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帰還せし王  作者: 陽炎
1章【帰ってきた王】
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ネリスト族の復活

「以上が私の知る蘇生術の術式です。どうでしょうか?」


 ダークエルフの部族の一つであるネリスト族の祭司の娘ウェルリーナが顔を上げて、見上げるようにして金髪金眼のダークエルフの顔を見る。彼女よりもおおよそ十五センチほど背が高いフレギオン。その距離は非常に近く、鎧ごしからでも筋肉の隆起が分かるほどだ。


「問題ない。しかしよく知っているな、これは誰も使えなかったんだろう?」


 彼はウェルリーナの父であるサフランの遺体の前にて手を交差させて術式を作っていく。手の平を合わせて、そのままスライドさせるように水平にしていったん左右に手の平を離す。それを幾度か繰り返したのち、手を広げて体内の魔力を放出させて円形の魔法陣を作り出し、その中に三角形の魔法陣を作り出す。

 淡々とこなしていく魔法陣の術式の動作であったが、ウェルリーナと彼女らと共にここまで来たヴァサドールやギーゼルヘアは眼を丸くしその動作を見守っていた。

 彼、フレギオンが行っている魔法は失われた魔法の一つ、または伝説としか認知されていない魔法である蘇生魔法だ。本来、生物には等しく魂が存在し、その魂が消え去った状態を死亡と考えられている。そして一度でも魂が抜け落ちた身体には二度と魂が戻ることは無く動き出すことは無い。それが生物というものだが、その常識というべき万物の理ををフレギオンは破壊しようとしている。彼は今まさに一度消え去った魂を呼び戻すことができる蘇生魔法を使おうとしているのだ、神でさえ使うことができないとさえ言われる魔法を。


「大長老様が私に術式だけを教えて下さってました。必ずやいつか必要になるであろうと、そのときは使う事などないと考えておりましたし、私が使えることはないと思っていたので術式だけを覚えておくだけに留めたのですが」

「俺を召喚するのはその頃から考えていたということか?」

「それは私にも分かりかねます。ただ、大長老様は水晶玉でいつもなにかをみておられました。もしかしたらフレギオン様のことはずっと前からご存じだったのかもしれません」


 ほう、とフレギオンから声が洩れる。


「召喚魔法を使ったのは大長老だったな」

「はい」

「できればその大長老も生き返らせたいものだ。いろいろ聞けそうなんだが……、無理なんだな?」

「あの男が見た事が本当ならば、恐らく大長老様の肉体と魂は死者の神であるエスヴォハールに囚われたと考えられます」


 あの男とはギーゼルヘアのことだ。彼は結界が弱まったのを見計らってネリスト族に襲いかかった折、大長老の最期をその目で見たとここまでの道中で話した。

 祭壇で横たわった大長老を見つけた彼は、長年敵対してきたネリストの長を殺める絶好の機会が到来したと考えた。そして剣で最後のとどめをさそうとしたが、大長老の身体の周りに取り憑いた邪気によって阻まれたという。その邪気は黒々しいオーラで、徐々に大長老やその近くにて倒れていた長老達を飲み込んでいったそうだ。

 それを聞きウェルリーナはそれこそが大長老が言っていた代償なのだと気づいた。冥界の神であるエスヴォハールの呪いを受けたのだとすれば彼女の魔法が効かないのも合点がいく。神の呪いが相手ではそれは至極当然なことだ。

 ただこの話で気にくわないのはギーゼルヘアが大長老に刃を向けたという事実だ。しかし、いまさらそれを言ってフレギオンの蘇生呪文の妨げにはなってはならないと彼女は唇を堅く結んだ。


「しかしエスヴォハールか………」

「? どうかされましたか?」

「いや、世界が違っても神の名は一緒なのだな……と」

「それは……フレギオン様がおられた世界にもエスヴォハールがいたと?」

「ああ。同じ名だ」

「世界が違うとしても神は同じということなのでしょうか?」

「分からないが、まぁいいさ。それはまた考えるとしよう。それよりも出来たぞ」


 言われウェルリーナは魔法陣にへと眼をやれば、そこには円形の術式の中に無数の三角形の術式が合体した緑色に発光し、時間と共に金色に光る魔法陣ができあがっていた。

 なんとも神々しい魔法陣に後方にいた二人からも「おお」と声が聞こえた。


「こ、これが蘇生術の魔法陣」


 魔法陣は基本は真っ白の術式である。色がついた術式はかなり高度な術式で無ければ出現することはない。そこに色が変わる術式ともなればその術の力が窺い知れるというものだ。


「この者に今一度魂を呼び戻したまえ。加護魔法・死者蘇生」


 フレギオンの右手がサフランにへと向けられると、魔法陣がゆっくりと降下していく。光を放ちながらサフランの身体全体にまで大きくなった魔法陣は彼の身体を包み込み、そしてパッと強い光の柱を出した。

 手をかざして光を遮りつつ、フレギオンはサフランの様子を見守った。上手くいって欲しという気持ちが彼の胸に去来していくがそれは顔には出さなかった。必ず生き返るはずだという自信もあったからだ。

 やがて魔法陣は光を弱めていくと次第にサフランの身体が白い発光の中から見えてくるようになる。


「あ………ああっ! お父さんっ!」


 ウェルリーナが思わず声をあげた。

 真っ黒に焼かれ、ズタズタに剣で突き刺されたサフランの身体。それは光が消え去っていくとついに姿を現した。


「成功か」


 光の中から現れたサフランの姿は焼け焦がれたその姿では無く、銀色の長髪に灰色に近い藍色の肌。フレギオンは見たのはこれが初めてだから分からなかったが、ウェルリーナの様子からこれがサフランの生前の姿そのものだと分かる。

 ウェルリーナはすぐさま駆け寄って父の身体を抱き寄せた。


「お父さん、分かりますか? 私です、ウェルリーナです」

「あぅ……あぁぁ……ウェ…ル」

「ああ! 良かった……本当に良かった、私が分かるのですね。良かった…、う………うぅッ…!」


 歓喜と安堵が混在しウェルリーナから小さな嗚咽が零れる。目頭からこぼれ落ちた涙が父の肩にかかれば、父親はポカーンとした顔つきで泣きじゃくる娘の身体をそっと抱きしめた。


「これは夢か、私は、なぜお前が………、お前も死んだか……?」

「残念だがお前は一度殺された。だが娘のおかげで生き返った、俺が分かるか?」


 頭上で見知らぬ男の声が響く。その声に引き寄せられるようにサフランは頭を上げた。


「誰だ……?」


 言葉の内容を認識できない彼は意味が分からないといった顔で眼前の男を見上げる。

 死した身体、動かなくなった脳が再稼働したばかりの彼の頭ではそれを理解するのは難しいのは当然だろう。しかし、次第に脳の回転が速くなっていくと男が言った言葉の意味を理解できるようになっていく。彼もまた祭司なのだ、殺されたという自分が何故動いてるかを考えればその方法は唯一の方法しかないことに気づく。

 彼は自分が蘇生魔法にて復活したのだというを悟り、同時に眼前の男があの水晶玉に映っていたフレギオンだとも気付いた。


「まさか貴方はフレギオン……、大長老が言っていたフレギオンか?」

「ああ、そうだ」

「な、なんということだ。………私は死んで……貴方が蘇生魔法を……?」

「ああ」

「おぉッ……」


 滑舌は未だ悪いままだったが状況を理解したサフランは、娘の顔を横目で見やり、娘の安否を確認した後彼女の腕を解いた。彼は力が入らない身体をなんとか奮い立たせ身体を起こすとユラユラと揺れながらもフレギオンの前で跪いた。


「蘇生魔法は古の大魔法。死者を現世に呼び戻す至高の回復魔法、このサフラン一生の感謝を……」

「感謝などいい、どうしてもしたいなら娘にすればいい、彼女が術式の詠唱方法を知っていなければどうすることもできなかった」

「さようで……」


 サフランは深々と頭を垂れた。その様はさきほどのウェルリーナがやってみせたのと一緒だった。この父がいてこの娘があるということか。


「それに、ウェルリーナに約束したことのたった一つしかまだやっていない」

「ほ、他にもなにか……?」


 頭をあげ、食い入るようにフレギオンの顔を見上げる。蘇生魔法は誰でも知っているように古の大魔法だ。それをやるだけでも十分な見返りがいるだろうと予想されるのに彼はフレギオンはさらに何かをするという。一体何をするのだろうか、そしてその見返りはどうすればいいのか。しかしそんなサフランの心配をよそにフレギオンは笑っていた。


「ネリスト族のダークエルフ全員を蘇生させる。それが約束だ」

「は…?……ぜ、全員!?」


 予想もしていなかった発言にサフランは思わず驚愕の声をあげた。全員を生き返らせる、それは通常では考えもつかない突拍子もない行動だ。ゆえに彼は眼を丸くして驚いた、だがフレギオンは相変わらず笑みを浮かべていた。


「そう驚くな、お前にやったように蘇生魔法を使っていけば全員を生き返らせる」


 いとも簡単に紡がれた言葉、それは常人には全くもって理解の及ぶ話ではない。そう、そのはずだが、フレギオンは簡単に言ってのける。その様子はさも簡単な初期の回復魔法でも使うような言いぐさにサフランは目眩がする思いだった。


「し、しかし。蘇生魔法は聞くところによると一回の詠唱時間は丸一日だと…、魔力も相当量を使うと」

「ん、それは何の話だ?」

「え……」


 森林の中で素っ頓狂な声が辺りに木霊する。それもそのはずだ、古の大魔法である蘇生魔法ともなればその術を使うには大量の魔力を使用するはずだ、それこそ使用者の魔力の大半または全てを使うとされており、さらに術式完成までの時間は丸一日はかかるはずなのだ。だがフレギオンの様子からはそんな事実はなかったとでも言いたげだった。いや、実際になかったのかもしれない。


「だいたいこの術式が完成したのも一分足らずだったんだが。やり方が違うものが他にもあるのか?」

「い、いえ。私が知ってるのはそれだけで」

「そうか、すこし相違点があるようだな、まぁそれもおいおい分かるだろう。今はお前の仲間を生き返らせるのが先だ」


 大魔法を使う事における常識をこうも簡単な言葉で片付けられてはサフランも口をあんぐりとさせるしかない。どういうことかは分からないがフレギオンにとって蘇生魔法はそれほど難しい魔法ではないようだ。


「いこう。まだまだ人数はいるんだろう?」


 フレギオンはウェルリーナに目をやって手招きする。その頃には彼女は涙を拭い終わっており普段の理知的な表情に戻りつつあった。その呼び声にウェルリーナは一つ決心したような顔つきでフレギオンの眼を見ながらハッキリと言う。


「その前に、フレギオン様には是非誓いたい事があります」

「ん? 誓いたいこと?」

「はい、まずは父を救って頂き誠に誠にありがとうございます。もう父とは会うことも叶わないことだと思っておりました。それがこんなにも早く逢わせて頂けるとは感謝の言葉をいくら言っても足りません。その上で仲間まで助けて頂けるとなれば」

「仲間はまだなんだがな」


 フレギオンはまた笑みを作った。彼は感謝はいらないと言っていたがされれば喜ぶといった心の持ち主なのだろう。それがウェルリーナそしてサフランには分かった。

 彼女はフレギオンの眼を真っ直ぐ見据え言葉を続けた。


「私ではこの対価には不釣り合いでしょうが。このウェルリーナ、一生フレギオン様のお側にお付き従い致します。どうか、お側に置いて下さい」


 ネリスト族の中でも取り分け美貌が際立つウェルリーナ、その彼女は父サフランよりもさらにフレギオンに近くにて大地に膝をつき頭を下げた。両手を手を胸に当てて頭を三度下げて礼を尽くすその姿は彼らダークエルフがやる臣下の礼なのだろうが彼女が行うとそれはどこか典雅で見る者を惹きつける魅力があった。

 その願いにサフランは眼を見開き驚きいさんで「何を言ってるんだ」と口走ったが、ウェルリーナの力強くハッキリとした物言いに意思は堅いとすぐに悟った。


「ウェルリーナ言ったはずだ、仲間を生き返らせるのに礼はいらないと。俺が欲しいのは生き返った仲間が持ってる知識だ。お前のその気持ちは受け取っておくだけに留めよう」


 ウェルリーナの願いを退け、フレギオンは彼女に立つように指示する。その様子に父親のサフランは胸をなで下ろす気分だった。蘇ってすぐにこれでは心臓に悪くまた死にそうになるほどだった。

 そんな一連のやりとりの後、フレギオンは彼女とその父サフランを立たせこの森にて死んでいったネリスト族のダークエルフを蘇らせるために出発しようとする。が、今度もまた出発の足を止める声が入った。


「ま、待ってくれ、待ってくれ!!」


 その声はファッティエット族の族長ギーゼルヘアのものだった。

 彼は大慌てな様子でフレギオンの前にて膝をついてそれは必死の形相で懇願してきた。


「ギーゼルヘア!? なぜここに!」


 生き返った直後にフレギオンとウェルリーナに囲まれたサフランはまさか近くに憎き仇であるギーゼルヘアがいるとは思わず、驚きの声をあげつつも戦闘態勢にはいるために魔力をねりあげていく。その様子を見てウェルリーナが父のからだを抱き寄せて「大丈夫よ父さん」と優しく言い聞かせた。


「あんた、いや、貴方……いや、フレギオン様!! 俺は貴方が光のエルフの生まれ変わりや神の座についたダークエルフだとかそんな話は信じちゃいなかった。大長老が化け物みたいなダークエルフを呼んだだけだと思っていた。だが、今のこれを見たらバカな俺にだって分かる、あんたは……いや、いや、フレギオン様が神だって分かる」


 ギーゼルヘアは唇を血がにじみ出すまでキツく噛みしめる。その顔つきは鬼気迫るほどに緊迫した必死な顔だった。


「俺が間違っていた、ネリストを攻撃すべきじゃなかった。人間と手を組むべきじゃなかった、そうだ間違いだった。俺は大馬鹿だ。だけどだけど、お願いだ。俺の仲間も助けてやってください。あいつらは俺の命令に従っただけなんです。あいつらは……」


 口から血が滲み出て行く、おそらく舌を噛んでいるのだろう。それは回復呪文を一切使えないファッティエット族のダークエルフである彼にとって良いことではない。かみちぎればエルフ族ともいえど人間のようにいずれ死に至るだろう。長寿だといってもそれは寿命だけで傷に対するものではない。


「俺は死んだっていい、それはそこにいるサフラン達も許さないのは分かっている、俺はそいつの家族を殺した。だけど俺の部下だったあいつらは、あいつらは俺の言うことを聞いただけなんだ。俺がネリストこそが最大の仇だと先導した結果だ。だから頼む。助けてやってください」


 フレギオンはウェルリーナやサフランの顔を見る。二人はギーゼルヘアに対して憎悪の瞳を宿していた。その憎しみの炎は今の段階では消え去ることなどできないのは明白だった。


「そのことだが」


 二人の様子を見つつ、フレギオンは何が今の最大の有益になるかを考えた。正直にいえばフレギオンがファッティエット族の殺し方、態度を見てきて気にくわないという感情をもっていた。それは第一印象というものだが、しかしそれは大事な要素でもある。他人に対する大まかな評価はそこで決まるといっても過言ではない。

 だがフレギオンは少し悩んだ。今の段階でファッティエット族を救うメリットはあまり感じられないが、よくよく考えれば事の発端は全て人間に起因してるのも分かった。つまるところ、この二種族の争いの原因は人間であり、そしてそれは話を聞くに魔族全体の敵も人間だというのも何となく把握した。

 ということは極論であるが、この二種族の最大の敵もまた人間。ゆえに人間がいなくなればこの争いも終わるということではないのだろうか。ただしその場合は人間と戦うという事態になるわけで、いますぐそれをするという話ではない。


「お前達ファッティエット族のことは後だ。先にすべきことがある、お前の事もその時に決定する。今は黙ってついてこい」


 手を振り上げギーゼルヘアにこちらに来いと手招きする。ギーゼルヘアはゆっくりと立ち上がり、サフラン親子に眼を配ったあと地面に視線を落としすごすごとついて行った。





 ――大木の上には黒き葉っぱが生えそれらは空を覆い隠す。光を僅かに差し込めるその場所は血潮が生々しく飛び散っていてこの場所で戦いがあったのだということが分かる。そこはネリストの隠れ里である【幻惑の黒森】だ。

 そして彼の地で大長老たちが大魔法を行った大祭壇の上に金髪金眼のダークエルフ、フレギオンが立っており、その祭壇の下に頭を垂れる数十名に渡るダークエルフ達の姿がそこにあった。

 そのうちの一人は銀の糸のように煌びやかに輝きを放つ髪を持つ女性のダークエルフ、ウェルリーナだ。そして彼女の横に並ぶように同じく頭を下げているのは彼女の父親のサフランだ。

 さらにその真後ろにズラリと居並ぶダークエルフ達。彼ら彼女ら全員が前に居る二人と同じく頭を下げて平伏している。その内何人かは自分達の身に起きた出来事に驚きおのののき震えている者、または神が降臨したのだと泣き叫ぶ者、果てはこの場所を死者の世だと決めつけている者たち、そんな彼ら彼女らは今し方フレギオンによってこの世に呼び戻された者達であった。


「もう会えないと思っていた仲間をこうしてもう一度会わせて頂き感謝の至極であります。フレギオン様」


 こう礼を述べたのはサフランだ。彼は膝を地面につき、右手を胸に当て頭を垂れて感謝の言葉を続けた。


「我らがネリスト族はフレギオン様のお力のもとこうしてまた再び復活をすることができました。フレギオン様こそ我らが救世主。かつてエルフの救世主とされた光のエルフを超える偉大なるお方、このサフラン、一生に渡ってフレギオン様の手足となり働くことをここに宣言致します」


 それは紛れもなくフレギオンの臣下となり働きますという宣言だった。サフランはフレギオンの顔を見上げてもう一度頭を深々と下げた。

 そのやりとりを他のダークエルフ達は音一つ立てず見守っている。誰一人としてサフランの誓いに異を唱える者など居なかった。そればかりか特に年長であると見られるダークエルフ達は手を合わせ深く深く頭を下げて口々に皆同じような事を念仏を唱えるように口にしていた。


「神よ…我らが主よ……」

「フレギオン様フレギオン様……」

「神が降臨なされたのだ我らが望んでいた神が」

「大長老見ていますか、今我らの前に神がおりますぞ」


 もはやその言葉は崇拝の言葉だ。救世主、または恩人。それらを超越し今や彼らにとってフレギオンは神そのものとして崇められている。

 それもそのはずだ。彼はこの世の理である死という決定的に変えられないはずの現実を打ち壊し、かつての英雄を凌ぐ力をいとも簡単にやってのけた。

 さらにはその装備だ。そう、闘神ガルデブルーグの装備、【永遠なる混沌】と【永久なる死】という神々の装備の一つを身に纏うということ自体が神の一人であると皆は信じた。ただし最初こそその装備を見て、死者を蘇生させていく様をまざまざと見せつけられて恐怖を抱く者もいたのは間違いない。しかし大長老があの魔法で彼を呼んだという事をウェルリーナやサフランらが話していったおかげでその恐怖は割と簡単にぬぐい去ることができた。

 フレギオン自身の風貌がかの光のエルフと酷似していたのも崇拝に簡単に変わった要因の一つだろう。

 そして驚いたことにギーゼルヘアも役に立ったのである。彼はネリスト族の長年の宿敵で、彼を知らない者は居ない。そう、残虐非道で武闘派のダークエルフそれがギーゼルヘアだ。そんな彼がフレギオンに対して平伏を行い、彼もまたフレギオンを神だと崇めたのだ。また復活していくネリスト族に対して攻撃の素振りを一切見せず、あの攻撃的な性格が嘘のように霧散しているのを見れば誰もがフレギオンがただのダークエルフであるとは思わない。

 ギーゼルヘアが平伏しネリストの復活も気にしない。光のエルフに似た風貌、神々の装備を持つ、大長老が命を賭して呼び出したダークエルフ。それらの事実をフレギオンを神として崇拝させるまでいたった。


「俺は神ではないと思うんだがな……」


 ボソリと呟かれた言葉はフレギオンの心情そのものを吐露させた言葉だったが、ウェルリーナやサフランには聞こえなかったようだ。だがその言葉や気持ちなどは彼らネリスト族のダークエルフには通用しないだろう。今や彼らはフレギオンを神なのだと信じ切っている。

 蘇生術。それは万物の理を無視し、死という現実を変えた偉大なる力。これは神の御業だ、これこそまさしく神の力。よくよく耳を澄ませばそういった声もフレギオンには聞こえてきた。


「ふぅ、もう一度確認したい。ウェルリーナ」


 このまま黙っていても周りの賞賛の声や畏敬の眼差しは留まるところをしらないだろう。であるならばこのタイミングで口を開き、話を開始させたほうがいいだろう。

 ウェルリーナは頭を上げ、跪いたままフレギオンを見上げて「はい」とだけ言った。その顔は何なりとお申し付け下さいと言いたげだ。


「何度も確認して悪いんだが、こいつも生き返らせるんだな?」


 フレギオンは自身の足下で倒れている遺体を指さした。

 それは赤茶色の髪とクリーム色の法衣を纏った男で話によればギーゼルヘアと裏で繋がり、ネリストを壊滅状態にまで追い込んだ裏切り者だと聞いた。ギーゼルヘアにその辺りの話を聞けば彼は簡単にその事実を肯定した。自分が生き残りたいが為に仲間を裏切った男であると。

 だが結果的にはその後彼もネリスト族であるとしてギーゼルヘアに殺されたのだが。

 故にフレギオンはこの男は生き返らせないでいいのか、そうするべきかを彼女らネリストに問いかけた。その答えとして彼女らから返ってきた返事はこうだった。


「彼は裏切り者です、ですが償いの機会を与えたいと思います。弁解の余地などありませんが、このままにはしておけません。どうかフレギオン様の慈悲のもと彼の魂を呼び戻して頂けないでしょうか」

「分かった、そうしよう。もとより俺の意思で決める気はなかった。お前達がそうしたいならそうするまでだ」

「感謝いたいしますフレギオン様」


 再び頭を垂れるウェルリーナ。

 これで一体何度目なのだろうか、何度も頭を下げさせている気分になっていくフレギオンだがそれは言わずに蘇生術の魔法陣を組み立てていく。

 これももうかなりの回数を行ってきた呪文だ。周りに居るダークエルフ全員が蘇生術によって蘇ったのだから当然と言えば当然なのだが。それもあってか術の詠唱にかかる時間はサフランにかかった時間よりも遙かに手早く行えるようになっていた。

 そうこうしているうちに術式は完成し、眼下に横たわるクーヴェスに魔法陣をあてがう。そして彼の身体発光し、再び彼の身体に魂が呼び戻されるのはすぐだった。


「おお」


 周りからその感嘆の声が聞こえる。彼らの常識ではこの蘇生までに至る経緯は神秘そのものであり、何人たりとも行う事が出来ない神の魔法そのものなのだ。何度見ても彼らからは小さな歓声が洩れる。

 その歓声にすこしむず痒さを感じつつもフレギオンは表情を崩さずクーヴェスが起き上がるのを待った。

 暫くして赤茶色の髪を持つ男が瞼を開き、うぁうぁとうめき声をあげながらあたりを見渡す。蘇生された直後の者特有の何も理解できないという状態だった。だが次第に脳が回転し理解力を高めていくと、自分が殺されるその直前の光景を思いだしたのか「うぁああ」と叫びバッとその場から立ち上がる。しかし一度は死んでいた身体だ、そのような起き方をしても立っていられるわけも無く再びその場に彼は倒れ込んだ。


「クーヴェス、私達が分かりますか?」


 しどろもどろしているクーヴェスにウェルリーナが声をかける。その声に聞き覚えがあるのだろう、ハッと後ろを振り返りウェルリーナの顔やその横に居るサフラン、そして死んだはずの仲間の顔をみてクーヴェスは亡霊でもみたような驚きに満ちた大絶叫をあげて、勢いのまままた立ち上がるがやはりまだ足に力はなく彼は前掛かりとなってそのまま自身の体重につられるように祭壇の階段から転がり落ちた。

 ごろごろと転がり、大理石で身体を打ち付けた彼は蘇生してまもなく軽い打撲をうけることになってしまった。だが彼の驚きはこれで終わりでは無い、転がり落ちながらもまだ立ち上がろうとした彼は自分が一番に恐れている人物を発見したようだ。そう、彼を死に追いやったギーゼルヘアの姿をだ。


「う、うあ、うぎゃあああああああ!!」


 大絶叫を今再びあげて、ショックと恐怖のあまりクーヴェスは泣き叫びながら階段を登ろうとするが身体に力が入らない。そのせいで彼にのし掛かる恐怖心はさらに募るばかりで一向に絶叫が止まなくなってしまった。


「いま生き返らせたのに、今度はショック死にでもしそうだな。ふぅ……」


 あまりのひどい有様にフレギオンは頭を抱えつつ、ウェルリーナやサフランに目配りし何とかしろとアイコンタクトを送る。

 フレギオン自身が声を掛けてもいいのだが、恐らくは未知の存在の自分のことも恐れるだろう。全く難儀な事だと頭が痛くなる。


「クーヴェス、私が分かりますね? すこし落ち着いて」

「うあ、うぁ……。なんで、なんでお前達がここにいるん――」

「あそこにおられる方が分かりますか?」


 間髪を入れずウェルリーナが続けざまに問いかける。その視線はフレギオンに向かっており彼女と眼が合う。

 クーヴェスは何が何か分からないといった表情で「あ、ああ」と呟くだけだ。


「あの方が大長老様や長老様達がお呼びになられたフレギオン様です」

「フレギオン……」

「そうです、あの方こそ私達の救い主様であるフレギオン様です。貴方は自分が死んだのを理解していますか? いえ、していますよね。ギーゼルヘアを呼び込み裏切ったのは他ならぬ貴方自身なのだから。では貴方がここに居て、私達全員がここにいるのは理解できますか?」


 刺々しい物言いで矢継ぎ早に言葉を浴びせるウェルリーナにクーヴェスは何も言えずただ黙って祭壇の上にいるフレギオンを見上げるだけだ。

 代わりにといった言葉は一切出ない。


「フレギオン様のお力で私達は生き返ったのです。貴方だけで無く私達全員が」


 ウェルリーナのオパール色の瞳が煌めく。

 ゆっくりと瞼を閉じて彼女は深く息を吸い込み、瞳を開けてフレギオンからクーヴェスにへと視線を向けた。


「クーヴェス。あれをもう一度ご覧なさい」


 彼女に促されクーヴェスは彼女と同じほうに視線を向けた。その先は彼が自分だけは助けてくれと裏で取引を行い、それを承諾しながらも自分の命を奪った張本人ギーゼルヘアがいた。


「ギーゼル……ヘア………」

「そうです。それで分かりますか、ギーゼルヘアも跪いていることに」

「な、……………ほんとだ」


 先ほどはギーゼルヘアがいるの見て、絶叫をあげたクーヴェスだが彼女に言われて気付いた。彼以外は全員がその場にて跪き、その場で頭を垂れているのを。

 その様は明らかに異質であり、信じがたい光景であった。特にファッティエット族の族長であるギーゼルヘアまでもがこうして跪く姿など予想もできなかった。

 そして、自分一人が立っているという事実を改めて気付き彼はおぼつかない足取りでその場で膝を折った。


「フレギオン様。こうしてクーヴェスも蘇生して頂き感謝申し上げます。これで彼も償いの機会を得ることができるでしょう」


 こう言ったのはサフランだ。

 彼は横目でクーヴェスを見やり、その目に一瞬だけ燃え上がる炎のような鋭い眼光を光らせたがそれもすぐに沈静化しフレギオンにへと視線が戻される。

 裏切った張本人であるクーヴェスは死んだはずの仲間が勢揃いし、全員が一様に彼を見ていることから生きた心地がしなかった。


「その男のことはお前達に一任する。お前達が決めてくれ」


 蘇生術は完全に成功し、クーヴェスが完全に生き返ったのは確認できた。あとは彼らネリストに全てを任せて良いだろう。わざわざフレギオンが口出すこともない。とは言ってもフレギオンがこうしろと言えば素直に従いそうな雰囲気であるが。


「フレギオン様の慈悲に感謝致します」


 深々と頭を下げるサフランにフレギオンは内心もう頭を下げるなと言いたくなった。いくら彼らが自分を神だと思い込んだとしてもそろそろやめてほしいという欲求を感じてきたらだ。

 だがそれもあえて言わず、胸の内にしまいこんで彼がネリスト達に聞きたかった本題を進めようとする。


「サフラン、ウェルリーナ。お前達二人が大長老の最後の言葉を聞いたと言ったな。それをここにいる全員にも聞かせてやってくれ」

「はっ」


 フレギオンから下された指示に従い、サフランとその娘ウェルリーナが立ち上がり、周りのダークエルフ達に状況を説明しだした。


「皆よく聞いて欲しい」


 ネリスト族の祭司の一人であるサフランが全員にまず静聴を促した。その言葉のとおりダークエルフ達は呼吸をする音さえも押し殺しように静まる。

 祭司という役職や立場などを考えればそこまで位が高い男ではないはずだが、彼の人望というものだろうか。誰一人として会話をする者などはいなくなったのを見てフレギオンの中でのサフランという男の評価は上がる。


「さきも見てそして実感し、(みな)も分かったことだと思う。あの方は大長老様がお呼びになった我らがかねてより望んできた救い主様だ。蘇生魔法を使いこなしそして闘神ガルデブルーグの武具をお持ちになり、我らのかつての救世主にして王であった光のエルフ様の生まれ変わりにしてそれを超えしお力をお持ちになられるフレギオン様である」


 サフランはやや興奮しつつフレギオンの紹介を続けていく。


「フレギオン様は我らの世界では無い別世界でお生まれになられ、そこで神の座に登り詰められたお方だ。だがフレギオン様は我らが王であった光のエルフ様のお生まれかわり。………そう、王が我らの世界にお戻りになられたのだ。そして我らは再び王を得たのだ! 我らの偉大なる指導者は今再び我らの下にお戻りなられた!!」


 左手を打ち上げて、まるでいまから戦いに出向くような鼓舞を行いネリスト族のダークエルフ全員の士気をあげていく。そしてそのまま左手をフレギオンのほうに向けてサフランは仕上げと言わんばかりに大声をあげた。


「皆よく見るんだ、このお方のご尊顔を。我らが王を!!」


 それに呼応するように後ろにいたダークエルフ達が「おおぉぉッ!」と声をあげた。

 その数は正確には四十数名しかいない、数の規模だけいえばごく少数の集まりだったがその熱気は老若男女を――エルフという種族上、ほぼ全員が人間で言うところの中年か青年という年代ぐらいの年に見えるが――問わず、迸る炎の如く熱い歓声は周辺の温度を上昇させるまでに至った。

 ただしギーゼルヘアとクーヴェスの二名はばつが悪そうな表情でその様を見ているしかできなかった。


「さて皆。ここで大長老様が最期に残されたお言葉を伝えようと思う」


 あげられた左手をおろし、全員に静まるように促すサフラン。周辺から歓声は消え去り再びあたりは静まりかえった。

 チラリとフレギオンを見上げたサフランは「お待たせしました」とでも言うように会釈を行った。この一連のサフランの行いにフレギオンがなにも言わなかったのはネリストのことは同じネリストのサフランのがよく分かっているであろうとも考えたからだ。そして何かしらの理由で仲間のダークエルフの士気を高めるために行ったものなのであろう、それを行う必要があると彼は考えた結果なのだろうなとフレギオンは解釈をしてコクリと頷くのみでそれ以上の動作が行わなかった。


「大長老様の遺言を聞いたのは私とウェルリーナだ。あの日、大長老様はこの祭壇で私達にこう仰られた。我らを救って頂くのだと、そしてその我らとは……………………ネリストだけでなく、ダークエルフという括りでも無く。我ら魔族全てを救って頂くのだと大長老様は私達に仰った。我らの敵は同族ではなく、多種族の魔族でもなく、人間なのだと。我らを根絶やしにしようとする彼の者たちこそが真の敵であり、我らは同族で争っていてはいけないと」


 その言葉に再び何人かのダークエルフから声が洩れ出す。

 人間と戦う? 正気か、一体どれだけの戦力差があるとおもっているんだ? という声が。

 だがその声をかき消すべくウェルリーナが前に出る。


「人間は数が多く、そして知っての通り我ら魔族の多くは滅ぼされました。そして今こうしている間にも東西南北すべての場所で人間の軍勢が安住の地を求め生き残った魔族を狩っています。それは私が大長老様の水晶玉でこの目でみてきました、彼らを放っては我らはいつの日か全ての魔族が死に追いやられることでしょう」

「そうだ、我らがファッティエット族と争ったの元は人間達の侵略が原因だというのを忘れてはいけない。元凶は人間なのだ、皆もそれは分かっているだろう。無論、私とて忘れてはいない。ファッティエット族が我らに何をしてきたのかを」


 この場にいる皆が全員がファッティエット族による攻撃によりどれだけの苦痛を味わされてきたのか、それはサフランも重々承知している。だが今、大長老が命を賭して成功させた大魔法によってフレギオンという、ネリスト族全員が待ち望んだ救世主が居るのだと彼は声を大きくして皆に言い聞かせた。


 「……………皆も見たであろうフレギオン様のお力を、そしてギーゼルヘアがこうして跪いているのを。聞いたであろうファッティエット族は壊滅し、それをフレギオン様お一人で行われたと。信じられるか昨日は死んでいたのは我々で、生き残っていたのはファッティエット族だった」


 引き合いに出したのはファッティエット族の名。つい先日はファッティエット族によってネリスト族が滅ぼされかけた、いや事実全滅に陥っていた。それが今や真逆になっており、状況の急変さを物語っているではないだろうか。

 それをサフランは皆に問いかけていく、この急変さは今はまだダークエルフのそれもファッティエット族とネリスト族という小さな部族の中でしか起きていない。だがこれこそがこの数百年にわたって人間によって苦汁を飲まされ続けた魔族の反撃の狼煙なのだと。

 彼は皆を焚き付けていく。


「私も最初は信じられなかった。大長老様が言ったことはあまりにも途轍もなく不可能な願いだと。だが、フレギオン様をこの目で見てそしてそのお力を見て私は考えを変えた、今こそ戦うときなのだと。我らにはフレギオン様がおられる、人間と戦うのが無謀なことだというのはかつての話だ状況は大きく変わったのだ」


 右手で握り拳を作り力強く熱弁する。語っていく内に熱が籠もったのだろう。そしてサフランは周りの同士であるダークエルフ達全員の顔を一人一人見ていく。

 不安そうな顔を浮かべる者、サフランの言葉に胸を熱くし戦おうと決意している者。十人十色の表情がそこにはあった。


「これが大長老様の遺言だ」


 大長老の遺言を言い終わり、幾分か彼自身の気持ちも込められたその説明はおわり、再び注目がフレギオンにへと戻っていく。

 ダークエルフ達全員が注目していた。フレギオンは命の恩人であり、彼らの祖先が王とした光のエルフの生まれ変わりだとサフラン親子に聞かされ、その注目はかなりの大きさになっていた。


「フレギオン様どうか、我らをお導き下さい」


 くるりと振り返ったサフランの瞳は真っ直ぐにフレギオンに見据えら、縋るような色を浮かべていた。

 彼は大長老の言葉を忠実に仲間に伝えた。やや誇張もあったかもしれないし、彼の解釈も混じった説明にもなっていたかもしれない。だが、ほぼ完璧に大長老の言葉を伝えたつもりだったし、これ以上は彼が言っても説得力はないだろうと思われる箇所までは説明したはずだ。後はフレギオンの言葉を待つのみ。

 ではなぜ縋るような瞳をしたのか。それは肝心のフレギオンの言葉次第で彼らネリストの命運は変わるからだ。

 大長老の言葉も伝えたが、仮に今もしフレギオンがネリストの復活までしか手を貸さないと言った場合どうなるか。その不安が拭いきれず彼の額から一滴の汗が滴り落ちた。


「サフラン」


 漆黒の鎧を身につけているフレギオンが一歩前にへと歩みを進めると踵が大理石をカツンと蹴り上げ音が鳴り響く。

 何のことはないただの靴の音だ。だがなぜか酷く重圧感を感じるそんな音に聞こえる。サフランはゴクリと思わず生唾を飲み込んだ。


「それが大長老の遺言なんだな」

「そ、その……はい、これが大長老様から受け取った最期の言葉です」

「そうか」


 カツンカツンと一歩ずつ前に進み、石段を降りてくるフレギオン。言いしれぬ重圧感に後ろに後退しそうになるサフラン。だがなんとかその場に踏みとどまり、肺いっぱいに酸素を取り入れる。まるでそれはフレギオンが近づくことによって酸素がなくなるために、今のうちに取り込めるだけの酸素を取り込むのだと言わんばかりにだ。

 階段を降りきって、サフランの前にフレギオンが立つ。

 身長は両者ともほぼ一緒であるが、気迫というべきものが違うのかサフランにはフレギオンが自身よりも一回り大きく見えた。


「ウェルリーナからも同じことを言われた、魔族を救ってくれと」


 名を言われウェルリーナがコクリと頷く。彼女も父と同じく大長老の遺言をしっかりと聞き、父よりも早くにこの事をフレギオンに伝えていた。


「大長老の願いはよく分かった、だがそのまえに聞きたい」


 この問いかけはフレギオンが疑問にずっと思っていたことだ。ウェルリーナから救ってくれと頼まれた時から考えていた疑問だった。そして彼が気にしている問題はそれだけでない。


「なぜ魔族がこうも劣勢になっているというのに、魔族同士で救おうとしない? それにギーゼルヘアからも聞いたがダークエルフとエルフの間に問題でもあるのか? 元は同種族であろう? なぜ仲違いのようなことになっている?」


 この間ずっと跪き物言わずにただひたすら俯くギーゼルヘアに視線を送る。

 それは数時間前の話だ。

 ギーゼルヘアと対峙した時ギーゼルヘアは確かに言った。『やったのはエルフ、間違いない』とはっきりとだ。その時ギーゼルヘアはこうも話していた、エルフはダークエルフを忌み嫌っていると。

 確かにダークエルフとエルフは厳密に言えば違う種族だ。だがもとはエルフ族という区分にはいる種族であるために同種族として考えてもいいのではないだろうか。

 だがそうはできず、何か溝があるように感じられるこの二種族の問題。そこの疑問をフレギオンは解消したかった。


「その問題は光のエルフ様にあります…………」


 ダークエルフ達の中から声があがる。サフランもウェルリーナもそしてフレギオンも一斉にその声の持ち主の方をみた。

 数多くのダークエルフが平伏している中で、その声の持ち主だけはゆっくりと立ち上がり、集団の中から姿を現した。そこに居たのは長寿のダークエルフという種族でありながら、皺が目立ち痩せこけた身体をしており、眼も力なくトロンとしており髪はもとは銀髪だったのかもしれないが既に白髪に変わっている老婆だった

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