プロローグ
閲覧ありがとうございます。
序盤は文字が多く、流し読みをして頂いても大丈夫です。
時刻は0時を過ぎ周りの家から明かりが消えていく中煌々と電球に明かりが灯り一向に消える様子のない家があった。
「やっぱ一人でここまで来るのはしんどいな」
自室のパソコンの前で独り言を呟きながらMMORPG【エンジェルオブダークネス】をプレイするのは今年の春に大学三回生となったばかりの男子学生、如月涼。
短髪の黒髪、身長172センチの中肉中背。大学に通いながら夜はオンラインゲームの時間として当てている典型的なゲーム好きの学生である。
彼は今、【エンジェルオブダークネス】における最高のアイテムである神器と呼ばれる防具を手に入れるために、最高難度を誇るインスタンスダンジョン、通称IDの一つに挑んでいた。
「けど、あれが手に入るっていうんならお安いもんだ」
彼が操作しているのは【エンジェルオブダークネス】の中ではダークエルフと呼ばれる魔族の一つである。
本来ダークエルフとは肌が灰色に近い色か、褐色肌で、華奢な体つきをしており、目つきは狐目で人相があまり良くない、魔法を主体の中遠距離タイプの種族ではないだろうか。
だが【エンジェルオブダークネス】はそんなイメージに囚われないキャラ作りを目指したゲームで、能力の上がり値は全種族共通、得手不得手はキャラ作成時に割り振りできるスキルポイント次第というスタイルを貫いたゲームである。さらには容姿も髪型も表情も総パーツ約一万から選べることが可能なため従来のゲームのイメージとは大きくかけ離れたキャラも作ることができた。
といっても、エルフの最大の特徴ともいえる耳や、オーガの頭に生えた角などは大きさを変えることはできても削除はできない。あくまでも種族が土台である。
キャラクターははプレイヤーの分身。自分好みのキャラクターにしてくださいというのが運営サイドの狙いだというのは周知の事実である。
そんな涼のキャラクターであるダークエルフはバランス型のキャラクターで、キャラクター制作時にはこんなことを呟いていた。
「せっかくこんなにパーツあるんだし、魔族の勇者みたいなキャラにしとこう。いろいろな防具とかを着たときに見栄えもするしダークヒーローってかっこいいじゃん。とりあえず俺よりは背がたかく、そうだなぁ196センチぐらいにするか。俺よりずっとでかいけど。顔は……顎すこしだけ出して、鼻はやっぱ小さめでいてちょっと高いぐらいがベストだな。目は金色にでもしとくか? あ、じゃ髪も合わせるか。髪は前髪が瞼にかかるぐらいででいっかな、肌の色は黄色色にして日本人ぽくしておくか。となると、耳は小さいほうが・・・・・・」
元は青白い肌をもったダークエルフの自キャラは極めて人間に近い風貌に変わっていく。
肌は黄色に変わり、エルフの特徴である大きくそして尖った耳は小ぶりに。瞳は大きめにされ、つり上がった目尻はすこし下げられ優しさも感じられる眼に。鼻筋はスッキリと整えられて強調しすぎず、それでいて歪みのない小鼻に変わる。また顔は彫りが深くされどこか影がある表情になり、唇もまた小さく目立たないものにへと変わっていった。
「あとは頬をシャープにしとけば完璧だな」
我ながらこれはすごいなと思ってしまうキャラを作ったとその時彼は思った。自己満足であり自己評価であるため、他人が見たら違う評価を下される可能性は大いにあるが、涼としては男前のキャラが出来たと満足していた。
「よっしゃ、ヒューマンっぽいダークエルフ完成!」
制作時間、実に三時間ほどかかった彼の自慢のキャラはこうして完成する。
そして現在、涼がいるのはかつて栄華を誇りながらも龍族との戦いに敗れた者たちが作ったとされる古代の遺跡をモチーフにされたマップ。辺りは緑が多い茂り光り輝く昆虫がゆらゆらと飛びかう。そして眼につくのは高層ビルを思い起こさせる遺跡のタワー。周囲はかなり大きくそれこそ恐竜だって入りそうだ。しかしその頂上は長い年月により途中で崩れ落ちておりかつての姿はもう見る影もなく、いったいどれほどの高さを誇っていたのかはもう知るよしもない。
そしてその遺跡のタワーから巨大な物体が同じく巨大な翼を羽ばたかせて空高く飛び立つ。その風圧は強烈なもので近くの木々はなぎ倒されて、崩壊してた遺跡の数々はさらにガラガラと倒壊していく。
その物体こそが涼がここまでやってきた理由であった。このインスタンスダンジョンの主であるボス、《憤怒の双頭龍・リベリオス》である。
漆黒の鱗で覆われた体表と二つの頭そして睨むもの全てに死の災いをもたらすという紅い龍眼。そして自キャラのほぼ十倍はあろうかという体躯。またリベリオスの顔を見ることができるのは、戦闘開始時のムービーかあるいは上体を下げてきたときか倒したときぐらいしかほぼ見ることができないボスなのも特徴のモンスターであった。
ただ四人PTを組めば勝てないモンスターではない。強敵のモンスターだったという感想がほとんどであろう。それゆえ勝ったことがあるプレイヤーはかなりの数にのぼるため本来は最高難易度のIDですらない。ではなぜここが最高難易度のIDであるとされるかそれは実に単純明快な理由からだった。
「多人数用として追加されたIDにソロで突入してなおかつ最深部のリベリオスを倒せば、5%の確率で神器級にランクされたあの防具が手に入る。すげーわ、これ発見した人は神様だよほんと。ソロでやろうっていう発想がすごい」
涼は右手で頬を掻きながら感心するように呟く。
要はこう言うことだ。神器防具で未発見のものがあったのだがそれが最近とあるプレイヤーのおかげで入手方法が分かった。そしてその防具を手に入れるためには多人数用インスタンスダンジョンに一人で挑むのが条件であるということ。
入手確率が判明したのは誰かが解析を行ったからであろう。
また多人数用のコンテンツであるIDにソロで挑むのだから必然的に難易度は上昇する。さらにソロでやる以外の旨味もないためこのIDは最高難易度を誇るとされているわけだ。
「運営もえげつないよな。PT用のIDなのに実はソロでやらないとやった意味がほぼないなんてさ。ちょっとした詐欺じゃね?」
実際この情報を知ったときは本気で詐欺だとも思ったぐらいだ。それなら最初からソロ用のIDにしとけばいいのにと。
ただこの仕様についてはそこまで議論を呼ぶことがなかった。これが判明したのちに運営は今回のこの仕様はソロで活動するプレイヤーへの配慮とやりこみプレイヤーへのサプライズだと後に発表したからだ。また神器級の防具はほかにも存在しており、そちらは現時点での入手方法は多人数が目的のコンテンツであると改めて発表もしている。それでも納得していないプレイヤーはいるが。
「ま、おかげで欲しかったあれが手に入るんですけど。よしやるか」
涼本人としては何も問題はない。彼はソロ専門のプレイヤーではないが、一人プレイで神器アイテムが手に入るこのIDは個人的には大歓迎すべきことだ。入手確率もまだ良い方だといえるし、一番の利点はソロであるためいつでも好きなタイミングでIDに挑めることだろう。これがPTならばそう上手くはいかない。打ち合わせもいるし、立ち回りも考えなくてはならない。そして負けた場合のあの言いしれぬ重い空気もソロならばない。PTよりも楽だと言えなくもないのだ。
問題があるとすれば回復役と攻撃役それら全てを己自身で行わないといけないということか。これらを実行するためにはかなりのプレイヤースキルが要求されるし、職業のレベルも最大限上げとかなければいけなくなることで、つまるところ全職のレベルを100にする=カンスト。これを達成することで手に入るステータスアップボーナスと攻撃ならび回復呪文を取得するのが大前提となることだろう。
「即死防止と混乱防止、MP消費無し確率14%、魔法詠唱時間半減にまで短縮。呪文耐性20%アップ、ブレス耐性も40%アップ。全部おまえを倒すために全財産ほとんど出して出して買ったんだ。その見返りはきっちりもらうからな」
対リベリオス用に誂えた新防具たち。
全身を覆う金色のフルプレートタイプの鎧。その肩には煌びやかな装飾がふんだんに使われさらに背中には踵まではあろうかという大きなマント。そのマントの中央には涼が所属するギルドの紋章のイメージキャラの白狼の画像が入っている。
涼がリベリオスを倒すべく用意した防具だ。現時点で用意できる最高の防具だといえ、ゲーム内マネーをほぼ使って購入した気合いの入った防具である。
これらの防具の階級は神器とされるアイテムの直近の階級に位置される伝説とされるアイテムたち。そこにこれだけの錬金効果を付与されれば価格は、プレイヤーに天を拝めとばかりの値段となる。もちろん全職カンストというやりこみを果たした彼のキャラにはそれ以外にも多数の能力をキャラ自身が身につけている。ただリベリオス相手には効果が期待できないのだ。そのため効果が期待できる能力を身につけた防具を装備しているのだ。
しかしこれらの能力ボーナスが付いた防具でも神器の防具には到底及ぶことはできない。それだけの能力を秘めているのが神器アイテム、全プレイヤーが目指す至高のアイテム。それは涼も例外ではない。ただ多くのプレイヤーと彼が違うのは、彼自身は神器アイテム獲得間近にまで迫っている幸運なプレイヤーであるということ。
「召還魔法発動。我が名をもって天狼を召喚する」
リベリオスの攻撃を回避しながら召喚魔法を発動させる。
召喚したのは涼が呼び出すことができる狼系モンスターの中でも最上位の座に君臨する全長10メートル、幅2メートルからなる巨大な白い体毛を持つ狼。
召喚モンスターとしてのレベル表記はないため下位の召喚モンスターとのレベル差は判断ができないが、召喚可能レベルが召喚士という職業のレベルを90にまで上げた上でスキルポイントを攻撃系や防御系スキルに振らず、ひたすらに召喚スキルにのみ振り続けなくてはならないというなかなかの苦行の末、呼び出すことができるモンスターであるのは間違いなく、一つランクを下げた同系統のモンスターがレベル60から呼び出すことができるためその差は確固たる実力差が存在する。プレイヤーの苦労に見合う強さを秘めたモンスターであるのは間違いないとは言い切れる。
ちなみにマントに書かれた白狼はこの天狼がモチーフとなっており、狼系モンスターが好きな者ばかりの集まりでもある。涼もまたこの天狼が好きで加入を決めたぐらいだ。
召喚魔法によって呼び出しの儀式が開始される。涼が操るダークエルフの頭上に大きな魔法陣が現れ、それがガシャンガシャンと音を立てながら円形から三角形にそしてまた円形に形を変えていっては戻っていく。ひとしきり形を変えたあと円形だった魔法陣はその形を今度は狼の形に変えていった。
そこから満を持して巨狼が現れた。
「ふぅ」
ため息とはちがう息を吐く。適度な緊張からくる一種の高揚感が出させた吐息だった。
「天狼がある程度は弾よけになってくれるし、あとは俺がよほどヘマさえしなければ負けることもない」
負けるなんてことは考えてはいない。が、相手はPT用のモンスター。いかに万全の用意ができていてもソロでやる時点で苦戦は免れないだろう。
それでも涼は楽観視していた。と言うのもとあるアイテムを持っていたからだ。
「万が一、死んでも大丈夫なんだ心配ないさ。と言うよりも死んだ方が楽になるぐらいか」
そう心配はない。
涼は攻撃呪文を使いながら、戦闘中に使えるアイテム一覧をチラりと確認した。
そこにはずらりと並ぶアイテム群。仮にこの一覧を初めて見た人は何がどこにあるのかを把握して的確に使うのは無理であろう。そんなアイテム欄から一つだけ菱形の赤色の特殊なアイコンが存在感を放っていた。これこそが涼の精神安定剤のような役割を果たしているアイテム。
名を【神々の祝福】
それは数多くあるIDを―どれでも――クリアすることで1億分の1の確率ではあるが手に入るというスーパーラックがなければ手に入れることが出来ない超低確率で出現するアイテムのことである。あまりの出現率の低さから都市伝説だとプレイヤーの間では噂されたアイテムである。それを涼は先日手に入れていた。ただし、仲間には内緒にしている。
その効果は絶大なるものだった。プレイヤーを襲った全てのマイナス状態を打ち消し、HPMPが完全に回復し、使用者に対して戦闘中に限りありとあらゆる+効果が永続的に付いた状態さらには一定時間無敵状態に突入した上に、さらには敵対モンスターあるいは敵対プレイヤー全員が弱体化効果の呪いをかける。これを聞いてこのアイテムがバランスブレイカーであるのは誰にでもわかることだった。
発動条件はプレイヤーキャラの死亡時にアイテムを使うかどうかの選択肢が出てきて、あとはそこで使うを選択すればいいだけである。実に簡単でいて実に凶悪なアイテムである。
ただし使用後のデメリットはあるが。
「ただし、同キャラでの再使用は不可」これがそれだ。
すぅと涼は今度は息を大きく吸う。再使用が不可ということはもう一つこのアイテムが手に入ったとしても使用ができないということだ。そしてこのアイテムはゲーム内での交換や販売はできないトレード不可アイテムでもある。一つならば心強いアイテムであるが二個目が手に入ったとしてもそれはただのゴミになってしまう。
またこのデメリットはもう一つ懸念すべきことがある。それは再利用ができないという仕様のために起こりえる危険性である。それは何かと言えば、プレイヤーVSプレイヤーでの戦闘中に敗北した側が使用し、その後アイテムの効果で復活したものの対戦相手も同じアイテムを使用した場合である。
この場合両方に無敵状態ならび、自身強化状態、対戦者弱体化状態が付与されるのだが弱体化は強化効果によってなかったことになる上、無敵状態には時間が定められている。こうなった場合確実に起こるのは前者のほうのキャラの無敵状態が先に解除されるという事実だ。勝敗は両者が【神々の祝福】を使用した時点で決している。
しかしこれは対人戦での危険性であり、対モンスターであれば再使用不可というデメリットだけを考えれば良い。
涼は気にしなくて良いのだ。
「いやいや使うことを考えるな、これは万が一のため。使わなくてすめばそれが一番良い」
戦闘に集中、集中と自分に言い聞かせキーボードをパパっと動かす。
リベリオスの弱点はほぼない。攻撃呪文や幻惑呪文、妨害呪文に対して耐性値がかなり高い上に脅威の防御力も備わっている。そのため力に頼っただけの物理攻撃では倒せない。が、しかし、魔法もさして有効ではない。それでいてリベリオス自身には驚異的な物理攻撃力が備わっている。
ではどうするか。 残念ながらこれと言って有効な手段はないため、手数で勝負するのとめったには効かないが弱体化魔法を使ってそれが効くのを待つしかない。
「むぅ、やっぱ天狼一匹じゃなかなかきびしいかぁ」
天狼自身決して弱くはない。ストーリーで出てくるようなボスならば終盤であっても天狼一頭がいれば倒せないまでも瀕死にまでは追い込めるであろう。だが今回の相手は双頭龍リベリオス。格が全くと言って違う別格の存在だ。
このリベリオスを超えるボスとなればそれは龍族の王である【龍王・ヴァリベルク】さらにその上に鎮座する龍族最強【龍帝・ヘルゲーレル】のみで、少なくとも今のバージョンではそうである。
上には王と帝のみ。これだけでもリベリオスの強さは分かってくるものだろう。
「かなり時間がかかるけど織天使を召喚するか? でも召喚に失敗する可能性もあるし……。MPだってかなりもっていかれるし……、だいたいペナルティが」
ダークエルフの公式バックグランドには悪魔を崇拝するというものがある。この設定により天使を召喚する場合はペナルティが加えられることになるのだが逆に悪魔を召喚する場合はペナルティはなく召喚はしやすい。
ただ、問題としては悪魔はどの階級の悪魔が来るか分からないというものだ。メリットは強力な助っ人が召喚できる可能性もあるというものだが。
「戦力にならないやつを召喚した場合邪魔になるだけ。それならこのまま天狼で粘るか」
天狼は弱くはない。時間はかかるがこのまま戦い続ける選択肢がないわけではない。
「出し惜しみはしないでおこう。課金アイテム使わせてもらう」
アイテムポーチの一覧から手持ちの課金アイテムを数個使用する。
バランスブレイカーアイテムの【神々の祝福】と比べれば微々たる効果のものたちばかりだが、それでもアイテム使用後のクール時間などが免除される課金アイテムは心強い味方だ。
手際よく強化効果を得られるアイテムを使用し、攻撃呪文を使用する体勢に入った。
「氷系上位魔法・極寒の地獄」
課金アイテム、攻撃呪文8%威力アップを三個連続使用してからの氷系魔法を使用した涼。通常威力から合計24%も威力が上がった【極寒の地獄】と呼ばれる魔法は晴天の空を真っ白に染め上げオーロラが出現する。次にひゅうと冷たい冷気が流れ、まるで止まらぬ吹雪のような透明の冷気が双頭龍リベリオスの全身に降り注ぐ。それは鋭利な刃物で突き刺したかのようにリベリオスの身体を一頻り切り刻みながらやがて消えていく。
そこに追撃するように天狼がリベリオスの二つある頭のうち片方の龍の瞳に噛みついた。
「おぉ! いいね、ナイス追撃」
涼は思わず賛辞を送った。【極寒の地獄】を食らったリベリオスが一瞬の怯みを見せたところを間髪を入れず天狼が追撃したからだ。
先ほどの不安は消え、喉から手を出してでも欲しかった神器級アイテムを手に入れるために集中力をさらに研ぎ澄ませていく。
だが、これが彼の人生で最後となる【エンジェルオブダークネス】での戦いになったのだと彼が気づくのはこれからかなり先のことになる。
彼が異世界に飛ばされるまでもう1時間もなかった。




