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帰還せし王  作者: 陽炎
2章【エクスラード国動乱】
22/36

宮殿への道中

 その日の深夜。外が暗闇に閉ざされ、闇が深まって人の行き来も減った時刻、フレギオンとセトゥルシアが密かに宿屋の外に出た。

 店主が厨房に入るのを見計らって、その隙に宿屋から出て行ったのだ。


「荷物を関所に置いてきて正解だったな」


 そう言ったのはフレギオンだ。彼は闘神ガルデブルーグの神具をギーゼルヘアが立てこもる関所に置いていき、非常に身軽な軽装備を身に纏ってこの地にきていた。

 彼の横を共に歩むのはセトゥルシアで、彼女も布地の服装と歩きやすい長ズボンを穿いてその上をフード付きの(がい)(とう)を羽織って表情を見られないようにしている。


「たしかにこの街であの装備は目立ちますね」


 とは言うのもの、このフードつきの外套だって相当に目を引くものがあるのは間違いない。あくまであの神具を身につけているよりはというだけだ。

 二人はオルドの街の住宅街の裏道を通って、人目につかぬようにゆっくりと歩を進めていた。

 彼らの目的は一つ。金色と青色の煌びやかな装飾で施され、街の税収をすべて注ぎ込んで作り上げられたであろう力の象徴ともいうべき巨大な宮殿を目指すことだった。


「まぁこれも目立たないわけではない。兵に見つかれば、不審者扱いは間違いない」


 そもそもこの服装は、隠密行動を取るときに正体がバレないようにするためであって、敵から身を隠すための服装というわけではない。隠密性は皆無ではないだろうか。


「ち、巡回兵がやたら多い」


 裏路地から表の道に出ようとしたとき、五人一組の巡回兵の姿が現れた。フレギオンはとっさに裏路地の影の中に身を隠し、それに続くようにセトゥルシアも姿を消した。


「隠れろ。見つかるなよ」

「…………やはり、軍が来ているからでしょうか」


 五人の小隊が通り過ぎるのを待つ間、セトゥルシアがそんなことを聞いてきた。

 そう聞いてきたのには理由がある。この場所に来るまでに、こういった小隊には幾度も出くわしたからだ。それも非常に緊張した面立ちで、警備に余念が無いようにも見受けられた。

 フレギオンは少し考えてから彼女の質問に答えてやる。


「それもあるだろうが、単純に宮殿の警備というのがこういうものなのかもしれない。あるいは……」

「何か他にも?」

「君には謝った方がいいかもしれない」


 そう言われてもセトゥルシアには何がどういうことか分からず、怪訝な表情を浮かべた。なによりも彼女の命の恩人たるフレギオンに謝らせることなど、それ自体が彼女にとってあり得ないわけなのだが。


「みてくれ。あの男に見覚えがあるはずだ」


 促され、セトゥルシアは住宅の裏の物陰から表の道を覗き込む。そこには先ほどの小隊と同じ人数の人間が、二小隊を作って、革の鎧を纏った男二人を連行している。顔は見えないが、その背中には見覚えがあった。

 そうだ、この街まで案内してくれた時に、金を渡した人間達ではないか。とすれば、あの男達二人は逃げ切れず捕まったと言う訳か。


「まさか、私達のことが既に……」

「それは分からない。兵に見つかったために連行されているという可能性もある」


 彼ら二人がどこまでフレギオン達の情報を流したかは分からない。もしかすれば守備についていた関所が魔族に落とされて逃げ帰ったということが判明して、連行されているだけなのかもしれない。

 第一、フレギオン達をここまで連れてきたなどと言えばその瞬間にこの街はパニックになるであろうし、彼らが生きているとも考えにくい。恐らくはそこまでは口をわっていないだろう。

 それでもこの状況は非常にまずいものがあるのは間違いない。


「フレギオン様、私が思うに、あの者達は何も言っていないのではないでしょうか。まだ。という言葉がつきますが。でなければ、もっと騒ぎになっている事と思います」

「ああ、俺もそう思う」


 さすがはあのオーフィディナの孫娘だ。彼女もよく状況を観察している。ここで口を割ったと思い込み、飛び出すような真似をすれば、さらに事態は悪化していたであろう。しかし、このまま見て見ぬふりをしても良いことなどない。恐らく、彼らはここに魔族が居るのを言ってしまうだろう。


「どちらにしても、助けてやる必要がある」

「ですが今、私達が出て行っても危険では?」


 物陰から囚人となった二人を見る。彼らの周りには小隊が三部隊もいて、その数は十五人になっていた。かなり物々しい様子である。この状況で出て行けばそれこそパニックだ。


「機会を待とう。小隊がもっと減ってからでいい、短剣をもっているか?」

「ここに」


 彼女は外套の中に隠し持っている短剣を少しだけ、フレギオンに見せた。刀身は月の光でキラリと光り輝き、今か今かと出番が来るのを待っているようだ。


「よし、準備は出来ているな」


 壁に張り付くようにして、横目で三人と小隊を見る。小隊は囚人となった二人を連れて階段をあがっていく。その先は開けた場所で、中央に大きな噴水がある。

 さらにその中央を巡回する一個小隊も確認できた。


「合計二十人か。いや、さっき通っていった小隊も加えれば二十五人か。多いな」


 全員と戦っても負ける気はしないが、騒ぎを起こしたくない。彼らがフレギオン達の存在を白状してしまっているのなら、このさい突撃も辞さないが、今のところはそれはなさそうだ。それなら、静かに巡回兵を倒した方がいい。可能な限り隠密でやることにこしたことはない。


「人数が減ってくれればいいんだが」


 いくらなんでも二十五人もの兵を倒すとなれば目立つことは間違いない。すぐに警戒されて騒ぎになるだろう。


「あの……」


 ふいにセトゥルシアが何かを言いたげに、フレギオンの顔を見つめた。その視線に当てられて、フレギオンは彼女の意見を聞いてみることにした。


「どうした? 何か良い方法でも?」

「良い方法かは分かりませんが、私の召喚魔法を使って、低レベルの獣を一体呼び出して、注意を逸らすのはいかがでしょうか」

「ほう」


 確かにそれは良い考えだ。獣が街に出たとなれば兵はそちらに注意を向けることであろうし、少なくともそこにいる五小隊のうち、いくつかは動いてくれるに違いない。

 だが、それをするのに、少しばかり考慮する要素があった。


「良い案だ。しかし、召喚獣と気付かれれば警戒が大きくなるし、危険もある」

「その事でしたら、ご心配なさらずに。私が呼べる中でも特に弱い獣を呼びます。ましてこの暗さ、人間の眼では狼に見えることでしょう」


 そう言われ、関所でシュパイツァーを閉じ込めた部屋の前に監視するように呼び出された獣を思い出す。確かにあの獣も狼のような見た目であった。よくよく見れば化け物であったが。

 なるほど、それならうまくいきそうだとフレギオンは考えた。


「住民に危害は加えないように命令できるか?」

「それは少し難しいかと思います。どれが住民か、彼らは分からないでしょうから……」


 ふいに無理難題を振られ、セトゥルシアが申し訳なさそうに答えた。フレギオンがそれは難しいか、と彼女の表情を見て諦めようとしたとき、頭の回転も速い彼女はその問題について、一つの対策案を考え出した。


「攻撃してくる者のみに抵抗する、という命令を与えておきましょう。それで住民には危害は及ばないかと思います」

「そうか、助かる!」


 小さな声で囁くように会話をしているのだが、ハッキリとフレギオンの声色に()(えつ)の色が含んでいるのをセトゥルシアは感じ取った。

 フードの下にある、黄金のように光り輝く両眼が暖かい眼差しを彼女に向けており、彼女自身も嬉しくなるようだった。


「それでは呼び出して、すぐに行動に出ましょう。ですが、フレギオン様。謝って頂くような事ではありませんからね。捕まったのは彼らの失策、フレギオン様に非はありません。むしろまた助けてやるというのですから、彼らから感謝の言葉以上の何かを頂いたほうがいいでしょう」


 それだけは言っとかねばならないと、セトゥルシアはやや長めに言う。穏やかな微笑もたずさえているのに、言葉以上の何かを「要求」しましょうと遠回しながらはっきり言ってくるあたり、さすがのフレギオンも「ああ、そうだな」と苦笑いしながら、彼女の言うことを受け入れた。

 こうして、何の因果かオルド兵に囚われた人間を助けるべく、二人の魔族が行動を開始したのは、夜の闇が空に広がり、星々が天上を輝かせ、暗闇が街を包み込み、大半の人が活動を停止させている時間のことだった。




 裏道にいるのを悟られないようにするために、念のためにとセトゥルシアはやや後方に

下がってから召喚獣を三匹呼び出して、フレギオンのもとに戻った。

 戻ってきたセトゥルシアの足下には、全長一メートルほどの狼に似た茶色の体色をした獣が息を殺してジっと命令を待っている。長い舌を出して、口の周りを舐めて頭をブルンと振って見せた。さながら獰猛な猟犬にもみえるし、大きな図体ゆえに暗闇に隠れればなかなか迫力もあった。


「一番低ランクの獣ではすぐに殺される可能性もあると考えたので、それなりの獣にしました。ただし、襲ってくる者のみを攻撃すること、と命令してありますので、住民には手出しはしないようにさせています」

「ああ。無抵抗な者には手を出すな。我々は野蛮人ではない」

「心得ております。それと、すぐにでもこの子達はやってくれます。命令を、フレギオン様」


 最終的な命令を下すのはフレギオンに、とセトゥルシアが目配りしてくる。もともとは彼女の召喚獣なのだが、彼に従えと命令したのだろう。

 そういうことなら、とフレギオンはこの獣三匹に命令を下した。


「街の中を走り回って兵士達の注意をひけ。兵士をここから引き離したら、戻ってこい。――行け!」


 フレギオンの命令が下るや否や、獣たちは路地裏から電光石火の如く飛び出した。地面から土煙があがり、暗闇の中でもそれなりに目立った。が、そこに獣三匹は雄叫びを一声あげて、小隊全体の注意を自分達に向けた。

 獰猛な獣よろしく、腹が響くような雄叫びを聞きつけて一瞬怯んだ兵士達だったが、街に獣が侵入したのを知って大慌てで彼らを追いかけた。


「騒ぎすぎだ」


 これでは就寝していた人間も起きてしまって、騒ぎになる。と心の中で思ったが、噴水のほうを見れば、五小隊のうち四小隊がその場から移動してくれたようで、囚人二名の見張りには五人一組の一個小隊しかそこにはいなくなっていた。

 ひとまずの結果はその瞬間に得たとフレギオンは喜ぶことにした。セトゥルシアも「いきましょう」と(はや)る気持ちを隠そうとしない。


「うまくあの子達が引きつけてくれたみたいです。行きましょう!」


 セトゥルシアが先に路地裏が出て、物陰から物陰へ移動しながら確実に囚人となった男三人のもとに近づく。それにつづくようにしてフレギオンも物陰に隠れつつ距離を縮めた。

 小隊は明るい場所に出て、仲間の姿を見やすい位置に移動していた。これは先ほどの獣が戻ってきて、襲いかかってくる可能性を考慮してのものだった。自分達が暗い場所にそのまま居続ければ、万が一獣に攻撃されれば夜の視界にて物の判別力が低下している人間には不利である。

 それを補うために噴水の近くに陣取って、全員が左右を見渡せるように位置について守備にあたっていた。そのうちの一人が暗闇の中を移動して近づいてくる人影を発見した。


「おい、あそこに何かがいるぞ!」


 その声は大きく、彼の仲間が一斉に敵意むき出しで二人がいる場所を睨み付けてきた。そのうちの一人は弓矢をもって、大きく弓をならして、矢をひきしぼろうとする。もう一人は灯火の魔法を使って、そこに光の魔法を投げ込んできた。

 それをみてセトゥルシアが何を考えてか、その姿を真正面にさらけ出した。驚いたフレギオンは彼女を止めようとするが、すでに遅く、彼女は月と灯火の魔法で白昼に街を歩いているような状態と一緒に、完全に姿を見られてしまった。が、フードを被っているためにその表情は見られることはなく、正体はすぐには気付かれなかった。


「何者だ!」


 兵士が叫ぶ。それに追随するように四人の兵士も睨む。まずいと思ったフレギオンは彼女を守るために姿を現そうとするが、セトゥルシアは高い声でやや慌てた様子で、兵士達に話しかけた。


「助けて下さい! 獣の群れが突然襲ってきて!」


 そう言って、彼女は後ろを振り向いた。それは兵士達から見れば獣がそこからくるようにも見えたし、女が怖がって後ろを確認しただけのようにも見えた。ただし、実際にさきほど得体の知れない獣が現れたのは間違いなく、兵士達は彼女の言う言葉を素直に信じた。

 顔は見えないが、明らかに女の声であったし、外套から露出された肌は、目を見張るような美しい真っ白な肌だったために全員が彼女を街の女だと認識してしまったのだ。誰も彼女を魔族だとは思わなかった。

 この時、任務放棄の罪で捕らえた囚人達から一言でも「魔族が街にいる」と聞いていれば結果は違ったかもしれない。だが、残念ながら彼らはその言葉を聞いていなかった。囚人達もそれだけは言わなかったのだ。


「市民か!」

「はやくこっちにこい!」

「俺が行く」


 男達が口々に思い思いの言葉を吐くと、そのうちの男三人がセトゥルシアの元に向かう。男達はあの麗しき令嬢を救う白馬に乗った騎士になった気分で、彼女に近づいた。

 それをみてさすがにまずいと思ったフレギオンは四肢に力を入れて、動こうとしたときだ。そこに、雄叫びをあげて一匹の獣が「本当に」やってきた。

 獣はセトゥルシアに襲いかかろうと猛然と迫ってくるように人間達からは見えた。が、実際は召喚士であり、主であるセトゥルシアが「助けて」と叫んだのを聞き、人間の魔の手が迫っていると察知した獣の一体が舞い戻ってきたのだ。が、その真実を知る由もない兵士達は令嬢を救うために剣をとって、果敢に獣と戦おうと意気込む。

 セトゥルシアはそのまま兵士二人のもとに向かう。三人は自分が呼び出した獣に任せれば良い。その隙に彼女は弓矢を持つ男のもとに駆け寄る。男のうち剣をもっている男は彼女を保護したあと、彼も獣と戦うためにそこから離れた。それが運の尽きだった。

 市民だと思っていたセトゥルシアを保護した弓兵の男が、彼女の顔を覗き込んだのだ。そして、恐るべき事実を知って、彼は驚愕の声をあげた。


「こ、この女、まぞぅ………」


 最後まで言い終わらないうちに弓兵ののど元に短剣が突き刺されて、のど元からおびただしい血潮が吹き上がる。これに驚いた兵士は数秒間、事態を飲み込めず、硬直してまう。それがまた致命的な時間であった。そのすきに短剣の矛先を剣兵に変えたセトゥルシアの刃が、男の頸動脈を斬りつけていた。


「お眠りなさい」


 激痛を味わった男の最後に見た映像は、陶器のような真っ白な肌と、フードの中から彼を見下すように見ている晴天のような蒼い瞳。そこに一片の慈悲の欠片もない。男は糸が切れた人形のように事切れた。


 セトゥルシアが人間の兵二人を片付けた頃、彼女の背後でも戦いは終わろうとしていた。獣ともつれ合うように戦っていた兵士三人の前にフレギオンが現れたのだ。

 兵士はフレギオンを見て、異様な気分に陥って、彼が人でないことをすぐに見破ったがそれで何かが解決したわけでは無く、むしろ事態は悪化の一途を辿った。

 フレギオンが外套から右手を出して、まるで暴風のように唸りをあげて、兵士の側頭部を殴りつけた。男はその瞬間、兜もろとも頭部が吹き飛び、上半身と下半身は指令を送る本部を失った基地のように全く機能しなくなって、活動を停止させた。

 それを見て、もう一人の兵士が剣でフレギオンを攻撃しようとすると、獣がその強烈な後ろ脚の脚力で彼に体当たりそして、男は吹き飛ばされた。男が立ち上がろうとしたとき、彼の眼前に入ってきたのは、獰猛な獣の大きな口であった。びっしりと生えそろった牙が見えたとき、男の一生は終わった。

 最後の一人は勇敢にもフレギオンに向かって、彼らが信じる神の名を口にして挑みかかってきた。


「主よ、アルテルン神よ。どうか、私にお力ぞえを。悪しき魔族に正義の鉄槌を下す力を私に!」

「魔族を滅ぼすことが正義か」

「ほざくな魔族めが! 人の地を汚す悪魔の手先め!」


 男の剣はフレギオンにむかって振り下ろされる。それを颯爽と避けられて、男の剣は空気を切るばかりだ。やがて、イラだった男がさらに踏み込み必殺の剣をたたき込もうとしたとき、彼に向かってフレギオンは静かにそして哀れむように最後の言葉を告げていた。


「何が正義で悪かは、それぞれの意見しだいだ。お前は人、俺は魔族。そういうことだ」


 魔族が何を知ったような口調でそれを言うのかと、男が激昂したとき彼の側頭部に強烈な勢いで矢が飛んできた。それは一矢で致命傷となって、男はその場で倒れ込んだ。

 射ったのはセトゥルシアだ。彼女は死んだ弓兵から、弓と矢を頂戴するとそれを、フレギオンに斬りかかっている男に向けて、ためらないなく放ったのだ。

 矢は脳にまで達し、それ以降、少しの間、彼は動いたがやがて全ての動作が止まった。

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