関所突破
守備隊長シュパイツァー。今年で四十五になる兵士長。
彼はエクスラード国で生まれ育ち、兵士になることを夢見て国に志願し、兵士になった。若い頃は剣の才能と端正な顔で人気も高く、出世も同期よりも早かった。
そして彼は兵士長にまで登り詰めたあと、ヴェッツハルム皇国の栄えあるセインツハイム騎士団で仕事を与えられ、さらなる出世を約束された。
だがそれは彼自身の悪癖によって頓挫してしまう。約束された将来に安心しきった彼は女と酒に溺れ、端正な顔は今や面影はなく、まるまると太った醜い体つきに変わってしまった。
規律を重んじるセインツハイム騎士団は彼を国元に送り返し、国は彼の更正を促したが女癖と酒癖が治らなかった彼は、こんな辺境の関所の守備隊長を任されるほど左遷される。それでも少しでも楽しく生きたいと願った彼は貴族に取り入って、この辺境の場所でも酒を楽しんでいた。
簡単な仕事だと聞いていた。
ダークエルフがきたら通せと。それは数ヶ月前。そして今はダークエルフが来たら殺せと命令されていた。衛兵も派遣するから、お前は命令するだけでいいと言われていた。
そしてダークエルフを殺せば貴族から金をもらう約束だった。そう、そんな簡単な仕事だった。
最も重要なのは貴族がダークエルフとつながりが持っていたということ。それさえ隠せばいいだけだった。
「ひ、ひいいいいいいい」
そんな簡単な仕事は、シュパイツァーの命が危険にさらされるという内容になっていた。
まさかダークエルフが攻撃呪文を使ってくるとは思いもせず、尻餅をついて後ずさり、彼は悪魔でも見たような顔で悲鳴をあげた。
「くるな、くるなぁああ!」
抜きはなった剣をむちゃくちゃに振り回して、シュパイツァーは立ち上がる。彼は攻撃魔法の使い手のことを聞かせてもらっておらず、心底驚いている様子だった。
心拍数は跳ね上がって、肩で息をして、眼前の粉々に散った城壁を凝視する。
「はぁー、はぁー。ギーゼルヘアは、もういい! 先にあのダークエルフを殺せ!!」
何とか絞り出した声で、魔道士に命令する。が、返事がない。
何故返事をしない、と、いきり立ったシュパイツァーは後方を見れば、そこにはさきほどの雷属性の魔法で吹き飛ばされた城壁の壁が当たって、吹き飛ばされた魔道士達の姿があった。
「役立たずども!」
あまりの不甲斐なさにシュパイツァーがさらに怒る。が、こうしている間にも下の橋の衛兵はギーゼルヘアによって殺されていっていた。
「ピーピーうっせええぞ!」
悪魔の雄叫びのような身の毛もよだつ声が響く。それは衛兵を殺して、城壁の上に上がろうとしているギーゼルヘアの声だ。
「俺をバカにしてそのまま生きていられると思うなよ、ゴミクズが!」
それを聞けば、ギーゼルヘアの怒りの沸点が振り切っているのがすぐ分かる。このままでは危険だとシュパイツァーが剣をとって、弓兵を自分のほうに集まれと命令した。
「お前達こっちにこい。魔道士共! 金ならもっとやる、立て、立って私を守れ!」
集まってきた弓兵と、守兵。そして壁に当たったものの軽傷だった魔道士はシュパイツァーのもとに近づく。
これも彼らなりの防御方法だった。自分達よりも明らかに強い魔族から自分の身を守るにはこうするのが一番だ。そう、数でなんとかするのだ。
粉々になった壁を見つめ、先ほどの雷の圧倒的な威力にゴクリと生唾を飲み込んで、シュパイツァーは必死でこの先に行わなければいけない事を模索した。
何から行えば、一番自分が傷を負わずにいられるか必死で考える。
「お前達、これは想定外の状況だ。魔法を使ってくるダークエルフのことなど誰も知らなかった。ギーゼルヘアがあんなにも強いとも聞いていない」
冷静になれ、冷静になるんだと自分に言い聞かせて、震える手を隠しもせず兵達にこれからどうすべきかを話す。
太り、酒、女に溺れたからと言っても彼は一応守備隊長。それなりに物事を考える力はある。兵達もシュパイツァーの言うことを耳を大きくして聞いていた。
「あそこに油がある。あれを階段下に流し込んで、引火させろ。そうすればギーゼルヘアがあがってくる時間はかなり稼げる。その隙に、ここを脱出するんだ。国に帰ればこちらのものだ」
「し、しかし隊長、この城壁はあの階段一つしかありません。炎が上がれば俺たちは降りることが」
「こんなときに階段を降りるやつがあるか! 飛ぶんだ! あそこの死体をクッションにして飛び降りるんだ!」
飛来した壁が運悪く頭部にあたり、すでに事切れてしまった魔道士の死体を怒鳴りながら指さす。
死体からは脳に壁の破片が突き刺さり、そこから中身が飛び出ていて、真っ赤な血が石造りの廊下を赤く染めていた。魔道士の数人がそれを見て絶句するが、シュパイツァーはそれにかまうことなく、弓兵に指示をくだして油の入った樽をとってこさせる。
「そこの樽を階段にかけて流し込め。お前、お前がやれ。そう、お前だ」
この関所に配属されたときに一度、名は聞いていたはずなのだがこの状況下でそれを思い出すことができず、適当に指示を下す。指示された弓兵はいやがった顔をしながらも、上司から下された命に逆らうことができず、酒席の近くにある油の入った樽を足早に取ってきた。
人間の半分はあろうかというでかい樽を持ってきた弓兵に、シュパイツァーはさらに命を下す。
「さっさと階段の下に流し込むんだ。さぁ早く! 奴らがあがってきたらどうするんだ!」
こうしている間にも一階の衛兵達の悲鳴が響いてくる。二階にいる彼らは恐ろしさのあまり一階の様子を見ることが出来ない。そもそも、接近戦で強い衛兵が敗れているのだから、中遠距離で戦う弓兵達が降りていったところで役に立たない。行くだけ犬死にだ。そうと分かっているなら、あの魔族達をここにあがることができないようにするのが得策だ。
「お、おまえ。たしか、炎の魔法が使えたな! 樽が転がったら、引火させるんだ。そうしたらすぐに逃げるぞ」
魔道士の男の一人を指さして指示する。が、この男の名前も思い出すことが出来ない。と言うよりも、国から派遣されてきた魔道士部隊の名前など覚える気も無かった。
シュパイツァーは魔法というものが大の苦手で、魔法を使うことが出来る人間も魔族と同等の薄気味悪い生物だという認識をもっている。そのため、魔道士のあの死体を見ても何も感情は湧いてこなかった。
ただし、衛兵にはほんの少しの罪悪感はあった。が、これも、ギーゼルヘアを止められない衛兵、という認識によって、もはやどうでも良かった。
「隊長、流します!」
「ああ! ささっとやってくれ!」
弓兵二人が樽をもって、力の限り階段に向かって投げ飛ばす。その樽めがけ、魔道士が炎属性の魔法をはなった。
樽が階段にぶつかり、木製の樽は石階段に激しく打ち付けられて転がり落ちていく。衝撃によって、樽に亀裂が入ってそこから油が零れだした。その直後、炎球が樽にあたり、大きな爆炎があがった。その瞬間に誰の者かは定かではないが、人の断末魔が聞こえてくる。
階段から炎があがり、一階を炎の海にかえていく。居住区ともいえる部屋も、食料庫も一階にあるがそんなことは知ったことではない。
炎は留まることを知らず、二階にも火の手があがってきたが、すでにシュパイツァーたちは待避しており、城壁から飛び降りる手はずを取っていた。
「その死体を投げすてろ! クッションにするんだ。いいか、逃げ切ってこその命だ。国には緊急事態が発生したと言えば良い!」
率先して魔道士の死体を地面に投げ捨てたシュパイツァーは、鎧を脱ぎ捨てて身軽になると我先にと逃げだそうとする。
弓兵たちは文句を言いたくなったがグッとこらえて、シュパイツァーが飛び降りるのを待つ。いよいよシュパイツァーが飛び降りようとした時、弓兵の耳元に微かに何かが聞こえた。それは聞き間違いであってほしいと願った言葉だったが、おそるおそる階段のほうを見れば、あの爆炎が今や、小さな炎になっていた。やがて押し寄せてきた水によって炎は完全に沈静化された。
「た、たいちょ……、み、みずが……」
彼が聞いた声、言葉とはフレギオンが唱えた魔法。
【中位水属性魔法・恵みなる河川】。
中位水属性魔法の中でも中級レベルとされる水属性の魔法。使用者の近くに大きな水の流れを作り出して、川を作り出すという魔法である。その威力はあの程度の炎など跡形もなく鎮火させるだけの水量を生み出す。
階段からせりあがってきた大きな水の流れは、城壁の上の廊下を水浸しにして、押し寄せてきた水量で弓兵や魔道士達が転ぶ。シュパイツァーもそれの例外にならず、その場で転がった。
「ぎょええええ、あああ」
およそ守備隊長らしくない声をあげて、シュパイツァーが廊下に背中をうった。そこに威厳などといったものは一切ない。ただの太った男がいるだけだ。
やがて、水は消え去り、階段をあがってくる大きな蹄の音が聞こえてくる、さながら踏みならしているようだ。
「ひいいいいい」
階段から現れたのは、ダークエルフを二人のせても平気な大きさの青鹿毛の巨大な馬に乗ったダークエルフと、ファッティエット族の族長、ギーゼルヘアだ。
馬が首を横に振って、大きくうなり声をあげた。
「この外道が。部下を見捨ててでも生きたいのか」
そう言って、ダークエルフの男がフードを捲り上げる。金髪のブロンド髪と、黄金を瞳に押し込んだような冷徹な金色の瞳を持つダークエルフの顔が現れる。
シュパイツァーの知識上に存在しないダークエルフの顔。関所に配備される時にこんなダークエルフがいるとは一切聞かされていないぞ、と怒りを覚えた。が、ギーゼルヘアの顔をみてシュパイツァーはもう助からないと悟った。
ギーゼルヘアは眼球を真っ赤に染め上げて、彼を睨み付けて、返り血を浴びた身体を手で拭き取り、それを舐めていた。
――衛兵を倒しながら関所の中に入ろうとしていくギーゼルヘアの後ろを見守りつつ、城壁の上から聞こえてくる大声に耳を傾けていたフレギオン。国境を守る関所とはいえ、高さそのものは二階建ての石造りの建物だ。日本で何十階にもなる高層ビルを見てきたフレギオンにしてみればさほど大きな建物だという認識はなかった。
前を見れば、門の中に入っていくギーゼルヘアと、後退しはじめた衛兵の姿を捉えることが出来る。中の様子は今ひとつ分からないが、大きな四角形の木製のテーブルと、槍と斧が壁に立てかけられているのは分かった。そこで戦闘準備でもしていたのだろう。
さらにギーゼルヘアが中に入っていくのを見て、じきにあの守備隊長のところにも行けるなと思った時だ。城壁の上で何か騒々しい声が聞こえてきた。
それが油の入った樽で一階を全て火の海に変えるという内容だというのは、あの守備隊長の大声ですぐに分かった。
「なにを考えている、部下ごと殺す気かあいつ」
あまりにも馬鹿げた事をしようとしているあの守備隊長に驚き、突進していくギーゼルヘアの姿をもう一度見た。
「ギーゼルヘア下がれ!」
すかさず彼に命令するが、狂戦士としての力を発動させた彼の耳には届かなかったようで、ギーゼルヘアはなおも関所の中に進入していく。既に十名近い人間の死体の山が築き上げられていた。
「くそ。セトゥルシア捕まっていろ」
馬の脇腹を蹴り、関所の中に入る。衛兵の姿が真横に迫るが、ギーゼルヘアの強さに戦意を失っていたようで、何もしてくる気配はない。それどころか武器を捨てて、逃げ出して、階段を登ろうとする。ここでいくら戦っても勝てないと分かったのだろう。上には守備隊長シュパイツァーと弓兵に魔道士がいるし、この状況下なら良い選択かもしれない。しかし、時既に遅し。階段の上から油がギッシリと詰まった大樽がなげこまれるのが見えた。
「逃げ……」
炎で燃やすという計画を外から聞こえていたフレギオンは、本能的に衛兵に逃げろと言おうとしたが、大樽が見えた時点で全てが間に合わなかった。大樽のすぐ後ろから迫り来る火球。それはすぐに大樽にぶつかって、その場で大爆発をした。
「ぎゃああああああああああああああ」
階段を登ろうとした男は、大爆発から身を守る術もなく、一気に炎に身体を包まれた。火達磨となった彼はそのまま階段から転がり落ちていく。飛散した油と、鉄の鎧が高熱で熱せられて、のたうち回る。
炎はたちまち一階フロア全てに燃え上がり、さらに食料庫らしき場所にも油が入った大樽があったのかそこからも引火して、爆発が起きた。
「ちくしょう!」
悪態をついて、フレギオンはギーゼルヘアの場所に駆け寄る。セトゥルシアは口を抑えてこの惨状に絶句した。さすがのギーゼルヘアもこの状況では事態をすぐ理解したのか、戦いをやめて、炎から自分の身を守るために入り口のほうに走ってくる。彼の背中に迫り来る炎。
「ギーゼルヘアこっちだ!」
手を差し伸べてギーゼルヘアを呼べば、彼はかつてない速さで近づいてきた。しかし、彼のまわりで戦闘をしていた衛兵は逃げることが出来ず、炎に焼かれていく。
ギーゼルヘアの手をとって、馬の後方に投げ飛ばしたフレギオンは、すぐに魔法詠唱の準備に入った。迷うことなく繰り出された魔法は、下位魔法ではなく。中位魔法だ。
「中位水属性魔法・恵みなる河川」
フレギオンが手の平を斜めにしながら、両手を叩く。蒼い魔法陣がフレギオンの眼前に現れた。それを彼は力の限り殴りつけるようにして、魔法陣ごと前方に押し出す。
そこから最初は少量の水が現れたかと思うと、すぐに水の勢いが増していく。
魔法陣の大きさも最初こそフレギオンの身体の半分ぐらいだったものが、今や彼の身体の倍近い大きさになった。大きくなった魔法陣はまるで河と繋がっているのかと疑いたくなるような、大量の濁流を流し始めた。
濁流は炎を包み込み、燃えさかる炎を鎮火させていくばかりか。周りのものを飲み込んで流し込んでいく。焼死体になった衛兵の身体は関所の壁に叩きつけられて、骨がへし折られんばかりの衝撃を受けた。
水はそのまま勢いを弱めることなく、階段の上にまでのぼっていき、全てを流していく。そして、フレギオンの背中、つまり関所の入り口の橋の上にまで、濁流は流れてきた。
そこで魔法行使をやめて、フレギオンは関所の中の状況を確認する。
「す、すごい……」
セトゥルシアがあまりにすごい水属性の魔法を見て、炎の時とは違う意味で口を抑えていた。ギーゼルヘアは驚愕の色を隠せない。
「こ、これが中位?? 上位の間違いじゃないのか……?」
信じられん、と身体を震えさせたギーゼルヘアは、この状況を作ったシュパイツァーの存在を思い出して、ふつふつと怒りが再びわき上がる。
「あの野郎、ふざけやがって」
あの炎は確実にギーゼルヘアを殺すために、仲間もろとも焼き尽くすために行ったものなのは間違いない。それが分かっているだけに、腹の虫がおさまらない。
ギーゼルヘアは狂戦士などという名を持ってはいるが、ファッティエット族の族長だ。彼は同族のファッティエット族のダークエルフを犠牲にして、敵対相手を殺すなどといった行動は出ない。
ネリスト族とは交戦したが、同族を殺すなどといった下劣なことはしてこなかった。彼自身、己の評価を下すなら、自分は外道な者だという認識はあるが、城壁の上にいるシュパイツァーほどではないという自負はある。
魔族は同族を殺すことは滅多にない。数が少ないというのもあるが、仲間意識はかなり強い生物だ。部族または種族の根幹を揺るがすような事をしでかした者には罰は下されることもあるが、自分の利益のために仲間を殺すような輩はいないのが魔族である。
そのため、ファッティエット族を「フン以下」と侮ったシュパイツァーには心底怒りが募った。
「いくぞ、やつを捕まえる」
どことなくフレギオンの声にも怒りのような熱がその時には籠もっていた。
フレギオン達に追い詰められたシュパイツァーだったが、なんとか逃げだそうと考えて弓兵と魔道士に命令を下したが、戦意喪失が著しい魔道士達が彼を裏切った。
「なななな、キサマらこの私を裏切るのか、金で雇われた分際の雇われ魔道士共めが!」
「ああ、そうだ。金のためにここにきた。しかし、契約などもう破棄だ。金のために死にたくない」
こうなったのも、フレギオンが魔道士達を誑か(たぶら)したためだ。彼はこう言ったのだ「反抗する気がないなら殺さない。そいつについていても下の衛兵のように殺されるだけだ。そいつをこっちに引き渡せ」と。
魔道士達はフレギオンの魔力を見て、瞬時に勝てないことを悟っていたのだ。そのために、すぐに彼らは裏切った。
この関所は確かに魔族との領土の境とも言える場所にある場所であるが、北の魔族の数は大陸中に散らばる魔族の数の中でも特に少数なために、はっきり言って守備に力をいれてはいなかった。
魔族が攻めてきたところで二百にも満たないどころか、その半分の百ぐらいだ。総出で攻めてきたとしても、エクスラード国の軍が動けば数千は簡単に動かせるだけに脅威ではなかった。
関所を攻撃されたとしても、すぐに対処できる。そういう考えがあった。だから寄せ集めの兵士を配して、役立たずのレッテルを貼られたシュパイツァーが守備にあたっていた。
その結果がこれである。
「魔族の言うことを信じるのかキサマら! 人間の恥さらしめ」
「お前についていていれば、それこそ確実に殺されるわ! それならば可能性にかけた方が良いに決まっている!」
「そうだ、だいたい左遷された男が偉そうに命令しよって!」
「あの魔法を見て、戦おうなどと考えるお前の頭のがイカれてる!」
口々に暴言が飛び交う中、同じように戦意を失った弓兵もシュパイツァーを裏切った。彼らもまたシュパイツァーを隊長として信じるに値しない男だと決めたのだろう。シュパイツァーを捕まえれば命の保証は確実にしてやるという、フレギオンの言葉はこの状況下では絶大な威力を発揮していた。
「フレギオン様、やつらも人間です! 殺した方が良い!」
気を吐くようにギーゼルヘアが忠告してくるが、フレギオンの考えは変わらない。
「抵抗しようとしない者を殺すな。俺たちは殺し屋ではない」
「し、しかし、こいつらは裏切る可能性が」
フレギオンの考えでは、危険だという思いからギーゼルヘアはなかなか了承しない。そこにセトゥルシアが口を挟んできた。
「裏切ればそこで殺せばよいのでは? フレギオン様は一度だけ機会を与えると言われてるのです。そうですよねフレギオン様?」
「ああ。そうだな。お前達、俺たちに協力するなら命だけは助けてやる」
シュパイツァーを捕らえて、縄で完全に彼を拘束した弓兵と魔道士達に目をやる。一階はまだ水が残っていて、足の踏み場に少し困るため城壁の上で全員が並んでいた。
捕まったシュパイツァーは命乞いの言葉を言っているが、フレギオンはそれを無視した。
「助かりたいならこれから言うことを実行しろ」
「な、にをすれば……」
「やめてくれ、助けてくれ。国に息子が居る、まだ生まれたばかりなんだ」
助かりたいなら、という言葉に心が動かされてシュパイツァーを除く全員が彼の命令二従う素振りを見せた。皆、生きたいのだ。死にたい者などこの場所に誰一人としていなかった。
「言うとおりにすれば解放してやる。だから、大人しく従え」
「解放、ほんとか? 嘘じゃないな……?」
「本当だ」
「皆、やめろ。騙されているぞ、こいつは魔族だ約束を守るはずがない!」
魔族の約束など、どうやって信じることができるのだ、と言った様子でシュパイツァーが忠告するが、その瞬間にギーゼルヘアが彼ののど元に短剣を突きつけて威嚇する。
さらにセトゥルシアが召喚魔法で、三つ頭の獣たちを召喚して「逃げだそうとすればこの子達の餌になってもらいます」と威嚇した。
「フレギオン様はこいつらに言っているんだ。テメェじゃない。それ以上喋ったら、かっきるぞ」
喉に突きつけられた短剣の刃が、シュパイツァーの首の皮を薄く斬った。
「ひ、ひぃぃ」
首からヌルりとした血が出てきて、自分がいつ殺されてもおかしくないという実感をシュパイツァーは身をもって味わった。吹き出した汗で額はずぶ濡れだ。
「一度だけだ、この機会は。それを拾うか、捨てるかはお前達が決めれば良い」
冷徹な言葉がフレギオンから発せられて、生死の選択を選ばされていることを彼らは知る。弓兵と魔道士達が首を縦に振るのはそう難しいことではなかった。