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二人のかけら  作者: ラト
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赤い髪

「いやあ助かった!」


そう大声で言ったのは、パン屋のジョゼフだった。

雨が降る今日このごろ、店内は暖かい光に包まれていた。


「いやね、腰を悪くしてから娘に、もう店を畳んだらどうかって言われててね」


ジョゼフはそう言いながら、パンが並んでいる棚を見渡す。


「俺ももうそこそこいい歳だから悩んでたんですよ、店を畳もうかって」


自分のことを誰かに話すのが苦手なジョゼフは恥ずかしそうに笑った。


「だから、ジェノアさんがこの街に来てくれて本当に助かったんだよ、この街には医者なんていないし、来たこともない」


ジョゼフはそう言って向かいに立っていた女性に笑いかける。


「お役に立てて何よりです、ただ、私の作る薬は言うなれば、患部を治すのを手助けするものなので、あまり無理はしないでくださいね」

と、ジェノアと呼ばれた女性は、少し浮かれて見えるジョゼフに忠告をした。



彼女は黒いローブに身を包み、フードを深くかぶっているので、顔はあまり見ることはできない。

ただ、この女性から発せられる声はまるで鈴を鳴らしたような、とても繊細で美しいものだった。


「ああ、分かってるさ、だが少しは若い時を思い出してもいいだろう?」

そう言い、ジョゼフは楽しそうに笑う。


まるで青年のような笑顔だ、とジェノアは思った。


人は、どんなに外側が年老いて見えても、内側が若ければ、だんだんとそれがその人を年齢より若く見せることがある。


これはジェノアが今まで色んな街を旅して分かったことだった。


こんな笑顔が出来る人が多い街は潤いのある街だということも知っていた。

今のところ、ジェノアと接した人は明るい笑顔をしている人ばかりだった。


この街は潤いがある。


そうジェノアが確信しようとした、その時だった。


「そういや、赤い髪をしたガキを通りで見なかったかい?」


突然、ジョゼフは思い出したようにそう言ったのだった。


「……赤い髪、ですか?」


ジェノアは突然聞かれたその質問を怪訝な表情をして聞き返す。


「ああ、最近になって彷徨くようになった孤児なんだが……気味の悪い髪をしていてな。……昔からよく言うだろ、赤い髪の子は悪魔の子ってな」


それを聞いてジェノアは、


「失礼ですが、宗教は何を?」

と尋ねる。


するとジョゼフは近くにあったトングでパンをトレーに乗せながら、


「俺はサフィズム教だ、まあ言うなら、この街が、だな。王国からのご命令さ」


「そう、ですか」



王国というのは、この街から歩いて6日のところにある港産業が盛んなブールマリ王国だろう。

この街はその王国の配下にあると考えれば成る程、ジェノアが感じた潤いに説明がつく。

となれば……ーーー



ジェノアは何かを考えこむように、口元に手を当てた。



この世界では宗教が二つに分かれている。

一つは、ジョゼフが信仰しているというサフィズム教。

これは古より記録された神話によって形成されており、多神教だ。

自然の中には八百万の神々が暮らしており、世界はその神々の力で作られたとされている。


ただ、その神々の中でも悪の意志を持つとされている神が一柱いた。


その神は最悪を呼ぶとされ、サフィズム教を信仰している人々から忌み嫌われ、恐れられている。


神話によれば、その神は赤い髪をしており、嫉妬、色欲、暴食、憤怒、怠惰、傲慢、強欲という人間に纏わる大罪を司る神とされている。

その神をサフィズム教の人々は悪魔と呼んでいた。


もう一つの宗教は、ロヴィナリー教と言い、大昔に実在したとされる人物を信仰している宗教だ。

大昔、この世界には暗闇の時代と言われている大災害が立て続けに起こった時代があった。

その災害のせいで、人々が多く死んでいくなか現れたのは、赤い髪をした魔法使い、ロヴィだった。

ロヴィは魔法を使い、均衡が崩れた世界を安定化させ、人々を救ったと言われている。

しかし、世界が安定化した後、ロビィは人々の前に姿を現さなかったという。

その後、人々は世界を救ったロヴィを救世主とし讃え始め、信仰していった。

これがロヴィナリー教の起源とされている。


これらの宗教は面白いことに、それぞれ信者がある条件で分かれている。

サフィズム教は、魔法を使えない人間が信仰し、ロヴィナリー教は、魔法を使える人間が信仰している。

考えてみれば納得するが、ジェノアはこの違いがとても興味深く感じている。

それに加え、相違点が多々存在するこれらの宗教には共通点があった。

それはどちらも赤い髪が関係するということだ。

尤も、この二つの宗教が意味する赤い髪というのは、天と地の差の意味があるが。



赤い髪を持って産まれてくる子供は、この世界ではほとんど存在しない。

赤という色素が人間の体に合わないのか、それとも神々の呪いなのか。


頭の良い人の中には、なぜこんなことが起こるのか、と調べている人もいるが、未だに真実は分からないままだ。


だが、ごく稀に赤い髪を持った子供が産まれてくることがあるらしい。



昔、サフィズム教の地で赤い髪を持った子供が産まれた、と聞いたのをジェノアは思い出した。


彼女は我知らずに唇を噛む。


もしかしたら、このまま見過ごせば、またあんなことが起こるかもしれない。

そうなれば、文明が発展した今、昔とは比にならないぐらい酷い事が起きてしまう。


彼女は窓から雨が降りしきる外を見据えた。


ーーー今、防がなければ。


そんなことを考えていると、ジョゼフがジェノアにパンが沢山入った紙袋を差し出した。


「金はいらないってアンタ言ってたけど、せめてこれは貰ってくれ。本当に助かった」


ジェノアはそれを聞き、ハッと我に返る。


「あ、いいえ。ありがとうございます」


彼女はパンの袋を受け取り、頭を下げた。


「あんた、いつまでここにいるんだい?」


「そうですね……、やる事も出来ましたし、もう少し滞在しますよ」


「この街でやる事、かい?ふぅん、まあ無理はしなさんなよ」


ジョゼフは近くにあった新聞を広げながら、そう言った。


「では、私はこれで帰りますね。また何か調子が悪かったら《馬車道亭》にいますので連絡して下さい」


「ああ、すまんな、ありがとう」


ジョゼフは顔を上げてニッと笑いかける。

ジェノアもそれに応えようと、頭を下げた、その時だった。


ーーキィィィ……ン


鋭い金属音のような音がジェノアの耳に届いた。

それは一瞬で、魔力が外に放出された時に聞こえる音だと気付くのに少し時間がかかってしまった。


「すみません、最後に一ついいですか?」


ジェノアは低い声でジョゼフに問う。


ーーまさか、まさか、まさか。

そんな事があるはずが無い。


ジョゼフは少し怪訝な顔をして、頷く。

彼には、あの音が聞こえていないようだ。


「この街に、サフィズムを信仰しているこの地に、魔法使いはいないはず、ですよね?」


「……?ああ、この街には魔法使いは居ないよ、まあ居たとしたら即座に打ち首だろうし……て、おいっ!」


ジョゼフが言い終わらないうちに、ジェノアは駆け出していた。


店を出て、魔力が感じられる方向へと足を動かす。


杞憂であってほしい。

ただの思い込みであってほしい。


ジェノアは雨が降りしきる中、そんなことを思った。


しかし、魔力がした方へ近付けば近付くほど、彼女の願いは絶望的になっていく。


気付けば、ジェノアは人気のない路地裏に来ていた。


そこはゴミが大量に捨てられ、掃除も行き届いていない場所だった。

雨が降っているのにも関わらず、異臭が鼻をつく。


ジェノアは顔を顰めた。

本当にこんな所にいるのだろうか。


そう、目を凝らしながら思ったその時、


ーーナァーン


よく知った鳴き声が耳に届いた。


すぐさま、その声の主を目で探す。

すると、ダストボックスの近くに白い猫が佇んでいるのが目に入った。


「エリク」


ジェノアがそう呼ぶと白猫は、伸びをしながら欠伸をした。


「あなたが先に見つけていたのね、エリクシール」


「ナァン」


白猫の近くには赤い髪をした少女が倒れていた。

白い陶器のような肌をしており、痩せているせいか目が少し窪み、まるで人形のようだった。


「この子が……」


ジェノアは少女の赤い髪に触れながら何かを呟いたが、それは雨音の中に消えていく。


「ナァン?」


エリクシールがジェノアの顔を覗き見る。

彼女の顔は少し強張っていた。



するとジェノアはエリクシールが自分の顔を覗き見ていることに気付き、少しだけ微笑んだ。


「いいえ、何でもないわ、さっ、帰りましょう。忙しくなるわよ」


ジェノアが努めてそうはっきり言うと、エリクシールは満足そうに


「ニャっ」


と鳴いたのだった。




今日もありがとうございました。

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