明かされた王の名
「貴女は?」
蘇生魔法にて復活させたダークエルフの一人なのは分かるが名前を知る由もないフレギオンは彼女に名を問う。
「はい、フレギオン様。私の名はオーフィディナと申します。大長老だったアサンドラの妻だった者です」
うやうやしく頭を下げたオーフィディナ。
その態度の取り方動作の仕方はかつて彼女が才女であったのが窺い知れる。妻だったという過去形の言葉使いは、大長老がその場にいないからだろう。
最も大長老は大魔法の影響で蘇生に成功しないのだが。
「大長老のか……」
口に手をあててフレギオンは少し肩を竦める。こういう紹介を受けてしまうと大長老が蘇生出来なかったことに罪悪感を感じたからだ。
だが、大長老の蘇生は正直言って現状不可能だ。彼は冥界の神であり死神という名を持つエスヴォハールに魂を囚われている。蘇生するには魂を呼び戻さなくてはならないが、その魂が神の支配下にある以上手が出せない。なにより蘇生するための肉体がないために魂を呼び戻せたとしてもそれを容れる器がない。
「夫のことはお気になさりませんようにお願い申し上げます」
フレギオンが大長老のことを気にしていることを悟ったのか、オーフィディナが申し出る。見た目に反してハッキリとした口調はフレギオンの意識を集中させた。
「そうか。できれば大長老も呼び戻したかったんだが難しいようだ。すまない」
「アサンドラも自分がどうなるかは理解しておりました。私もそのように聞いておりましたのでその話はもう良いのです。アサンドラもフレギオン様が蘇生しようとして下さったというお気持ちだけで十分でしょう」
「………分かった」
「さて皆も待っています。光のエルフ様の話をしても宜しいでしょうか」
さすがは大長老の妻だった女か。サフランやウェルリーナはいちいちフレギオンの言葉を聞き、動作を見てから言葉を発していったが、彼女オーフィディナはテキパキと話を進めていく。もちろん二人が無能だとかそういう事ではないが、オーフィディナの話の進め方には無駄がなくフレギオンは舌を巻く思いだった。
「かまわない、進めてくれ」
「では」
オーフィディナは一礼を行ってからフレギオンを真っ直ぐに見据え光のエルフの説明を始めた。なぜダークエルフとエルフが協力関係でないのかもそれで分かった。
「光のエルフ様がご存命だった頃はダークエルフとエルフは共に世界を歩み、光のエルフ様を王としたエルフの国を建国いたしました」
その話をフレギオンは耳を大きくして集中して聞いた。彼が知っているのは光のエルフという王がかつていたというのと、自分が生まれ変わりだという話だ。だがそれも二人から生まれ変わりだと言われたからであり、またフレギオン自身なぜ自分が光のエルフの生まれ変わりだとサフラン達が言うのかすら分からないときてる。だいたい、神の座に登ったというのも自分ではそう思っていないのだ。
言わば現状の彼はサフランやウェルリーナに祭り上げられている状態に近い。確かにネリスト族を救ってみたり、ファッティエット族を倒したりはした。だが彼の当初の目的は変わっていない。つまり彼は自分が一体何者で、この地で何を行い、そしてこの世界がどういう世界なのを知ることだ。それらを頭に入れつつ自分が置かれた状況を一つ一つクリアしようとしていた。その結果として戦う相手が人間であるならば、それを行うことも念頭にいれながら。
「エルフ族はその頃、最高の栄華を享受したと聞いています。ですが、それは光のエルフ様がご存命だったまでの話。主を失ったエルフとダークエルフは次第に意見が合わなくなり、お互いの王を擁立し敵対関係に発展していきました」
「それで今の状態に? だがそれでは光のエルフのせいではないと思うが?」
「はい、仰るとおりです。しかし直接光のエルフ様に原因はないけれど、対立していった原因にもなっているのです。実は意見が合わなくなった一番の原因になったのが光のエルフ様なのですが、その原因が光のエルフ様がどちらの種族だったのかという事でした。つまり、光のエルフ様がエルフなのかダークエルフの出自なのかということです」
言い終わった直後、おぼつかない足取りで歩こうとしたせいかふらふらと揺れるように倒れそうになったオーフィディナ。隣に居たダークエルフの女性が彼女を支える。
「お婆さま、大丈夫ですか?」
「え、ええ……ありがとうセトゥルシア」
助けた女性の肩を借りて今一度立ち上がったオーフィディナが彼女に礼を言った。
彼女の名はセトゥルシアというようだ。
オーフィディナが立ち上がるのを見守った後、その顔がフレギオンにへと向けられる。蘇生術を使うときは数も多かったために気にもとめなかったが、なるほどウェルリーナに比肩しえる美貌の持ち主だ。
髪は絹のように細く美しいオレンジ色の髪。彼女が座っているためにフレギオンの位置からは判断が出来ないが腰までの長さはあるであろう。ストレートに伸ばされた髪は光沢を発している。肌はダークエルフ特有の肌は黒く見えるまでの濃い灰色だが、彼女の場合は陶器のように白い肌で、彼女もまた一際目立つ色合いの肌を持っている。それは一見、エルフのようにもみえた。
また大きな瞳は淡い碧玉色でその双眸は丸みがあり愛嬌さを感じ、見る者を和やかな気分にさせてくれるだろう。それでいて、意思の強そうな力強い眼力も併せ持っているから不思議だ。
その瞳の上にあるのは細く美しく整えられた柳眉。
くっきりとした鼻筋は彫刻で掘って作ったように美しい。強調もそれほどなく、彼女の表情のアクセントになっている。
唇は薄く小さな紅色で、艶やかな唇はほんの少し不満げに尖ってように感じるが、瞳の愛嬌さを併せ持つと優しく微笑んでるように見えなくも無い。
そして小顔という美しい顔は花も恥じらって萎れてしまうのでは無いだろうかという端正な顔だった。
着てるものは純白のローブで、肩が少々露出する程度。丈は膝下まであり座っていれば見えるのは彼女の顔と少し露出された肩のみだ。
「セトゥルシア、貴女もご挨拶をしなさい」
「はい、お婆さま」
促されオーフィディナの手を取って、セトゥルシアが立ち上がった。そしてオーフィディナの顔を見て一度だけ頷くとその手を離した。
それは年老いた老婆の支えが無くなることを承知してもらうための頷きのように見えた。
くるりと回るようにフレギオンの方に振り向いたセトゥルシアは微笑みながら、ローブの裾を指で摘まみながらやや持ち上げて頭を下げる。
「ご挨拶が遅れましたフレギオン様。こちらにいるオーフィディナと大長老アサンドラの孫娘になりますセトゥルシアと申します。先ほどはこの命をお救い頂きまして誠に感謝申し上げます」
その挨拶の仕方、そして簡素ではあるが純白のローブ――多少の汚れこそあるが――と端正な顔が相まって彼女を深窓の令嬢に見間違うばかりの華やかさを醸し出させる。
ウェルリーナも十二分なほどに美しいダークエルフだが、セトゥルシアもそれに匹敵する美しさだ。
「そうか、孫娘か。それでオーフィディナをお婆さまと呼んだんだな」
「さようでございます」
眼を瞑ってにっこりと微笑みを浮かべてセトゥルシアは頭を下げた後、祖母の手をとって、フレギオンに願い出る。
「それで差し出がましい申し出なのですが、お婆さまは足腰が悪くなっております、可能であるなら私が支えたいと考えているのですが宜しいでしょうか」
ゆったりとした口調で静かに申し出るセトゥルシアにフレギオンは小さく頷いた。
「ああ、かまわないとも」
だいたい断る理由もないと付け加えたくなったぐらいだ。
「お礼申し上げますフレギオン様」
フレギオンの許可がおりて安心した様子でまた一礼を行った後、彼女はオーフィディナの手をとって祖母に寄り添うように支えとなる。
孫娘の支えを得て、オーフィディナは途中で止まった話を再び始動させる。
「それで光のエルフ様のその出自がどちらからかなのかを言い争って、エルフとダークエルフは敵対していきました。我らエルフこそ光のエルフ様の種族であると、またダークエルフも同じように言い返し争いに発展していったのです」
「ああ、そうだ、あいつらはそういって俺たちは光のエルフ様に恩恵に預かりにきた盗人だと奴らは言いやがったんだ。だけどフレギオン様がここに居る以上は光のエルフ様の出はダークエルフだったという証拠だ!」
オーフィディナが説明を再開させた瞬間、鼻息を荒くした青年のダークエルフが口を挟む。しかし、それをオーフィディナがぴしゃりと叱りつけた。
「お黙りなさい! 今がどういう時か考えなさい!」
――うっ………。と、声を荒げた男が口をつぐむ。
それはそのはずだ。オーフィディナはその光のエルフの生まれ変わりだと信じられているフレギオンに今まさに過去の説明をしているのだ。それを邪魔するような真似をしてはならない。彼以外の他の男女を問わず皆が呆れた表情を浮かべていた。
セトゥルシアの紹介をしたのだって、オーフィディナが倒れそうになったのを彼女が支えてその存在をアピールしたからだ。何も無ければ話が全て終わってから紹介でもよかったぐらいだ。
「かまわない。それよりも説明を頼む」
「お見苦しいところを失礼いたしました」
「いいんだ」
それよりもと再度促す。
オーフィディナは一息いれてから、説明を今度こそ再開させた。
「この出自の問題によって我々ダークエルフとエルフはかつての友好な関係は途絶えました。その結果エルフ族の力はエルフとダークエルフという二種族に分断されその力は半減。エルフの楽園であった国は滅びさり、さらに他の魔族の台頭など数多くの出来事があったあと、数を増やした人間がこの大陸から魔族を排除するために戦争を仕掛けてきました。それが数百年前のことで、結果はこの状態です」
この結果というのは文字通りの結果の事だ。魔族は大陸から追いやられ、人間が魔族を狩っているこの時代がきてしまったということだ。
フレギオンはウェルリーナが言っていた話をすこし思い出した。それは人間に最初こそ勝ってはいたという話である。だがそれも数で押し切られてここまで敗退したと言うのだが。
そしてエルフがダークエルフを忌み嫌っているというのも、不幸か幸いかさきほど口を出してきた男によって分かってきた。
「なるほど少しみえてきた。つまりエルフは自分達こそが光のエルフを生み出した種族であり、ダークエルフはその光のエルフの恩恵にあやかろうとした………、と、言っているんだな?」
「まさしくその通りでございます。そして、我らの祖先はダークエルフが光のエルフ様を産みだしたのだと言い張り関係をさらに悪化させたと。お互いが譲らず、その思想のぶつかり合いによって今日まで至っており、エルフはダークエルフが滅べば良いと言い張るほどに我らを毛嫌っております」
そういった時、オーフィディナの瞳には幾分かの悲しみの色が混じっていた。
元は同種族、それが互いの歩みの歩調を合わせなくなってずいぶん経つのだろう。それに彼女の年齢だ、今までいろんなものを見てきたに違いない。
「その、エルフのことだが。あくまで可能性の話だが聞いてくれ。この周辺にあった人間の村が滅ばされたとここに来るまでに、あそこに控えているヴァサドールから俺は聞いてきた。それを襲ったのはファッティエット族だと予想していたんだが、どうやらエルフが襲ったようだ。それでなんだが、貴女はどう考える?」
ここであえてギーゼルヘアがそう言ったとはフレギオンは言わなかった。それを言ってしまえばこの場に居たネリスト族の何人かはギーゼルヘアがやったんだと言ってしまいそうだったからだ。勿論その可能性は捨てきれない。しかし、偏見なき答えを得たいのであればこちらから出す情報は限定的なものが良い場合もある。とは言ってもギーゼルヘアからも聞いたのだがという言葉を先ほどに発していたため、聡明だと思えるオーフィディナには効果は薄いかも知れない。
オーフィディナはこの問いかけに少しだけ頭を悩ませてから二度ほど頷いた。
「ありえます。エルフのいくつかの部族は我々を攻撃してきた者がかつていましたし、それに……、その村を襲ったのは我々の仕業だと見せかける罠でしょう。なにより………夫が言っていました。オークの集落の近くに人間が村を作っていると、そしてその村の住人は恐らく奴隷であると」
「奴隷? しかしヴァサドールたちは戦士の人間に集落を襲われたと聞いたが」
「奴隷といってもただの奴隷ではありません。戦いを専門とする奴隷などもおります。恐らくはその奴隷たちは用済みになったのでしょう。ですので有用な使い道を人間達が考え、誰かは分かりませんがエルフのどれかの部族に手を結び、我らの仕業に見せかけたと考えられます」
彼女は最後に「エルフがやったのでしたら」と付け加えた。
「なら、エルフの可能性も十分あるというんだな」
「考えられる可能性の中では大きな選択肢の一つかと。なにより、事実を知らない人間の民がダークエルフの仕業だと信じれば我らを攻撃する絶好の機会でしょう」
この答えは人間と手を組み、ネリストを攻撃してきたギーゼルヘアの答えとほぼ一緒だった。ギーゼルヘアは人間の内情を少しばかりは把握した上でこう言ってきたが、オーフィディナは彼女なりの推理でこの答えを導き出した。それが出来るということはやはり彼女は聡明な女性であるという証拠に他ならない。
フレギオンはこの両者の答えが一致したことによって、村の惨劇の首謀者をエルフだと判断することにした。
「なるほど、把握できてきた。では次の問いをしてもいいかな?」
「なんなりと」
「助かる。聞きたいのはまた光のエルフなんだが………、どうして俺を光のエルフだとサフラン達や、皆は信じる? たしかに大長老がそう言ったんだとしても………」
「あら…………」
この問いには心底驚いたという表情を見せたオーフィディナ。傍らで彼女を支えるセトゥルシアも眼を丸くして驚いた。
周りのダークエルフもざわざわとしだした。
だがこれはフレギオンとてびっくりされても困るというものだ。なぜなら彼はこの疑問を彼らが瞬時に答えてくれるものだと考えていたからだ。そんなに驚いた顔をされても彼にはどうすることもできない。
「お話していなかったの?」
その声はサフランやウェルリーナに向かって発せられる。まさかこんな事実を話していなかったのかという呆れ声も混じりつつ、鷹揚に彼女はサフラン達に指示をする。
「早くフレギオン様に説明をサフラン」
彼は非常に申し訳なさそうな表情をしながら、大長老の妻であるオーフィディナに言われたとおり、フレギオンに、何故彼が光のエルフの生まれ変わりなのだと思ったのかを説明しだした。もちろん一言謝罪もしてだ。
「申し訳ありませんフレギオン様。こんな大事な話をしておりませんでした。我々がフレギオン様を光のエルフ様の生まれ変わりだと信じているのは、ひとえに大長老様がそう仰ったお言葉の意味を理解したウェルリーナのおかげです、そしてもう一つとして伝説に残る光のエルフ様…………」
サフランとウェルリーナが顔を互いに見合わせる。サフランとウェルリーナ、その両者がフレギオンを光のエルフだと思った要因は二つある。
「光のエルフ様と今は我らがそうお呼びしておりますが、こう呼んでいるのは我らダークエルフのみ。エルフと仲違いし我らダークエルフの出自だと言い張った先祖がこう呼ぶようになったのです」
二人が手を組みながら膝をついてフレギオンをまるで王を見上げるかのように輝きに満ちた瞳で、羨望の眼差しを向けている。
当の本人であるフレギオンは二人が言わんとする言葉の意味を摑みきれず、頭を捻らせているのだが。
「つまり……、ダークエルフはその光のエルフと呼んでいるが、エルフはまた別名でそいつを呼んでいるのか?」
これが的外れな問いかけでないことを祈りつつフレギオンは二人の言葉を待つ。実際この別名にどんな意味があるのかすら皆目見当がつかない。
「さようです、フレギオン様。実は光のエルフ様のことをエルフ達はこうお呼びしています。そしてその別名とご存命中の光のエルフ様の言い伝えによるご容姿。それこそが決めてとなっております。その別名が――」
一呼吸した後、二人がフレギオンの前で光のエルフの別名を呼ぶ。
「【光王・フレンジャベリオン】と。そして、言い伝えによる光王様の容姿が、フレギオン様そのままなのです。正に生き写しなのです、お名前もフレギオン様・・・・・・・・・!!」
その瞬間、その場にいたネリスト族のダークエルフ全員がその場に跪く。立っていたオーフィディナももちろん、隣で彼女を支えていたセトゥルシアも同じく片膝をついて跪き、が両手を額に当て、祈るような震えるような、そんな様子でフレギオンの名を一斉に呼び、その名を一体に木霊させた。
「もう一度我らをお救いくださいませ、フレギオン様!!」
7話が長すぎたので、分割してこちらを8話として更新しました。
このぐらいの量のが読みやすいかな?