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第二十話 「魔族との遭遇」

 ライトニングとクレアは、左右を高い崖に囲まれた深い谷底を歩いていた。

 ゴツゴツとした岩の間を縫うように進む。

 早く地上へと戻って、ローランたちと合流しなければ。きっと、死んだと思われているだろう。

 ライトニングがここにいるということは、戦力も大幅に低下していることになる。


 はやる気持ちを抑えながら、クレアはいそいそと岩だらけの道を突き進んだ。


 その後ろ姿に、ライトニングは目を見張っていた。

 彼女の動きには無駄な動きが一切ない。ひょいひょいと、まるで全身で障害物を感知しているかのように大きな岩の隙間を縫うように進んでいる。


 普段は、ガトーたちを置いて先に行ってしまうほど身軽なライトニングだが、今では彼女についていくので精いっぱいだった。


(この子は、いったい……)


 必死に追いかけながら、ライトニングは不思議な感覚に陥っていた。



 やがて、谷底は終わりを迎えた。

 高い絶壁が、目の前にそびえ立っている。つまりは、行き止まりである。


「そんな……」


 クレアは、絶壁の上を見上げながら深い息を吐いた。

 ここまで来て、地上への道が閉ざされてしまった。

 戻って逆方向に進めば、出られるかもしれない。しかし、今さら引き返す余裕はなかった。

 こうしている間にも、ローランたちはたった5人でドラゴン捜索を続けているだろう。いや、もしかしたらすでに遭遇して戦闘に突入しているかもしれない。


 クレアは自分のミスでライトニングという貴重な戦力を失わせたことに、自責の念にかられた。


「クレア、見て! 鍾乳洞の入り口だよ!」


 その時、ライトニングの明るい声が聞こえてきた。ハッとして振り向くと、絶壁の前に置かれた岩と岩の間に洞窟のような穴がぽっかりと開いている。

 中は薄暗く、ひゅうひゅうと風の音がする。


「うまくいけばここから出られるかもしれない」


 そう言ってライトニングは躊躇なく中に入って行ってしまった。

 慌ててクレアも後を追った。


 

 洞窟の中は、薄暗くてかなり寒かった。

 真冬のアルス地方は、雪こそあまり降らないが極寒の地として知られている。

 そんな中で、さらに気温の低い鍾乳洞は、二人にとって地獄のような寒さであった。


「上につながってればいいんだけど」

 と言いながら、ライトニングはためらうことなく進んでいく。心なしか、登っているようにも感じられる。


 それよりも、肌を突き刺すような寒さに、クレアの身体は震えていた。


「さむい……」


 見れば首に巻いたマフラーもガチガチに凍り付いている。

 数時間もいれば、低体温症に陥ってしまうだろう。

 ポタポタと落ちる水滴が体感温度をさらに下げている。


 ガタガタと震えるクレアを見て、ライトニングは歩みを止めた。


「ああ、ごめん。寒いよね」


 そう言うと、懐から手の平サイズの石を取り出した。

 なんの変哲もない、黒い塊だ。

 きょとん、と見ているとライトニングがその石を真っ二つに叩き割った。


「ひっ」


 大きく弾けるような火花とともに、割れた石から温かな光があふれ出てくる。


「………?」


 訝しく思うクレアの目の前で、石がパアッと光り輝いた。


「わあ」


 赤、青、緑と色とりどりの光を放ちながら、洞窟内の滑った岩肌をキラキラと反射させる。

 その美しい光景はまるで幻想の世界にいるかのようだった。

 

「これはルミナ・ストーンと言ってね。真っ二つに割るとその衝撃で発光する魔法のアイテムだよ。明るいのはもちろん、石じたいが熱を持つから、こういった場所では重宝されるのさ」

「へえ」


 言いながら、ライトニングの手から強烈な光を発する石を不思議そうに眺める。


「半分持ちなよ。真っ二つにするのは分け合うためでもあるんだから」


 そう言って、クレアの手に強引にルミナ・ストーンを手渡した。

 手に持つだけで全身が温かくなるような、不思議なぬくもりだった。


「これで半日は持つよ。といっても、これしかないからね。急いでここを抜けよう。地上につながってるかはわからないけど」

「はい」


 クレアは頷くと先頭を行くライトニングの後を追った。



 鍾乳洞は入り組んだ地形ではあったが、ほぼ1本道であった。

 人が一人通れるほどの小さな道もあれば、二人並んで歩いても余裕の広さの道もある。

 幸いにも、狭すぎて先に進めないということはなかった。

 二人は慎重に歩を進めた。


 洞窟内の寒さは、ルミナ・ストーンのおかげでかなり軽減されている。


(ライトニングさんがいてくれて、本当によかった……)


 クレアは、前を歩く彼の姿に心から安心感を感じていた。



 ひたすら突き進んでいくと、大きな広い空間に出た。

 天井は光が届かないほど高く、真っ暗で何も見えない。

 左右の壁も、かろうじて見えるほど広い。



 そんな中、二人の目に飛び来んできたのは、異様な黒マントの集団だった。


 銀色の長い髪の毛をおろし、目は赤く、肌は青い。明らかに、人ならざる者たちの集団だった。


 瞬時にライトニングはレイピアを抜きはなった。


「なんだ、こいつら……」


 黒マントの集団は、ひっそりとたたずんでいる。

 瞳のない赤い目は開いているものの、まるで眠っているようにも見える。


 見たこともない異形の集団に、ライトニングは背中から汗が流れ落ちるのを感じた。

 百戦錬磨の彼だからこそ感じる、異質なオーラ。


 今まで戦ってきたどんな魔物よりもどす黒く、強烈だった。


 その中のひとりが、キリキリ、と顔を動かした。

 まるで機会人形マリオネットのように無機質な動きだった。


「ほう、人間か」


 不気味な声が、広い空間にこだまする。

 それに呼応して、黒マントの集団はいっせいにクレアとライトニングに顔を向けた。


 ゾクリ、とする冷たい目線だった。


 慌ててクレアもダガーを引き抜く。


 その姿に、さも滑稽だと言わんばかりに黒マントのひとりが笑った。


「そのような武器で、我らと戦うつもりか」


 ゾワ、とクレアの全身に強烈な恐怖が襲いかかってきた。

 いまだかつて感じたことのない殺気。


(こ、殺される……!?)


 クレアは、ダガーを構えたまま身動きが取れなくなった。

 瞬時にライトニングがクレアの腕をつかみ、来た道を猛然と駆け戻った。


 彼にも感じた。


 あのまま、あの場にいたら殺される。

 それは、彼の本能による直感ではあったが、紛れもない事実であるということを彼自身がよくわかっていた。

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