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帰還せし王  作者: 陽炎
2章【エクスラード国動乱】
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オルド平野の戦い2

 エクスラード国という国は、国王を頂点とする王制国家である。しかし、それとは別に国の神たる存在が他にあった。

 それが女神アルテルンであり人類の導き手であり、母ということになっている。

 母たる神アルテルンはこの地に降臨し、人に力を与えた後彼らを導き、悪魔の眷属である魔族からこの大地を取り戻したいう定説がのこっている。そして、その戦いの指導者がエクスラードを建国した。それが初代国王でありその子孫のオルヴァー王子は、女神アルテルンの加護をもっとも受けている人間であるとされている。

 アルテルンの息子とも呼ばれた初代国王は、魔族を、悪魔の手先でありまた、悪魔そのものであると民衆に説き、彼らの存在を消さねばならないと言った。それが神の望みであり、この地を洗浄する唯一の方法であると。

 そしてその教えは今の時代になっても薄れることなく、エクスラード人の深層心理に魔族は悪魔であると深く刻み込まれている。それもそのはずだ、魔族は人から見れば全てが異形なる姿をしているのだ。

 人間を遙かに上回る巨体を持つ鬼の怪物オーガ。そして、トカゲの姿で人の大きさを持つリザードマン。人間の血を啜り、生きながらえるヴァンパイア。地底世界に住む人間の子供ほどの大きさのドワーフ。そして、数百年の寿命を持ち妖術を扱うエルフ族。さらに人の世界に現れなくなったが、滅んではいないであろう龍族。

 どれも人の身では恐るべき種族たちだ。アルテルン神の教え――という名の初代国王の言葉に従い、魔族を捕まえ殺すということにエクスラード人、とりわけ貴族階級や軍上層部はやっきになっている。

 そしてその神の信仰の力を集めているのが、アルテルン教会だ。彼らは首都ラグーンにて、神の教えを宣教し国民に魔族の所業と、存在そのものの否定をおこなっている。が、彼らの言葉に耳を傾けず、アルテルン神自体は魔族の根絶までは望んでいないと考える者もいるのが事実だった。

 フレギオンが出会ったクラスという男が後者側の考えを持つ人間であり、またアルテルン神の存在も信じていない者もいる。


 そしてそんな中、アルテルン神の考えは教会がつくり出したまやかしであると考え、神への信仰では民を救えないと考える将軍がいた。


「魔たる者たちは悪魔のしもべ。人の世界に入り込み、人を喰らう悪鬼ども。解放せよ、我らが大地。悪鬼どもを駆逐せよ、我が子らよ」


 男――、エクスラード国の最年少将軍ニコライ・ハルシュトーレムは、真紅のマントが目立つ真っ黒の甲冑を身につけており、黒髪に黒っぽい瞳を持つ今年三十一になったばかりの男だ。

 彼はオルヴァー王子よりうけたまわった民の救出を完遂させ、馬を駆りながら軍を南に移動させていた。目的は、第二の命令である魔族の殲滅。

 その道中、初代国王が、彼に従った民を勇気づけるために歌ったとされる歌を口ずさむ。それを横で聞いていた黒い外套を羽織った男が反応した。


「解放の歌ですな」

「解放ともいえるが、はっきり言えばただ魔族を殺せという煽動の歌だ」

「またそのような……。教会の人間が聞けば怒り狂いますぞ」

「なぁに、もう彼らは怒ってるいるさ。そんなことをいいながら、爺もあの神官たちの言うことなど気にしていないだろう」

「これは異な事をおっしゃる、私は……」


 外套を羽織った男が反論しようとした矢先、二人のもとに血相を変えて大声で叫ぶ兵士が走り寄ってきた。

 二人はその兵士の顔に見覚えがあった。たしかユーハンソン将軍直属の騎兵隊の百騎隊長だ。その男が血相を変えてやってくるということは、何かとんでもないことが起きたに違いない。


「お前は老将軍の百騎隊長か!?」

「将軍、将軍……、お助けを……!」


 百騎隊長に傷や負傷などはどこにもないようだったが、顔は見るからに老け込み、頭髪は茶髪から真っ白になっていた。その変貌は見るからに凄まじいものだった。

 それだけでハルシュトーレムは、王子と老将軍の身に起きている状況を予測した。彼は遙か南を眺め、肉眼ではよく見えないが大きな魔法が発動しているのを感じ取った。


「あれは……上位魔法か」


 魔法の波長を感じとり、眼では見えないがおそらくそこで多くの死者が出ていることに気付く。

 彼はエクスラード国において、非常に優秀な魔道士であり、剣術にも精通した将軍でもある。また、彼の家柄も代々、大魔道士や神官を輩出してきた名門であった。

 そんな彼の配下は当然ながら、魔道士の部隊や神官が多く所属している。それが理由でオルドの民の救出と保護ならび治療のためにハルシュトーレムの軍が救出に向かっていたのだ。


「爺、すぐに魔道士たちにありったけの魔力で魔障壁を張らせるのだ。神官たちには負傷兵の治療にあたらすために準備させよ。休む間はないぞ。民は後方に避難させるんだ」


 ハルシュトーレムの顔は引き締まったものになった。


「は、若は殿下のもとに?」

「当然だ、殿下を失えばこの国は滅ぶ。いますぐ行かねばなるまい。……それで百騎隊長、お前はどうする?」

「ハルシュトーレム将軍と共に殿下のもとへ!」

「よぉし、良い返事だ。ついてこい! 者ども、殿下をお救いするのだ、あの方を失ってはならん」


 黒衣の将軍と蒼い鎧の騎兵隊長が揃って並び、二人は馬を進めた。その道中で、ハルシュトーレムは魔族の力によって、軍が壊滅状態にあると聞き、現在の戦況は非常に差し迫ったものであると知った。

  彼の軍は三千。そのうち五百にのぼる魔道士。三百の神官を配備しているために機動力がある部隊はのこり二千二百。さらにこのうち騎兵隊は半数以下の七百。つまり、ハルシュトーレムはこの七百の騎兵で王子と老将軍を救わねばならなくなり、また七千の兵が壊滅したとあってはもはや交戦するという選択肢もない。

 速やかに二人を救出し、すぐ撤退をおこない魔道士と神官たちが待つ保護壁の中に入り込まねばならなくなった。


「老将軍は死ぬ気なのであろうな」


 百騎隊長の話では、老将軍は王子を逃がすために手勢を率いて、魔族と正面から戦いに挑んだという。剛勇で勇名を馳せた老将軍ならではの男気を感じる行為だが、死ねば全て終わりだ。

 ふとハルシュトーレムの耳に、小声でアルテルン神に対して、救いの言葉を述べている者の声が入ってきた。ハルシュトーレムは小さく嘆息をついて、耳に入らないようにする。

 こういうとき神への信仰というのは、クソの程にも役に立たない。人間を導いたという神は全くなにも彼らにしてはくれないのだ。おそらく魔族に殺されそうになった何人ものエクスラード人が、女神の名を口にしたであろう。その結果は、女神の名を口にしてもしなくても変わらなかったはずだ。


「死ぬなよ。あなたはまだこの国には必要なのだ、殿下にも俺にも」


 ハルシュトーレムの願いはそのまま風に消され、馬蹄の音のみが響いた。





 ――フレギオンの猛威にさらされた騎兵隊はことごとく死に絶え、すでにその死者の数は二千近いものとなっていた。そこに歩兵の死者を含めば四千人近い被害が出ていた。

 オルド平野の戦いと後に呼ばれたこの戦いは、一時間もたたないうちに半数近い死者が出てしまったのだ。戦いにおいて、全体の三分の一の被害がでればそれはもはや敗北とも言える。しかし、今回は実質半数の兵を失ってしまった。

 誰がどう見ても大敗であった。


「王宮騎士が全滅したそうです」


 王子に付き従う騎兵が伝心術によって、戦場の状況を大まかに教える。王子の顔は顔面蒼白で今すぐにも倒れてしまいそうなものであった。

 しかし彼は気丈にも事細かな詳細を知ろうとした。


「ユーハンソンはどうなったか分かるか」

「申し訳ありません、情報を伝えてくれた兵から連絡が途絶えました。死んだか、戦場から逃げ出したか……」

「そうか……。もうよい。嫌な仕事をさせてしまった」

「滅相もございません」


 王子は天を見上げた。天空に青空が広がり、この無残な戦いにはあまりにも似つかわしくないものであった。これが勝利のあとの凱旋で、空を見上げているのならばどれほど良かったか。


「殿下! あれを!」

「ハルシュトーレムの軍旗か」


 それは小さな影だったが、黒衣と真紅のマント、後ろには騎兵隊の軍。見ればすぐに分かった、ハルシュトーレムだ。彼が軍を率いてもうここまできてくれたのだ。

 彼の軍と合流し、一時体勢を整えることができれば我が軍は立て直すことができるかもしれない。ハルシュトーレムの軍には魔道士達がいる、彼らの魔法をもってすればあるいはと脳裏によぎった。


「ゆくぞ、我らはまだ負けていない」


 王子の姿を発見したハルシュトーレムの軍から、威勢の良い声があがった。彼らにはまだ無傷の兵がいるのだ。魔道士と神官の魔法攻撃が魔族を焼き払ってくれるであろう。

 そうオルヴァー王子は祈りながら、ハルシュトーレムの保護下に入った。



 ――白髪の老将軍ユーハンソンとフレギオンは、無数の死体が転がる戦場の真ん中で対峙していた。両者の鋭き視線が交差し、お互い一歩も動く気配はない。

 このユーハンソンという老人。魔術に関してはそこらの魔道士以上の魔力を持ち、剣術に置いてはエクスラードの矛と呼ばれるほどの実力者であった。ゆえに死の覚悟をもって戦場に立てば、それは一人の人間ではなく大きな壁に見えるほどだった。

 しかしそれだけではフレギオンの攻撃は止まらなかっただろう。二人がこうしてにらみ合っているのは別の理由があったからだ。それはユーハンソンが発した言葉にあった。


「なぜ、この時……今の世になって復活したのだ、光王」


 光王フレンジャベリオン。エルフを束ね、この地にて王国を築き上げた王。伝書の言い伝えでは光属性の魔法と雷属性の魔法を好んで扱い、絶大なる力を発揮したとされる。ただしその正体は不明で、エルフだったのかダークエルフだったのかははっきりしてはいない。

 ユーハンソンが彼を光王と呼んだのは、恐らくこのダークエルフが光王と呼ばれた者だと推測したからだ。たとえその推測が間違っていたとしても、光王が死してから今の時代までの間に、最も光王に近い存在のエルフ族であると考えられる。

 そのためにユーハンソンは、フレギオンに対して警戒感を最大まで高め、自分が死ぬまでに可能な限りの情報を聞き出そうとしていた。


「貴様、光王フレンジャベリオンなのであろう? 同種族を救いに、我ら人を殺しに来たのか!」


 ユーハンソンの鋭い視線はさらに鋭さを増した。


「……………」

「何も答えぬか光王よ。ならばこちらから聞いていこう。貴様は遠き過去の時代の魔族のはず、どうやってこの世の時代に舞い戻ってきた。貴様の目的はなんだ」


 何も答えようとしないフレギオンに、それはそれで良いとばかりにユーハンソンは矢継ぎ早に質問を飛ばした。この隙にも王子の撤退の時間を稼ぐという意味もあって、彼は必要以上に質問をしたのだ。


「人を滅ぼすために復活したか、光の王よ。しかし、貴様の光はアルテルン神の大いなる光に比べれば蝋燭の明かりのようなものだ。蝋がなくなればたちまち消え失せ、貴様の光は闇へと帰る。しかし、女神の光は我らを永遠に照らし続ける。我らが女神にこそその名に相応しい。貴様のような魔族には過ぎた名だ」


 蝋が消えればというのは、フレギオンが死ねばという意味合いの言葉だった。光王フレンジャベリオンに対しても言っており、光王の御世ではたしかにエルフはまとまったが、彼が死んだ直後に分裂が起こっているという事実をさしている。

 そしてその発言で、フレギオンの表情の変化をみようという狙いもあったのだが、目算どおり狙いは的中した。


「おまえ達の女神は平等の神と聞いた、しかし魔族を滅ぼすことが神の望みなのか?」

「平等とは、人に対するものだ。貴様たち魔族には関係ない」

「それなのに、奴隷がいるのか? 平等とは……」

「だまれ! 薄汚い魔族めが! 女神を貶めようとするか!」


 老人の目がカッと見開き、恫喝するように怒鳴った。


「神の平等を魔族の貴様に分かるはずがない! 我ら人の世のことを何も理解できぬ穢れた種族の貴様らなどに!」

「…………平等などないのだ。おまえ達はただその言葉に安寧を求めて、己を正当化させているにすぎない。その様子だと、魔族を殺すのもおまえ達の考えか。やはり偶像にすぎん」

「だまれ! この大地は人のものだ、魔族がいること自体が間違っており、それを消すことを神が望んでいるのだ!」

「神ではなく、おまえ達がだろう」

「フレンジャベリオン、それ以上、神を貶めるのは許さぬ!」


 それ以上の言葉は両者にはいらなかった。ユーハンソンは激烈な怒りの表情を浮かべ、あらん限りの力で大地を蹴り、フレギオンに斬りかかった。肉体強化の魔法に魔法剣、中位魔法の行使、王宮騎士以上の剣術。もっている全ての力で老将軍は、目の前の巨悪に立ち向かった。

 生涯で最も身体が軽く、漲る力を感じた将軍は四十年は若返ったような気分になっていた。それほどまでに身体が思うように動いたのだ。人生最大の試練を前にして、己の肉体の最大の力を超えた状態だった。

 しかし、振り上げた剣がはじかれ、左手で中位魔法を使っても、魔族にかすり傷程度しか負わすことができなかった。そればかりか、フレギオンの右手から水属性の中位魔法が発動され、どこにも逃げることができなかった老将軍の下半身は吹き飛んだ。


「が、ごぽ………」


 老将軍の口から泡と血が吹き出る。空中で浮かんだ身体は水流の力で吹き飛ばされた。


「最後に教えてやる、俺の名はフレギオンだ」

 

 老将軍の死の間際、フレギオンは自身の名を教えてやることにした。それが果たして将軍の耳に入っていたかは別として。

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