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帰還せし王  作者: 陽炎
2章【エクスラード国動乱】
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ヴォリドール山到着

 馬にのって、南に突き進み南下し続けて、ヴォリドール山という山に到着した三人一行。

 そこから暫く走り、山を越えた先のアルシェ森林――そこにはエルフの里があるらしい――のほうは一瞥もくれず、山腹を通り抜けて、さらに山を南下していく。三人とも軽装になっていたが、唯一、フレギオンは【永久なる死】と【永遠なる混沌】の装備を大きな袋に入れて荷台に積んで馬に引かせていた。

 麓にまで到着して、初めてフレギオンは歩を止めた。


「だいぶ来たな。もうすぐ山を越えられそうだ」

「そうですな。しかし、そろそろエクスラード国に近づくんで、人間共がみえてくるころかと」


 ここまでの道中で、気楽に話せるようになれと厳命を下していたフレギオンに、ギーゼルヘアは少しばかり口調を崩して話しかける。

 セトゥルシアは何も言わず、黙って二人の会話を聞いていた。


「そうだな、そろそろ人間と会っても良い頃か」


 馬の脇腹を少しだけ蹴って、前に進むように指示する。馬は蹄の音を立てながら、二、三歩と前に出た。

 そこでフレギオンは聴覚を駆使して、伏兵らしき敵がいないかの探りを入れてみることにしたが、風が山間を吹き抜ける音がするのみで人が居そうな気配はない。


「このあたりにも敵らしき者はいないな」


 巨馬の馬上から、ヴォリドール山の山々の風景を遠望する。フレギオンの視力はこの世界にきてからハッキリと計ったことはないが、その眼の良さはまさに鷹の眼の如く、一瞬でも動いたものを視認し、逃すことはない。

 この眼の良さもゲーム時のキャラの能力の高さのおかげか。ステータスに出される能力のどれが視力に該当するかを考えれば、それは恐らく、正確さ、命中率、などの項目からだろう、と、フレギオンは考える。

 そんな余裕を胸に、フレギオンは山道の先に大きな門があるのを確認した。


「あれは関所か」


 指を指してギーゼルヘアに確認する。


「ああ。でもあの門の守兵は貴族に買われた男が守っています。問題なく行けます」

「どうする?」


 守兵が貴族に買われているから問題は無いというぐらいなのだから、戦闘になることもないはずだ。それに、なにか良い策があるだろう。フレギオンはギーゼルヘアの策を聞くことにした。


「えぇっと、その」


 だが、ギーゼルヘアは言いづらそうになかなかその策を言わない。


「どうした? まさか、倒せと言うのか?」

「いや! 戦うなんて、そういうことじゃないです」

「だったら、どうして言わない?」


 フレギオンの金色の瞳がギーゼルヘアに向き、その眼光に観念した彼はしどろもどろしながら答える。


「その………、人間の貴族、ヘーゼル卿ってやつなんですがね」

「ヘーゼル卿? ああ、お前を利用してきた貴族の名か」

「ええ、そうです。デブったジジィなんですが好色なやつでして、俺らに協力する代わり、ネリスト族の女を何人か捕まえてこいと言ってきて」


 それはつまり、人間の兵と一緒に、最初にネリスト族を攻撃したときの話だろう。何とも気分の悪い話を持ち出してくる。

 馬上の上で揺られながらフレギオンは眼を細めた。


「俺はお前の懺悔でも聞いているのか? それがどう、あの関所と関係する?」

「ええ、えっと、あの。………貴族のじじいには何人か送るといっただけで、名前はいってません。なので、その手で突破しようかと」


 言ってギーゼルヘアはセトゥルシアの顔を見る。つられてフレギオンも彼女を見た。


「彼女を捕虜として、守兵に差し出す気か? お前」

「ち、違います。ただ通過するためだけです。守兵にヘーゼル卿の名をだして、この女がネリスト族のダークエルフだと言えば通してくれるでしょう。あいつらどうせ、まともに守ってないんで」


 慌てた様子でギーゼルヘアが否定し、指を関所にむけてフレギオンに見るように促す。

 見れば、この男がいっているように、守兵達はまともに仕事をしていないように見受けられた。

 門兵はまともに守っているようだが、城壁の二階の吹き抜けの通路の守兵はあくびをしたり、何か飲み物を飲んだりと勤務態度が非常に悪い。

 彼らは魔族が攻めてくる等という、考え方を一切していないようだ。のんきにその日一日の仕事をしているに過ぎない。


「あれで国境を守る兵なのか。なんだこれ、やる気があるのか?」


 日本にいた頃の記憶を辿って、国境沿いの争いなどがかつて起きた国のことを思い出すが、こんなにのんきに国境を守る兵はいないはずだ。


「セトゥルシアを捕虜にした、っと言って突破するんだな?」


 守兵から眼を離して、確認の意味で問いかける。


「あ、そうでっす」


 同じように守兵をみていたギーゼルヘアは少し変な声を出してしまった。が、フレギオンはそれに関しては気にした様子もない。


「セトゥルシア」

「はいフレギオン様」


 馬を動かしてフレギオンのすぐ横までセトゥルシアがやってきた。しかしギーゼルヘアの横は嫌だったようで、フレギオンを介して横にならぶ。


「君を捕虜として突破をするという話だが、意見を聞かせてくれないか」

「私の意見など必要でしょうか。フレギオン様にしろと仰せつかれば、そう致します」


 なんとも献身的な発言が飛び出して、フレギオンは心臓から火でも出そうになる。日本の学生時代でこんな言葉を言ってきた女性はいない。というか、いなくて当たり前という程度の発言だ。

 それを人生で出会った中で、最大の美人と思っている彼女に言われるものだから、逆にフレギオンが気恥ずかしくなる。


「全く困るな」


 恥ずかしさから彼は誤魔化し、一つ咳払いをしてからギーゼルヘアに最後の確認をする。

 セトゥルシアは静かにその様子を見ていた。


「危険はないんだろうな」

「ありません、その、今までなら」


 今までとは、以前にネリスト族の女を連れてきた時の事をいっているのだろう。その時は大丈夫だった、というわけだ。

 だがそれは、確実に彼が、ネリスト族に対してひどい仕打ちを行ってきたという事実の告白でもある。さて、この事実も罪を消すのは容易ではないぞ、とフレギオンは腹の中で口にした。


「すこしでも危険だと感じたら戦うぞ、そのつもりでいろ」

「へい」


 山賊のような返事をして、短剣をグッと握りしめて、ギーゼルヘアは頭をさげた。



 セトゥルシアからの了承を得て、彼女の馬を消滅させた後、フレギオンは彼女の手首にゆるく縄をかけて縛った。馬が消えるのを見て少し残念そうにセトゥルシアが俯いたので、関所を越えた後にすぐにまた呼ぶ、と、約束してやる。


「だいぶ緩く縛ってあるから、思いっきり引っ張ればすぐ解けると思う。だから危険だと分かれば、すぐに解いて身を守ってくれ」


 背中に回された手首に縄を、かなり緩く結んで、形だけの捕虜のようにセトゥルシアを仕立て上げる。

 彼女はそれを手首で感じながら、時折すこし力を入れて(ほど)けそうになるかを確認した。


「どうだ? 痛むならもっと緩くできるが」

「お気遣いありがとうございます、ですがこれで問題ありません」


 セトゥルシアは少し力を入れて、縄が解けそうになるのをフレギオンに見せた。彼女は女性だが、れっきとしたダークエルフでもあるのだ。力が弱いとはいえ、魔族の力は人間の女性よりは遙かに強い。


「このとおりすぐ解くことが出来ますので」

「十分というわけだな。なるほど、これで行こう」


 解けかかった縄をもう一度絞め直して、フレギオンは彼女の腹に腕を回す。

 今の彼女は、真っ白の首まで覆うノースリーブスタイプの服を着ていて、その上にフードが着いた上着を身に着けている。足はこちらも真っ白の長ズボンを穿いていて、露出しているのは腕と顔のみ。

 よくこんな服があるなとは思ったが、人間の国に行くならそれ相応の服でないとダメだ。と、言ってきたオーフィディナが出してくれたものだ。

 昔、彼女が着ていたものかは定かではないが、そこはあえて気にしないことにした。


「持ち上げるぞ」


 コクりと彼女が笑うのを確認してから、両腕に力を入れて、彼女を馬に乗せた。手首を背中に回しているため彼女はバランスを取るのに苦戦したが、すぐフレギオンも馬にのって、彼女の下腹に腕を回して彼女を支える。


「すまない、狭いが、少しだけ我慢していてくれ。縄もすぐに解く」


 やや遠慮がちに、彼女の身体を支えながらフレギオンはそう言ったが、当のセトゥルシアはにこやかに言葉を返した。


「そう、お気遣いなさらないでください。いま私は、私が知る限りの最も安全な場所に居させて頂いています。文句などあろうはずもありません」


 これから人間達がいる関所を越えるというのに、彼女はすっかり安心しきった様子でフレギオンの顔を見上げる。

 すっかりそのほほえみに、顔が(ほころ)びそうになるがなんとか堪えた。


「う、うん…………、そうだな」


 その様子をギーゼルヘアはわずかに口元を緩めて、おもしろおかしくみていたが彼なりの分別で何も言わず、フレギオンが関所に向かうまで黙っていた。







 関所に近づいていくと、さすがに人間達も三人に気付き、大きな()()を叩いて、一斉に交戦準備に取りかかった。二階の吹き抜け廊下で酒を飲んでいた手兵も今や、弓を持って矢じりの先をフレギオン達に向けている。中には魔族の襲撃だとまで言ってくるものまで居る。


「魔族がきたぞー! 敵だ-!」

「ついにきたな魔族ども!!」

「人類の敵め!」

「祖父母の仇、討たせてもらうぞ!!」


 その激しい剣幕は怒濤の如く、三人に降りかかる。これでは捕虜がどうのこうのという話が出来ないように見受けられた。それどころか、門が開けられて関所の中から鉄仮面とフルプレート式の完全防具の甲冑を身に着けた衛兵まででてくる始末だ。

 門から出てくる数は数人ではない。もっと多く、数十名を越える数に登っている。

 その城壁の上から、おそらく守備隊長であろう、非常にまるまると太った男が大声で三人を罵倒してきた。


「のこのこやってきたか、ダークエルフ! 村を滅ぼして置いて三人でやってくるとは良い度胸だ」


 その口調ぶりからは、残念だが親愛などといった感情は一切感じられない。やはり人間が魔族に持つ感情とはこういったものか、と、フレギオンが思った時、ギーゼルヘアが激昂した。


「シュパイツァー!! 何故、俺に矢を向ける。ヘーゼル卿に約束した女の一人を連れてきたのにどういうことだ!」

「女? 知らんなぁ、だいたいキサマのような薄汚い魔族と閣下が知り合いのはずがないだろう。まぁしかし、キサマのような魔族にもこの守備隊長シュパイツァーの名が広まっているのは素直に喜んでおこうじゃないか。なぁ、お前ら!」


 ガハハと下品な笑いが関所の城壁の上で響いた。


「約束が違うぞ、人間ども!」


 怒ったギーゼルヘアが短剣を引き抜く。それをみた守備隊長シュパイツァーが鼻を鳴らして、唾を飛ばしてきた。


「ふん、魔族風情が何を偉そうに。キサマらのような薄汚い怪物など馬のフン以下の価値であろう。フン以下の集団の長など、それもまたフン以下でしかないではないか」


 手をあげて、守備隊長シュパイツァーは弓兵に合図を送る。

 よく訓練が行き届いている弓兵達は、すぐさま三人めがけ一斉に矢を射放った。フレギオンはセトゥルシアを守りながら、迫ってくる矢を素手ではじく。

 だが、弓隊が矢を放つと同時に、城壁の後ろに隠れていた新たな弓隊が姿を現してまた新たな矢を放ってくる。

 迫ってくる矢をギーゼルヘアは短剣を抜きはなって弾き飛ばした。


「おのれ、俺をコケにするのか!」


 あいている左手で、もうい一本の短剣を引き抜き、二刀流になったギーゼルヘアはとどまることを知らない、矢の雨を凌ぐ。が、さすがに数が多すぎて、彼の身体にいくつかの矢じりが掠っていき、赤い血が吹き出す。

 二の腕から出血した血をみて、それを舌なめずりしてギーゼルヘアは怒号をあげた。



「良い度胸じゃないかシュパイツァー! 人間にここまでコケにされたのは初めてだ、俺が誰なのか分かっているのか」

「ふん、薄汚い魔族以外の何だという、この大地に貴様ら魔族は存在しなくていいのだ。ここで朽ち果てろ。おい、もっと矢を浴びせろ! 奴らを釘付けにするんだ、さぁ早く!!」

「おのれ……」


 ハァァ、と息を吐いて、ギーゼルヘアが静かになる。その途端に彼の身体から闘気が出てきた。その色は紫色で、なんとも形容しがたい不気味さを醸し出す。

 それが狂戦士の闘気だというのはフレギオンはすぐ気付いた。


「ギーゼルヘア、あの人間はお前に任せる」

「任せてください」

「できれば殺すな。生け捕れ」

「それは…………約束できません」

「可能な限りそうしろ」


 言い終わるやギーゼルヘアが奇声をあげながら、前方の衛兵に斬りかかっていった。馬から飛び降りて、一気呵成に全身を鎧で身に纏った衛兵に飛びかかる。

 全身鎧の人間はギーゼルヘアの動きについて行けないが、完全武装をしているためか、焦った雰囲気はない。

 むしろ周りに衛兵の仲間が数多く居るため、軽装なギーゼルヘアに既に勝った気でいるようだ。だが、ギーゼルヘアは狂戦士の異名を持つ男。そんな鎧など、意味はなかった。


「隙間があるぞ! 人間!」


 兜と鎧のほんの二センチ程度の隙間。そこに短剣の先を浅く突き刺す。そのまま横にスライドさせて切り裂いた。


「まずは一匹ー」


 首を切り裂かれた人間は、そこからまるで噴水のように赤い血を噴き出させて、倒れ込む。悲鳴をあげて、のたうち回り手で傷口を押さえ込もうとするが、兜と鎧が邪魔をして押さえつけることができない。そうこうしている間も血は吹き出して、門の前の石で出来た橋は赤く染まっていく。

 人間はあわてて兜を外して脱ぎ捨てるが、その瞬間に首めがけて、短剣が真っ直ぐ落下していき、そのまま突き刺さった。

 その短剣を足で蹴り上げて、首からはじけ飛んで空中に飛び出た短剣をギーゼルヘアは捕まえた。


「さぁ次はどいつからだ」


 仲間をこうも簡単に失った衛兵達は、よくも仲間をといきり立ってギーゼルヘアに挑むが、狂戦士としての力を解放したギーゼルヘアに為す術もなくやぶれる。ただの衛兵では彼は止めることなど適わないのだ。

 それを見て慌てふためいた守備隊長シュパイツァーは、後方に控えさせていた魔道士部隊を呼び寄せた。


「何をしている、はやくあいつを倒せ!!」


 隊長に命令されて、魔道士部隊が動こうとする。だが、それを止めたのはギーゼルヘアではなく、フレギオンとセトゥルシアだった。


「下位雷属性魔法・(ほとばし)る雷鳴」


 かざされた右手から、青白い光がうなりを上げて、一直線に雷が城壁の上にいる守備隊長シュパイツァーと、その横にいる弓隊の近くにまで走って行き、壁にぶつかる。

 まるで本物の雷でも鳴ったかのような轟音は、城壁の壁を粉々に壊し、何人かの弓隊の兵を吹き飛ばした。


「ひ、ひいいいいいいいい。ま、魔法うううううううううう!!」



 守備隊長シュパイツァーの大絶叫が響いた。

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