか。


 また考え事をしていると、シグレはふらふらと屋台へと近づいていた。食いしん坊にも程がある。ヤヨイは、今日一日でいくら貯金が削られるのか、少しだけ不安になった。




「たくさん食べた」


「そうか、満足したならよかったよ」


 あれから2、3箇所の屋台を回って目新しいものを食した後、また2人は歩き出していた。行く当ても特にはないが、見て回るだけでもだいぶ面白い。それはシグレも同じようで、時折わずかに歩調が早くなっていた。


「さて、そろそろ話を——」


「あれは?」


 どうやらまだ食べるつもりらしい。そう思ったヤヨイだが、そちらを見て少しだけ驚いた。

 食べ物ではなく、遊び場だ。縁日が、そこにあった。


「……」


 中でも指差しているのは射的で、ぬいぐるみや、ちょっとした飾り物などが景品となっている。

 よく視線を辿ってみれば、それは一つのアクセサリーに注がれていた。ブレスレットのようなものだ。それほど高価なものではないのだろう。


「あの鉄砲で的を狙って撃つみたいだな。小さい番号札が立てられてる」


「……」


「分かったよ」


 財布を開いて、看板に書かれた金額を渡せば、シグレは足早に近づいて店員に声をかけていた。


 ヤヨイはしばらくそれを眺めていたのだが、欲しいと思ってしまったためか、なかなか当たらない。惜しいところまでは行っている。が、やはり鉄砲の扱いには慣れていないようだ。講習を受け資格を取らなければいけないので、一般人でもそうそういない。軍人でもなければ見ることすらないのではないだろうか。

 あっという間に撃ち終わってしまい、とぼとぼと帰ってくる。


「まだやるか?」


「いい。難しいし」


 そうは言うが、明らかにこちらの様子を伺っている。

 もしかすると、これ以上お金を使わせてしまうのを躊躇っているのかもしれない。


「そうか」


 そう思ったヤヨイは、ふとニヤリと笑って。


「じゃあ、今度は俺がやる」


 呆気にとられるシグレと共に、店員に声をかけた。




 忘れていた。

 ヤヨイは、魔法の扱いに関しては自信があっても、身体を動かしてすることに関しては、絶望的なまでに不器用なのだ。

 案の定、3回も挑戦して、掠りもしなかった。


「も、もう一回」


 なんだか恥ずかしくなってきたが、ここで諦めるわけにはいかない。もう一度金を払えば、店員は知ったように、2人を見比べてからヤヨイに囁いてくる。


「プレゼントかい?近くにずらしてやろうか?」


「……結構だ」


 ヤヨイは、それはもう腹が立った。

 怒りに任せて、けれど体は静かに狙いを定めて、さっと引き金を引くと、的のど真ん中に的中し、それが倒れる。まだ球が残っているので、それじゃあと同じように、色違いのブレスレットの的にも狙いを定めてみた。

 すると、コツが分かったのか、今度は簡単に当たる。

 苛立たせてくれた店主に心の中でお礼を言ってから、景品を受け取って、最初に手に入れた赤いブレスレットの方をシグレに渡した。


「いいの?」


「俺にはこっちがあるから」


 そう言って誤魔化せば、シグレはふっと笑ってそれを腕に付ける。

 ヤヨイも習って腕に付けて、2人は屋台を後にする。


「ありがとう」


 ヤヨイの耳に、小さな声で、その言葉が届く。




 町の外れにある、先ほどとは違う整備された公園で、ベンチに2人して腰掛けている。

 休憩のつもりで足を止めたのだが、気まずい状態が続いていた。

 一時休戦。彼女が言ったその言葉は、果たしていつまで続いているのだろうか。そんなことを、ヤヨイはなぜか考える。


「ヤヨイ」


 名前を呼ぶようにではなく、確かめるように、ふとシグレは呟いた。


「……一つ、質問してもいい?」


「ああ」


「あなたは、一体何者?」


 今、周りにはほとんど人がいない。

 それを確認してから、ヤヨイは質問で返す。


「話すと思うのか?」


「うん。あなたは、敵ではないから」


 不安を抱かずにはいられないその信頼に、だが少しだけ頰が緩んだ。気にするだけ無駄だったらしい。


「以前、魔物にある村が襲われて、1人の少年が命を落とした。でも、見たのは幼馴染のまだ幼い女の子だけで、信憑性はない。それは、あなたでしょう?」


「なんでそう思う」


「その村に行ったのは、私だから」


 ヤヨイは驚いた。

 そして、少しだけ後悔した。もしあの時、村から出なければ、あんな出会い方でなく、もっと普通に、魔導師と村人という立場で、会うことができただろう。

 しかし、その考えは無意味だ。時間を戻すことはできない。

 今は話に集中すべく、ヤヨイは答えた。


「ああ、そうだよ。魔法を使って死を偽装した、罪人の村人だ」


「どこで魔法を?」


「質問ばかりだな。ここはお互いに一つずつ質問し合わないか?」


 そう提案すれば、シグレは不思議に思ったらしい。


「私に聞くことなんてあるの?」


「俺はお前に会いに、あの屋敷にいたんだ」


 それを聞いて、ふうとため息をついて、腕を組む。


「……どうぞ」


「じゃあ、さっそく。お前には、教会で育つ前の記憶はあるのか?」


「……無い。気づけば、すでにそこにいた」


 なぜそんな事を聞くのか。

 疑問に思ったようだが、すぐに簡潔に答えてくる。


「次は私の番。あなたは、あの村に来る前は、どこで何をしていたの?」


「っ!」


 その質問は、ヤヨイからしたらとても不自然で、逆に聞き返したくなった。しかし、今はヤヨイが答える番だ。


「ある人のところで、育てられてた。山奥の小さな村だよ。そこで魔法を教わった。その言い方だと、記録は残ってないんだな」


「そう。あなたの名前は珍しかったから、調べたんだけど、五年より以前の情報は白紙だった」


 情報が何もない。

 それが、ヤヨイにとって重要な情報だった。


「今のは質問じゃなくて、独り言だからな。じゃあ、質問だ」


「……」


 じっとこちらを凝視してくる。

 その視線に謝りそうになるが、先にシグレが頷いた。今は少しでも話を進めたいらしい。


「俺の親がどこにいるのか、知らないか?」


「……残念ながら、あなたの親のことは何も知らない」


 悔しそうに、ヤヨイの質問に答える。

 なぜそんな顔をするのか、もしかすると、言いたくても言えない事情があるのか。問いただしたいが、何故かそうする気にはならなかった。


「じゃあ、私からは最後の質問」


「ああ」


「あなたは、何で私に会いにきたの?」


 その問いに、ヤヨイはどう答えるべきか迷った。

 どこまで話していいのかわからない。だが、彼女にヤヨイをどうにかする気があるのなら、すでに捕縛され、拷問されているはずだと思った。彼女にその気がなくても、仲間が隠れていればそうするだろう。

 不安が拭いきれない。だから、逆にこう答える。


「それに答えるためには、一つ俺からも問わなきゃならない」


「……」


 シグレがこくりと頷いたので、ヤヨイは深呼吸をして、尋ねる。


「お前は、自分がどこで生まれたのか、知ってるか?」



面白いか面白くないか、どの辺がそうなのかアドバイスをいただけると嬉しいです。…だれもそう言った感想をくれないので。


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