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第十四話 「魔王出現の報」

 マンティコアの討伐から三日が経った。

 マルコーの怪我は思ったよりも重症で、医師の話によると肋骨だけでなく内臓もいくつか損傷を受けているらしいことがわかった。

 アルスタイト王国では回復魔法が使える魔術師はほんの一握りしかいない。

 いや、世界的に見てもそういった能力を持つ者は稀である。


 そのため、ひどい傷を負った場合はまず医師に見せる。


 マルコーも、瀕死の状態で戻ってきた際、本部内の特務部隊専属の医師に見せた。

 そして、緊急手術によりなんとか一命をとりとめた。


 手の施しようがなく、国にとっても重要な人物と国王が判断した場合のみ、王宮務めの宮廷魔術師による回復魔法を受けられるのだが、幸いそこまで至ってはいなかったようだ。


「思ったより元気そうじゃないか」


 病室のベッドに横たわるマルコーを見舞いに来て、シャナは開口一番そう言った。

 狭い病室にはローランとクレアも詰めかけている。

 マルコーは上半身を包帯でぐるぐる巻きにされていたが、血色はよく、すでにいつもの憎たらしい顔に戻っていた。


「へっ。あんなんでこのオレがくたばるかよ」


 強気に言ってはいるものの、起き上がる気力はないようだ。

 クレアはそんなマルコーを見て、申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさい……。私が馬に乗れなかったせいで、隊長が遅れて……マルコーさんを危険な目に……」


 マルコーはチラッと目だけでクレアを見ると、ニカッと笑った。


「まったくだぜ。新入りが来て初めての任務でいきなりこのザマだ。さっそく、足を引っ張りやがって」


 しゅん、とクレアはうつむく。


「でも、ま。マンティコアを翻弄していたあの動きはたいしたもんだ。とても新人とは思えなかったぜ」


 マルコーの本心からの褒め言葉に、クレアはおろかシャナですら目を見開いた。


「驚いた。まさか、あんたの口からそんな言葉が出るとはね。こりゃ、そうとう打ちどころでも悪かったのかい?」

「なんだよ」と、マルコーがブスッとする。

「オレが新入りを褒めちゃおかしいかよ」

「新入りどころか、あんた今まで誰かを褒めたことなんてないじゃないのさ。褒め言葉のボキャブラリーじたい、脳みそには入ってないのかと思ってたわよ」


 シャナの軽口に、マルコーは「てめえ……!!」と声を発するも、すぐさまその顔が苦痛にゆがんだ。


「いててて……」

「ほらほら、安静にしてなきゃ」

「てめえが余計なこと言うからだろうが」


 二人の掛け合いに、隊長であるローランが「ふっ」と笑って言った。


「どうやらオレたちがいた方が精神衛生上よくないようだな。四人一組フォーマンセルになったと思ったら、すぐに三人一組スリーマンセルに逆戻りしてしまったが、貴様はここで養生に専念しろ」

「オレの代わりは補充しないんですかい?」


 特務部隊には、チーム内に戦闘不能者が出た場合のために穴埋めのための予備隊員がいるが、ローランは首を振った。


「今は、この二人だけでいい。こなせる任務が制限されるが、新人のクレアの育成も考えれば、大規模な魔物狩りをするよりは、強敵であっても1匹の魔物を相手にしたほうがいい」


 隊長の考えに、部下であるマルコーもシャナも納得の意志を示した。


「そうだな、まず新入りは馬に乗れるようになってもらわねえとな」

「それと、武器の扱いもね。逃げ回ってばっかじゃ、相手を倒せやしないしね」


 今回の件で二人にクレアの除隊を迫られると思っていたローランは、逆に目を丸くした。

 どうやら、彼らもクレアの内に秘める強さに気付き始めたようだ。


「そうと決まれば、まずは乗馬の訓練だ。オレたちについてこれるようになるまで、朝から晩までみっちり鍛えるぞ」

「剣の扱いはあたいが教えてあげるよ。覚悟しな」


 二人の心優しいとは思えない気遣いに、クレアは暗い表情で

「よろしくお願いします」

 とだけ答えた。



     ※



 その頃から、世界各地で不穏な空気が増していた。

 徐々に出現率が増している魔物の量と比例して、その凶暴さも日に日に強くなっている。


 アルスタイトの王宮内では、夜を徹しての原因調査が行われていたが、いまだその原因がわからないでいた。

 魔物はいったいどこから来るのか。

 どうやって溢れ出ているのか。


 出現地域もバラバラで統一性がなく、宮廷魔術師たちは頭を抱えていた。


「わからぬのか」


 多くの燭台が並ぶ大広間。その真ん中の大テーブルに広げられた地図を覗き込む彼らの前に、アルスタイト国王ファンが姿を現した。

 老齢ながらも眼光鋭く、見る者を圧倒する気迫が感じられる。

 手には身体を支えるというよりは威厳を保つためといった杖が握られていた。


 突如現れた主君の姿に、宮廷魔術師たちが姿勢をただして一斉に頭を下げた。

 その顔は、何日も眠っていないような疲れた表情が見て取れる。

 そんな家臣たちの姿にアルスタイト国王は険しい顔を見せながら重苦しい口調で問いただした。


「これだけの優秀な者たちがおりながら、何一つわからぬのか」

「も、申し訳ございません。魔物の出現に関してありとあらゆる可能性を考慮しておるのですが、どれも決定打にとぼしく……」

「はやく原因を追究せねば、魔物の侵攻を止められぬぞ。日に日に数も強さも増しているではないか」

「はい……。今、全力をあげて調査団を派遣しておりますが、いまだにめぼしい情報はなく……」


 恐縮する宮廷魔術師たちに、ファンはイライラしながら手に持った杖をトンと叩いた。

 ビクッと宮廷魔術師たちの肩が震える。


「情けない、実に情けない。何のための宮廷魔術師なのか」


 その時、大広間に一人の兵士が駆け込んできた。


「陛下!! 今、同盟国グランから使者が参りました」

「グランから?」


 千年続くといわれる、由緒正しき王国グラン。

 そこの国王は人情を重んじ、仁義をつくす人物としても知られている。


 これは何かあったに違いない。

 ファンは兵士に何事かと尋ねた。


「はい、使者が申しますには、此度の魔物出現の元凶が判明したとのこと。どうやら、グランのさらに南、海を隔てた暗黒大陸にて魔王が現れたそうです……」

「ま、魔王じゃと?」


 バカな、と国王は杖を床に叩きつけた。


「魔王とは、あの神話に出てくるティアマトのことか!?」

「詳しくはわかりませんが、どうやらそこから魔王が出現したと同時に、噴出された邪悪な気が次々と魔物に姿を変えて世界中に送られているというのです」

「邪悪な気が魔物に……? つまり、今、世界中を混乱に陥れている魔物の元凶は、魔王が現れたことによる突発的なものだというのか」

「グランからの報告では、そのように……」


 なんということだ、とアルスタイト国王ファンはつぶやいた。


 これが本当ならば、大量の凶悪な魔物の出現は、火をおこしたときに出る火の粉と同じく魔王の出現によって出た塵のようなものである。

 その塵が今、人類の脅威となっている。


 その大元となる魔王とは、いったいどんな存在なのか。その力は計り知れない。


「世界は、終わるのか……」


 ファンの顔は、絶望に打ちひしがれていた。


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