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第一話 「転属」

連載開始はここから始まっております。

前話の流れでかなり変更しました。

最初からお読みくださっていた方は大変申し訳ありません。

 クレアが十二大隊詰所の隊長室に呼ばれたのは、ヘルハウンド掃討作戦が終わり、町へと戻ってきた直後であった。


 詰所の洗い場で顔を洗っていると、ワッツが神妙な面持ちでクレアを呼んだ。


「今すぐ、隊長室に行くように」

 とのお達しだった。

 クレアは首を傾げた。

 大隊長への終了報告は此度の分隊長リーダーであったワッツの役割のはずだ。戦闘の詳細などの報告書も、ともに戦ったワッツが引き受けてくれた。自分が大隊長に呼ばれるようなことは、何もない。


「なぜ、私が……?」


 そう尋ねても、ワッツは

「行けばわかる」

 と答えるだけだった。


 訝しく思いながらも、クレアは隊長室へと向かった。

 大隊長は忙しい身だ。

 着替えている暇はなかった。急いで向かわねば。



 焦りながら隊長室の扉の前まで来ると、クレアは一呼吸おいて扉をノックした。

 すぐさま「入れ」という声が聞こえてくる。


「失礼します」


 クレアは遠慮がちに扉を開けると中に入った。

 目に飛び込んできたのは、奥まった広い机の奥に座る壮年の男だった。

 白髪の目立つ、小難しい顔をした中年。

 かつては勇猛果敢で名を馳せた十二大隊長その人である。


 今では、自ら戦場いくさばに赴くことはせず、こうして隊長室で指揮をとっている。そんな彼が、今年入隊したばかりのクレアの名を初めて口にした。


「貴様が、クレア・ハーヴェストか」

「はい……」


 クレアは大隊長自ら自分の名を呼んだ喜びよりも、何を言われるのかといった不安の方が大きかった。


「それほど固くならんでいい。これは、めでたいことなのだ」


 大隊長の言葉に、クレアは逆に緊張した。


(めでたいこと……?)


 何が何やらわからない。魔物討伐の感謝状でも贈られたのか、とも思ったがそれならばワッツや他の隊員の方がよほど貢献している。

 訝しく思っていると、クレアの耳に信じられない言葉が飛び込んで来た。


「実は貴様に人事発令がくだった。本日より、お前は我が十二大隊より第八特務部隊へと編入される。即刻、荷物をまとめて合流せよ」

「は……?」


 間の抜けた声で答える。



 特務部隊──。



 それは、傭兵部隊の上級クラスであり、誰もが憧れる精鋭部隊である。

 通常、担当地域のみでしか活動できない傭兵部隊と違い、彼らは王都に本部を構え、全国各地へと派遣されるいわば救援部隊だ。

 その実力は折り紙つきで、彼らへの救援要請のほとんどは、傭兵部隊では対処できない凶悪な魔物の討伐である。

 そのため、特務部隊隊員といえば、どこに行っても歓迎される。


 この特務部隊に入りたいがために傭兵となった騎士の家系の者も珍しくはない。しかし、現状はかなり酷であった。全国でも傭兵の数は数千人にものぼる。その中において特務部隊の隊員の数は100人にも満たない。

 それだけ精査が厳しく、そして過酷であった。


「あの、何かの間違いではないでしょうか……」


 なればこそ、クレアは余計に信じられなかった。

 彼女の実績や、傭兵学校での成績を鑑みても、到底特務部隊に入れるようなものではない。

 彼女の学んだ学び舎アルスタイト傭兵学校でも、彼女の評価は平均以下であった。傭兵部隊加入試験にも2回落ちている。


 そんな彼女の疑問ももっともだというふうに大隊長も両手を組み両肘を机に突きながら、うなずいた。


「私もそう思ったが、どうやら間違いないらしい。第八特務部隊隊長ローラン様の直々の命令だ」

「ローラン様の?」


 ローランといえば、ここアルスタイト王国でも右に出る者がいないほどの剣豪である。

 今は二十近くある特務部隊の一隊長に過ぎないが、生まれが騎士の家系ならば、紛れもなく騎士団長の座についていたであろうと言われている。その的確な判断力、人心をまとめるカリスマ性は同じ特務部隊隊長の中でも一目置かれているほどだ。

 当然、特務部隊の下部組織である傭兵部隊にとっては絶対的な存在なのだ。


「でも、なんで私なんか……」


 それでもクレアは腑に落ちなかった。

 そもそも、特務部隊との接点などなかったはずだ。

 こちらはローランという名を知ってはいても、向こうがクレアという名を知るはずがない。


「そんなものは知らん。ローラン様に直接聞くんだな」


 十二大隊長は素っ気なくそう答えた。

 聡明なこの男にとっても、なぜクレアが名指しで呼ばれたのかわからなかった。


「……拒否は、できないのでしょうか」


 正直、クレアは困惑していた。

 エリート集団である特務部隊への配属は誰もが憧れる夢の部隊ではある。

 しかし、それも実戦経験を経て、ある程度実力をつけてから入るべきであって、まだ入隊して半年のクレアには荷が重すぎた。


「本部が一度決めたことは、国王であっても変えることは難しい。それだけ今の本部には力があるのだ。そこの幹部であるローラン様が決めたのだから貴様のわがままは通らぬであろう」

「ですが……」


 困惑する彼女に、十二大隊長は推測を述べた。


「おそらくだが、以前、大規模な魔物狩りを行ったであろう? 我ら一般傭兵部隊と特務部隊との共同作戦。そこで、何かを感じたのかもしれん」


 確かに数週間前、彼女の所属する十二大隊と第八特務部隊で大きな任務があった。

 人里近くの山に、巨大な肉食獣ベヒモスの群れが現れたのだ。

 1匹で村の住民を一飲みするほどの大食いの化け物。それが群れをなして現れたのであるから、その時の混乱は計り知れないであろう。


 その戦いではローラン率いる第八特務部隊が主導となり、事に当たった。

 まず熟練の彼らが囮となってベヒモスの群れを崖の近くにおびき寄せる。そして、崖の手前にきたところで、一般の傭兵で構成される十二大隊が崖に突き落とすという作戦だ。


 その際、数名の傭兵が犠牲となったもののベヒモスの群れは殲滅させることができた。

 クレアがやったことといえば、まわりの傭兵仲間たちとともにベヒモスを崖から突き落としただけである。取り立てて目立った功績はない。


「何かを感じたと言われても……」


 なおも食い下がろうとするクレアに、白髪の十二大隊隊長は顔をしかめた。

 初老に差し掛かろうとしている顔に皺が寄る。


「くどい。もう決められたことなのだ。つべこべ言わず、さっさと合流しろ」


 その顔は、これ以上なにを聞かれても答えないといった表情をしていた。


 結局、彼女は従うしかなかった。


 幼い頃より両親を亡くし、国の援助でアルスタイト傭兵学校へと通わせてもらったクレアにとって、傭兵以外に生きる道はない。死と隣り合わせの危険な職業とはいえ、いまさら別の道を歩めるほど、彼女は器用ではなかった。


(こうなったらローラン様に私の実力を知ってもらって、向こうから除名を言ってくれるのを待つしかないか)


 そんな後ろ向きな気持ちで、クレアは入隊したばかりの十二大隊を離れることとなった。



 まだ残暑の厳しい9月のことである。

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