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帰還せし王  作者: 陽炎
2章【エクスラード国動乱】
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公爵

 宮殿の最上階より一つ下の階層。そこには首都ラグーンから派遣された騎士が、大きなドアに前で立っていた。

 彼は宮殿を守る衛士でもあるが、彼の最大の任務はヘーゼル卿の護衛である。

 赤と金の装飾がつけられた絢爛豪華な扉。それが開くのを待って、騎士はふぅと息を吐いた。

 男の名はヨアキム・フリュクレフ。今年四十にもなるベテランの騎士兼衛士で、金髪に蒼眼を持ち、ヘーゼル卿の身辺保護の責任者である。


「フリュクレフ殿、下がかなり騒がしくなってきました。どうやら、魔族が四体紛れ込んだようで。担当していた小隊が対応していますが、戦況は思わしくないようです」


 衛士の男が下の階から駆け上がってきて、このことをヨアキムに伝えにやってきた。下が騒ぎになっていることはヨアキムも知っていたことだ。というよりも、これだけ賑やかに暴れていれば気付くなと言うのがおかしいだろうが。


「魔族が四体だと? どうやって入り込んだというのだ? 警護兵や、街の巡回兵は何をしていた」


 いささか驚いたような声をあげたヨアキムだったが、すぐに落ち着きを取り戻すと事の深刻さを実感して、腰に備え付けられている長剣を抜いた。この時、魔族が四体というのは誤報であったが、フレギオンがダークエルフであることと、その仲間達が顔を隠していたため素顔が見えず、まさかあの中に人間が居るとは思わなかったため、魔族が四体と報告されていた。

 伝えにきた衛士も長剣を抜いて、その問いに答えると同時に提案する。


「は、それがよく分かりません。ですが、侵入してきたのは間違いないようで、すぐに閣下を連れて避難なされたほうがよろしいかと」

「うむ、そのとおりだな」


 衛士の言う事に、ヨアキムは同意の意を示すと、マントをひるがえした。目の前には彼が見上げるような大きなドアがある。彼は無礼を承知でそのドアを開こうとした。

 だが、先にドアが開かれてその中から、ふくよかに肥えた男が出てきた。


「閣下、緊急事態でございます」

「なんだ、この騒動は? 他にも問題が起きているのか。フリュクレフよ説明せよ」


 部屋から出てきた男も下の階での騒動は耳にしているだろう。やや慌てて服を着た様子で乱れていた。他にも、という意味は先遣隊のことや獣のことを言っている。

 寝所の中には侍女が控えていて、ヨアキムと眼が合うと彼女はぺこりと頭を下げた。

 彼と衛士の二人は片膝をついて、男の前に跪き、膝の上で、右手の甲の部分を左手の手の平に押し当てて、言上した。


「宮殿内に魔族が侵入し、二階にて衛士達が戦っています。ですが戦況は芳しくなく、魔族が優勢とのこと。つきましては、閣下に急ぎ避難を進言させていただきます」


 白く厚い生地の服装を身に纏い、胸元には大きなネックレスを身につけた男はその話を聞いて、眼を丸くした。

 ヨアキムよりも年長者で、既に髪は白く、前髪はなく、後頭部部分に頭頂部を囲むように生えそろっている。髭は威厳を示す意味もあって顎部分から生えていた。

 体重はそうとう重そうで、衛士であるヨアキムの横幅よりも倍ほどはある、よく言えば恰幅の良い体つき、悪く言えばだらしのない身体だ。顔は青白く、血行が良いようにはみえない。

 その男が、ヘーゼル・ヨッハンヘム公その人であった。


「ま、魔族がいるだと? まてまて、なにゆえそのようなことになっておる。今夜は獣が出現し、先遣隊が来ると言うだけでも十分に騒がしいというのに」

「閣下、その獣ですが、もしや、侵入してきた魔族共の仕業かもしれませんぞ。混乱に乗じて乗り込んできたのでしょう」

「ぬぅぅぅ。汚らわしい魔族め、我が宮殿を血で染める気か。ええい、門を守る兵は、いや、シュパイツァーだ。奴は関所を守らせていたはず。何をしていた、奴は守備すらもできんのか」


 ヘーゼル卿は顔を赤くして、うなり声をあげて、文句を言った。だがそれで何かが解決するわけでもない。

 わなわなと震えて怒りに燃えるヘーゼル卿を見上げて、ヨアキムはふと気付いたことを公爵に伝える。


「予定より早く先遣隊が来ているのは、魔族のことを知って、急ぎここに向かってきたのかも知れません。殿下が率いる国軍もいずれ来ます、そうすればたかが四体ほどの魔族。袋のネズミ。必ずや八つ裂きにしてやれることでしょう。シュパイツァーへの罰も今は忘れ、御身の大事だけをお考え下さい」


 言われてヘーゼル卿は怒り顔をおさめた。烈火の如く赤くなった顔は、次第にもとの青白い色にもどっていく。そして、慌てた様子で、手で膝を叩いた。


「そうだ、オルヴァー殿下が来るのだ、こうしてはおれん。全くどうして殿下まで来られるのか、ううむ、適当に将軍だけでよいものを……」


 ヘーゼル卿は確かに軍を要請した。しかし、それは将軍級の将に軍を指揮させて魔族を狩るという程度の考えであった。それが国の王子が自ら、軍を指揮し進軍してくるという。そんなものは将軍にやらせて、王子殿下は王宮におわせらればよいものを。

 だが、それも、王子の軍が北方の魔族を討ち滅ぼした暁には、国内外でオルヴァー王子が次期、エクスラード国の国王に相応しい人物であると言うことを示す絶好の機会になり、これを果たせば国内での人気もあがる。

 その狙いもあったのだろう。


「しかし、先遣隊が来るのも明日の昼前だとは聞いていたのに……」


 ふくよかな腹をさすりながら、ヘーゼル卿は愚痴るように言う。この宮殿内の二階に魔族がいるというのにどこか緊張感がない。衛士が何とかしてくれる、とでも考えているのだろうか。

 ヨアキムは思わず、そのゆったりとした緩慢な思考に、いささか躊躇いつつも文句を言いたくなったが、そんなことを言ってしまえば彼はおろか、彼の家族まで罰が下されるだろう。なんとか堪えて、公爵を急かすようにもう一度同じ事を進言する。


「先遣隊は魔族が関所を突破したのを知って、急ぎ来てくれたのでしょう。他でもない公爵閣下の御身のためでございます。ここはすぐに避難し、安全な場所に身を移されるのが賢明かと思います」


 ヨアキムは視線を床に落とし、その状態で一礼を行ったあと背筋を真っ直ぐにして立ち上がった、公爵を守る衛士であると同時に、騎士らしく、直立不動で立つ彼は公爵よりも背が高い。

 護衛の責任者であり、もっとも頼りになる騎士であるヨアキムに避難しろと二度も言われれば、ヘーゼル卿も素直に頷くしかなくなった。自分よりも背が高い騎士の顔をみあげて、彼はヨアキムとその横にいる衛士と共に部屋に入った。


「フリュクレフよ。侵入してきた魔族はどれほどの強さなのだ?」


 部屋に入るや否や、公爵は部下であり信頼のおけるヨアキムにといかける。その片手間、金銭になるような高価なものは可能な限り手に取った。

 ヨアキムは公爵の身を守る騎士であるが、寝所となるこの部屋に入ることは滅多にない。こうして寝所の前で待機し、侵入者から公爵を守る事がおおい。先ほどもドアの前で待機していたのもその理由からだ。

 部屋に入っていた侍女はヨアキムからの身体検査を厳重に行われた上で出入りしている。いまこの部屋に居る侍女は公爵の着替えを手伝う侍女で、勤務歴も長いベテランだった。


「はっ。報告によりますと、下の階に配備されている衛士達でも手に余るほどだとか」


 公爵から質問をうけて、ヨアキムが力強く返答をする。抜いていた長剣は鞘に収め、眼光を光らせて、いつ何時、魔族がここまでやってきても良いように神経を尖らせた。

 相手は魔族だ、外の壁を駆け上り窓から強襲をかけてくるかもしれない。とまで考えて、公爵に窓には近づくなとも進言する。


「ここまで来たほどの奴らです。今までのように力で攻めてくるタイプの魔族ではなないような気がします、恐らくは人間にでもなりすましたのでしょう。そのぐらいの知能と強さはあると推測しています」


 ヨアキムの推測は当たっていた。しかし、利口な彼でも、さすがに侵入してきた魔族に味方する人間がいるとは考えつかなかった。

 公爵は天蓋付きのベッドの横を通り、青と金の装飾で彩られたクローゼットをこじ開けた。中には王室の服装や、王宮にて行われる仮面舞踏会などで身につけるような最上級の衣装がかけられている。それらをとって、若干ながら名残惜しそうに公爵は投げ捨てた。それだけではない、他にも庶民はもちろん普通の貴族でもなかなか着ることのないような高級な服や帽子を投げていく。

 やがてクローゼットの中身が空っぽになると、公爵はその中に身体を半分押し込んだ。


「うう、む。と、遠い……」


 右腕を伸ばし、何かを探す公爵の額から汗が滲みだしてきた。普段から運動をあまりしない男だから、このぐらいの運動ともいえないようなことでも汗が出てくるのだ。

 代わりにやりましょうか。と言いたくなったヨアキムであったが、それは出過ぎた事であるから黙っていることにした。主君の自尊心を守るためでもある。

 そうこうしているうちに、クローゼットの中からカチりという音が鳴って、壁の一部がガタンと動いた。


「フリュクレフよ、あとはやってくれ」


 クローゼットから出てきた公爵は、額の汗を拭って息を吐き出した。汗は噴き出すというような感じではなく、じわりと出てくる。侍女がそれを見て、清潔なタオルを公爵に手渡した。


「はっ」


 一礼を行い、ヨアキムが公爵の代わりにクローゼットの中に身体を半分ほどつっこんだ。

 両手で壁――この壁は動くように設計されているため、他の壁よりはいくらか軽く出来ている――を押しだすと、そこから隠された通路が出現した。


「おまたせしました」


 ヨアキムがクローゼットから外にでて、公爵に先に通路に入るようにすすめる。手ぬぐいで汗を拭った公爵はいち早く、隠し通路の中にはいった。


「次はあなただ」


 次に侍女に中に入るように指示する。この侍女は公爵の世話役で、もう何年もここで働いているのだ、彼女を置いておくなどできるはずもない。

 侍女は公爵の騎士である、ヨアキムに感謝の気持ちを示してから隠し通路の中に入っていった。


「フリュクレフ殿、私はここで。ここの扉などは私が隠します」


 公爵と侍女の二人が中に入るのを見届けたあと、次に口を開いたのは魔族がやってきたことを告げに来てくれた衛士であった。彼はこの隠し通路の存在を隠すために、ここに残ると言ってきた。

 それは誰かがやるしかない。ヨアキムかこの衛士か、そのうちのどちらかだ。そしてヨアキムは公爵の身辺を守る騎士である以上、その役目を行うのはこの衛士ということになる。


「すまない」


 ヨアキムは首都ラグーンよりここに派遣された騎士であるが、一応は衛士ということになっている。そのため衛士としてのヨアキムは目の前の男と同格なのだが、ヨアキムはフリュクレフ家と呼ばれる下級貴族でもある。そのため彼の事をフリュクレフ殿と呼ぶ者が多い。


「いえ、これは私の勤め。フリュクレフ殿は閣下の身をお守りください。魔族共がここに来ないように兵士。衛士を総動員して二階の魔族を足止め致します」

「承知した。君の身にアルテルン神の加護を」

「感謝します。フリュクレフ殿もどうかご無事で」



 足をそろえて、右手を胸にあてて衛士は一礼をした。そして、公爵とヨアキムと侍女が暗い通路の中に消えていくのを見届けたあと、壁を元にもどしてクローゼットの中に服を手際よく戻すと、寝所の外に飛び出していき持ち場に戻っていった。



 公爵と侍女を護衛しながら、隠し通路を下っていくヨアキム。

 そこに明かりはなく、闇に閉ざされた通路と階段が続いていく。灯火の魔法を使って、ヨアキムは先導しながら階段を降りていく。

 普段から明かりもなく空気の入れ替わりも、壁の小さな隙間から入ってくるものぐらいだ。空気は淀んでいて、息苦しい。


「フリュクレフ」

「はっ」


 階段を踏み外さないように、一歩ずつ慎重に降りながら、公爵は護衛の騎士ヨアキムの名を呼ぶ。


「地上に出る前に地下に向かってくれ」

「地下に……ございますか?」

「そうだ。やつら、魔族どもめ…………」


 壁に手を押し当てて、苦々しい表情を作って公爵は降りていく。ヨアキムは公爵の続きの言葉を待った。


「おそらく、仲間を助けにきたのであろう、助けられてはこまる。魔族の戦力が増えるなどあってはならん」

「はっ、では、いかように?」

「地下にいって、捕虜を全員殺すのだ。魔族が奴らを発見するよりも先に捕虜を始末しろ」

「ははっ」


 公爵の命令を受けて、ヨアキムの顔に闘志が漲る。ここ暫く、護衛や警護の任務ばかりで殺しの命令や戦闘はなかった。それが突然、本格的な戦闘になるかもしれなくなったのだ。

 もちろん、捕虜を殺害するのは戦いとはいえない。だが、魔族四体のうちどれかと戦闘になるかもしれない。そう考えると、ヨアキムの身体は武人としての雰囲気を醸し出した。


「急ぎまいりましょう」

「うむ……、しかしこうなるのなら、もっと早くに殺せば良かったわ」


 下唇を噛みしめて、捕虜としていた魔族を生かしていた事を後悔するが、それはそもそもこの男が悪い。

 死なないようにいたぶるだけいたぶり、彼は日頃の政務のストレスを発散させていた。ほんの少しだけの治癒魔法を拷問官に使わせて、わずかな食料を無理矢理飲み込ませて、なんとか生かしてきた。

 地下牢の外で、わざと拷問官に「仲間がこいつらを助けにくるらしいぞ」と言わせて、やつらに生きる活力を与えたこともあった。だが、それも実際に魔族が助けに来たとなれば話はかわる。

 早急に殺させねばならない。


「いくぞ」


 宮殿勤めの衛士でも、数人しか知らぬ隠し通路の中を公爵と騎士と侍女の三人が、ひっそりと地下牢に向かっていった。

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