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帰還せし王  作者: 陽炎
1章【帰ってきた王】
4/36

オークの集落

インナーウェアで上半身を隠したフレギオンはあの場に落ちていた自分の防具と思わしき武具――オーク達はその漆黒の鎧と日本刀のような刀身の大刀を見て絶叫する者、気絶する者もいたが――を、なんとか拾い上げてそれを身につけて現在、族長と戦士達の案内でオーク達の集落に到着したところだった。

 そこは森の大木を使用した三角形の家が立ち並んでいる。屋根には大木の葉を使用したのだろう。それが上へ上へと積まれ雨露が防げるように工夫されている。窓といったものはなく、壁には丸い小さな穴がいくつもあり、風が吹けば遠慮なく風が住宅にお邪魔することは容易に想像がついた。他の家の形も同じため建築技術はないのは簡単に見て取れる。

 だが想像していたよりは悪くない。それがフレギオンの第一感想だった。


 オークという種族から想像していた住居というのは本人達には申し訳ないことに非常に劣悪なものだろうと考えていたのだ。およそ長居はしたくないと感じるレベルの代物であろうと。

 だが蓋を開けてみればそこは――質素ではあるし、睡眠と休息以外の役に立ちそうにはないがそれでも――住める場所だった。

 慣れれば住めば都と言えるようになるのかも知れない。これは衝撃的な事実だったといっていい、現にフレギオンは感心すらしているのだから。


(でもまだ入り口に着いただけで、村の全体を見たわけではないんだけどな)


 感心しすぎるのはよそう、後でがっかりする可能性はあるんだから。そんなことを自分に言い聞かせて、集落を案内してくれる族長――ここに来るまでに知ったのだが、彼はディサバートという名前らしい――の後をついて行く。

 村の中を歩いて行くと、興味ありげにこちらを見てくるオーク達の視線を感じる。どんなオーク達が見ているのだろうかと思い、そちらに顔を向けた。がしかし戦士階級のオーク達が付き従うかのようにフレギオンの後ろを歩いているため、彼らはこちらとは一切視線を交わせようとはしない。興味はあるが、眼を見るのは嫌といったところだろうか。

 そうこうして歩いていれば、集落の中で一際大きな家に到着した。丸太を使ってるのは他の家と一緒で作りもほぼ一緒なのだが、とにかく家そのものが大きい。およそ三倍ほどか。とにかくこれが一族の最高権力者の邸宅だというのは一目瞭然だった。


「お入りください」


 ディサバートが入り口に掛けられた布を捲り、フレギオンを招き入れる。

 中に入ってまず眼に入ったのは壁に立てかけられた槍と斧と鈎の形状部分を持つ特殊な武器。そう一本の大きなハルバートだ。

 目視で四メートルといったところか。フレギオンの知識の中では大きいと判断できる大きさだ。その分の重量の増加もあるだろう。


「ほう。あれはお前の武器か?」


 そんな興味にそそられてこんな質問を思わずしてしまう。先の戦闘で用いず、家に飾り物として置かれているのも質問をした理由の一つだ。

 族長ディサバートはその巨体を揺らしつつ、フレギオンの前を歩きながらハルバートを手に取る。大きなハルバートだがディサバートが手に取ればさほど大きいとは感じることはなかった。


「これは我が一族の族長になったものが手にすることを許されているハルバートです。ですが、使うことは一族が危機に陥ったときのみ。我がこれをもって戦ったことは未だかつてありませぬ」

「時代の族長の武器というわけか。なるほどな」


 俺と戦うときには何故持っていなかった? と聞こうとも思っていたのだが彼は自らその理由を口にしたので手間が省ける形になった。

 もしや重要な理由でもあって使わなかったのかと疑う気持ちも出そうになったが、取り越し苦労だったようだ。


「フレギオン様、どうぞここにお座りください」


 ハルバートを元の位置に戻したディサバートは中央のテーブルまで歩き歩を止めると、手のひらをテーブルに向けて彼は頭を下げ、おもむろに奥の部屋に向かい、すぐにまた出てきた。手には彼の両の手でなんとか持てるほどの量の干し肉を持って。それをテーブルの上に彼は下ろす。

 フレギオンは兜を脱ぎ続けて鎧を外して、身軽になって初めて絨毯の上に腰を下ろした。置かれた防具は、ついてきていたオーク達が恐怖で顔を歪ませながら抱きしめるように抱える。それは大事そうに、あまりに滑稽な光景に苦笑いを浮かべそうになったがフレギオンはそれをかみ殺す。

 彼らの心境を考えれば笑うわけにもいかない。今彼らは生きるのに必死なのだ、それはフレギオン自身では理解できぬほどの必死さで。

 たとえフレギオンに攻撃の意思がなくても、圧倒的な差があるのを知れば誰でも怯えるだろう。相手がすこしでも本気で殴ってくれば簡単にこの世から去ることになると分かっていて恐怖しない存在などいない。


「それで質問なんだが。分かる範囲で良い、答えてほしい」

「全力を尽くします!!」

「我らで分かることならば!」

「なんなりと!!」

「あ……あぁ。頼む」


 家中に響く大声に思わず怯む。もはや怒号に近い声色だ。

 大声をあげたオークの中には、さっきの交戦の折、族長の隣にいた――聞けば戦士長の階級に着いているジュヴェクレスもいた。最初に戦ったオークはヴァサドールというらしい。

 フレギオンはテーブル上にある干し肉を眺めながら聞き出す情報を整理させていく。何がいま一番知りたいのか考える。出てきたのは大量の質問だった。


 ここはいったいどういう場所なのか?

 ダークエルフやオーク以外にも種族がいるのか?

 またいるとするならば世界の情勢はどうなってるのか。

 魔法があるのはここまで来るまでに聞いていたので知っているが、はたしていくつの魔法があるのか?

 オークと自分とはかなりの力の差があるがこれが普通か。普通でない場合はオークの力は他種族と比べていかほどか?

 また自分がここに来た時、現れた時と言っていいだろうがヴァサドール曰く召還魔法だったらしいがその詳しい内容。


 候補を考えるだけでふぅと息を吐きたくなる。これでもだいぶ絞ったほうだがとりあえずこれだけの情報は欲しいとフレギオンは思った。どう動くにしても情報なしでは何もできないのだから。

 ただこれ以外にも気になることは多い。その一つが自分自身のことだ、魔法やオーク、それ以外の事はほぼだいたい把握しているし混乱もないが、唯一自分の事が思い出せない。フレギオンというこの体が、ずっと本当の自分の体ではないという違和感がどうしても拭いきれなかった。

 だがこの問題はすぐに判明しない気がする。そのためフレギオンはこの問題を頭の隅に追いやり、オーク達が答えやすいであろう質問にだけ頭の回転を使うことに決めた。


 干し肉から視線を上げて質問タイム開始だと意気込もうと口を開こうとしたとき、オーク達の体が少し身震いしているのに気づいた。

 それは部屋が寒いからではないのは明白だ。暫くフレギオンが喋らなかったせいで嫌な沈黙が生じてしまい彼らを怖がらせてしまったのだろう。


(ここまで怯えるとはな…………、早めに恐怖心を拭っておかないとのちのち面倒になるか)


 フレギオンは立ち上がり、周りのオーク達がこれ以上怯えるのを食い止めるため出来るだけ優しい声色で言葉を発した。


「まず最初に言っときたいことがある。この質問の答えや話し方で俺がお前達を攻撃することはない。ただ話がしたいだけで、戦う気はない。だから楽に答えてほしい。さっきも言ったが分からない事を聞いたならば分からないと言えばいい」


 オーク達は口を開けて今し方フレギオンが言った言葉を頭の中で考えているのか間抜けな表情を浮かべていた。何度かさっきの言葉を反芻しいち早く言葉の意味を理解したのはヴァサドールだった。彼が「それはほんとうか?」と聞き返してきたのでフレギオンはすぐに肯定の言葉を繋げた。


「もちろん。嘘偽りなどない、だからそう怖がる必要はない」

「そうか。あなたはどこまでも優しいのだな、我の命を取らずこうして話すことも許すとは」

「あれは色んな要因が数多く生じてしまった結果の出来事だ。問題ない」


 言ってフレギオンはオーク達の表情を確認する。暫くするとヴァサドールや族長たちの表情が和らいだのがなんとなく感じられ、身震いが止まったのを視認できた。成果あり、フレギオンは手応えを感じる。正直、怯えてる者を怖がらせるような趣味は持っていないため、こうして普通に会話ができるほうがフレギオンとしても気が楽だった。

 これならいけると思ってフレギオンは本題に入ろうとする。


 ――だが、族長に出鼻を挫かれた。


「しかし我らはフレギオン様に従うとあの時決めたのだ、それは変わらない。対等で話をするわけにはいかぬ」

「ふむ、確かに。ではフレギオン様のお心とお言葉だけ頂戴するということでどうだ?」

「そうしよう」


 フレギオンを置いて勝手に話が進行していく。族長の言葉に同意するようにジュヴェクレスとヴァサドールが頷き、追随するように他のオーク達も頷いた。

 どうしてこうなってしまったのかフレギオンは考える。怯えを無くそうとしただけなのだが――それ自体はうまくいった気がするがそれと同時に他の感情にも働きかけてしまったようだ。


(【覇者の闘気】がこんなに影響を与えるとは思わなかった。ちょっと使えるかの確認みたいなものだったのに)


 ――それに…………あれより上の闘気だってあるんだが。


 それは思っただけで口にはしていない。いまこの場で発するような真似をすればややこしくなるだけだと判断したからだ。言葉は災いの元でもある。使い道を間違えれば火の粉が降ってるかもしれない、そうなった場合厄介になる。たとえオーク達が従うといまさっき誓ったとしても。


(いや…………、さっきの下手からの物言いよりは話しやすくなった分だけ良しとしよう。こっちのほうが会話はしやすいし、従うというのならそれはそれで良い。今は邪魔にならないし、闘気の事は言わなければいいだけだ。今はこれ以上言う必要はない)


 思考を巡らせている間にオーク達は会話を弾ませてワイワイと騒々しくなってきた。まるで酒盛りでもするようにはしゃぎ出す者までいる。本当に酒盛りするのではないのだろうかと不安になってきたフレギオンはさっきのお返しだとばかりに会話に割って入っていくことにする。

 今度こそ本題に入るために。


「それで本題なんだが、質問していいか?」


 その言葉にオーク達はお互いの会話を止めて一斉にフレギオンのほうに振り向く。教官の言葉を待つ訓練生のように姿勢を正し静まる。しかしフレギオンは質問したわけだからこれに答えるものがいなければ会話が成立しないため答える側として最も適した地位にいる族長ディサバートが対応する。


「なんなりとお聞きください」

「頼む」


 フレギオンは一呼吸置いて、さきほど整理した質問のうち一つを聞く。最初に選んだのは――


「まずこの大陸がヴィラルアード大陸という名なのはさっき聞いたが、もっと詳しく教えてほしい。この森の外にはなにがあってどんなものが住んでいるのか。オーク以外にもいるんだろう?」


 この質問はこの集落に来るまでの道中に少々聞いてはいたが、断片的な情報だったため改めてくわしく聞こうとフレギオンは考えていた。この大陸名には聞き覚えがないため警戒もしているというのは本当のところだ。

 ディサバートが最初に反応し口を開いた。


「この森はヴォンルチー大森林と呼ばれていて、我らオーク族の住処となっています。魔族間ではこの地は我らのものとして認められていて、報告無き進入は侵略行為とされ我らはこれに対して交戦する掟を持っています。また進入行為は禁止とされています。それでもやぶって進入してきた種族は過去におりますが」

「俺を攻撃してきたのはそういうわけだな」

「はい」


 ディサバートは申し訳なさそうに――本日何度目か分からないがまた――頭を垂れた。

 フレギオンは右手をひらひらと振って、気にするなとジェスチャーを送り会話が途切れないように注意しながら次の話題に移っていく。


「それに関してはもういい。他になにかないか? そうだな、他の種族と戦ったそうだがどんな種族だ?」

「かなり前にエルフとドワーフが数人。そしてつい十日前に人間が侵入をしてきて当時の族長が迎え撃っております」

「当時の族長? それに人間? 確かいまはお前が族長だったな? なにがあった?」


 魔族だけかと思ったがどうやら違うらしい、ディサバートの話では人間も進入してきたようだ。しかも族長はディサバートではないらしい。

 フレギオンは身を乗り出すようにしてディサバートに問い詰めるように続きを話すように促した。


「人間の村がこの森を抜けて南に突き進んでおよそ五十キロ先にあったのです。その戦いで我らの仲間は数多く倒され、前族長もまた……。」

「そうか……。そんなことが……、その戦いのあとにお前が族長に?」

「はい。当時、我が戦士長をしており、前族長を殺した人間を仕留めたので…………。戦いのあと喪に伏したのち引き継ぐことに」


 ディサバートは言いづらそうに当時を思い出して語る。思い出したくはない過去なのだろう、族長の件についてはそれ以上追求せず人間の情報を聞き出すことにした。


「村があったと言ったな? ということは今はそこに人間がいないのか?」

「それについてはヴァサドールのほうが詳しいでしょう。彼が村を見てきた本人です」


 ディサバートに言われてヴァサドールがコクリと一度頷き無言の肯定を行った後、町のに向かったその日の出来事を語り出す。


「我が人間達の村に向かったのは人間の部隊がここに進入してきた数日後の嵐が訪れた視界も悪い日を選びました。目的は人間の数、戦士の規模の確認です」

「わざわざ嵐の日に? …………あぁ。偵察するなら見つかりにくい日がいい、音も消せる、匂いもある程度消せる……………、ということか」

「まさにそのとおりです」


 この答えに、フレギオンは彼らへの評価を一段階上げることにした。そう感心したのだ。オークという種族が自分が知るかぎりのイメージとはかなり違い、非常に理知的な行動が取れる種族だと。

 彼らには悪いが記憶の中にあるオークというのは野蛮で粗暴なイメージであった。だがこうやって触れあって話してみればどうだろうか。彼らはそんなイメージを取っ払うかのような言動が多く、むしろ好感さえ持てる。もしかすれば最初に出会ったのがオークであったのは幸いだったのかもしれない。


 ヴァサドールはフレギオンが次の質問をしてこないのを確認し、この話題を進めるべく一呼吸おいて続きを話し出した。


「人間たちは数十人規模で此処に侵入してきました。全員、戦士でいつでも戦える準備を整えた者達ばかりです。我々は戦士階級の仲間を集めて闘い勝ちました。その時に前族長が人間が放った矢で急所を射貫かれてしまって亡くなったのです」


 そこまで言うとヴァサドールはハッと何かに気づくようにディサバートの表情を伺った。詳しく話した方が良いと思ったから思わず前族長の死の原因も語ったのだろうが、ディサバートが言わず、第三者のヴァサドールが彼の父の死因を口にしてまって後悔があるようだ。しまったという雰囲気が漂い、手に取るように分かる。

 だがディサバートはそれこそ「そこまで言ったのだからこちらを見る暇を作らず早く続きを話せ、こうやっていちいち説明を止める方が問題だ」と言いたげにアイコンタクトを送る。ヴァサドールはすぐにフレギオンのほうに表情を戻して説明を再開させた。


「人間との戦いに勝利したあと、我は人間の村に偵察に向かいました。人間の規模は判明しておらず、いつまた攻められるか分からない状況にあったので、仲間をつれず一人で向かったのです。ですがその村は既に生きた者はいませんでした、全員です。女子供も含めて全員が死んでいたんです。一人残らず」


 ざわっと家中の空気が淀む。

 ゴクリと唾を飲む音。小さな声で「冗談じゃない」という声も聞こえる。

 だが状況を把握していないフレギオンはそれが警戒すべきかどうかの判断も何もつけることなど出来ない。子供も死んでいたというのなら無差別攻撃にさらされたということではないのかとも考えたが、推測で決めない方がいいと思い「どういうことだ?」と追求することにした。


「我らは戦士の一族、たとえ相手がどんなに憎くてもその子供を殺すような真似はしません。しかし躊躇わず行う者もいるんです、たった一つだけ」


 問いかけに答えたヴァサドールの言葉にフレギオンを除く全員が息を飲み込んだ。考えたくはないといいう表情も見せている。

 牙を出し顔を険しくしながらヴァサドールは続けた。


「それはダークエルフのファッティエット族。彼らならやりかねません」


 それは子供を殺したという行為を禁忌と見なしているように感じられた。実際彼の言葉に刺々しさが滲んできたような気がする。


「ファッティエット族………そいつらはどんな種族だ?」


 子供を殺すことも厭わない者たち。それを聞きフレギオンの心に重いものがのし掛かるような気がした。そう、言うならば気持ち悪いと言った胃が重くなるような症状だ。これは前世と言っていいのか分からないが、前の自分の人格が拒絶反応を示しているのかもしれない。なんとなく自分が正常な反応をしたことにホッとするような気分になる。

 と、同時に自分の記憶の中にはファッティエット族というダークエルフの知識はなく、未知の体験にたいする好奇心と不安が胸に去来する。


「ダークエルフの中でも好戦的な部族で、人間はもちろん同種族であるダークエルフの他部族とも敵対関係にある危険な者たちです。族長の名はギーゼルヘアと言い、狂戦士の階級に属するファッティエット族の中でも最強の戦士で、側近にギーゼルヘアほどではないですが二人の危険な魔法戦士がいます」

「まて、さっきから気になっていたんだが、人間とお前達の関係はどんな関係なんだ? その言い方だと敵対するのが当たり前のように聞こえるが?」


 この質問にオーク達は顔をお互いに見合わせ、ボソりと「やはり」と呟く。それはあまり好意的な呟きではないように聞こえもしたし、ただの気に過ぎかもしれない。

 だがフレギオンにしてみればこの質問でどう思われてしまっても仕方ないなと、逆に開き直っていた。分からないものは分からないのだ、聞かなくては拉があかないし、この問題をそのままにはしておけない。現状、問題が山ほどあって一つ一つ解決していくしかない、最も、もっと良い質問の仕方があったかもしれないが今それが思い浮かばなかったのだからどうしようもない。

 だがありがたいことにフレギオンの質問に特に何か言ってくるものはなく、聞かれたことをきちんと答えるという姿勢で彼らは答えてくれた。

 この質問に答えたのは戦士長ジュヴェクレスだった。しかし、態度はあまり良くない――干し肉をムシャムシャと咀嚼している。テーブルの上の干し肉がすでになくなってる事から手持ちのモノを食べているのだろう。

 だがこんなことは些細なことだとフレギオンは気にしないことにした。


「人間とは我らの先祖の代よりこの地をかけて戦い続けております。いや、全魔族が人間と戦っていると申せましょう。この地のみならず、人間は全ての魔族を破滅させようとしているのです」

「ジュヴェクレスの言うとおりです。人間は魔族を滅ぼそうとしています、もう既にいくつかの部族は壊滅させられ全滅した種族もいるとか。此処にやってきた人間も同じ目的の持ち主でした」


 真剣な顔つきで同意の言葉を口にしたのはディサバート。それと同時に頷くオーク達一同。

 フレギオンは話を聞きながらこの関係図を頭の中で思い描いた。人間は魔族をこの地より滅ぼそうとしていて、魔族はそんな人間からの攻撃にさらされながらも反撃に出て戦っている。そしてここからは想像だが、負けた側は弔い合戦をするようにまた攻撃し、またその反撃として魔族が攻撃する。


(まるでイタチごっこだな。やられたからやり返し、その報復にやられる……か。ということはファッティエット族はどうなるんだ。同種族とも敵対していたら生き残れるとは思えないが、……聞いてみるか)


 率直な感想は心の内にしまい――というのもこれは魔族側だけの視点の物言いなので、鵜呑みにはできないと判断して――人間とも魔族とも敵対するファッティエット族の事を聞いてみることにする。

 オーク達の話によれば人間は魔族全体と戦っているように解釈できる。だったら、ファッティエット族もその標的になるはずで、村の話を聞く限りでは人間を襲ったのはこのダークエルフ達らしく、これが事実なら人間からの攻撃にさらされるはずの彼らだが、おかしな事に味方であるはずの、他のダークエルフの部族とも敵対関係にあるらしいのだが。


「そのファッティエット族だが、味方なしでどうやって生き残ってるんだ?」


 干し肉をもぐもぐと美味しそうに食べるジュヴェクレスとグビと水を一気に飲み干すディサバート、この二人はこの答えを持っていなかったようだ。首を横に振り肩をすくめた。代わりに答えたのはヴァサドールだ。


「それが不可解なんです。どうやって生き残ってるのか、確かに族長のギーゼルヘアは強く油断ならない男ですが……」

「ギーゼルヘアはダークエルフの中でも特に強い、だがあいつはそれ以上に汚い」


 今まで何も言わなかったオーク戦士の一人がずいと自慢げにテーブルのほうに近づきヴァサドールとジュヴェクレスの間に割ってはいってきた。


「人間にもいろんな奴らがいる。ああいう汚い人間も数多くいる、そいつらと仲間となってると思う」

「その人間とはどんなやつらだ?」

「我々に族長がいるように、あいつら人間には王がいる。王の部下も。その中には魔族を利用しようと考えてる奴もいる」

「部下? つまり国の重鎮か……。ということは国が近いのか?」

「いや、人間の国はここからかなり離れている。一番近い国に着く前にファッティエット族の縄張りに着く」

「そうか、なら重鎮以外でそのファッティエット族を利用しようとしている人間はいそうか?」

「それは……………我には分からない」


 この質問をした途端さっきの自信ありげな表情は影を潜め、オークはテーブルから離れていく。それ以上言う言葉が自分の頭から思い浮かばなかったようだった。


「ふぅ……いったんここで整理するか。――俺の解釈が間違っていたら言ってくれ」

「了解しました」


 ディサバートは離れていこうとするオークの肩を捕まえテーブルの側で座らせる。その体勢からフレギオンのほうに向かって頭を下げた。同じくジュヴェクレスもヴァサドールも自分達の族長に続く。

 フレギオンはそんな状況を見て僅かに口元を引き攣らせながら、今考えてたことを整理しつつ言葉にしていった。


「まず十日前に人間が攻めてきたが、それをお前らが倒した。そして偵察にヴァサドールが人間の村に向かったら、そこは既に死者の村になって生きている者はいなかった。虐殺を行ったのはファッティエット族というダークエルフだろうと考えている。間違いないな?」


 頭を上げたオーク達は何も言わずさっきから何度もやっている無言の肯定を行う。誰かからも否定の声はあがらなかった。

 ということは概ねこの解釈で良いということだ。が、しかし他の問題が解決できてないない状況で新たな問題――になるかは未だ不明だが――ファッティエット族についてばかり考えるわけにはいかないなというのが彼の本音でもある。

 そのため彼は話題の方向を少し変えてみることにした。


「ヴァサドール、すこし質問していいか?」

「なんでしょう?」

「お前は俺がここに来た瞬間を見たそうだが、それが召還魔法の類のモノだったとそう言ったな?」

「はい。まったく見たことのことないタイプの魔法でしたが恐らく召還魔法ではないかと」

「だが、俺を使役するような者はおらず不可解だとも言ったな。それでなんだが……」


 そこでフレギオンは言葉を切って一呼吸を置く。

 ここからが本題だ、ここで情報を手にすれば大きな前進になる。この状況を理解するための手がかりが掴めるかもしれない。

 理解が難しいこの状況で一つの手がかりが手に入るかもしれないという思いがフレギオンの次の言葉に力を入れた。


「そのファッティエット族というダークエルフが召喚魔法を使ったということは考えられないか?」


 口には出さなかったがフレギオンは言葉の中に、俺もダークエルフだからという意味を込めていた。そしてもう一つの思惑も。

 それを知ってか知らずかヴァサドールの口からフレギオンが望む答えが飛び出される。


「ファッティエット族は肉体強化の魔法を使うことが多い部族です。召喚魔法を使うのであればファッティエット族よりもネリスト族というダークエルフの部族でしょう」


 フレギオンは息を飲み込む。

 この地に来てからずっと欲していた情報が手に入った、そんな気分だった。


(――ネリスト族……。部族の名前を出すぐらいだから他にもいるんじゃないかとは思ったが……やはり……!)


 ヴァサドールの情報で大きく一歩前進ができた。この日、一番の前進だ。

 すこし気持ちが軽くなる。


「そのネリスト族だが、どんな部族だ? ファッティエット族と同じような部族なのか?」


 正直早々に接触を試みたいという気持ちが表に出そうになるが、なんとか押さえ込みフレギオンはヴァサドールに問いかける。焦る必要はない、ゆっくり聞いてから行動に出れば良いと彼は己に言い聞かせて。

 それでもオーク達から見たフレギオンは少々興奮気味に見えたが。


「いえ、ネリスト族は特に好戦的な部族というわけではありません。しかしファッティエット族と人間との領地が近いこともあって争いがたびたび起こり毎回死者が出ているようで、外部の者とは友好的ではないと聞きます。また魔法を多用する部族で、下位の魔物を使役して戦うのが得意な種族です」


 話を聞きフレギオンの眉を顰めた。事が簡単にはいかない可能性が出てきたからだ。

 それでもこの情報を捨てさることは出来ない。友好的でないとしてもそれはあくまでオークとファッティエット族というダークエルフと人間だけかもしれない。仮に召還魔法を使って自分を呼び出したのがネリスト族だとすれば接触してみるべきだ。

 


「もう一度聞くが、召喚魔法を使ったとすればネリスト族なんだな?」

「おそらく。この近辺で彼らより召喚魔法を得意とする者はいないはず、確証はありませんが」

「そうか……」


 手を口元に押し当て、何かを思案するような素振りを見せるフレギオンに族長達以外のオーク達は唾を飲んだ。

 彼らは自分たちの族長達がフレギオンと会話していることすら卒倒してしまいそうな気分でいるのだ。早くこの場所から逃げ出したいという逃げ腰の者もいた。彼らにとってフレギオンは怪物そのものであった。ダークエルフという皮をかぶったこの世ならざる者。そう認識している者もいた。

 あの防具が良い証拠だ。

 戦士の一族として親に育てられ鍛えられ、自身もまた戦士として成人する彼らが見ても、あの防具は見るだけでおぞましい物を見たという気分に陥ってしまう、そんな代物だ。

 だから彼らは密かに祈っていた、はやくこの男がこの場所から立ち去ってくれるようにと。


 ――フレギオンはすこし思考を駆け巡らせた後、手を口元から離し「やはりこうするしかない」とごちる。

 何度か考えたがどうしても避けることはできないだろう。そうであるならば早い段階に行動したほうがいい。

 その思考の時間、ほんの一瞬の推考の後、彼は結論は出たとばかりに言葉を発していった。


「いますぐにネリスト族と接触したい。だが道が分からない、誰か頼める者はいないか?」


 その言葉に家の中が静かになった。フレギオンからはオークの表情の細かい動きは分からないが、なんとなく行きたくはないという感情が彼らの中で渦巻いているのが分かった。が、分かったところでフレギオンには諦めるという気持ちなどない。

 彼はオーク達の反応を静観することにした。それは無言の圧力だ。

 これに耐えかねて唸り始めるオークも徐々に現れ出す。だが彼らは彼らでフレギオンと共に行動はしたくはないという感情がある。結果的にこの状況は族長が破るほかなくなった。


「我がいきましょう。我ならば――」

「それはダメだ族長。長たる者が森を離れるなどあってはならない――我が行く」


 こう言ったのはヴァサドールだ。

 彼はすぐさま立ち上がるとジュヴェクレスに槍を貸してくれと頼み込んだ。彼の槍はさっきの戦いで刃の部分がこなごなに粉砕しており、すでに廃棄していたからだ。

 ジュヴェクレスはそんな彼の頼みに二つ返事で返した。


「我が屋に使っていない新品の槍がある。それを持って行くと良い」

「助かる」


 右拳を突き出す。同じようにジュヴェクレスも右拳を突き出して拳をゴツンとかち合わせる。そして人間で言うところのニヤっとした笑いを浮かべたようだ。実際は牙をむき出しにするという動作だったが。

 そこまで行った上でヴァサドールはフレギオンのほうに向き直る。そして直立した。


「我が道案内をします。よろしいですかな?」

「ああ頼む。道中で魔法や他にも質問したいことがあるんだが、それも頼めるか?」

「できる限り力を尽くします」


 その答えにフレギオンは嬉しそうに笑みを浮かべた。この地に来てから一番の笑みだ。


「決まりだ、道案内はヴァサドールに任せる」

「お任せを。ただこれは覚えていて頂きたいのですが、ネリスト族は我らオークを敵視するでしょう、ですので我がそばにいれば話がこじれる可能性があります。それを覚えていてくだされ」

「了解だ」


 外部の種族と友好的でないというのが言葉のとおりなら確かにフレギオン一人で事に当たった方がいいだろう。ヴァサドールが言った事にフレギオンは疑問を差し込むことなく返事をした。

 ダークエルフの部族に会うのは一人のダークエルフ。それが一番理にかなっているというとも思ったからだ。


「では我はジュヴェクレスの家から武器を取って参りますので、暫しお待ちを」


 そう言ってオーク――ヴァサドールは族長の家から出て行った。そしてフレギオンは族長達と共に集落の入り口に移動していく。


 まもなく大きな槍を手にヴァサドールがやってくると、二人はネリスト族に会うべく集落を後にした。

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