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帰還せし王  作者: 陽炎
2章【エクスラード国動乱】
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オルド平野の戦い3

 王子を見つけ出し、自身の陣営まで撤退していくハルシュトーレムの頭にユーハンソンの感情が流れ込んでくる。

 伝心術だ。ユーハンソン将軍が死に間際に伝心術を使って、直接ハルシュトーレムに情報を流してきたのだ。それによれば、将軍はあの魔族のことを光王フレンジャベリオンと思っていたというのが分かる。さらに、魔族がアルテルン神のことを否定していることと、彼の名前がフレギオンだというのが分かった。


「どういうことだ。フレンジャベリオンではないということか?」


 ユーハンソン将軍の死、そして彼から流れ込んできた情報をオルヴァー王子に伝えた。王子は暫く老将軍の死を悼んだあと、ここが戦場の真ん中であるということを思いだし対策を練るべく、ハルシュトーレムと相談する。


「老将軍は光王だと思ったようですが、どうやら異なる存在のようです。ですが、非常に危険な存在でしょう。王宮騎士はあれによって全滅し、将軍も討たれた。しかも、あいつは無傷ときています。対策を考えねばなりません」

「それは分かっている。………なにか良い策はないか」

「考えられる策としては我が魔道士達に、上位魔法を詠唱させ対抗するほかないでしょう。ユーハンソン将軍が剣で敗れたとなると、私でも勝てますまい」

「それで、あいつに勝てるか」

「殿下、勝つというのが殺せるか否かという意味のご質問であればお答えしますが、はっきり申し上げてあれほどの怪物は今まで見たことがありません。そのため、殺せるかどうかはお答えしようがありません」


 どこにもおちゃらけるような素振りはなく、非常に真面目くさった顔でハルシュトーレムは言う。


「しかし、老将軍、騎士たちの魔法ではビクともしなかった。となれば、これ以外に方法がありません。我が魔道士たちの総魔力で朽ち果ててくれれば良いのですがね」

「私もあのような魔族………、フレギオンといったか。あんな化け物を見たのは初めてだ。………魔族でなければ似たような男には会ったことがあるが………」

「………それは皇国の騎士団長のことですな」

「そうだ」


 ここより南。大陸の中央に位置する人間の大国が存在する。

 ヴェッツハルム皇国と呼ばれるその国に、信じられないほどの力を持った人間がいる。その男の名はレオニオス。皇国では英雄視され、救世主として崇められている。

 ハルシュトーレムも一度、皇国までの外交官として現地に赴き、彼に直接会ったことがあった。年は三十四で、見た目は若々しく、皇国人らしい金色の髪に緑水色の瞳。白色に近い肌。皇国一の剣の腕前で、大魔道士達が顔をしかめっ面にしてしまうほどの魔道士にして、神官。

 この男が人間であって良かったと当時のハルシュトーレムは胸に秘めて、国に戻った事を、王子の一言で思い出した。


「あの男も私からみれば十分に化け物でしたな」

「だが彼は人だ、敵ではない。惜しいのは我が国の者でないということ」


 その言い方はどことなく、レオニオスの力さえあればという思いを感じさせるものであった。そのことに王子はすぐに気づいたのか、すぐに付け加えた。


「しかし、我が国も優秀な人材がいる。ハルシュトーレム、頼るばかりですまないが、力を貸して欲しい。なんとしてでもあの魔族を討たねばならん。老将軍には幼き頃より世話になった。彼の無念、そのままにはできない」

「それは私も同じ思い。老将軍は我が父の旧友で、父が居ない時には剣の教えを受けておりました。仇を討ちましょうぞ」


 若き将軍と、王子は互いに「おう」と声をあげた。

 二人が魔道士たちのもとに戻る頃には、老将軍の配下を加え、魔道士達に上位魔法の準備も完了していた。

 ハルシュトーレムが爺と呼んでいた黒衣の衣を羽織った魔道士が早急に準備を整えていてくれたようだ。王子は彼の忠実なる行動を賞賛し、ハルシュトーレムは彼を連れて、陣内の様子を見て回りに出た。

 軍の背後にはオルドの民がおり、軍は後ろには引けない状況にある。この戦いにおける魔道士の役割というのは、彼らの命のみならずオルド市民の命までも両肩にのしかかっている。


「爺よ、礼を言うぞ。よくこの短い時間に全て用意をしてくれた」


 見れば見事なまでに士気が高く、統一された魔道士達の姿が眼下に広がった。

 魔道士たちというのは、魔道士の家系の出自であるハルシュトーレムをもってして、変人ばかりだ、と言わせる者達だ。そのために、全員が一致団結してこうして整然された陣になっているのは見ていて驚くものだった。彼は、半数はそれほど忠実ではないだろうと推測していたからだ。ただし、そういうものだと思っているために、それを悪いとは思っていなかった。


「なに、若の命がかかるのと、すこし脅してやっただけですよ。私は何も」

「ほう、なんと言ってやったのだ、全員死ぬことになるぞ? とでも言ったか?」

「いえいえ、なに。貴様ら真面目にやらんと名誉とはほど遠い死に方をして、教会のものに笑われ、魔道士の存在価値を世界から否定されてしまうぞとだけ言っただけです」

「なるほど。良い言い方だ、俺も今後はそうしよう。しかし、それだと俺の命はあまり関係ないな?」

「おや? 若の命もかかっているからだと言ったから、というのが、彼らのこの士気の高さだと私は思いますが。ああ、それとこれは私の言葉、たとえ若といえどもそう簡単には譲りませぬぞ」

「ふ、こんな時にまで冗談か。………爺には助けられる」

「なに礼には及びませぬ」


 二人はその後やや黙ったが、そろそろ頃合いかと判断したように爺がハルシュトーレムに核心を突く質問をしてきた。


「それで、若はこの戦いどう見られているので?」


 老将軍ほどの年齢になる爺と呼ばれるこの男には、状況を正しく見定める力があるのだ。それをハルシュトーレムはきちんと理解していたからか驚く事もなく、彼は包み隠さず彼に話してやることにした。


「この戦、我らが負ける」

「ほ。………それはまた物騒な事」

「とぼけるな。爺ならば理解しているのだろう、だから質問してきたくせに」

「それは買いかぶりすぎとい………。ふむ。まぁそうですな。悪ふざけも終わりますかな」

「そうしてくれ」


 息子ほどの年齢のハルシュトーレムの表情に、もうよせという感情が浮かんでいたのが老人には分かった。

 爺と呼ばれる老人はハルシュトーレムと共に眼下の魔道士たちを見据え、一言だけ言った。


「敵は光王並みだそうで」

「老将軍の伝心術は爺にもいったか。いや、盗み聞きだな」


 戦闘中での伝心術だ、そうそう多くの者に送ることはできない。それなのに爺が受け取ったということは、爺が横から干渉したのであろう。


「正確には光王ではないみたいだが、爺は光王と思っているのか」

「さて。私も若よりは長生きですが、光王と会ったことはありませんからな。光王と思わなくてもその真偽のほどは、あのフレギオンにしか分かりませんでしょうな」

「そうだな。ただ、名前はおそろしく似ている」

「さようで」


 今この二人には敵の情報で確かなものがある。それがフレギオンという名と、光王フレンジャベリオンに酷似した魔族であるという情報だ。ただ、名前が似ているというだけなら、気にもしなかっただろうが、光王のような強さを持つとなれば話はまた変わる。


「それに光王であるとは否定しなかった」

「まさしくそうですな」


 あえて否定しなかったという可能性はあるが、ひとまず否定しないでも良いという判断だったに違いない。となればとハルシュトーレムは考える。

 あのフレギオンという魔族は、フレンジャベリオンの子ではないだろうか。あるいは、ユーハンソン将軍が言っていたように復活したフレンジャベリオンであって、名前を偽っているかもしれない。はたまた、そのどちらでもない可能性もある。確固たる証拠はどこにもない。しかし、一つだけハルシュトーレムが気付いた事実があった。


「光王であるかはまだ分からないが、一つだけ気になることがある」

「ほぅ……、いかなる事ですかな」


 爺の瞳が光ったのが見える。彼の主人が気付いた事実に興味があるようだ。


「フレギオンという魔族、俺たちを皆殺しにきたわけではないようだ」

「して、その根拠は?」

「奇妙なのだ。部下達に市民を助けてたときに耳にしたが、あの魔族達はオルドに潜伏し、やつらの仲間を救いだして脱出している。それも水路を使ってだ。また市民には一切死者が出てはいない。市民のなかに魔族の顔を見た者はいなかったし、召喚獣はみたものの、そいつらも兵士としか戦っていない。それに、衛士の被害もすくないようだ、彼らの話によれば逃がしてもらったというような発言まである。極めつけは、フレギオンが街に入るために関所の門兵を利用したという事だ。そんな魔族、お前は見た事があるか?」

「ありませんな……」

「であろう。不可解だ」


 これまで見てきた魔族というのは、人間を殺し、焼き払うか、虐殺を行うような者達ばかりであった。とりわけその傾向が強いのはオーガ達で、彼ら人間からみてオーガ族の根絶やしというのは急務となっている。

 オルドに捕まっていたオーガのアルフレインは、もとは皇国の東に一族を作っていたオーガ族の勇者であって、皇国との同盟共同作戦によって討ち滅ぼしたオーガ族の一人だった。すぐに殺さなかったのは、公爵の、拷問をかけつつじわじわ殺すという悪癖のせいだ。

 ダークエルフ達、ネリスト族ファッティエット族の両者においては数が少なくさして脅威というわけではなかった。ただし、各国が魔族の掃討に力を尽くすなか、エクスラードが動かない訳にもいかず、こうして一万の軍を使って進軍し、エクスラード国内の魔族は、他国の力を借りずして討ち滅ぼすという各国への示威と、王子の力を他国に認めさせるための行動だった。

 しかし、フレギオンが行っている行為は従来の魔族の行動と大きく異なっている。理解しがたいほどに。


「あれほどの力だ、街を壊すぐらいのことはできたはずだ。なのにあえてせず潜伏し、仲間を救い出して水路から脱出した。まるで俺たちに市民を助けてやれと言っているように。爺、あのフレギオンというダークエルフ。俺は老将軍の言うとおり、光王だと推測している」


 名前が違うのはこのさいどうでもいい。と付け加えて。

 爺はふぅむと喉をならして、顎の髭を右手で撫でるように触って答える。


「して、若はどうなさるおつもりで」


 そう。それが重要だ。ここまではフレギオンの正体の話で、結局のところ打開策の話は一切していない。ハルシュトーレムは右手でオルドを指さした。


「街に撤退する。ここまでのフレギオンの行動、俺の推測でしかないが、攻撃手段を持たない者は攻撃しない」

「ほ……、しかしそれは市民のみでは? 騎兵隊や王宮騎士は全滅したと聞き及んでいますが」

「ああ。そのとおりだ、だが俺はこの目で見たのだ。フレギオンの攻撃から生き残り、戦場から逃げ出している兵士の姿を」


 若き将軍の瞳がキラリと光る。彼が見た兵士の姿というのが現状を何とかする手段であると物語るように。


「つまり、それは…………、逃げ出した兵士は攻撃されていないと言うことですかな」

「そうみたいだ」

「敗残兵をみすみす逃がすというのですか、そのフレギオンというダークエルフは」

「結果からみてそうなのだろう。いや、敗残兵というよりは、武器を捨てた人間ではないかな。みろ、市民を。彼らもまた武器を持たぬ者達だ」

「…………しかし、それが事実としても、我らがオルドに立て籠もったとなれば、袋のネズミ。それはあまりにも危険な賭け。若の命、ひいては殿下の命まで天秤にかけた賭けになりますぞ」

「なら、あの化け物に攻撃するか。おれはそっちのが危険だと思うぞ」


 その言には一理あった。

 上位魔法をたった一人で発動させ、数千人の命を奪う怪物に相対できるような傑物は残念ながらこの軍にはいない。かの皇国の騎士団長なら可能かもしれないが、この軍においてはそのような者はいない。ハルシュトーレムの提案以外に選択肢はなかった。


「市民を攻撃しなかったという事実が、俺たちを救ってくれるかもしれん。とにかく、やつに勝つためには今日を生き延びねばならん。敵を倒すにはまず敵を知らねば……、そう教えてくれたのは爺であろう」

「では、魔道士達はどうされるおつもりか? 魔障壁は完成しかけておりますが」

「いや、それはそのままでいい。やつが攻撃した場合、最後の防御法になる。とにかく我らからは攻撃をしかけるな。やつに攻撃をしなければこの賭け……、答え出るやもしれん」


 フレギオンに対して攻撃をしなかった場合、やつも動かない可能性がある。そうなれば、戦闘にならない可能性が大きくなり、ハルシュトーレムの思惑通り、一旦オルドに退却ができるかもしれないというわけだった。

 街には食料があり、かたや魔族達には食料はない。持久戦になれば、あの魔族達は北の自分達の陣地に戻る可能性もでてくる。

 とにかく、市民を攻撃しなかったというフレギオンの行動に賭けるしかない方法だったが、今はとにかくどれほど惨めに見えても、生き残ることを最優先させようとハルシュトーレムは考えた。


「市民をゆっくりでいい。街に退却させるように指示してくれ。殿下にも避難されるようにと」

「承知しました。若はここにですな」

「やつが攻撃してくるなら、戦うほかない。その判断のためにもよく見定めねばならん」


 それは暗にここに残るという意味だった。フレギオンが攻撃した場合、それに対抗するために誰かが残らなければならない。それは軍の指揮官の一人であるハルシュトーレムが適任になるのは間違いない。ハルシュトーレムの一世一代の大博打がここに始まったのだった。

 だが、この賭けは、ヘーゼル卿の行動によって大きくまた変わることになる。



 公爵は王子の軍が敗北したと知らせを受けてハルシュトーレムが救出に向かっている間に、公爵の権力を使って、陣内から外に出て自分の衛士達を集めてとある行動に出ていた。

 彼は王子の軍の敗北や、ユーハンソン将軍の死の責任から逃れるため、そしてなによりギーゼルヘアとつながりを持ったという事実を、王子や国王に気付かれないようにするために関所の奪還に数百の兵を連れて北上したのだ。

 そのことをフレギオンへの対策で頭を悩ますハルシュトーレムは、よもや公爵が勝手な行動に出るとは考えておらず気付いていなかった。残念なことにオルヴァー王子もいまだ気付いていなかったのだ。


「進め、進め。関所を取り戻せば、あの魔族に逃げ場はない。そうなればワシの功績が認められる。ギーゼルヘアを殺すのだ」


 ヘーゼル・ヨッハンヘム公は王子の陣内から出て行く時、そこに関所の門兵を発見することに成功した。そのときに彼は知ったのだ。関所の守りは赤髪を鶏のようなトサカにした髪のダークエルフ一人がいるのみであるということを。

 それがギーゼルヘアであることを知っている公爵は、ギーゼルヘアさえ殺せば魔族とのつながりを得たという事実をもみ消せると考えた。

 さらには関所を奪還すれば、フレギオンの脱出経路を奪うことになり、国を救った英雄になれると思っていた。


「ゆけゆけ、ギーゼルヘアを殺し、あの金髪のダークエルフが死んだ暁にはおまえ達には好きなものをやろう! アルテルン神もさぞお喜びになられるぞ!」


 公爵率いる兵士の数は、彼の護衛兵士三百。ギーゼルヘア一人ならば十分な数だと彼は考えていた。そして、王子が負けたとしても大魔道士を直轄にいれているハルシュトーレムの軍が居る限り、王子は負けないと思っていた。

 だが、彼は知らなかった。フレギオンが彼の想像を遙かに超えているということと、そしてハルシュトーレムが下した賭けを。

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