やがて来たる時に備えて
関所の前で大量の死体が転び、屍臭と血の生臭さがが立ちこめる中、フレギオンの帰還をダークエルフ達全員が喜んで出迎えた。
フレギオンの攻撃魔法が撤退しようとする公爵の軍を襲い、そのすさまじさを見た彼らからは歓喜する声も聞こえてくる。ちらほらに光王という呼称までも聞こえてきて、彼らの喜びの度合いもよく分かるようだった。ギーゼルヘア一人だと思っていた関所に、サフラン達ネリスト族、またファッティエット族の姿が見えてフレギオンは最初こそ驚いたが、仲間たちの出迎えに笑みを浮かべた。
そのあとフレギオンは死骸となった人間を一カ所に集めて燃やすことにした。数も多く衛生上良くないと判断したからだったが、公爵の遺体を見下ろしながら、少し考えるようにしてから公爵だけは別にして始末を後回しにすることにした。
「公爵は生き返らせようと思う。こいつは利用できる」
「は、え!?」
突如出されたフレギオンの一言に、全員が驚いた。サフランも眼を大きくしてびっくりしていた。特に一番驚いたのはギーゼルヘアだ。
彼は部下のツァハリーアス兄弟の手柄を大いに喜んでいたからだ。思わずフレギオンに問いかけてきた。するとフレギオンは自身の考えを彼らにこう示した。
「こいつから国の情報と、諸外国の情報を聞き出す」
「聞き出すって、エクスラードのことをですかい? そのために敵を生き返らすってことですかい」
フレギオンには蘇生魔法があり、それで生き返ったネリスト族やファッティエット族は数多くいる。そうして生き返った多くが、フレギオンの蘇生魔法は自分達のためにあるのだと考えているも。もとい、信じていた。それが根本的に覆ろうとしていることにギーゼルヘア達は目を丸くして、信じられないといった様子で両手を広げた。
「王国の内情を知るためにこいつの情報が役立つんだ。オルドだけで王国の全てが分かったわけでは無いし」
「しかしこいつは、人間で俺たちの敵です。そいつらを助けてやる必要はどこにも」
それは当然の反論だった。長年敵対していた敵をこうも簡単に蘇生させてしまっては、これまでの戦いは何だったのかと聞きたくなる。だが、それと同時にフレギオンの言うことも頭では理解もしていた。それはギーゼルヘアだけでなくサフランも、ここにいるダークエルフ全員がそうだろう。しかし、気持ちが感情がそれを許さなかった。
「フレギオン様の言うことは俺にも分かる。けど、情報を手に入れるなら他にも方法があるはずだ。こいつを生き返らさなくてもなにか他の方法が」
「だが生き返らさせた方が何もかも早く事が進む」
「いや、いや。それはだめだ」
ギーゼルヘアが詰め寄るようにフレギオンの前に立った。
「蘇生魔法は人間には使っちゃだめだ。あんたは俺たちの希望だ、希望なんだ。俺たちの領土を取り戻し、人間を追いやることができるのはあんただ。あんたが俺たちの希望だって信じているんだ。だから、俺たちはネリスト族とまたこうして歩み出した、全てはあんたがいるからだ。あんたが人間を利用するのはかまわない、誰を利用しようがどう扱ってもかまわない。あんたが決めたなら従おう。だけど、蘇生魔法は人間には使わないでくれ」
願い出るような眼でギーゼルヘアが己の感情をぶつけてきた。それは他のダークエルフ全員の顔にも表れており、彼らの感情は一致しているものだということをフレギオンは知らされた。それと同時に、己の過ちも理解した。
「あんたは俺たちの味方だろう、そうだろう? だったら人間の蘇生なんかしないでくれ!」
「ギーゼルヘア……」
フレギオンとしては公爵を蘇生させるというのは、人間を助けるという行動ではなかった。ただ利用し、情報を得て今後に生かそうと思っただけだった。しかし、それは大きな過ちであるということを知った。考えてみれば分かるようなことだったが、それを理解できていなかったのだ。
「わかった、そうだな。公爵を燃やそう。さっき言った情報は……別の手段で手に入れる。お前の言う通りだ、何か手段があるだろう」
「蘇生は……?」
「もちろんなしだ。俺が悪かった」
不安そうに蘇生の件のことを質問してきたギーゼルヘアに、フレギオンは首を横に振って見せた。それをみてギーゼルヘア達、ダークエルフから安心したような表情が浮かび上がると、小さな歓声が起こった。
この短期間で悲喜こもごもの感情を味わったギーゼルヘアも安心した様子で、肩の力を抜いた。
公爵をそのまま燃やすということで決定したフレギオンは一旦その場から離れ、関所の二階にあがった。
空はすでに暗くなり、星々が天空で輝いていた。
彼は星を見上げながら己の決定がダークエルフ全員にとってこれほど重要なものだということを改めて気付き、今後のことを思案する上で、自分の行動がもたらす結果を考えた。だが、その思案をする時間は彼には用意されていなかった。
アルフレインが非常に強ばった顔でフレギオンの前に立ったのである。
「アルフレイン……? どうした……?」
「……質問してもいいか?」
「ああ、答えられる事なら答えよう」
「蘇生魔法が使えるという話を聞いたが、事実か?」
「事実だ。使うには特定の条件がいるが、蘇生させることができる。それがどうかしたか」
「死を覆す力を持っているというのか…………! お前は何者だ」
死者を蘇らすという事実を聞いてアルフレインはやってきたようだ。それを確かめ、驚愕の表情を浮かべている。
「何者かっと聞かれると難しいんだ。俺もよく分かっていない。ただ分かってるのは、俺は光王フレンジャベリオンの生まれ変わり、あるいは光王だと言われていることだけだ」
「光王だと……。いくらなんでもそんな嘘は」
「信じる信じないもお前次第だ。だが、さっきの質問。蘇生のことははっきり可能だとだけは言っておく」
「光王だというのか」
「さぁな、俺は俺だ。それで、話はそれだけか? 違うんだろう?」
ここに着た理由が、フレギオンの正体と蘇生魔法の使用のみだけだとは考えられなかった。他にも理由があるような気がして、フレギオンは彼に問いかけた。
そしてそれは正しかったようだ。
「蘇生魔法、それは俺の部族に使えるか」
「……残念だが無理だと思う」
質問をしてきた際、アルフレインの表情はやや柔らかくなったが、この返答で再び硬くなった。
「死後数日のみの者しか成功しない。お前の部族が死んで、何日が経ったのかは分からないが、俺の蘇生魔法では無理だと思う。すまない」
「そうか……」
アルフレインから小さな落胆の声が洩れた。彼にとって一縷の望みだったのだろう。それがはかなく散りさり、落ち込む様をフレギオンはやるせない気分でみつめるしかできなかった。
「本当にすまない」
「いや……、そなたの責任ではない。しかしそうか……」
肩を落とし、頭を垂れて床を見つめるアルフレイン。淡い期待を寄せたのもつかの間、仲間の死の現実は変えられないということを再確認するハメとなった。
「お前の仲間は、公爵に殺されたのか……?」
地下水路から脱出するとき、アルフレインが言っていた言葉を思い出したフレギオンは彼の仲間の死の内容を聞いた。確かあの時アルフレインは公爵に仲間を殺されたと言っていたはずだ。
暫く床を見ていたアルフレインだったが、一つ大きく息を吸って静かに答え始めた。
「正確にはやつと王国軍と、皇国のレオニオスに殺された。そいつらと俺と俺の一族と他の部族が共に戦い、我らが敗れた。俺の部族の大半がその時に死んだ。俺も戦いに敗れ……、俺はあの公爵の兵にここまで運ばれ、あの牢獄にぶち込まれた。他の者はよくわからない。ただ、何人かの同志はレオニオスによって皇国に、あとは王国に連れ去られたのは分かっている。その後どうなったかは……」
そのあとの結果をアルフレインは言葉を濁したが、彼が牢獄でいたぶられてきた事実から考えると想像は容易に出来た。フレギオンは首を横に振って、レオニオスという名前を以前耳にした記憶があることを思い出した。
「いやな事をきいてしまったな」
「いや、かまわんさ。俺が勝手に喋ったことだ」
「そうか……。すまん一つ質問をしていいか?」
「ああ」
「レオニオスそいつの名前は聞いたことがある。なんでも人間たちが救世主だといっているような、そんな話だ」
「救世主かどうかはわからんが、やつが本物の化け物だというのはこの目で見てはっきり知っている。人間にとっては救世主かしらんが、俺にとっては悪夢そのものだ」
アルフレインの説明によれば、彼が住処にしていた土地はここからかなり東にいったところらしく。そこではオーガの一族、十数の部族がそこで大勢力を築いていたようだ。しかし幾度にも繰り返される人間との戦闘、脅かされる領土を守るためオーガたちは、部族を一つにまとめて西に進み王国の領土に攻撃を開始した。
それに対して王国は、南の皇国に援軍を要請。皇国はレオニオスに軍を指揮させて北上し、王国軍と合流した。そして決戦が始まり、オーガ族が敗れたという。
「それが数ヶ月前か」
「そうだ、あの戦いはレオニオスに敗れたといってもいい。俺たちは奴になにもできなかったんだ。王国軍はそこにいただけだ、全てレオニオスとやつの軍に俺たちは敗れた」
思い出したように身震いしたアルフレインの姿を見て、レオニオスという人間の強さというものを想像する。
アルフレインは先の平野でのフレギオンの戦いを見ていた。それを見てもなおレオニオスのことを思い出すと身震いするということは、やはりそうとうな力をもった人物だということが想像できる。
数日前にオーフィディナに言われた魔族を救ってくれ。その言葉を聞いた時は状況が分からず、さらにおのれの記憶も曖昧になっていた時であり、そのすぐあとに記憶も戻ったということもあってかここ最近は忘れていたが、今やその言葉の意味がどういったものかはっきりと分かるようになってきた。
「レオニオス一人で魔族を滅ぼす力があるかもしれないのか」
この言葉は心の中で思ったことだったが、意図せず口から洩れ出してしまった。しかしアルフレインは何も不思議に思わなかったようで、フレギオンの呟きを会話の一部と受け取った。
「やつ一人で全てはさすがに無理だろう。しかし、やつには軍がある。それを打ち負かすには俺たちでは無理だった。数ということではない、やつら個々の力が明らかに俺たちより上だったのだ。とくにレオニオス、やつ一人に多くの仲間を殺された。そう……お前のような、あんな強さだ」
「俺のようなか」
レオニオスの強さというのは、フレギオンの目を通して、身体で体験したわけではないから強さ自体ははっきりとは分からない。しかし、アルフレインの言葉でなんとなくは分かった。レオニオスもフレギオンと同様に、一人で大軍を打ち破ることができるのだ。
「……それほどの敵なら、いずれ……、いや必ず俺は戦う事になるな」
もとよりそのつもりだった。いやそのはずだった言葉を、何故か口にだしてフレギオンは言った。それは何故か。理由は簡単だった。
彼自身、己のする事、今後の指針を自分自身に言わせて、そして聞かせているのだ。自分はレオニオスと戦う運命にあると。
とにかくこれまでのフレギオンはダークエルフ達を助けるという考えで行動していた。アリエル達を救って、とにかく一旦退くと。しかし、そのやり方や行動では魔族は救えないというのが実感としてわいてきた。
それと同時に自分はなんと悠長に行動しているのかと、叱りつけたくなる思いだ。以前彼は魔族を救うと言ったが、このままではいずれ多大な被害が出ていくに違いない。フレギオンと同等の力を持つレオニオスが軍をもって魔族を攻撃しているのだ。のんびりしている時間は全くない。
「やつと戦う時、俺はお前が勝つのを祈る。我が神の一柱闘神に」
「闘神……? まて、それはガルデブルーグのことか」
「? そうだ。我がオーガ族の誉れ高き戦いの神の一柱だ」
「………そうだったか」
「なんだ? なにかあるのか?」
「いや……」
ガルデブルーグの装備。それがここにあるとアルフレインが知ればどのような顔をするだろうか。彼の信じる神の神具がここにあるのだ。
アルフレインの仲間を蘇生させてやることは出来ないが、せめてあの防具と武器をアルフレインに見せてやることにした。彼の信じる神の神具を見て、少しでも喜べばいいと思って。
「ガルデブルーグの防具と武器がここにある。見ていくか?」
そのときのアルフレインの顔は、ひきつったような表情から笑ったような顔になり何度も表情を変えて、やがて唖然とするように小さく「あぁ……みせてもらおう」と言って、期待と不安の入り交じった顔で、一階に降りていった。
その背中を見ながらフレギオンは、己のすべきことを一人思案していた。




