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帰還せし王  作者: 陽炎
2章【エクスラード国動乱】
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地下牢

 ネリスト族の大長老アサンドラの孫娘であるセトゥルシアは、人間の兵士の鎧を被って、奇妙な縁で協力関係になった人間の男二人と共に、宮殿の地下に向かっていった。

 地下に行こうと言ったのはクラスだった。理由は彼は宮殿の上にネリスト族の捕虜がいるとは思えない、地下に監禁されているものだと言ったからだった。

 その考えはとりあえず、この宮殿においては正解だったようだ。


 地下牢は暗く、壁に設置された燭台の明かりで、全体が見えるようにしていた。中はほこり臭く、空気も淀んでいて、悪臭が漂っている。かなり広く、いくつもの鉄格子の牢屋が並んでいた。だが、中には誰も居なかった。

 さらに三人が奥に突き進んでいくと、鎖でつながれた鉄球のような武器をもった拷問官がいて、服からは血の生臭い匂いが漂ってくる。両肩は大きく、胸筋は盛り上がっていて身体の大きな男だった。

 拷問官は、慌ただしく地下牢にやってきた顔をみせない兵士三人を不審に思い、道を閉ざすように立ちふさがった。


「何者だ、貴様達?」


 拷問官が優秀なのか、ただ単に直感がすぐれていたのかは不明だが、三人が侵入者であると感づいたのは間違いない。

 鉄球を手にもって、旋風を巻き起こすように振り回しだした。風を切る音が木霊し、じりじりと三人の近くによっていく。


「変な奴らだ、上の騒ぎは貴様達の仕業か」


 拷問官は一人ではなかった。奥から二人がでてきて、さらにもう一人身体の大きな男が現れた。現れた男三人の手には、先端が尖った鋭利な刃がついた棒があった。刃先のまわりは円形の鉄で覆われていて、鈍器にもなる。それはメイスと呼ばれる武器だ。

 鉄球を持った男とメイスを持った拷問官が、地下牢にやってきた不届きな侵入者を駆逐しようと、武器を振りかざした。

 瞬間その拷問官の左肩に、矢が突き刺さる。


「うぐっ、おのれ、やはり敵か!」


 矢を引き抜いて、拷問官は怒鳴りつけるように吠えた。血でぬれた矢をその場に捨てて烈火の如く怒りに身を震わせて、再度攻撃しようとする。それに続けとばかりに四人の拷問官が一斉に襲いかかってきた。


「先に攻撃してきたのはそっちだろうが……っ」


 矢を放ったのはベングトだった。彼はこの地下にくるまでに通ってきた部屋から、矢と弓を拝借していた。勿論、接近された時の対処法として短剣も腰に身につけていた。

 彼としてはこんな場所で、人間相手に戦闘などは御免被りたいところだったが、今更そんなことはいっていられない。


「ベングト、そいつらはまかせたぞ」

「ん、ああ。仕方ねぇっ」


 こうなってはもう戦闘は避けられない。腹をくくった二人は迫り来る拷問官と刃を交える。

 巨大な身体の拷問官にたいして、平均的な身長であり弓兵である二人が接近戦をやれば、戦局は自ずとクラス達が不利になるのは仕方がなかった。

 元々数も一人分不利なのだ。そこに個の力で負けているのだからかなり厳しい。だが、それを侵入者の一人――セトゥルシアが変える。

 彼女はクラス達が拷問官四人の相手をしだした瞬間に、召喚魔法を発動していた。そしてすぐに、彼女が消費した分だけの価値のある召喚獣を呼び出すことに成功した。

 体躯は全長二メートルほど、茶色の毛並みを持つ狼のようなモンスターだったが、眼は真っ赤な真紅色が一つ。上顎から飛び出した歯は、するどく伸びていて口から飛び出ていた。


「召喚魔法……、魔族か貴様!!」


 セトゥルシアが召喚魔法をつかって、召喚獣を呼び出すのを見た拷問官の一人が眼を大きくした。メイスを持つ手にも力が入る。

 エクスラード国にも召喚魔法を扱える魔道士は居る。が、それは数人程度であり、ここオルドには居ない。そのため、召喚魔法を使える一般兵士など存在するはずもなく、可能性として考えるならばそれは魔族ということになる。


「いまさら、魔族だと驚くなんて変わったやつらだ」

「だまれ!」


 鉄球を持った拷問官から怒号が飛び出し、鉄球が飛んでくる。それは召喚魔法を使っていたセトゥルシアに向かって真っ直ぐ飛んでいく。

 クラスとベングトの二人は拷問官三人と交戦していて、鉄球を止めるために助太刀はできない。一瞬でも拷問官から眼を離せば、命取りになってしまう。彼女が無事に鉄球を回避してくれることを祈った。

 セトゥルシアの命を奪おう、黒く重たい丸い物質があと少しで彼女にあたるというとき、彼女によって呼び出された召喚獣が、主人の危機をいち早く察知して鉄球を迎撃した。

 鉄球の側面を力の限り蹴り上げて、壁にたたきつける。鉄球が壁にぶつかり、側壁がボロボロと崩れ落ちて、至る所にヒビが入っていく。砂煙が大量に舞い上がった。


「ちぃ。こしゃくな!」


 壁にめり込んだ鉄球を引っ張って、たぐり寄せようとする。だが、なかなか深くに鉄球がめり込んだのか出てこない。イラだった彼は鉄球を引っ張るのをやめて、腰の長剣二本を引き抜いた。


「ここに来たのが失敗だったことを思い知らせてやる!」

「いいえ、思い知るのは貴方の方です」

「その声、女か!」


 セトゥルシアの声を聞いて、彼女が女性だと気付いた拷問官は声を僅かに弾ませた。

 得体の知れない魔族だと思ってさっさとと殺そうと思っていたが、相手の性別が分かって、彼女を捕らえて拷問にかけたいとすらこの男は思ったのだ。


「女か、女だったか。久しぶりにいきのいい女がきた。お前もいたぶってやろう……」


 目の色がかわり、彼の本質的な歪んだ性格が出現する。それをみて、仮面の下でセトゥルシアは化け物をみるような眼で拷問官を見ていたが、仮面によってその表情は見えない。

 身震いして、嫌悪するセトゥルシアを見て、この女は怯えていると誤解した拷問官はそれは嬉しそうにニタっと笑った。


「この狂人め」


 辛らつな言葉を吐き、これ以上あの男を生かしておいてはいけないと本能的に悟ったセトゥルシアは召喚獣に命令した。


「あの男と一緒の服を着ている男を殺しなさい!」


 その命令は、クラス達が戦っている拷問官のことも含まれている。召喚獣は主の命令を忠実に聞きとると、鉄球を持っていた男と同じ服装の――拷問官四人を視認した。

 そうなると行動は早い。一つ目しかない召喚獣は主の命を忠実に守って、あらん限りの力を振り絞ってクラスとベングトの助太刀に入った。

 二メートルの大きな獣が、壁をけりあげて、拷問官の一人の頭にかみつく。クラスと交戦していた男は突然のことで回避出来ず、もつれ合って転がった。すかさず持っていた短剣で獣を刺そうとするが、先に顔の皮膚を咬まれて、皮が引き裂かれた。


「ぎゃあぁぁぁあぁ」


 左目のうえから、下唇にかけて咬み裂かれた男は、顔から大量の血をながして、足でバタバタと床を叩きつけた。獣は男が生きているのを見て、無防備となっている首筋にかみつき、そのまま引きちぎった。


「おのれ。この化け物めが」


 仲間の拷問官が獣に短剣を投げつけた。だが、驚くほどの俊敏性をもってそれを回避した獣は、うなり声をあげて拷問官にかみつく。力で勝った獣が拷問官の生涯をまた一人終わらせた。

 劣勢とみるや、あの召喚獣を止めるには女を殺すしかないと考え、メイスをもっていた拷問官の一人が、セトゥルシアのほうに走って行った。だが、セトゥルシアは弓を既に装備していて、矢を力いっぱいに引っ張っていた。


「私、弓は得意なんです」


 言うや、拷問官の頭部に矢が突き刺さる。それはあっぱれとしか言うほかなく、弓兵だったクラス達も舌を巻くほどであった。

 頭部に矢をうけた拷問官がその場で倒れて絶命するのを確認したクラスとベングトは、次は俺たちの番だとばかりに最後の拷問官――二刀流となった男に二人がかりで挑んだ。


「この変態が!」


 毒づいたのはベングトで、クラスは無言のまま短剣をもって拷問官に挑む。

 拷問官は、味方が全員殺されたことで怒っていたが、彼の状況は非常にまずいことになっているのを冷静に考える力はまだあった。

 あの魔族の女をいたぶってやりたいという願望は胸にしまい込んで、この拷問官は逃亡を考えた。命あっての物種だ、そう考えていかに滑稽であろうとその場から逃げ出すことに決めたのだ。

 牢獄の壁に設置されているたいまつをひろって、拷問官はそれを二人にむかって投げつけた。


「ちっ」


 投げつけられたたいまつから、身を守って、一歩引いた二人。彼ら二人は関所で火達磨となった同僚達の姿を見ている。そのため潜在的に炎を恐れてしまった。

 その隙に拷問官は牢獄から逃げ出し、腰の短剣を時間稼ぎにとばかりに、セトゥルシアに向けて投げつけた。

 弓で射ろうとしていたセトゥルシアだったが、身体を転がして短剣を避けた。その隙に拷問官は出口に近づこうとしている。


「くっ、――いきなさい!」


 ここで逃がしてたまるかとセトゥルシアが召喚獣に命令を下した。召喚獣は雄叫びをあげてまっしぐらに拷問官に向かって突進していく。

 だが、またもや拷問官は短剣を投げつけたり、近くにあったたいまつを投げつけたりと時間を稼いでくる。


「逃げられる……っ」


 そう思った時だ、突然、牢獄の壁が動いた。当然、予想していなかったことだったため全員の足が止まる。

 拷問官も逃げるのを一時的に忘れて、動いている壁を凝視した。


「な、なんだ!?」


 こんな仕掛けがあるとは聞かされていなかった拷問官の口から、心底驚いた声が洩れ出した。そしてその声を聞いたとき、セトゥルシアが誰よりも早く意識を覚醒させて、矢を拷問官の背中に向けて射った。


「うぎぃ」


 小さな悲鳴をあげて、拷問官は口から血を吐き出す。だが致命傷にならなかった彼は、反撃に出るよりも逃げることを優先して、動いた壁の中に飛び込もうとした。

 その中がどうなっているかなど、その時の彼はもはやどうでも良かったのだ。

 とにかく逃げることを優先したのだ。

 それが彼の最期だった。


「ぎゃあぁぁぁああああああ」


 壁の中にあった通路の中に飛び込び、魔族の手から逃げ切ったと思われた拷問官は、突然悲鳴をあげて飛び出てきた。

 腹を切り裂かれ、血を噴き出し、全身を真紅に染めて自身の血の海に彼は沈み込んだ。身体は海から打ち上げられた魚のようにビクビクと跳ねていたが、それもやがて収まり彼は絶命した。


「これはおかしい、なにゆえここに拷問官が入ってきた? 思わず魔族と思って斬って捨ててしまったわ」


 真っ黒の通路の中から男の声が響いてきた。それは低い声で、年長者ではないもののそれなりに年のいった男の声である。やがて男は牢獄から姿を現した。

 フルプレートの鎧と蒼いマント。だが鎧の材質は銀のようで、これまでみてきた兵士とは違う。そして顔は金髪蒼眼。頬に傷があるのは、これまで戦いを経験してきた男の顔だ。


「お、おいおい。あいつまさか、ヨアキム・フリュクレフか……? 公爵様の騎士様じゃないか、なんでここに」


 現れた男はこの宮殿の主であるヘーゼル卿を護衛する騎士、ヨアキム・フリュクレフであることを視認したベングトは驚きのあまり、目を丸くした。

 ヨアキムは公爵の護衛をする騎士だ。そのため公爵から一定の距離から絶対に離れず、公爵を守る男だ。その男が単身でしかも壁の中に隠されていた通路から出てくるなどと、想定外の出来事であった。


「どうやら俺たちは運がないようだ、彼が相手では勝てんぞ」


 驚いた理由は他にもある、その一つをクラスが今、言葉にした。そうなのだ、クラスやベングトの実力は、所詮は弓兵の一人にすぎない。末端の兵士とまではいわないでも、あのヨアキムなどとは雲泥の差だ。


「ちくしょうめ! おい、ねぇちゃん。こっちに来い!」


 ベングトが叫ぶ、その声に反応するように、セトゥルシアは全速力で味方の男二人のもとに駆け寄った。

 召喚獣も主のもとにかけよって、三人と一頭が合流する。


「…………ほう、なるほど」


 ヨアキム・フリュクレフは視線を動かし、牢獄の惨状を確認した。地下に配置されていた拷問官四人は死んでいて――うち一人はヨアキムが殺したのだが――、仮面をつけた三人と争った痕跡がある。

 その三人は召喚獣とともに集まっている。それを見て、ヨアキムは報告をうけていた魔族四体だと考えた。

 魔族が四体というのは実際は誤報で、なおかつ召喚獣は先ほど呼び出されたためこれもまた違うのだが、それはヨアキムの知るところではない。


「魔族共。閣下の宮殿を荒らした罪、その身で償ってもらおう」


 ヨアキムは自分の後ろに、公爵と侍女がいることを一切言わず、背中に回した左手で地面にむけて指を指した。

 それはつまり「ここにお隠れなっていてください」という彼の指示だった。

 公爵と侍女は口を閉ざしながら、その場でしゃがみ込んだ。


「地下牢とはまさにうってつけだ、キサマらの死に場所としてな」


 ヨアキムが長剣を片手でもって、左手に盾を持ってゆっくりと歩み出した。すると長剣の白刃に冷気が宿る。

 四人とヨアキムが今まさに交戦に入ろうとしたのだった。

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