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帰還せし王  作者: 陽炎
2章【エクスラード国動乱】
31/36

オルド平野の戦い

 オルドより、南に広がる平野。平坦な野原に緑の草が生え、首都ラグーンより商人が荷台などを運び、人の往来も行う上で欠かせない行路ともなっているこの場所は、北方都市オルドの名を借りてオルド平野と呼ばれている。

 普段は平和でのどかな平野だが、この日は違った。エクスラード国、王子であるオルヴァー王子の騎兵三千が地鳴りを鳴らして、怒気を漲らせ突撃している。その後ろから歩兵四千が追従し、また同じく怒気を発していた。

 彼らの狙いは一つ。オルドを襲撃し、街中を大混乱に陥れた魔族の皆殺しである。


「金色のダークエルフは強い。如何に我らの軍の数が多くとも、王宮騎士が戦わねば勝てぬ」


 進軍の最中、オルヴァー王子は傍らで共に進軍する王宮騎士たちにこう言った。

 その訳は簡単だった。王子は自分が金色のダークエルフの強さを理解していることと、王宮騎士の力なくして楽に勝てる戦いではないと、周囲に示すためだ。その結果として王子自身が決して楽観視しているなどということはないという事も示している。


「しかし、金色の者さえ討てば我らの勝利は確実だ。すぐにオルドの混乱をおさめ、関所を奪還し、奴らの集落を燃やしてやる。そうすれば父王陛下もさぞお喜びくださるだろう」

「まことに立派なお考え。我ら王宮騎士一同、殿下と陛下に忠誠を尽くし、やつら魔族を討ち取ってごらんに入れましょう」

「うむ、王宮騎士達よ。頼りにしているぞ」

「はっ。では我ら一同の成果、吉報をお待ち下され」

「くれぐれも油断はするな」

「御意、それでは」


 王宮騎士達二十四名は、王子の傍から離れ、前方の騎兵隊に追いつくように馬の腹を蹴る。彼らの馬は国一番の駿馬たちであり、力強く駆けていく。

 王子の視界から騎士達の背中が時間を追うごとに小さくなっていった。

 王宮騎士達が離れたことで、護衛の兵がユーハンソン将軍の配下の者にかわる。彼らも精鋭の中の精鋭。王子の護衛に恥じぬ強者達であった。

 護衛を任された兵士達の隊長が、王子の馬の横に並んだ。


「殿下の御身、我らがお守り致します」

「ユーハンソンの者だな。助かる。我が身、預けるぞ」

「ははっ!」


 その時だ。軍の一番前よりやや後方の部隊から、法螺貝が吹かれる音が聞こえてきた。それはさらに後ろにいる法螺貝を持つ者が法螺貝を吹き、さらに後方の部隊が吹いていく。

 それは戦いの合図であり、国軍の戦闘開始の合図だった。つまり、前方の騎兵隊が魔族を発見した合図であった。


「魔族が見つかったか! いいぞ、味方の軍を左右に広げろ。逃げ場を奪え。挟撃し、奴らを殲滅するんだ」


 王子が剣を抜きはなって、突き上げる。馬がいななき、全軍がたかだかと雄叫びをあげて、彼らは死体に群がる血に飢えたハゲワシのように、獲物に襲いかかった。




 その光景は彼の人生で初めて目にするものであった。だだっ広い平野の上を、土煙をあげて突撃してくる馬と人。人馬一体となったそれらは、雄叫びをあげて武器を取って攻めてくるのだ。そんな光景はかつてみたこともなかった。

 だが、フレギオンはさして驚くような気分にはならなかった。それが何故か、それはわからない。心のどこかで一万と聞いた兵に攻められれば、気持ちも落ち着かなくなると思っていたが、存外そのような心理にもならなかった。

 かつて光王と呼ばれたフレンジャベリオンは、何にも恐れず、立ち向かったと聞いた。もしかすれば、その強心臓も引き継いだ可能性もある。そんな考えを浮かべる余裕すらあった。

 もともと、国軍とは戦う運命にあると思っていたのも、一役かっているかもしれない。先の王宮騎士と偵察隊との交戦もそうだ。

 ただ、この時一番に考えていたのは、彼の後ろに居る四人を守り、そして、この国軍を突破すること。それだった。


「みんなは俺の後ろに。そこを動かず、見ていてくれ。大丈夫、おまえ達には指一本触れさせない」


 フレギオンは、先の戦いで殺した王宮騎士達の盾と剣を拝借し、それらを身につけた。敵軍を見れば、この鎧を身につけた騎士達の姿もあるようだった。

 仲間だろうか、俺に対する憎悪は凄まじいものであろうな、と一瞬考えて、彼は自分の身体に身体向上の魔法をかけた。


「将が死ねば、機能は麻痺するはずだ。狙うのは……」


 目前に迫る人間の軍はやはり、相当な数だ。それも全員が彼らにとって異端の者である魔族が居るとなれば、その士気は高い。

 だが、それは、彼らを指揮する者が居なくなれば瞬時に瓦解するだろう。軍の頭脳、指導者。それを消せば、彼らは統制が取れなくなり、軍としての機能しなくなる。

 と言っても、そう簡単にできることではない。指揮者が一番先頭にいるのならば話は別だが。

 そのため、やはり一番前の騎兵隊の何人かには死んでもらうしかない。その被害によって、陣形が崩れたところに、突撃すればいい。

 あの中に飛び込むのはいくらか危険だろうが、魔族が陣の中に入り込んだとあっては、今の陣形は保てなくなる。結果、セトゥルシア達の身の安全も向上する。


「将軍」


 その瞬間、フレギオンの身体が跳ねるように大地を蹴った。

 稲妻のごとく騎兵隊に突進する彼を見たエクスラード国軍の騎兵隊は、雷光が走ってきたのではと錯覚し、驚きの声をあげる。

 その一瞬の驚きの声はすぐさま、悲鳴にかわった。

 突進していた部隊の中でも一番前方に出ていた騎兵隊が、フレギオンの攻撃をまず最初に被った。フレギオンは移動しながら雷属性魔法を打ち、戦闘の騎兵をまず殺した。

 騎兵は大地に勢いよく倒れ込み、その後方の騎兵隊は突如できあがった障害物によって、馬が足をぶつけ倒れ込み、その後ろからさらに、なだれ込むように前のめりに倒れ込んでいく。

 そこにフレギオンのさらなる魔法攻撃が行われ、彼らは障害物を避けるだけに留まらず攻撃も回避しなければならなくなった。しかし、エクスラード人は馬を操るのが得意である。最初の第一波となった部隊は一瞬にして倒されてしまったが、その後方の彼らは左右に広がるもの、あるいは巧みな馬術によって、死体となった仲間の上を飛び越える者、それらをやってのけた部隊は事なきを得ることに成功した。

 さらに騎兵隊の幾人かがフレギオンの魔法対策として、魔障壁を作り上げた上で再度突撃を開始する。

 騎兵隊といっても彼らは一般兵ではない。エクスラードを守護する国軍の一員なのだ。このぐらいの魔法対策は大多数の者ならば可能である。

 

「魔障壁を張って、やつの魔法を防げ。馬を守れ! 散れ散れ!」


 騎兵隊の隊長が部下に命令を下すのをフレギオンは視認した。この隊長は騎馬隊百名を指揮する隊長だが、フレギオンから見れば彼の目標である将の一人に見えた。

 そうなるとフレギオンの動きはさらに加速度を増す。狙いを定めた彼は、王宮騎士に放った中位雷属性魔法を詠唱した。


「いたな。まずは一人目だ」


 天空の様子が瞬時にかわり、天高くから雷鳴が迸った。

 隊長は上空を見上げる。彼の眼球に太陽の光に似た強烈な光線が目に入ったとき、彼の身体は一瞬にして焼かれ、丸焦げになった。

 雷鳴は巨大な音ともに、隊長以下、その場にいた騎兵百二十名あまりの命を奪ったばかりか、左右にいる騎兵隊を吹き飛ばし、その移動速度を奪った。

 さらに追撃の雷撃をフレギオンは唱える。次に狙うのは騎兵隊を脱出させようとする指揮官だ。


「ばかな、詠唱時間もなく中位魔法を打つだとぉぉっ!」


 一部始終を見ていた、王宮騎士二十四名のうち一人が顎が外れるのではないかと思うほど口を大きく開けて驚く。全身の汗腺よりブワっと、大粒の汗が吹き上がった。

 その間にも、中位魔法の第二波が行われ、騎兵隊が消えていくのをまざまざと見せつけられた。


「あ、あれはなんだ。あんなダークエルフが存在しうるというのか……、あれは死神の眷属では……」


 仲間が討たれたと聞き、半ば信じられない思いであったが、それは間違いだったと思い知らされる。騎士は、未だかつて出会ったことのない敵に身震いした。

 だがここで引くことなどができるだろうか。そんなことは彼にはできない。彼は誉れ高き王宮騎士なのだ。エクスラードに仇なす者に、守護神にして女神アルテルンの正義を見せなくてはならない。

 そうだ。ここで引くことなど絶対にあってはならないのだ。騎士は唇を血がにじむまで噛みしめて、怯えを押さえ込んだ。


「ええい。なにを恐れる。アルテルン神が見ておられるぞ。おびえるな、悪が繁栄したことなどないのだ。女神よ、私の戦い、とくとご覧になれ」


 騎士はその言葉を呟きながら、願わくば仲間の騎士達も、一瞬でも自分と同じように怯えを感じていると信じたかった。そしてそれを克服した者同士であると。

 金色の者に攻撃され、苦しむ騎兵隊を救えるのは王宮騎士以外にはない。その思いを胸に彼は闘気(オーラ)を身にまとって、フレギオンに攻撃を開始した。


「悪魔よ、貴様がいる場所はここではない、居るべき場所に帰るが良い!」


 最もフレギオンの近くに居た彼は、誰よりも先にフレギオンに攻撃をした王宮騎士となった。もちろん、オルド平野のこの戦いでの話であるが。

 しかし、輝くばかりの純白の鎧を身につけた王宮騎士が、死に瀕している味方の救援に駆けつけたのだ。その姿はその場にいた全員の目から、アルテルン神の加護を受けた勇者のように見えた。


「滅せよ! 貴様の主がまっているぞ!」

「主とは誰のことをいっている?」


 王宮騎士のその発言はフレギオンからすれば、身に覚えのない言葉だった。

 彼はその言葉にすこしだけ好奇心を抱いた。その主とは、フレギオンのことをさらに知るものではないだろうか。光王のことも分かるのではないだろうか、そう思ったのだ。しかし、その好奇心はすぐさま消え失せることになる。


「しれたこと、貴様は死神エスヴォハールの眷属であろう!」


 騎士の長剣がうなりをあげて、フレギオンの頭上に迫る。高速で振るい落とされた剣はまっすぐにフレギオンの顔をたたっ切るはずだった。だが、その願いは虚しく無に帰される。


「残念だが、お前の考えははずれだ。俺は誰のしもべでもない」


 フレギオンの右手が動き、騎士よりも遙かに早く騎士の胴体を斬りさいた。鮮血が舞い、大地とフレギオンに血しぶきが降り注ぐ。

 騎士は崩れ落ち、大地にひれ伏したが、闘気の力か息も絶え絶えとなっているにも関わらず死にきれず、地獄の苦しみを味わっていた。やがて、瀕死の状態でどこにそんな力があるのかと思うほど、驚くべき力で身体を起こし、フレギオンをにらみつけた。


「女神アルテルンよ、非力な私をお許しを」

「………………またそれか。魔族を殺すことが女神の願いだと言うのか、とんだまがい物の神だ」

「お、おのれ、悪……魔め……よくも………ぐ」


 騎士が言い終わらぬ前に、フレギオンは剣を振り下ろし、騎士の首を切り落とす。ゴロンと転がった生首は憎悪の顔で膠着し、死してなおフレギオンを睨んでいる。


「お前達の神は、お前達が作り出した偶像にすぎない!」

「我らが神を冒涜したな。この悪魔め!」


 エクスラード人が敬愛する女神へのフレギオンの言葉は、心が折れていた騎兵隊に力を呼び戻すきっかけとなった。

 さらに騎士の気迫を見た騎兵隊が息を吹き返し、フレギオンに向かって玉砕の覚悟で突撃を再開する。


「我らが主、アルテルンの大地を汚す悪魔共! 死すべし!」

「大悪魔を討ち果たし、我が主のもとにいきます。アルテルンよご加護を」

「ひくな! 神の力をみせるのだ」


 女神アルテルンの存在を否定したフレギオンの言葉と、魔族は悪魔であると教え込まれてきたエクスラード人の闘志は再び点火した。

 だが、同じようにフレギオンの心も燃え上がった。


「真実の神ならば、魔族から力を奪い、弱者をいたぶることなど認めるものか。それを認める神なら、俺が認めない! お前達こそ悪魔だ!」


 牢獄にて繋がれていたメーシュヴェル、アリエルの二人はひどい拷問を受けていた。二人の首筋の焼き印は、セトゥルシアが言うには魔封じ用の特殊な物質を熱して、首に押しつけたものだと言っていた。そのせいで二人の魔力は大きく減り、長期間に渡った拷問によって魔力の回復も難しいようだ。肉体の傷は癒やせても、精神の傷は癒やすことはできない。精神を落ち着かせることは可能でも、全てを忘れることは不可能だ。それを回復させるには相当な時間が必要になるだろう。

 騎士達や、騎兵隊が相次いで彼らが信奉する女神の名を耳にして、フレギオンの感情は徐々に高まっていく。


「逃げるのなら無視もしてやろう。生きたければ行くが良い。しかし俺の仲間を攻撃するのなら」


 女神アルテルンの名を口にして、突撃をしてくる騎兵隊のその数、数百。それらは真っ直ぐにフレギオンに向かって突撃し、死さえも恐れはしないという気構えが表情に浮かんでいる。

 さらにそれとは別に、左右よりフレギオンを挟撃しようとする騎兵隊の姿。さらにその後方には、フレギオンではなくセトゥルシア達を狙うための別機動隊の姿も見える。

 法螺貝がさらに大きく吹かれ、騎兵隊だけでなく歩兵の姿も見え、まだ存命である王宮騎士二十三名が、仲間の仇を討ちはたさんと、白き騎士達は紅き闘気を纏って修羅の如く迫ってくる。

 総勢七千に近い人間の軍が集結し、五体の魔族を殺すために全力で攻撃を開始した。この地オルドを守るために、国民を救うために、魔族を抹殺するために。彼らは攻撃を再開した。

 しかしフレギオンも彼自身の仲間を守るために、そしてこの脅威がいずれネリスト族ファッティエット族、オークたちに降りかかるのを阻止するべく。さらなる高位魔法を唱えた。


「骸になり果てろ!」




 ――オルヴァー王子の軍が戦闘地区に到達し、戦況を確認しようとしたときそれは起きた。歩兵も合流し、総数五千近い兵士が対峙するのは、たった一体の魔族。

 その後ろに四体の魔族の姿が確認できるが、それを見ている暇などもはやなかった。金髪のダークエルフが右手をかざし、なにか呪文を唱えたと思った矢先、一帯は目映い光に包まれた。そして、すぐさま巨大な爆発音とともに、数百騎近くの騎兵隊がコナゴナに吹き飛んだのだ。

 それだけでも十分に驚異的な魔法だが、さらなる脅威がやってくる。魔族の身体から青紫の闘気が立ち上がり、信じがたいことに魔族から五百メートル近くもの離れた距離にいる王子の馬が怯えて、大きくいなないたのだ。それは馬だけではない。

 当の本人であるオルヴァー王子もその脅威を肌身に感じ取った。


「っっ、あれは闘気か。なんという威圧感……、私の生命を吸い取る気か」


 生命を吸い取る闘気など聞いたことなどもなかったが、そう錯覚させるほどの威圧感があの魔族から感じ取られた。王子は思わず胸に手を押し当て、心臓を守るような動作を行った。

 鎧越しからでも心臓の鼓動が感じ取られ、王子は自分がまだ生きていることを実感し、彼は一瞬の間ホッとするが、その間にもさらに騎兵隊数百が光に包まれ死に絶えていく。

 生き残っていた王宮騎士は光に包まれ、騎兵隊と同じく死んでいった者も多く、その数も半数以下の九名になっていた。


「ふっふっ……」


 途切れ途切れに息を吐き、呼吸を整えるオルヴァー王子のもとに、彼の補佐として追従してきた将軍の一人、ユーハンソンが馬を駆って傍によってきた。


「殿下、殿下!」

「おお、ユーハンソンか。すまぬ、………ふっ、ふぅ。そなたの知恵を貸してくれ。あの悪魔をどうすれば」

「殿下、お気をお鎮め下され。そしてよくお聞きになってくだされ! ただちに軍を反転させ、ハルシュトーレムのもとに撤退なさるのです! 我らは敵を見誤ったのです。あれはただのダークエルフでは……」


 ユーハンソンが何かを言おうとしたとき、騎兵隊と歩兵隊の魔法、そして王宮騎士の魔法がダークエルフに向かって放たれた。凄まじい爆発音と共に、ダークエルフが居た地点は煙がたち、何もみえなくなる。

 騎兵隊、歩兵たちはその表情にほんの少しの期待感を滲ませた。が、騎士たち九名の顔は非常に暗かった。彼らは気付いていたのだ、これぽっちの魔力では足止めほどの効果しかないことを。それでも打たねば、一縷の望みをかけて打たなくてはならなかった。それこそが王宮騎士としての誇りであった。

 煙の中から光が放たれ、ダークエルフの姿が現れる。ほんの少しの傷を受けているが、どれも致命傷の一つにもならないような傷であった。


「殿下、すぐに撤退を!」


 一部始終を見届けたユーハンソンが再度王子に撤退を進言する。騎士たちの最高の光属性の魔法を受けても、大きな傷をうけていないダークエルフを見て、呆然となりつつあった王子は、その声に我を取り戻した。


「し、しかし兵をおいて」

「もはや勝敗は決しました、我が軍の敗北です。ハルシュトーレムの軍のもとにいき、魔道士の力を借りねば、ここで全員死んでしまいますぞ!」


 将軍ユーハンソンはエクスラードの将軍となって、早二十数年。剛勇でならす強者だが、数多くの戦いを目にしてきた老将軍であり、戦局の見極めは王子よりも遙かに鋭かった。

 そのために国王が王子の傍にと、ユーハンソンを選んだのだ。


「そなたの言うとおりにしよう。しかし、そなたはどうする」

「むろん、殿下が無事にお逃げになるまでは、この私が背中をお守りいたします。さぁ、おゆきなされよ」

「しかし……老将軍を置いてなど」

「なに、このユーハンソン。戦場にでて既に五十数年あまり。そう簡単には死にませぬわ! さぁ早く、ハルシュトーレムのもとに!」


 ユーハンソンは馬を反転させ、王子に背中を向けた。将軍の鋭き眼光の先にはフレギオンが視界に収まっている。


「将軍の忠義、しかと覚えておく。必ずや、私のもとに戻ってきてほしい」

「もったいなきお言葉。そなたたち、必ずや殿下をハルシュトーレムのもとにお届けするのだ、よいな!」

「はは、将軍!」


 将軍の意気込みをくみ取り、王子は彼に最大限の言葉をかけた。ユーハンソンが返事が返すと同時に彼は馬を駆って、手勢を率いて前進を開始した。

 王子は彼の親衛隊に囲まれて、戦場を脱出すべく反転して突き進む。向かう先はもう一人の将軍ハルシュトーレムの軍だ。


「そなたたちが我が配下であったことを誇りに思うぞ。おまえ達が我が国の勇者だ」


 騎兵隊が壊滅し、歩兵隊も次々に葬られ、逃亡兵も見え始めてきた戦況下で、彼は自分に付き従う兵士たちを称えた。


「聞け、我が兵よ。あの魔族はただのダークエルフにあらず。あれは古より、伝説とされるダークエルフ。光王フレンジャベリオンに相違ない」


 フレギオンの力を見て老将軍は、ありったけの知識からあのダークエルフの正体を見破ろうとした。そして、その結果。彼を光王フレンジャベリオンであると推測した。

 もはや伝書や、言い伝えレベルの存在であり、存在そのものを信じない者も多かったが、ユーハンソンはフレンジャベリオンの存在があったと信じていた一人であった。

 光王であると推測したもののそれが何故、今の時代になって復活したのかは、彼には分からなかった。だが、そんなことはもはやどうでもよかった。


「これより先は死地である。皆、覚悟して進め」


 ユーハンソンが号令の合図を下す。


「全軍進め、殿下を守る盾となるのだ!」


 将軍ユーハンソンの号令とともに、統制が取れていた数百の兵士、その周りに居るさらに千に近い兵士たちが覚悟を決めて、フレギオンと刃を交えるべく進軍した。

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