表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰還せし王  作者: 陽炎
1章【帰ってきた王】
6/36

交戦

 そこは以前ならば小鳥が飛び交い緑と花が咲き乱れ大木が並び立っていたのだろうが、今では焦げ付いた木々は生命力を失い真っ黒の炭と成り果てて、その真下には丸焦げになった死体が無残にも転がり、肉が焼けた強烈な匂いが充満していた。

 思わずその惨状に兜の下でしかめ面をするのはこの世界に召喚され記憶が曖昧となってしまった男――如月涼、今はフレギオンその人だ。


「………っ」


 息をそのまま飲み込み、片膝をつき黒焦げとなった死体を見つめる。心臓の鼓動が早くなるのを感じて、フレギオンは自分が死体を初めて、じかに見ているのだと改めて実感させられた。だが、なかなかどうして。吐き気などといったネガティブな症状は一切出ず鼓動が早まるだけでそれ以上のリアクションを身体は起こさなかった。

 初めて見る無残に殺された死体。それを見ても平静と言っても良い反応しか示さない自分自身に少しばかり驚きが禁じ得なかったが、まだ死体を見たという実感が湧いてこないだけなのかもしれない。


「ヴァサドールから聞いていたが、ここまでするのか」


 死体の衣服はほぼ燃え切っており顔も爛れていて、この死体の生前の顔がどんなものか想像することはもはや出来ない状況だった。

 ダークエルフは総じて魔力がある種族だという知識は自身の記憶が曖昧なフレギオンにでも分かることだ。そんなダークエルフの者が火を全身に浴びて絶命しているこの状況に少し疑問が湧く。

 なぜ水系の魔法を使わなかったのかと。そうすれば火は消せたのではないのだろうかと。

 だがその疑問はすぐ解決した。


「刺された箇所がたくさんある。ということは殺されてから燃やされた? いや、安易すぎるか。じゃぁ、魔封じの結界でも張ったならどうだ。それなら火達磨になって死ぬことも……。いや…………違うな」



 無数の刺し痕が残るダークエルフの死体を注意深く観察して、ある一つの事にフレギオンは気づいた。それは死体の近くの雑草は燃えているのに対して、それより十メートルほど離れた位置に咲いている花が踏まれて潰れているということとその周辺の雑草はまだ残っているという事実だ。


「合ってた。殺されてから燃やされている」


 つまり、この死体は燃えている間この場所にずっといたということになる。

 殺された者が何者かは知らないし、赤の他人ではあるが、この死に様はこの者の死に方として相応しいかと考えた時、彼はそれは無いと考えた。

 死体に行う行為としてはあまりに非道だ、下劣極まりない行為だ、内なる心が叫ぶ。

 またそれと同時にもう一つ疑問が湧き出す。それは自分自身がなぜこのような感情があふれ出すのかということだ。


 これを行ったのは恐らくファッティエット族という輩であろう。先日のあのオーク達の話を聞く限りはそうだと思う。

 ダークエルフのファッティエット族。好戦的な輩。

 そうだ、そう聞いていた。しかし今のフレギオンとてダークエルフである。その違いに何があるのだろうかと感じたのだ。


(どうして俺はこの殺し方に嫌気が差す。どうして腹が立ってくる。俺だってダークエルフじゃないか。何がこんなにもイライラさせられるんだ)


 死体へのこの行い。それに納得してはいけないという警笛が己の心に鳴り響くような感覚にフレギオンは脳が横揺れするような錯覚に陥った。


(いや、違う。俺はこんな事はしない! それに……)


 記憶の中にあるダークエルフの中には確かに陰気な者もいたと自分に教えてくれるが、こんな行いをするダークエルフは自分の記憶にはいなかった。それどころか、救い主のような人物の記憶さえ出てくる。それが誰なのかは分からなかったが、確かに朧気に思い出される記憶の中にはそんな人物がいた。


(俺の知るダークエルフにこんな奴らはいない!)


 その記憶がどのような意味を持つのかは、はたしてその記憶がこの状況で役に立つかは別にして、この眼下に横たわる黒焦げになった遺体を見て、この行為に嫌悪感を抱かせるのには十分な理由となったのは間違いない。


 ――ザシュ。

 それは実に小さな音だった。気づかれないように静かに静かに動き、草がごくごく少量の音しか鳴らないようにゆっくり踏みつぶした時の音だ。だが悲しきかな、フレギオンはそんなごく少量の音さえも感づいた。

 そして、その音の主がこちらに殺気を漂わせてるのも彼は見通していた。

 フレギオンは何も言わず、スッと片膝を立たせて直立の姿勢に身体を戻す。そして、音が鳴った方角に身体を向けた。

 視線を向けた先には誰もおらず、大きな大木がそびえるだけだったが、その大木から只ならぬ殺気があふれ出し、大木の後ろに誰かが居るのは簡単に理解できた。相手が出てこないのを確認したフレギオンはその場から相手に向かって問いかけた。


「――お前がやったのか」


 自分でも驚くほどの低音が響く。

 しかしその答えは返ってくることはなく、代わりに大木の後ろに隠れる人物がバッとその場から飛び出してきた。

 相手の鉄の鎧は赤く薄汚れ、それが血で汚れたものであることは容易に察することができる。顔をみればもとは鉄仮面だったのだろうが、鉄はさび付き口を覆う部分ははがれ落ちて顔が丸見えとなっている。あれでは只の兜だ。そして、その顔を見るに相手はダークエルフの男だと分かった。

 顎に髭を蓄え、頬にはナイフか何かで斬られたような切り傷が残っていて、瞳は紅蓮のいような真っ赤だ。肌は緑がかかった藍色をしている。

 男は胸の前で両手を円形を作り、なにやら呪文を唱え始めると、その両手から炎が作り出されていくのが見える。そして男は作り出した炎を上空に向かって投げ放った。

 フレギオンは視野の中に男を入れながら打ち出された炎を視線で追いあげていく。上空から炎が自分に向かって落ちてくるのとフレギオンは幾ばくか警戒したが、飛んでいった炎はその場で消失した。

 攻撃のための魔法ではなく、ただ目立つだけの行い。一見メリットなどないように感じるが、それはフレギオンが自分視点で感じた感想であって、あの男の立場で考えるならばまた別の意味を持つ。

 目立つだけの魔法の意味。すなわちそれは――


(――あれは援軍要請の合図か)


 つまりやつには仲間がいて、ここに奴にとって、奴の仲間にとって(フレギオン)がいると言ったも同然で、そしてあの遺体を無残に焼いたのも、こいつらだと自分から言ってきたも同義である。

 男は上空に打ち上げた炎が消えたのを確認すると、ニヤリと薄ら笑いを浮かべて、腰から鋭利な短剣を引き抜いた。そして、その短剣に左手を(かざ)して短い呪文を口にする。すると短剣に炎が宿り、短剣は魔法剣へと変貌を遂げた。

 非常に得意げな表情を浮かべる男はジリジリとフレギオンに近づいてくる。魔法剣を出したことで、さも既に勝利を得たと言いたげにだ。


(…………ただの魔法剣だと思うんだが変な自信を感じるな)


 男は炎を灯った短剣を、振り回しながら獲物を狩る狩人の如く瞳孔を光らせて睨み付けてくる。

 それを見ていてフレギオンはふとこの世界にやってきたとき、出くわした最初のオーク――ヴァサドールのことを思いだした。


(あいつも最初は俺を攻撃してきて、それからディサバートが闘気を出したから俺も出したら、降伏したんだったか。……ということはこいつも同じか? 試してみる価値はあるか。闘気を出しても向かってくるなら対処すればいいだろう。それに……あの死体に火をつけたやつが誰かも聞く必要もある)


 これはフレギオンという男の性根だ。あの死体焼きという行為に及んだ者に対する怒りとも言えるだろう。彼からすればあの死体の持ち主であった人物は顔もおろか名前も知らないが、焼かれた者の無念はさぞ強かったであろう。

 そう考えればフレギオンという男の人格はこれを容認するようなことはしない。納得すれば自分も同罪だと感じるからだ。

 そして自然と彼はその感情を闘争心に変えていく。火がついた闘争心は静かにメラメラと燃え上がり前方の――おそらく殺されたダークエルフの敵側の――男に、兜越しであるが眼光するどく突き刺す。

 見るからに敵愾心を漲らせるフレギオンに、同じく敵意をむき出しにしたダークエルフの男が歯をむき出して怒鳴りつけた。


「よぉ、誰だよテメェ! サフランにお前みたいな奴が仲間だなんて聞いてないぜ? んん~!? なんか答えてみろよぉ」


 威勢良くはき出された言葉は一切の友好的な感情は見当たらず、代わりに烈火の如く敵意が溢れていた。

 その声にフレギオンは引くことなく言い返した。


「……これはお前がやったのか?」

「あん!? んだよ、そんな死体なんか気にして。もうしそうだったら、どうだって言うんだよ。なぁ?」


 男は唇を左右に大きく広げてすごむようにそして見るからに邪悪な笑みを浮かべた。それは病魔的な笑みだ。

 フレギオンは男をジッと見据え拳を強く握りしめた。


(こいつだな……。こいつがやった)

「もう一度聞く、お前だな?」


 微かな怒気が混じる己の声にアドレナリンがドパァと噴出されていく。体温が上がり、身体は軽くなり、戦闘意欲が向上していくのが分かる。

 そんなフレギオンの態度が気にくわなかったのであろう。前方の男は大声で自分がしたことをまくし立てる。


「そーーーーーーだよぉ! 俺と兄貴でやったんだよ。娘の居場所を素直に吐けば楽に殺してやったのに、すぐに吐かないからよぉ。ゆっくり殺してやったんだ。こいつで内臓を燃やしながらな」


 開かれた口からは自分が行った非道な行為をさも自慢するような口調で、カラカラと笑いながら男は話した。そして、暫く薄ら笑みを浮かべていた男からふっと笑みが消え去り、殺意に満ちた悪意のある顔つきに変わった。


「で、どうするんだ。仇でも取ろうって言うのか? なぁ、仮面野郎」

「…………もう十分だ。それ以上話すな」


 これ以上聞く必要はない、判断はもう出来た。迷うことも無い。

 男の言葉をそのまま信じるのは愚なのかもしれないが、誰が好きこのんで嘘で他人を殺したことをこんなに愉快そうに言えるだろうか。いや、もしかすればいるかもしれない。何かを隠すために。

 だがあの男は嘘など一切ついていないだろう。あれは奴の本性そのものの言動だと強く感じた。そしてあの下劣な笑みも作り笑いでやってるのではなく、あの男という人格からくる自然とした笑みだ。それならば迷うことはない。迷う必要などない。


「この男のことはよく知らない、だが……」


 両手を兜の側頭部部位に添え、そのまま持ち上げていき兜を頭部から外した。

 現れたのは肩にかかるぐらいの後ろ髪と、瞳の上までかかる前髪の金色の髪の毛。

 そしてダークエルフとは思えない黄色の肌に戦闘など生まれてこのかたやったことがないと思わせる傷一つない美しい顔立ち。だが貴公子然とした表情などはなく、金色の眼球は目尻がややつり上がっていて、その瞳から放たれる眼力は鋭く、視線が一度(ひとたび)合えば決して逃れることは叶わない。

 フレギオンの傷一つ無い顔を持つのに視線だけで相手を射殺すような眼力そのアンバランスさに思わず男は釘付けになっていた。もう一つ別の理由で凝視もしていたのだが。

 しかし当の本人のフレギオンはそれに気づかず、そのまま言葉を続ける。


「お前を倒すことに少しも悩む必要がないのはよく分かった」


 紡がれたのは宣戦布告の言葉。一度出された紛れもないその言葉は訂正など不可能だ。しかし彼フレギオンは訂正などする気など毛頭なく、言葉を述べた直後に臨戦態勢に入り、些かの言葉の意味の相違などはないことを示した。

 フレギオンの顔に少しばかり驚いていた男は、何かを思い出したようにハッと我に返ると顔つきを一層険しいものに変える。

 そして前屈みの姿勢を取り、左手の手のひらに小さな炎を作った。


「お頭の言った通りだ、やっぱりテメェはあのくそジジィ共に呼ばれたやつか。丁度良い!! テメェもそこに転がってる老いぼれと同じように始末してやるよ! そうすりゃお頭が喜ぶ!」


 興奮し、瞳に血が走る男は言うやいなやその場から猛烈な速度でフレギオンに詰め寄る。右手の短剣は炎が纏わり付いていて消えないところを見ると、どうやら術者が魔法を解かないか魔力を失うまでは炎が消えないようだ。

 男の鉄の鎧はガチャガチャと音が煩く音を鳴らしているが、男の動きは機敏で20メートルほどあった距離はあと5メートルという所まで近づいてきている。

 なるほど、これは中々早い。速さだけならばヴァサドールよりも遙かに上だろう。

 そんな状況下でフレギオンの頭は冷静だった。今まさに自分を殺そうとしている男が眼前にいるというのにその能力を分析しているのだから。

 男は動かないフレギオンを見て、これなら一瞬のうちに殺せると感じた。そう、それぐらいにフレギオンは隙だらけだった。しかしそれは――大きな誤解だった。


「早い。だが…………それもヴァサドールよりはというだけだ」


 男は左手の手のひらの上で作っといた火をフレギオンに向かって投げ放った。その小さな火は火球となって、球体となってフレギオンに襲いかかる。

 下級魔法の一つである、ファイヤーボールである。

 下級とは言っても魔法で作られた攻撃用の魔法である。ただの火とは比べられないほどの威力の差があるが。


「俺のファイヤーボールはいったん燃えるとすぐには消えない! 老いぼれのように燃えてしまえ!」


 飛来してきた火球はごぉと燃え上がりつつ勢い良くフレギオンの胸元に着弾しようとするが、そこまで行く前にフレギオンが瞬時に唱えた水の壁が行方を阻み、あえなく消えていく。


「こんなちっぽけな火で勝てると?」

「ち、こいつ水系の魔法を使えるのかよ!」

「残念だったな」

「ほざくな! おれにはこいつがある!」


 男は右手の炎を宿した短剣を頭の上に振りかざし、そのままフレギオンの頭部に向かって斬りつけた。火が飛び散りゴウッという音が鳴る。刃はフレギオンの頭に到達し、脳を突き刺した――はずだった。そのはずだった。

 しかし男が振り下ろした短剣の刃は、刀身がその時にすでになくなっていた。

 否、刀身だけでなく右腕そのものもこの時、男の身体からは別離していた。


「もう黙ってろ」

「え――」


 男の視界に短剣を握った片腕が宙を舞ってるのを視認したときには、フレギオンに頭部を摑まれ、頭蓋骨をメキメキと握りつぶされていく正にその瞬間だった。

 脳を守る外壁となる頭蓋骨は強烈な握力に勝てずぐしゃりと崩れていく。

 そのままフレギオンの指が頭蓋骨に穴を五つ作り上げ、脳へと到達する。それはまさにボウリングの球を持つが如く鷲づかみにして。


「お前には聞きたいことがあったんだが、気が変わった、お前はもう喋るな。さっき呼んだ援軍、そいつらから聞く」


 男の瞳と耳に、フレギオンの声が耳鳴りのように聞こえるがそれが何を言っているのか、男の頭ではもはや理解はできていなかった。ただ、この目の前にいる(フレギオン)に、自分は殺されるというのだけはボンヤリと理解はできていた。

 しかしそれを抗う力は男になかった。

 右腕の、二の腕より下はすでに男の身体から切り離され、大量の血しぶきをあげて出血をしており、脳はフレギオンの握力で破壊されていく。

 仮にここでフレギオンが男を殺すのをやめたとしても、そんな状態の男に生き残る術はもはやない。このまま脳を潰され死ぬか、出血多量で死ぬかのどちらかだ。


「殺したんだ、逆に殺されるのも覚悟しとくべきだ。そうだろ? それが世の常だ」


 男に向かってフレギオンが語りかけた言葉はこれで最後だった。

 グシャという音とも、肉塊に変わり果てたモノが地面に転がりおちた。



 ――男を殺してから三分程経ち、フレギオンは自分の真下に転がる肉塊となった男と、自分の血まみれになった右手を見つめていた。

 去来した思いは、なぜ自分はこんなにあっさりと命を奪ったのかということだった。

 人を殺した記憶などない。記憶が曖昧であるが、それはないと自分は信じていた。あのオークの時も殺さずに生かしたという事実がその思いをさらに強めた。

 しかし、今回は殺した。それも疑問も無くだ。相手に生理的嫌悪を抱いたからだという理由をあげたとしても、あっさり殺した自分に対して、時間が経つにつれ疑惑が一層強まる。


 自分は一体なにものなのだと。


(俺は他にも殺したことがある? いや、それはないはず……。それになんなんだ、何故こんなに身体が簡単に動く、戦闘に慣れているとでもいうのか…………? ならなんでこんなに悩む必要がある)


 刺すような視線が無数に自分に向けられており、そのどれもが殺気めいたものを感じる。

 微塵も隠さない殺気の数に、肉塊になった男の仲間が来たのだと大方の予想はついた。


(………………………来たか)


 そして殺気を向けられたことで、フレギオンは自分でも驚きを禁じ得ないほどに急激に冷静さを取り戻していっているのが分かる。まるで沸騰したやかんを氷でいっぱいの水桶に入れられたように。そしてほんの数秒でさきほどの疑問も考えることもなくなっていった。

 そればかりか、わき上がるのは闘争心であり、そして――誰から情報を聞き出すかを、それだけを考えていた。


(丘の上に五人)


 見据える先は、目視であるが距離にして三十メートルほど離れた先にある高さ三メールほどの傾斜された木もなく裸同然の丘。その上にダークエルフの男が五人。どれも中年ぐらい――見た目では――の年齢である。

 男の武器は共通しており、五人共に弓を携帯しており、腰には投げナイフらしきものが見える。遠距離からの攻撃担当といったところだろう。


(囲まれてるな)


 敵は丘の上の五人だけではない。既に周りは包囲されており数十人規模のダークエルフが配置されているようだ。

 全員から放たれる空気は冷たく、彼らにフレギオンを生かすという考えはないようだ。今にも襲ってきそうな程に殺気付いている。


(それでも様子見するあたり警戒心はさっきのやつよりはあるようだ。話はできそうにないのは同じみたいだが)


 だが、それがどうした、警戒したところで何も変わらない。殺すなら殺される可能性を考えろ――フレギオンの頭に過ぎった答えはそれであり、非常に好戦的になっている自分に高揚していく。


「お前達がファッティエット族だろ? 用があるのはネリスト族なんだ。知ってるなら答えてほしいんだが……」


 高揚し戦いたいという欲求が増す自分の心に落ち着けと指令を送り、はやる気持ちを抑えて、フレギオンは質問をした。

 彼は当初の目的を見失ったわけではない。そう、戦うためにここに来たのわけではなく、ネリスト族が自分の正体を知っているのでは無いかとという期待感をもってここに訪れたのだ。オーク達が言う、召喚に詳しい種族、それがネリスト族だと聞いて。


 ここに来た瞬間に死体と出くわし、恐らくネリスト族の誰かの遺体、その人を殺した犯人と戦い若干の戦闘高揚はあるもののこの時の彼はまた少し冷静であった。

 幾ばくかの下手にも出たと自分でも思っていた。

 けれども彼が期待した答えは、彼らが口にすることは――やはりなかった。


「――お前らは女を族長の所に連れて行け」

「へい!」

「ツァハリーアス様はあの野郎を?」

「当然だ、行け!!」


 喋ったのは白髪の長髪のか細い体つきをした男だった。身に纏うのは赤と銀の色合いが特徴の鎧で他のダークエルフよりも一際豪華さが目立つ。さらに鎧からは透明の冷気が漂っていることからあれは氷属性が宿る鎧であるのが分かった。

 隣に居たダークエルフの話し方や、態度から九分九厘彼がこの部隊のリーダーだろう。


「……俺の質問は無視か?」


 睨むようにツァハリーアスと呼ばれた男を眼光鋭く見据えるフレギオン。その瞳は冷たく流れる氷河のごとく冷徹な瞳にかわっており、声にも感情らしき感情はなかった。


「無視されるのは嫌いなんだ。質問に答えたくなくても何かしら言ってもらいたいんだが」

「黙れお前に答えてやる事などない。………お前は私の弟を殺した」


 ツァハリーアスと呼ばれた男が一歩前に出る。それに続くように彼の部下のダークエルフ達がジリジリと続く。

 いっそう殺気が強まっていく。


「お前に知る権利はない」

「そうか。それならそっくり言い返してやろう。女というのは、そこで焼死体になった男の娘だろう? お前たちも殺してるじゃないか。よく言ってくれる」

「我々は目的のために行ったのだ、お前はネリスト族ではないだろう? なぜ邪魔をする?」

「俺の質問には答えないのに、そっちは聞くのか。無茶苦茶だな?」


 当初両者の距離は丘の上に居る弓部隊と同じ距離があったが、徐々に縮まりついに数メートルの距離まで近づいた。

 その時フレギオンはツァハリーアスの後ろで足早に移動していく男の影を確認した。


(あれは……女?)


 その数二人。その二人に担がれるように銀髪のダークエルフの女性が捕らわれていて、身体は縄か何かで縛られているようで抵抗がほぼ出来ずにいるのが分かった。

 それが焼死体になった男の娘だ。そして彼女は――自分が探しているネリスト族だろう。

 

 女が連れ去られる。そう思った時、フレギオンは名も知れぬその女性と視線を交差させる。いや、女のほうがフレギオンを見ていた。真っ直ぐ、そして実直に。自分が攫われているという現実を抗うより、それよりも重要なことがあると言いたげにフレギオンを見ていた。そして彼女の口が動く。その声はここまでは届かないが口の動きで言葉は分かった。


『フレギオン』


 ――と。


 カッと身体が熱くなる。

 いま彼女は自分の名を口にした、紛れもなく自分の名を。会ったこともない彼女はフレギオンを知っている。

 つまり彼女は召喚魔法に関わった者である可能性が高く、フレギオンが知りたがっている情報を手にしているとも期待できる。

 そして彼女がネリスト族で、今目の前にいるのはファッティエット族であり、彼らはネリスト族を殺しているという事実をまだ推測のレベルであった考えを、確信に変えた。


(あの女は俺を知っている。彼女が全てを知っている!)


 ついに会えた証人。それが今、彼の目の前から消えていこうとしている。彼女を担いだ男達は雑木林の中に入っていこうとしている。

 フレギオンは内心焦った。ここに着いてから記憶が曖昧であり自分自身が何者か分からないまま、オーク達が言うただ一つの可能性――召喚魔法が得意なダークエルフ、ネリスト族――に事の真相を聞きたいと思っていた。しかし、もしかすればネリスト族最後の一人になっているかもしれない彼女が、このまま殺されると恐れが出たからだ。

 このまま攫われれば二度と真相は分からないかもしれない。その恐れがフレギオンの思考速度を少し遅らせた。それと同時にフラストレーションが一気に高まる。


 だがフレギオンの身体は――驚異的な、それはとてつもない身体能力を秘めたこの身体は肉体の主の脳が考えるより早く、あるモノを視認させた。

 それは巨大な大きな影。フレギオンより二回りはあるであろう大きな茶色い物体。

 その巨体は一寸の狂いも無く、男二人を後ろから追いかけていた。その速度は男二人よりも幾分か速い。

 その影が誰のモノかも瞬時に彼は気づいた。


(お前には感謝するぞ!)


 何故うまくそこにいたのか、何故隠れるようにいたのか。疑問はあったがそれは後で聞けばいい。彼の出現で今し方感じていた焦りは消え去り、フレギオンの唇から笑みを零れる。そしてそれはすぐに大声を放つ口に変わった。


「ヴァサドォォォォォル!! その二人を止めろ!! いいなぁ!!」

「――っ!! お、お任せを!!」


 ――フレギオンが放った怒鳴り声に我が身が震える。ただの命令であるにも関わらずヴァサドールの身体は怯える子供のようにビクついた。その精神面から声は若干の怯えが含まれた。

 しかしそんな怯えを感じながらも、指示されたことをこなさなくてはならないという思いが彼の巨大な身体を突き動かす。



 実はヴァサドールはフレギオンがツァハリーアスの弟を殺した時には、林の中で身を潜めていた。

 では何故、彼は姿を現さなかったのだろうか。答えは明白だった。

 主をフレギオンとした今でも、フレギオンをどこかで信じていないという気持ちがあるからだ。それは当然だろう。もしや、同種族のダークエルフに出くわせば味方として接するのではないか? と、もしそうなればすぐさま引き返して族長達に危機を知らせなければならない。彼を主として崇めれば、種族の存続に繋がると族長が考えた結果このように接したのだというのが本音である。

 そのためヴァサドールが道案内を買って出たのもフレギオンという男の正体を知るためだ。結果として自分が死ぬかも知れなかったが。

 その判断は、ツァハリーアスの弟をフレギオンが殺したことである程度は固まった。敵対したオークを殺さず、同じように敵対したファッティエット族の男は殺した。ダークエルフという種族は同じであるが、フレギオンは殺した。

 懸念であった。フレギオンがダークエルフの仲間を探しているという可能性を。

 しかし、その考えは一先ずヴァサドールの頭からこの瞬間に消えたと言っていい。彼は本当に信じていいかもしれないと。無論それも早計な判断かもしれないが。

 

 もう一つ彼がすぐに姿を現さなかった理由がある。

 それはオークの勇猛な戦士である彼であるが、中身はただの戦士だということだ。つまり彼は――ツァハリーアスと交戦したくないという思いがあるということ。

 ファッティエット族の族長であるギーゼルヘアの右腕である魔法戦士のツァハリーアスは、ファッティエット族のNO.2。天地がひっかり返ろうともヴァサドールが勝てる相手ではない、運良く善戦するのが関の山。殺されるのがオチだ。彼の弟イェレミーアスならば勝てるかもしれないが、この兄弟の実力は同じ魔法戦士なのかと疑うほどの差がある。

 その弟はフレギオンがゴミくずのように殺してしまったが。


 そんな彼でもただの戦士である男二人ならば止める自信はある。肉体面ではオークは強靱な身体を持っているため、武闘派が多いファッティエット族が相手でも二人ならば引けはとりはしない。ましてや、女を担いだ男二人に負ける気はしなかった。


 震えを覚えたが、イェレミーアスを殺した時のあの異常な強さと覇者の闘気を纏った時の彼の怖さ。それらは自分には今は向かないだろうと思うと身体の緊張が少し和らぐのを感じる。

 世界を相手に戦うことができる力。ヴァサドールの頭では到底理解の及ばない領域。あれを眼にしたとき、生きながらに死んだという絶望を感じさせられた。可能ならばあれは見たくない。見れば次こそ標的でないにも関わらず死んでしまう。


(ツァハリーアスは死ぬな……)


 フレギオンから下された命令を遂行すべき足を進めながら彼の心にツァハリーアスに対してほんの少しだけの同情心が芽生えた。




 ――このあたりではいるはずのないオークが居ることに驚きを禁じ得ないという表情で顔を引き攣らせる男ツァハリーアスが小さな声で「オークがなぜここにいる?」と呟いたのをフレギオンは聞き逃さなかった。

 それと同時にツァハリーアスが慌てて部下にオークを止めろと命令を下そうとする。


「オークを殺せ! 今すぐに…………」

「させると思うか?」


 瞬間、漂っていた空気はその流れを大きく変えて吹き荒れ、温度が数度下がる。冷たい冷気が流れるように季節が真冬になったのではと思うほどに空気が冷気を帯びた。

 異常な気候の変化にツァハリーアスはバッと前方を見やる。そこで眼にしたのは弟を殺した男が、腰にさされていた大太刀を引き抜こうとしている姿であった。

 その大太刀はツァハリーアスが見たのはそれが初めてであった。部下の大半、あるいは全員がそうであろう。

 そう、知らないのだ。あの太刀がどういう代物か。フレギオンが身につける漆黒の鎧が何かもツァハリーアスは知らない。恐らく自分達の族長もこの太刀のことについては知らないだろう。

 怖さというののは肌で感じるか、前もって知識でしっていなければ中々感じることはできないものだ。仮に彼がフレギオンの装備を見て、彼が何者かは分からなくてもおおよその見当がつくような者ならば結果は違ったかもしれない。

 あるいはウェルリーナを彼に渡せば結果は大きく違っただろう。


 少なくともこの世界で初めて、【永久なる死】の犠牲者になることはなかったはずだ。





 ――ヴァサドールに女を助けろと指示を出した直後彼は右手を腰に手を回し、日本刀の形をモチーフにされた造形的均整美にも優れている【永久なる死】と呼ばれる武器を引き抜こうとした。

 闘気を使わずこちらを使おうと決めたのは一つの好奇心と、単純に素手で戦うより、武器を手にした方がいいと思ったからだ。

 彼が感じた好奇心というのは、オーク達がこの武器を見て怯えたという事実はこのダークエルフ達ならばどうなのだろうか? と思ったからだ。

 鞘越しから見るだけでオーク達は怯えた。そうだ、見るだけでだ。それがこれがなにかを知って恐れたのか、単純に言いしれぬ悪寒に襲われたかは分からないが彼らは恐れたのだ。

 ならばあのダークエルフはどうだろうかと考えるのが普通ではないだろうか。はたして興味が出ない者などいるだろうか。そして、あのダークエルフは出会った当初のディサバート同様、戦意がある。使うなら今だ、使わない手はない。そう考えた。

 そしてフレギオンは鞘から今まさに【永久なる死】を鞘から引き抜いたのだ。この世界に召喚されて初めて【永久なる死】の刀身は空気に触れた。


 ――それはまるで【覇者の闘気】を使った時のように、突風が吹き荒れ空気が冷気にへと変化し、周りの木々は揺れ動き始め、枝は悲鳴を上げるように軋み始め一本また一本と折れていく。突風のような風も吹き荒れた。また、フレギオンの中心を紫色の丸い球体が出現し、それは地面を抉りとっていった。さながら空間をねじ曲げているようだ。この球体に触れるものは全て消し飛んでいくのが見て分かる。

 しかしその球体はその大きさを維持することなく、すぐに小さくなっていくと、【永久なる死】の刀身部分にへと吸収されていった。

 球体がきえると木々の動きは止まり、風も役割を終えたとばかりにやんだ。

 フレギオンは球体によって抉られた地面の損害範囲を確認する。自分が立つ地面以外のその周りは50センチほどの陥没ができていた。自分が経つ地面の周りはきれいさっぱり陥没ができているため、足下の地面は細長い縦長の柱のような形状へと変わり果てていた。


(これは空間消滅系の効果、この刀の常時発動系の効果? 武器の所持者を除く全てのものを消し去る。発動のタイミングは鞘から出た数秒か?)


 一回の使用でその効果の全てを判断はできない。しかし、的を外した答えではないはずだ。

 あとはこの効果が永続的なのかそうでないかの判断だ。


 フレギオンは、今し方起きた――【永久なる死】の効果――事象に絶句しているツァハリーアスのほうに一歩前に出た。

 獲物を狩る狩人のように、ゆっくりと近づくフレギオンに圧力を感じてツァハリーアスは生理的に一歩後退する。顔はそれまで以上に強張り、恐れとも怒りとも取れる表情を浮かべている。

 頭の中にいろいろな言葉が出ては消えてそれを繰り返しているようだ。フレギオンが一歩ずつ近づくのを見て片手剣を抜き放ちシャキンという音が辺りに木霊する。この動作は反射的なものだろう。その証拠に魔法戦士でありながら、武器に魔法を付与するのを忘れている。


「お前は何者だ…? 大長老どもが言っていたのはお前のことか?」


 白髪の長髪が風で揺れ動き、前髪が瞳を隠しては露出されの動作が繰り返される。

 ツァハリーハスのその声色には若干の怯えが籠もっていた。が、部下の手前である。彼はそれをできる限り隠しながら尋ねてきた。

 周りのダークエルフ達も次々に武器を抜き放ちながら警戒態勢に移っていく。


「大長老というのが誰かは知らない。だが、誰かが俺を召喚したという情報があった。それが何かは分からないが…………、ネリスト族が関係している可能性があると聞いて此処に来たのは間違いない」


 ツァハリーアスの問いかけに対して、フレギオンは相手に情報を与えることにした。それも自分が知る情報を。

 この答えに彼はさして悩まなかった。というのも、フレギオンが手にしている情報はあくまで推測であり、憶測の域を脱しない情報だからだ。この情報を奪われたとしても、それによって手に入る新たな情報の方が有用性が高いと判断したにすぎない。

 そう考えた理由として上げるなら一つはツァハリーアスが先ほど言った言葉だ。

 『大長老が言っていた』

 つまりそれは、フレギオンを知る存在の可能性である。

 そう、これを意味するのはオーク達が言っていた召喚魔法に関わっている可能性のある者の存在があるという事である。確証のなかった存在と魔法を行った可能性がこれで飛躍的に現実味に帯びてきたということだ。

 もう一つは、先ほど連れ去られそうになった女性が口にした名。フレギオンは彼女の口の動きでハッキリと自分の名を彼女がしたというのを見ている。彼女はフレギオンを知っているのだ。フレギオン自身には面識の記憶はなくとも、彼女は彼を知っている。

 連れ去られた彼女と、大長老と呼ばれる存在。この二人が手に入れば真相が分かる。それならば憶測しかなかった情報など奴らにくれてやれば良い。真実に比べれば憶測の情報などたいした価値などないのだから。


「や、やはりお前が……。お前等! こいつをなんとしてでも始末するぞ!」


 怯えと焦りの声が混じりながら血相を変えながら配下のダークエルフに命令を出していくツァハリーアス。

 頬にまで汗がしたたり落ちていき、歯はむき出しで鬼気迫る顔。必死の形相とはまさにこの顔のことだと言わんばかりである。

 ボスであるツァハリーアスの命令にしたがって配下のダークエルフ達が剣を抜き放ってフレギオンに襲いかかる。

 自分達が知らない武器。そしてネリスト族の大長老が命をかけて召喚をした得体の知れない金髪金眼のダークエルフのフレギオン。そんなフレギオンに臆もせず勇猛果敢に攻撃をしかけた一人のダークエルフ。

 彼は両手にもった剣を振りかざした――


「ああ。だが死ぬのは俺じゃない」


 ――【永久なる死】を持つ右腕がしなやかに揺れ動く。

 そしてその速さは先に攻撃をしかけたダークエルフの剣よりも早く彼の胴体を横一線に切り裂いた。

 直後、男の胴体は別離を開始し下半身と上半身が今生の別れを告げると、刀で斬りつけられた箇所から血しぶきでは無く黒い円形の物質が放出された。そしてそれは男の肉体を削るように吸収していく。

 自分の身体が消え去っていくのをただなにもできず見つめるしか出来ない男はその顔を恐怖で引き攣らせてこの世の終わりとでも言うような絶叫をあげた。


 「うあ、うああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!」


 断末魔が辺りに響き渡り、男に続いて攻撃をしようとしていた者達の身体がピタりと動きを止めた。眼前にて起きている現象があまりに理解不能のため皆、目的を忘れてただ呆然と見るしかできないのだ。

 その中でフレギオンは断末魔によってかき消された言葉の続きを静かに口にしていた。


「貴様らだ」

   


 ――ツァハリーアスの眼前で部下のダークエルフ達が次々に殺されていく。恐怖に駆られて発狂して攻撃する者、雄叫びをあげて勇敢に戦いにいく者、それら全てが異界から来たと思われるダークエルフに、一瞬にして殺されていくのを彼は呆然として見つめることしかできなかった。

 彼の生涯で自分よりも強く、そして支配者たる存在は族長のギーゼルヘア以外に今日までいなかった。そのギーゼルヘアとてこの人数のダークエルフならば一人で戦えば苦戦もするだろう。それでも勝つだろうが。しかし眼前のあのダークエルフはそんな次元を遙かに超越した、そうツァハリーアスの生涯で見てきた常識というものを粉々に粉砕する強さを誇っていた。

 なす術も無く敗退していく部下達。切られた部下の肉体はあの黒い球体によって消失されていきそこに存在していたという事実をも消し去っていく。

 

(なんだこれは……。なんなのだ! いったいこいつは何なんだ……!!)


 整った顔つきを持つツァハリーアスの顔が彼が生きてきた生涯の中で最も醜く歪む。

 そこにはどうすれば勝つ、どうすれば切り抜けられる等の考えはない。あるのは己の理解の範疇を遙かに超えた出来事に唯々苛つき、そして怯える己自身のみだ。


「ツァハリー……さ……」


 部下の最後の一人が消失していくとき、その声が耳に届く。ハッと意識を覚醒させたツァハリーアスが状況を見渡したときそこに居たのはあのダークエルフ。

 数十名いた部下はほんの2分もかからず全て消失していた。


「馬鹿な、そんな。ありえない!! こんなはずが、お前一人にそんな…。くぅぅ!」


 困惑した声をあげるもツァハリーアスは片手剣に魔法をかける。その行動にロスはなく、臨戦態勢を瞬時に整える。


「ダークエルフの皮を被った化け物め!」


 しかし、それを見たフレギオンの剣がツァハリーアスの片手剣――否、腕もろとも吹き飛ばすべき下から上にかけて振り上げられる。それを阻止するためにツァハリーアスは一歩後ろに下がり右腕に力を込めて耐えようとするがそれは悲惨な結果になった。

 ガキンと金属音が鳴る。

 ダークエルフの筋力の常識を越える膂力。それを剣越しとはいえまとも受けてしまったツァハリーアスの右腕は片手剣ごと大きく後方に吹き飛ぶ。その破壊力は自分の腕が吹き飛んでちぎれたと錯覚してしまうほどであった。

 しかし瞬間、筋肉がブチブチと音を立てながら筋肉が引きちぎれていく感触を感じ右半身全体に痛みのシグナルが彼に襲いかかった。


「あぁ、うああがあぁあああ!」


 これまでに経験したことがない衝撃。まるで鋼鉄の物体に殴りつけられたかのような衝撃が右半身を襲い、痛覚は一気に麻痺状態に陥り呼吸が止まる。全身から力がなくなり、バタリと地面に倒れ込んだ。

 慌てて腕を確認すると幸いどうにか胴体に繋がっているが、それも繋がっているという状況だった。筋肉の繊維は断裂し骨も折れ曲がり、肘から突き出てしまっている。


(はっはっふっふぅぅぅぅ――!!)


 見開かれた瞳。その双眸の眼球は真っ赤に染まり身体から血の気が引く。声には出さなかったがあまりに悲惨の自身の腕を見て悲鳴をあげたくなった。それと同時に否が応でも分かってしまう。この右腕はもはや肉塊と化してしているということを。回復呪文が使えない彼にはこれを治すことは不可能であるということも。


「ぐうぅぅううぅぅ。うぬぅぅああぁぁぁああ……」


 額と全身から大量の発汗。そして歪む顔。そこにあるのはファッティエット族のナンバー2だった男の顔ではない。痛みにうめき声をまき散らすことしかできない哀れな男の姿だった。

 逃げなければ逃げなければ。このままでは死んでしまう、この化け物に殺される。その思いが彼の身体に力を入れさせる。

 地を這うように麻痺する身体を動かそうとするが思うように身体が動かない。それもそのはずだ。彼の肩はあのダークエルフに摑まれて身動きが出来ないように押さえつけられているからだ。


(!!!!。は、はなせこのばけも……)


 彼の身体は鬼の魔族であるオーガのそれを超える万力の力を持つダークエルフに無理矢理立たされる。そして彼にとって無慈悲とも思える言葉が前方から発せられた。


「俺は苦しませるのは嫌いなんだ。楽に死なせてやる」

(――………………!! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、やめろやめろやめろぉぉぉぉ……)

「消えろ」


 ツァハリーアスの首筋に向かって一寸の狂いも無く漆黒の刀の刃が真っ直ぐに振り下ろされた――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ