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友達



 太鼓でも叩いているのか。

 外の喧騒が煩くて、ヤヨイは目を覚ました。


「建国記念日ねぇ」


 確かに建国500年ともなれば、区切りも良いし大それた祭りをやるのだろう。だが、まさかここまでとは思わなかった。


 窓の外を見やれば、近隣の村からやって来たのか、見かけない服装の親子が歩いているのが窺える。


「基本、村にいてばっかだったのも、よくなかったのかな」


 子供が少なく、のんびり仕事をして変わらない日々を過ごしている村と、この町は違う。人々の意欲も、雰囲気も、作り物めいた違和感は感じられない。

 貿易港だからなのだろうか。

 ヤヨイも、ここがアイレーン法国であることを時々忘れてしまう。


 いつもなら、このままこの港町の空気に流され、ヤヨイも祭りを、少なからず楽しんでいたことだろう。だが、昨晩の一件で、ヤヨイの中には罪悪感が大きくなる一方だった。

 と、そこで思いつく。

 この人混みに紛れて、あの少女と話し、謝罪することができるかもしれないということに。


 そう考えれば、ヤヨイの重かった足もなんとか動いた。


 宿の一階で食事を取っても良いのだが、せっかくなので屋台を見らことにした。もちろん、彼女と会うことの方が優先である。

 そもそも来るのかすらわからないが、この時期にこの町を訪れた以上、来ている可能性は十分にある。問題は、この広い町で運良く見つけることができるどうかだ。

 だが、そんな心配も、次の瞬間杞憂におわった。


「「!?」」


 宿を出た直後。

 最初に見た時と同じ姿で、巫女がそこにいた。


「……」


「……」


 驚きのあまり硬直する2人に、通行人たちの視線が向く。しかし、祭りの興奮がその興味をすぐに打ち消した。

 問題は、巫女の隣に立つ男だった。

 青いシャツに鎧を纏い、白いマントを羽織っている、いかにも騎士といった男だ。単発の青髪に、見つめてくるわずかに鋭い瞳。重要人物の護衛にしては若い。ヤヨイたちともそれほど歳は離れていないだろう。


「巫女様、この男は?」


 騎士はヤヨイと巫女とを見比べてから、そっと尋ねた。

 ゆっくり問いを発したというのに、彼女は体を震わせて、そっと目をそらす。嘘をつけない性格なのだろう。もしかすると、事が事だからかもしれないが。


「と」


「「と?」」


「友達です。前に、どこかの町であった」


(なんて誤魔化しようのない嘘のつき方だ!?)


 バレバレなはずの巫女の答えに、しかし騎士は驚き呟くだけで、問い正そうとはしなかった。


「巫女様に……友達が……!?」


(友達を作る機会がないのかよっぽど嫌われ者なのかわからない言い方してやるなよ!)


 心の中で、盛大な突っ込みを入れていると。

 巫女が突然、ヤヨイの手を握りしめて、


「へ?」


「……」


 黙ったまま、強引に引きずった。

 唖然とする護衛騎士を、その場に残して。


「ちょっと!?」


 人混みをかき分け、歩く。どこへともなく、ただひたすらに。

 彼女の後姿を見ることしか、ヤヨイにはできない。ただでさえ、会って間もない女に手をつながれている━━掴まれているというのに、堂々と尋ねるなど難易度が高すぎた。

 それに、後が怖いというのもある。

 彼女が一言いえば、自分は牢獄行きだ。いや、それでは生ぬるいだろう。

 即刻処刑は確定だ。ヤヨイに逃げ場はない。

 しかし。


(……?)


 だからこそ、なぜこうなったのだろうか。

 心底、ヤヨイは首をかしげる。

 昨晩の件は誰がどう見てもヤヨイが悪いと答えるだろう。きっと父もそういうに違いない。いや、どうだろうか。あの男ならば一般的な男子に同じく万歳をするかもしれない。

 途中で思考がずれていく。結局のところ、この後、自分はどうなるのだろうか。


「な、なあ」


 しばらく。本当に長い時間歩いて、歩きながら、ヤヨイハ痺れを切らして問うた。


「どこに向かってるんだ?」


 眉根を寄せてそう呟いたとき、ふと少女は立ち止まる。

 そして。


「……わからない」


 きゅっと、ほんの少し強く握られて。

 振り向いた彼女を見て、ヤヨイは息をのんだ。

 黒髪に隠れた顔は、ほんのり赤く染まっている。そして、彼女もまた困った様子だった。恥ずかしかったようではあるが、それよりもはるかに困惑が勝ったらしい。


 ヤヨイは少しうつむいて、先ほどされたものとは正反対に、ゆっくり手を引いた。


「?」


「こっちだ」


 触れた手の感触から、なんとなく彼女が首を傾げた気がしたので、答える。


「ゆっくり話せる場所に行こう」




 途中で大通りから横道に入って少し。

 二人がたどりついたのは、長く整備されていないらしい公園だった。

 といっても、遊具があるわけではない。水が枯れてしまった噴水や、少しさびれたベンチから辛うじてわかるだけだ。

 しかし、それがまた、この場所を幻想的に見せていた。

 建物に囲まれ、人がめったに立ち入らないし、喧騒もどこか遠かった。空からぎりぎり陽光が降り注いでいる。それはまるで、神秘に満ち溢れた遺跡のようにも見えた。


「…………」


「…………」


 落ち着いて、人目をはばからずにいられる場所へとやってきた。

 しかし、一向に話は始まらない。

 着いてからヤヨイは彼女をじっと見ているのだが、向こうは俯いたままだ。いつの間にか手もほどけていて、ヤヨイ何とか冷静さを取り戻していた。

 またしばらくこのままだろうかと、今の自分の立場を忘れて思う。

 すると。


「あなたでしょう」


「!?」


「昨日、あ、あんなことしたの、あなたでしょう」


 また羞恥に顔を染めながら、むっとした表情で、恨み言のように零す。

 それに対し、ヤヨイは、


「ああ」


 はったりをかますでもなく、正直に答えた。

 これ以上印象を悪くするわけにはいかないのだ。もっとも、もう落ちるところまで落ちているような気がしないわけでもないが、その時は土下座をしてでも許してもらおう。

 ヤヨイは覚悟を決めて、こんなところにのこのこやってきたのだ。


「やっぱり」


 ほんの少し、頬を膨らませたように見える。


「本当にすまなかった。ああいうつもりじゃなかったんだ」


「…………」


「許してほしい」


 頭を下げて、じっと言葉が降ってくるのを待っていると、


「驚いた」


「?」


「許してほしいの?」


 心底不思議そうに、奇妙なものを見るように、そんな言葉が落ちてきた。

 衝撃のあまり、ばっと頭をあげて呆ける。


「はあ?」


「そっか、悪いと思ってるんだ。見ず知らずの女子に、すまなかったって頭下げるものなんだ」


 初めて知った、と彼女の知識が更新されていくことに唖然とする。

 だが、考えてみれば当然のことである。教会で育ったのだから、よくも悪くお普通の人生は送れないだろう。こんな経験も初めてなのだ。

 いや、もちろんこんな経験をすることは、まずないだろうけれども。

 彼女のつぶやきは止まらない。次第に瞳から光が失われていくように、


「そっか人の部屋に忍び込んで、クローゼットから出てあんなことする変態でも、そんな風におも━━『悪かった!本当に悪かったって!』」


 突然ごみでも見るかのような目を向けてきたので、再び謝る。

 どうしたら許してもらえるのだろう。

 ヤヨイが頭を悩ませていると、じっとり睨みつけていた彼女は、胸元を手で隠すようにして、もごもごと呟く。


「触られて、そう簡単に許せるわけが——」


 と、そこで。

 誰かのお腹が、ぐうと音を立てた。

 もちろん、ヤヨイではない。彼女は説教を始め、その音で中断し顔を真っ赤に染める。


「俺はここで待っていますので、食べ物買ってくるならどうぞお構いなく」


「そう言われて、ほいほい逃すとでも思うん——」


 今度は、あ、と素っ頓狂な声を上げる。

 もちろん、ヤヨイではない。彼女は話しながら、突然何か重大なことを思い出したらしい。


「……」


「えーと、何か」


 じっとこちらを見つめて、悔しそうに唇を噛みながら睨みつけてくる。ヤヨイには、こんなやつに、こんなやつに!という心の声が聞こえた気がした。目の前の少女がそんな口調で話すなどとは思っていないけれど。


「——」


「ん?」


 何か言った気がしたが、元から小さめな声がさらに小さくなったため、聞き取れない。


「許すから」


「から?」


「……お金を、貸してください」


 あとでヤヨイが聞いた話によれば、金銭は先ほどの騎士が持っていて、一緒に屋台を回るつもりでいたらしい。


「奢る」


「……」


「借りたくらいで許すなよ。あ、えーと」


 と、そこで、少女の名前を聞いて良いものか、ヤヨイは迷った。

 彼女もそこに思い至ったのか、観念したように少しだけ微笑んで、呟いた。


「シグレ=アーカイヴ」


「俺はヤヨイだ」


 そのとき、シグレの目に驚愕の色が見られた気がしたヤヨイだったが、すぐに彼女は振り向いてしまう。


「……一時休戦」


「俺に戦う意思は無いんだが」


 そんなこんなで、2人のお祭りデートが決定した。



これで良いのだろうか…頑張ります!


アドバイスや感想等あればぜひ聞かせてください。

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