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帰還せし王  作者: 陽炎
2章【エクスラード国動乱】
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再び、共同へ

 捕らえられた男達はフレギオン達と別れるときに最後に話していた男と、その友人と魔道士の一人であった。彼らはあの晩の直後、運が悪いことに門兵が交代してしまって、当直の門兵と出くわしてしまったのだ。それも男達のことを知っている門兵に。

 何とかその場を逃れようとした男二人だったが、関所の任務を放棄しオルドに戻ってきている事を咎めらて、拘束されてしまったのだ。 さらには交代前まえの門兵から男達がもっと居たことを聞かされた門兵は、すぐさま街の警備と追っ手を差し向けたらしい。今頃は逃亡者とその追っ手がオルドの外で繰り広げられているようだ。


「まさか助けられるとはな」


 こう言ったのは、オルドの街までフレギオン達を連れてきた男、名はクラス・グスタヴソン。こうも縁があれば、名前ぐらいは知っといたほうが良いだろうと、フレギオンが彼から聞き出した名前がそれだった。

 茶色の髪を短く刈り揃えて、あごひげをやや蓄えた兵士らしい顔つきをしており、年齢は見かけ三十代後半といった中年の男である。


「人間を助ける魔族がどこにいるんだ。まったく信じられん」


 続けてそう言ったのはクラスの友人で、同じく関所の勤務を勤めていた男。名前はベングト・ネッツェエル。こちらは真っ黒の髪をしていて、友人と同じく彼も兵士のためか髪は短くそろえられていた。顔つきはクラスよりも遙かに若々しく見えたが、皺などもあるため年齢は一緒ぐらいなのかもしれない。


「信じられなくてもこれは事実です。下手なことを話す前に感謝の一つぐらい言えませんか?」


 やや怒るように言ったのはセトゥルシアだが、実際のところ彼女はそれほど怒ってはいなかった。二人の身体を縛っていたロープを取り外し、オルド兵五人の死体を空き家の物陰に協力しながら隠していた。兵士の鎧と兜を奪い取って、男二人に分け与えてやる。 


「感謝はいい、それよりもすぐにそれを着ろ。ここの兵士になりすますんだ」


 フレギオンが五人目の死体を物陰に放り込んだ。ガシャンと音がなったが、あたりには誰もいなかったし、街の南地区では獣の遠吠えと兵士の怒声が鳴り止まず、むしろこちらの警戒は非常に緩くなっていた。


「そうはいかない。これで二度助けられたんだ、感謝の言葉を。我らが主、アルテルン神の名において……」

「祈るのはいいが、その神は人間の神かなにかか?」


 クラスが祈りながら、彼が信じる神の名を口にしている。先ほどはその神の名を口にして、斬りかかられたために、何とも不思議な気分だ。


「そのとおり、我らが人類の最高神にして唯一の絶対神。人間をお作りになった神だ。アルテルン神は平等であり――」

「おいおい、クラス。いくらなんでも魔族にアルテルン神の加護がおりる訳がないだろ。やめろやめろ」


 友人が魔族にむかって、神の名にかけて感謝を示すのが嫌だったのだろう。ベングト自身は、それほど神を信じていない身であったし、アルテルン神が平等などというのも信じていないが。思わず言い張った。

 それをみてセトゥルシアは(りゆう)()をやや逆立て、何か言おうとして彼を睨むが、それよりも先にフレギオンが笑った。


「確かに人間の神は俺なんかに微笑まないだろう。そいつの言うことのが正しい。だが、せっかく助けたんだ。少しだけ俺たちの手助けをしてもらうぞ」

「………何をすればいい」


 不満げに口を尖らせたベングトだったが、命を救われたということは自覚をしっかり持っているらしく、誰が魔族の言うことなど聞くものか。などと言ったことは一切言わなかった。もし、この町に着いたときに彼らを無傷で解放をしていなかったら、こうも大人しく従ったりなどしなかっただろう。


「俺の仲間を助けたいと言ったのを覚えているか。その仲間なんだが、あの宮殿に囚われている。そうではないか?」


 フレギオンは右手をこの町の西の端に建てられている、巨大な宮殿に向かって指さした。

 宮殿の一番高い場所で五階建てのビルにも匹敵する大きな塔がある。細長い塔のため、中は螺旋階段になっているのだろう。部屋は小部屋に違いない。

 塔は宮殿の一番端にあるのだが、そのよこには塔ほどの高さはないが金と青の装飾が目立つ真っ白の三階建ての豪華な邸宅が、その風格を堂々と表すように建てられていて、奥行きはこの位置からは分からないが何十メートルにもなる巨大な部屋がいくつもあるのは見て取れた。

 さらにその横には屋根付きの渡り廊下があり、その先には邸宅ほどではないが大きな建物がある。恐らくは宮殿の警護兵の住まいなのだろう。その下には大きな馬房がみえた。


「おそらく、あそこだとは思う。ただ、どこにいるかは分からない」


 この答えにはクラスが答えて、ベングトは何も言わなかった。

 フレギオンとセトゥルシアは互いに表情を見合って、仲間の所在地を掴めたことに一先ずの喜びを感じていた。二人とも、特にフレギオンだが、このクラスという男が嘘をついているとは一切考えていなかった。


「あそこにいるのが分かっただけで十分だ」

「本当にいくのか? あそこはヨッハンヘム公の砦だ。中には三百人を越える衛士がいるんだぞ」


 これはベングトだったが、クラスも同じ事を考えたらしく、彼も表情は暗かった。しかし、フレギオンとセトゥルシアはそれぐらいでは一切恐れたりはしない。特にセトゥルシアはフレギオンの力に絶大の信頼を置いている。

 先のあの兵士との戦いでもそうだ。たった一発の大振りの一撃で兵士の頭が吹き飛んだのだ。あの(りよ)(りよく)の強さは尋常ではない、まるでオーガのそれに近い力だ。しかもフレギオンはまだ余力を残しているように彼女は感じる。その予測が正しければ、人間の衛士が三百人いようが、なんとかなるはずだ。そこに魔法が加わればなおさらだ。


「三百人を恐れていては、近づいてくる一万の軍に対抗などできるわけがない」


 心の中でセトゥルシアは呟いた。そうだ、明日の朝か昼にはここに一万にもなる軍がくるのだ。衛士三百人を恐れていては何もできないどころか、むざむざ殺されるだけだろう。


「仲間を助けるために来たんだ。三百人だろうが、千人だろうが助け出す。――セトゥルシア、鎧を着てくれ。兵士になりすますぞ」


 豪語するようにフレギオンが言ったあと、彼も死体から鎧と兜を拝借して、それを着込んだ。続くようにセトゥルシアもそれを着込もうと、外套を脱ぎ捨てて、この町に来て初めてその素顔を露出させた。


「なんという、美しさだ………」


 人間の男二人が彼女の素顔を見て、手に持っていた兜を知らぬうちに落としてしまった。ガランと音がなるが、それを知覚せずに、男達は、眼前の美貌の化身とも言える女ダークエルフにみとれていた。

 呆けた顔で男達がセトゥルシアを見つめていたところに、役目をある程度こなした召喚獣達がもどってきた。

 彼女は獣達の頭を撫でてやると、彼らを消し去った。そのあと、彼らにも鎧を着るように指示したのだった。




 宮殿の入り口付近は大慌ての様子であった。市内の兵士が宮殿に入り、事の事態を話し、街の中で得体の知れない狼に似た怪物が出たということで、騒ぎになり、兵士達が慌てて宮殿内から出撃をしていく。

 さらに、市内の兵士――市民も武装しているために何人ぐらいの規模か分からないが、武装した兵士も街の中を走り回っているようだ。騒ぎを起こさないようにしたかったという意味で召喚獣を使ったが、物事はそう上手くいくものではない。


「一難去ってまた一難とはこの事だな」


 殺した兵士から頂いた鎧を身に纏って、男、フレギオンが呟く。

 その後ろに、それなりのガタイの良い兵士二人が続き、その後ろに、身体のサイズが合わず着ている人物に比べてでかすぎる鎧を身につけた兵士が続く。

 フレギオン、クラス、ベングト、セトゥルシアの四人だ。


「また出てきたぞ」


 彼らは入り口付近の家の裏から、兵士が宮殿の中から出撃していく様を眺めていた。どうやらその兵士達は、クラス達が言っていた衛士たちのようで、鉄のプレートで出来た鎧は他の兵士達と一緒ではあるが、背中に青色のマントをつけていて、その真ん中に獅子の紋様がはいっていた。

 衛士に見つからないように四人は物陰に身体を隠した。衛士は彼らに気付かず素通りし、付近でパトロールをしている兵士達を見つけると、彼らを集めてなにやら相談を始めた。


「フレギオン様、彼らは何と?」

「まて、いま聞いている」


 フレギオンの聴力の高さを知っているセトゥルシアは、彼らの話の内容をフレギオンに問いかけた。完全に顔を隠す兜を身につけているため、フレギオンの顔は分からない。


「あの距離の話が聞こえるのか」


 他の二人、人間の二人はフレギオンの聴力の高さを知らないために、この両者の会話に驚いて口をあんぐりとさせていた。ただし、彼らも顔を隠しているための兜の下の表情は見えないのだが。


「――っ……! まずいことになっているようだ」


 フレギオンがそう言った直後、衛士達と兵士達がその場をあとにして、市内のほうに走って行く。セトゥルシアの獣達はもうこの世界から消し去ったために、存在しないのだが兵士達の慌て方は先ほどより激しくなっているように感じられた。


「何かおきているのですか?」


 状況が今ひとつ飲み込めず、セトゥルシアが再度フレギオンに問いかけた。この問いかけには男二人も答えを知りたくて、フレギオンのほうを食い入るように見やった。


「国軍の先遣隊が先にこの町に着くらしい。それも…………もうすぐ」

「こ、こくぐん!? お、おいそれは何の話だ。どういうことだ」


 素顔を現さない鉄仮面の兜をつけているが、その声はすぐにベングトだと分かった。彼とクラスは国軍の情報を全く知らず、非常に驚いているようだ。

 フレギオンもこの事態には驚いていた。彼とセトゥルシアは、国軍がくるまでに全てを終わらせて脱出を計画していたのだ。しかし、それが難しくなっている。


「ラグーンという街から、軍が一万。ここにきているらしい。その軍の先遣隊が先にここに到着すると、あの兵士と衛士達が話していた」

「い、一万……」

「ああ、一万だと聞いた」

「ということは、先に逃げた奴らは軍に捕縛されたのかもしれない」


 二人のやりとりを聞きながら、クラスは己が考えた状況を口にした。その声はやや落ち着いたものであったが、同時に諦めの色も含んでいた。


「ベングト。俺らはどのみち捕まっていたのかもしれん。下手をすると、この魔族様のところにいるほうがマシかもしれないぞ」


 魔族様という言い方は、彼なりの配慮だった。フレギオンと呼び捨てにできるほど仲は良くないし、かといって命を救ってくれた相手に向かって魔族呼ばわりもしづらい。そのために、彼なりに出した呼び方だった。


「冗談じゃないぜまったく」


 鉄仮面を叩いて、頭を抱えるようにベングトが呟く。彼の「冗談じゃない」の意味は国軍に捕まったときのその結末を言っているのか、今の状況を言っているのか、どちらなのか、実のところこの男自身も分かりかねていた。

 ただ、はっきりしていることは、国軍に捕縛され、関所の職務放棄を咎められた場合、最悪死罪だ。だから、あそこの任務に就こうとする者は魔族に憎しみを持つ者か、単に金に困ったやつか。そのどちらかの場合が多い。

 ベングトという男は後者側の人間だった。


「やれやれ、まぁ、たしかに。人間と魔族が一緒というのも訳が分からない状況だし、何にしてもだ……」


 チラリとベングトはフレギオンのことを見た。それは何かを確認するようであって、実際、彼の中で心を決めたようだ。


「この魔族様は俺たちを殺す気はないようで、俺にも発言の権利をくれてる。んで、国軍のところに行けば恐らく、喋る機会もなく死罪の可能性が高いと。ちくしょう。いいぜクラス、俺は決めた。ここを無事出るまではこの魔族様の協力をしてやろうじゃないか」


 やろうじゃないか、で非常に上からの発言を行っているために、発言の内容がおかしくなっているのだがそんなことは彼の知ったことではなかった。

 分かっているのはこのぐらいの発言では、このフレギオンという魔族は怒らないだろうということである。むしろやや怪訝な表情を浮かべるとしたら、美貌の女ダークエルフのほうだろう。しかし、彼女も仮面を被っているため表情が見えず、どんな顔をしていたかを知っていたのはセトゥルシアのみだった。


「まったく、お前は……」


 友人の様子を見てため息をつきたくなるのを堪えつつ、クラスはフレギオンに話しかけた。


「先遣隊が来たのは、仲間を見つけたためであるのか、はたまた最初からそういう計画だったのは分からないが、仲間を捕縛されているなら、あんたとそこのお嬢さんがこの町にいることがバレている可能性がある。そうなると時間の余裕はないと思うが、あんたの考えは?」

「そうだな、同意見だ。先遣隊がここに押し寄せてくる可能性は十分にある」

「そうなると大ピンチだ。もちろん俺も、ベングトも」


 魔族が居ることが知れ渡っているとすれば、当然、口を割った仲間から魔族を街に引き入れた二人――クラスとベングトの存在も知られているだろう。先遣隊がくるというのは魔族二人だけの問題に留まらず、彼ら二人の問題にも直結する。


「二度も助けてもらっといて、こういうのも何だが。あんたに協力する。おたくらの仲間を助け出して、その隙に今度こそ俺達も脱出させてもらう。それまでは仲間、それでいいか?」

「かまわない。セトゥルシアもいいか?」


 フレギオンに確認を取られて、セトゥルシアは思わず、うやうやしく挨拶をしそうになったが、今の状況を考えて短く返事を返した。


「はい」


 セトゥルシア自身はこの人間二人に、何かしらの礼をさせるほうが当然だと考えてもいたため、拒否するつもりなど毛頭なかった。ただ、それを抜きにしても拒否はしなかっただろうけれども。


「しかし、神は俺に試練を与えなさる。国軍の中にいるではなく、反逆者のような立場に置かれ、さらには魔族と共同行動するなどとは。ああ、俺は何処へ向かうのだろうか」


 やや詩人めいた口調で嘆くようにベングトがこれを言った。ただ、詩としてはお粗末そのもので、とてもじゃないが褒められたものではない。

 クラスが今度こそため息をついた。


「ベングト、お前は神を信じていなかったんじゃないか。道は己が切り裂き、進むのだと言っていたじゃないか。それに今更、神を信じてもアルテルン神が微笑むとは思えん」

「おいおい、アルテルン神は平等なんだろう? いま、この状況でお祈りすればその時点で俺も信者になるんだよ。それでも助けて下さらないなら、神は平等ではない」


 これをアルテルン神を信奉する神官達が聞けば一体どのような顔をしたであろうか。この罰当たりめが! と言って憤慨したかもしれない。

 しかし、クラスも信奉者の一人であるが、そこまでどぎつい信奉者ではないため、ここは何も言わず、ぐっと堪えた。だいたい、彼らが信じる偉大なる人の神アルテルン神が、本当に助けてくれるかは不明であり、誰も答えられないのだ。

 やがて四人は宮殿に侵入するための最終段階に入った。

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