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二人のかけら  作者: ラト
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side リーベ 兆候

ーー雨だ、寒くなるな……

リーベは、虚ろな表情でボンヤリとしながら、そう思った。


ひっそりとして、薄汚れた路地裏に、少女リーベは蹲っていた。

孤児院を出た日からどのくらいの日が経ったのだろう。

あの日からずっと歩いてきて、ここが何処なのか分からなくなってしまっていた。


リーベは、チラリと異臭を放つダストボックスを見た。

ずっとゴミの中から見つけた残飯や、もはや食品とは呼べないモノを食べて凌いでいた。

しかし、食べた後は必ず下痢や嘔吐などの症状が現れ、彼女の体力を根こそぎ奪っていった。


やがてリーベの力は底を尽き、歩けなくなってしまったのだ。


ここ数日、何も食べていない。

虫が蔓延っている食べ物を食べても、気持ち悪くなり、結局は吐き出すのだ。

だったら、食べない方がいい。


これが、まだ幼い彼女が行き着いた結論だった。



雨が彼女の身体を冷やしていく。

薄い布の服の袖を伸ばして、今までよりも小さく蹲る。


昼間の表通りを歩いていたら、リーベは色んな人に嫌な顔をされた。

眉をひそめる人、顔を顰める人、あからさまに睨む人……


知らない人に向けられる悪意は、まるで自分の存在自体を否定されているようで、リーベは怖くなった。


そして、そんな人達はみんな、彼女のことを悪魔だと言うのだった。


ーー優しそうなおばさん、笑顔を絶やさない配達屋さん、パン屋の大柄なおじさん……

みんな私を見ると、顔が変わって口々にどこかへ行けって言ってくる。

悪魔だ、って、赤い髪は悪魔の象徴だって……私は悪魔なんかじゃないのにーー



リーベは鼻の辺りまで伸びてしまっている前髪を掻き分けた。


髪が雨に濡れてベッタリと顔にくっくついて気持ちが悪い。


ーー雨が強くなってきた。


せめて屋根があるところへ行きたかったが、体がだるく、重い。


「このまま、私、死んじゃうのかな」


ポツリと呟いた。

呟いた瞬間、胸が痛くなった。

喉の奥も、痛い。

息をする度に、締め付けられる。

そして、だんだんと目の辺りが熱くなってきた。

どうしようも出来ないくらい、苦しい悲しみに、少女は涙を流していた。


このまま、誰にも見られないで、一人で、死ぬ。


そのことが、どうしようもなく、辛かったのだ。


「……ふっ、うぁっ……やだ、よ、死にたく、無いっ、ひっ……ふ……」


リーベは口を大きく開けながら、大声で泣き叫んだ。


ーーいやだ、いやだ、いやだ……

誰かと話したい、誰かと遊びたい、誰かと笑いたい、誰かに好きになってもらいたいーー


物心が付く頃から、彼女は孤児院にいた。

周りには、リーベと同じく小さい時から居る子もいた。

しかし院長はリーベのことを悪魔呼ばわりして、ことごとく嫌ったのだった。

院長がリーベだけに冷たく当たっていたのがやがて、周りの子供にも伝染してしまい、リーベは一人ぼっちになってしまった。

子供達は、院長から嫌われているリーベを避け始めたのだ。

幸いにも子供達にいじめられることは無かったが、一緒に遊ぶ友達が居なくなってしまったのだった。

そしてある日、陰で子供達が院長の真似をして彼女のことを悪魔と呼んで面白がっていたことを知ってしまった。


「ああああっ、うっ、ああっ、ひっ、う」


泣かないと、決めたのに

笑顔でいると、決めたのに……


泣いてちゃ、駄目だ、駄目だ、駄目なんだ……!


少女は涙を流しながら、無理やり笑顔を作った。

口を閉じ、口角を上げ、頬も上げる。


「笑顔、笑顔、エガオ。大丈夫、私は、笑顔でいる、んだ。ひっ……ふ、大丈夫、だから」


少女は自分に言い聞かせながら、袖で涙を拭いた。


胸はまだ痛い。

鼻もツンとしている。

でも、涙を流すわけにはいかない。

ーー泣かないって決めたのだから。


「いつか、いつか、泣かないで、笑顔で毎日を過ごすんだ。周りに、私のことを悪魔って言わない人と、私を無視しない人と、たくさん笑うんだ!」


リーベがそう言うと、彼女の身体から一筋の半透明なオーラが勢い良く放たれた。

それは空気を震わし、雨を遮っていく。


「え……?」


突然のことだった。

彼女自身、何が起こったか分からなかった。

ただ、今の感覚は魔法を使う時の感覚に似ていた。

もっとも、リーベが魔法を使う時は溜めた魔力を全部使い果たして駆使するので、魔法を使った後は疲労感でいっぱいになってしまう。

しかし、今は逆に身体の調子が良いではないか。

空腹や寒さは変わらないけれど、身体の中から何か熱いものが湧き出ているようだ。

心臓がドクドクと胸を打つ。


力が……溢れる……!

ーードクンっ

そして彼女の血管が大きく波打った瞬間、


「いやああああっ」


リーベが絶叫した。

途端に彼女の身体から再び先程の比では無い強いオーラが大きく解き放たれた。


ジュワッと彼女の周りの雨水が蒸発する。


ーー熱いっ……体が焼けそう……!


そう思った時、疲労感がドッと彼女を襲った。

突然のことで、リーベは体を支えきれずに地面に倒れてしまう。


「く、うっ、ったぁ……」


リーベは呻き声を漏らしながら体を縮めた。


「はあっ、はっ、はあ……っ」


肩で息をしながら、身体中に走る痺れるような熱さに耐える。


「う……」


しかし、初めて体験する激しい苦痛にやがてリーベは意識が遠のいて行くのを感じた。


視界が歪む。

耳鳴りがひどい。


彼女がもう意識を手放そうとした時、ボンヤリとした視界の中で、何かが動いた。

その、何かがリーベに近付いてくる。

チリン、という鈴の音が彼女の耳に響いた。


やがてそれはリーベの目の前で止まる。


「ナァーン」


その鳴き声で、猫だ、と思った瞬間、リーベは意識を失った。


猫は、それをジッと見つめて気まぐれに踵を返す。

裏路地には、赤い髪の少女だけが取り残された。



ーー雨はまだ降り続いている。




今日もありがとうございました。

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