不思議な女の子
おじいちゃんの古い屋敷の直ぐ隣には、おじいちゃんの水飴工場がありました。
この時間はみんなこの水飴工場で働いていて、広い屋敷には僕一人きりでした。
ボーン ボーン ボーン
屋敷を覆い包んでいた静寂を打ち破るかのように、大きな柱時計の鐘の音が響きわたりました。
お兄ちゃんが小学校から帰って来るまでには、まだ一刻ほどあります。
もっとも、お兄ちゃんは帰って来ても、僕のことなどちっとも構ってくれません。
ランドセルを放り出すと、直ぐに何処かへ遊びに行ってしまいます。
晩秋の穏やかな日射しの中、庭に面した濡れ縁に腰かけてぼんやりしていると、深紅の蝶がひらりひらりと何処からともなく現れました。
深紅の蝶は、鮮やかに紅葉した楓が水面に枝を伸ばす小さな池の周りを、ひらりひらり舞い踊るように飛んでいました。
中庭を吹き抜ける突然のつむじ風に、楓の葉がはらはらと舞い散り、蝶の姿を覆い隠しました。
蝶の姿を探していると、楓の葉で紅く水面を染めた池の端に、見知らぬ女の子が立っているのに気が付きました。
女の子は肩まである艷やかな黒髪に、墨で線を引いたようなはっきりとした目鼻立ちをしていました。
蝶々の舞う赤い着物に雪駄という古風な出で立ちは、まるで大きな市松人形のようでした。
「ねえ、そこで何をしてるの?」
「おぬしを見ておった」
「どこから来たの? ぼくの名前はちひろ。 きみの名前は?」
「茜じゃ」
「あかねちゃん、いっしょに遊ぶ?」
「よかろう」
愛らしい外見とは不釣合な話し方をする不思議な女の子を連れて、僕はおじいちゃんの水飴工場へ向かいました。