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帰還せし王  作者: 陽炎
1章【帰ってきた王】
15/36

蘇った記憶と好奇心

 蘇生中位魔法を発動させ、ファッティエット族の蘇生に成功させたフレギオン。腰に右拳を押し当てながら、地面を見つめつつ歩を進めて、蘇った記憶と現在の状況を再度見つめ直していた。

 考えていたことは、この世界では、ゲーム上でこれまで使ってきた魔法全てが、今のところはそのまま使えるということだ。


(つまりこの世界は【エンジェルオブダークネス】と一緒なのか?)


 日本に居た頃、自宅で毎晩遊んでいたオンラインゲーム【エンジェルオブダークネス】。その世界で出てくる神の名と魔法は、完全に同じものが使用可能で、 どうやらMPの消費の仕方もいっしょのようだ。それはフレギオンというキャラのHP、MPはゲーム上のままならばという前提の話であるが。


(もし、常時発動系のスキルがこの世界で機能しないなら、死者再誕は使用不可能だったはずだ。使えるということはフレギオンの強さはあの時のままなのか)


 あの時というのは双頭龍リベリオスを倒した時点での強さだ。

 涼はフレギオンというキャラを、ゲーム内の職業(クラス) を全てカンストするまでに育てあげて、その恩恵となる常時発動系のスキルを全て手に入れさせていた。

 またフレギオンのメインとなる職業(クラス) は、前衛職と後衛職のレベルをカンストさせた上で特定のスキルを手に入れた者のみがクラスチェンジできるという、【聖騎士】と呼ばれる前衛職を使っていた。この【聖騎士】は涼が最も憧れた職業(クラス)で、前衛も後衛も可能という万能職が特徴の、魔力、腕力ともに秀でた職業(クラス)であった。

 ただし【聖騎士】にもできないことはある。そのうちの一つが、先ほど発動させた蘇生魔法の上位魔法が発動できないという点だ。これはゲームバランス上、取得できない魔法になっていて、涼が――フレギオンがいかに使おうとしたとしても、使用不可能だ。

 また、残念ながら、蘇生魔法にも幾つかの制限がある。

 下位、中位、どちらを使うにしても、死者が死んだ場所の周辺であることが一つ。下位蘇生魔法に関しては、魂の戻り場所である、遺体があれば行えることからこの問題は、死者の遺体を動かさずにその場で復活させれば可能となる。

 中位の場合は、肉体が無い状態からの復活のため、死んだ周辺であれば使用可能であるが、莫大な魔力が必要であることと、連続使用は不可能であること。連続の制限ではゲーム中の時間ではなく現実の時間で二四時間使用不可能だったこと。

 次は死後三日以内の蘇生でなくてはならないこと。これは下位。中位ともに一緒である。この三日とはゲーム内での三日だったため、この世界の三日とどう関わってくるかは今のところは不明だ。が、ファッティエット族の蘇生に成功できた結果、この世界での三日が該当になっている可能性が高い。

 また、危惧しなくてはならないのは、かりに、蘇生させた仲間のうち誰かがもう一度死んだ場合だ。そのときに復活魔法は成功するかどうかはフレギオンにも不明だ。

 成功するかもしれないし、失敗する可能性はある。ゲームではなく、現実世界なのだここは。一度成功して、もう一度成功すると考えるのは傲慢な考えではないだろうか。


(【聖騎士】のままでそれも常時発動系スキルも発動した状態。そうか、だからあの時、ヴァサドールの攻撃が遅く見えたのか)


 ヴォンルチー大森林でヴァサドールに襲われたとき、彼に攻撃が非常にスローで見えたのを思い出す。あの時は何故そう見えるかなんて考えたこともなかったが、記憶が蘇った今の彼ならその理由も合点がいく。


(常時発動系スキルのおかげと【聖騎士】カンストの恩恵。それのおかげで動体視力が異常に上がっていて、それでスローでみえた。あるいは俺の俊敏性がヴァサドールよりもずっと速かったからそうなった)


 つまりゲーム内で表示されているフレギオンの能力のまま、実在している世界に来た。

 どういう原理かは全く不明だが、大長老アサンドラが行った召喚魔法は、ゲーム内のフレギオンというキャラと如月涼の魂を融合させてこの世界に召喚させた。

 魂を肉体に入れる、あるいは戻すというのは、蘇生魔法が実行できることから、その結論もあながち的外れではないであろう。

 ただし、キャラと魂を合体させるという原理については全く説明がつかない。


(俺……、落ち着きすぎだろ。日本じゃないんだぞここ……)


 冷静に状況分析なんかしている場合じゃないだろう、と自分に言いたくなる。しかし、如月涼という男は思いのほか、冷静沈着でこの事態について思案した。

 ただしこの落ち着きっぷりは、フレギオンの常時発動系スキルの効果だろうと都合良く解釈することにはした。


(【聖騎士】ってたしか混乱耐性が高かったなそれもおかげか。………………………とにかく、こいつ(フレギオン)でやれることは確認したほうがいい)


 記憶が無かった時は、周りから情報を得てから考えて行動していたが、今はもう違う。自分から行動できる。なら、やることは自ずと大量に出てくる。


(魔法に召喚魔法。そう、これが一番厄介かもしれない。確認しておく必要がある)


 そうと決まれば、皆がファッティエット族の復活で大騒ぎをしている間に、少し実験をしようと決めたフレギオン。

 しかしそれは思わぬ形で出鼻を挫かれた。


「フレギオン様!! フレギオンさまぁ!! フレギオンさまぁぁ!!」


 どこか誰もいない場所を適当に見つけ出して、そこでかるく魔法の確認でもしようと歩いて行った折、フレギオンに向かって走ってくる人影が見えた。

 耳をつんざく爆音のような大声でそれはやってきた。


「ギーゼルヘア、お前どうして。仲間ならあっちに」

「とんでもない。フレギオン様にどうしてもお礼を言わなければ、あいつらの所なんか行けねぇ」


 元の話し方に戻ったギーゼルヘアが、フレギオンの前で跪き、大げさに両手をあげて地面に手をついた。


「感謝してます、あいつらを生き返らせて下さってありがとうございます!」


 ありがとうございます。ありがとうございますと幾度も同じ言葉を口にして彼はフレギオンに礼を言う。

 顔をあげてはまた下げて礼をいつまでもギーゼルヘアは繰り返した。


「…………礼ならもういい。生き返ったあいつらを止めればそれでいい、忘れてないな?」

「勿論です!!」


 バッと顔をあげてギーゼルヘアが唾を飛ばしながら、若干睨み付けるようにフレギオンの眼を見る。だがそれがギーゼルヘアなりの真剣な眼差しなのだろう。


「フレギオン様の言うとおりにします、ネリストの奴らとも今後は仲良くやっていきます! 馬鹿なことをしようとするやつは俺が止めます!」

「………ツァハリーアスだったか? あいつらとあの弟が暴れたら。お前一人でも止められるのか?」


 止めると、言い切ったギーゼルヘアの言葉を聞いて、少しだけ気になった事柄が頭の中で浮かび上がった。

 それはあの兄弟の事だ。兄弟と戦ったときはフレギオンは造作もなく勝利したが、聞くところによると彼らはファッティエット族の幹部のようだし、ツァハリーアスにいたってはファッティエット族の実質二番目の強さだというではないか。

 その二人が暴れればこの男――ギーゼルヘアならどうなのだろうか。彼は族長であるし、狂戦士の異名を持っている。序列としてはファッティエット族最強なのだろうが、二番目と三番目であろうと思わしきあの二人が、敵対行動をとればギーゼルヘアは勝てるのかと気になった。

 フレギオンはギーゼルヘアと戦っていないし、実のところ彼の強さというものに対して非常に懐疑的だった。


「フレギオン様は俺が負けるとお考えで? いやいや、おれがあいつらに負けるなんてとんでもない。ファッティエット族は力の強い者が族長になる決まりがあります。俺があいつらに負けるなら、あいつらが族長だ」

「そうなのか。なら大丈夫そうだな」

「大丈夫です!」


 力のこもった声で大きく頷くギーゼルヘア。フレギオンに力を疑われたことで、その瞳の中に大きな炎が渦巻いた。


「もし暴れようとしたとしても、フレギオン様が光のエルフ様のお生まれかわりだと、あいつらも知ればすぐにやめるでしょう。問題なんてない」

「分かった、そろそろ生き返ったあいつらの意識が回復するだろう。混乱するまえにお前が落ち着かせてこい。俺はすこし休む。それにファッティエット族の蘇生に賛成したネリスト族にも礼を。それから、お前の口から、彼らの仲間を取り戻すと言うんだ。それがお前達の償いだ、いいな?」

「必ずします。ファッティエットとネリストの争いは今日で終わりだと、あいつらにも理解させます」


 熱のこもった声で、確実にやり遂げますと宣言したギーゼルヘア。フレギオンはすぐさまファッティエット族のダークエルフたちがいる場所にまで彼を戻して、その場からさらに奥地にむかって歩いて行った。


(疲れた。どうもこの話し方は慣れない……)


 この話し方というのは、あの威厳ぶった物言いのことを指していた。

 記憶が無かった時に使っていた言葉使い、それはさきほど記憶が蘇ったおかげで、自分がもともとは大学生であったのを思い出し、話し方に四苦八苦していた。


(だけど、いきなり変わるとまた混乱しそうだし……)


 サフランと話しているときも口調が素に戻ってしまいそうだった。それをなんとかこらえて、この話し方を維持したのだが、それもいつまで維持できるか分からない。


(まぁ、今はそれはいい。それよりも……魔法だ)


 中位蘇生魔法を発動したことによる疲労はあるが、隠れて使用する機会があるとするなら今のうちだろう。隠れてやる必要があるのかと聞かれれば、なんともいえないが。

 とにかく彼は、自分の能力がゲーム内でのフレギオンの能力とどう違うのかを把握したくて仕方がなかった。

 とりわけ、彼が確認したい魔法はいくつかある。そのうちの一つが召喚魔法であり、また属性魔法である。


(リベリオスと戦った時は氷系魔法は使ったっけ。でもあれを使うのはちょっと怖いな、規模の範囲が予想できない。それに)


 そんな上位魔法を使用すれば、ちょっとした実験ですまなくなるだろう。それこそすぐに皆がここにかけつけてくるであろうし、下手をすれば傷つけてしまうかもしれない。

 さすがにそんな危ない橋は渡れない。


(ちょっとした水系魔法はあの時使ったからなんとなく分かるが、火属性もダメだしな………)


 火属性の魔法など使おうものなら、それこそ、この森が燃えてしまい実験どころではなくなるだろう。せっかく救ったというのにそれでは水の泡だ。


(火をだした瞬間に水を出せば何とかなりそうだけど、場所が悪いな)


 しかし下位魔法で魔力の出力を最大限に下げれば実害はなさそうではあったが。

 それならとフレギオンは、今し方脳に思い描いた魔法を使うことを心に決めた。


(土属性の下位魔法を使おう。それならなんの問題も無く、使用可能なはずだ)


 首だけを反転して、ファッティエット族が蘇ったであろう場所を見やる。そちらからはキンキン声とといえる、高音の声が大声をあげているのが聞こえる。

 どうやらギーゼルヘアが意識を覚醒しだしたファッティエット族に、何かをいっているようだ。耳を集中させてその声の発音、内容を聴き取る。


「て、め……、フレ……、ネリ……スト……に…………謝し……よ」


 高音なためにうまく聴き取れるかと思ったが、なかなか上手く聴き取れない。しかし内容は何となく把握できそうだった。

 ギーゼルヘアはフレギオンとの約束をしっかりと守ろうとしているようだ。族長としてはかなり粗暴な物言いであるが言ったことは守る男のようだ。

 族長としての雰囲気はヴァサドール達オークの族長であったディサバートのほうが、優れているようにも感じる。


(そういや、オークってもっとこう、動物的な本能を持つ魔族っていうイメージがあったんだけどそうでもないんだな)


 日本でいた頃の知識ではオークはもっと野性的で、利口な種族ではないというイメージだった。

 醜悪な見た目に子孫を残すことしか頭にない低脳な魔族。そういったイメージがこれまであったが、この世界のオーク達はどうやら違うようだ。それは見た目こそ一緒であるが【エンジェルオブダークネス】をプレイしていた時のオーク達とも性格が異なっている。

 この世界のオーク達も猪頭で、見た目はお世辞にも良いとは言えないが、武人としての誇りを持った戦士の種族という印象があった。むしろファッティエット族のほうがよほど物騒な種族だ。


(ふぅ………。時間を取りすぎだ。早いところ、確認しておこう)


 あれこれと考えるのは良い。しかし、それも時と場合によるだろう。いまのこの状況で、あまり遠くにも行けないし、ファッティエット族が裏切るようなことがあれば大変なことになる。


(俺は甘すぎるな、復活させないって手もあったのに。でも)


 ――チャンスは与えられるべきだ。

 この考えはフレギオンの人生観ともいうべき考えであり、この思いこそが結果的に、記憶を失っていたときにも行動に反映され、ギーゼルヘアを殺すという行動には出ることはなかった。

 しかし、彼のこの考えは非常に甘いのかもしれない、そうも思っていた。しかし、如月涼という人格はどんな状況であれ、この考えを大事にしたいと思っていた。


(誰にだって、チャンスはあるべきだ。一回ぐらいあったっていいだろ。……けどまぁ、とにかく一回だけだ。それでダメなら、もうチャンスも与えないでいいだろ)


 ギーゼルヘアの場合は事が事なだけに二度も機会を与える必要はさすがの彼も思わなかった。

 これでもし裏切るようなら、それ相応の対応にでるつもりだ。ただし、如月涼の人格を取り戻した今、殺すという行動がすぐに出来るかは不明であり、彼自身としては、ギーゼルヘアが己が口にした言葉を守ってくれるのを内心祈っていた。


(このへんでいいか)


 死者再誕の呪文を行った場所より、数分歩いた場所。

 周りは木々で囲まれていて、先も森が続いている。四方いっぱいにうっそうとした森林が続き、人っ子一人周囲にはいない。ネリスト族はファッティエット族の介抱で忙しいだろうし、恐らく誰一人としてフレギオンがここにいる事に気付いていないだろう。

 魔法を使うならこのあたりで良いだろうと判断したフレギオンだったが、もう少し奥に行ってみようと突き進んだ。


(へぇ。これはすごいな)


 好奇心から森林の中を探索していけば、紫水晶の岩石がフレギオンを歓迎してくれるように光沢を放って、三つほど姿を現した。

 その水晶は紫色に光っているものが多いが、いくつかは透明の水晶もあった。その水晶が太陽の光を反射し、フレギオンの顔を映し出す。

 このとき彼は初めて、今の自分の顔を見ることができた。


(これが今の………俺、というよりも、フレギオンそのものだな)


 彼が日本でゲーム上で作った自キャラ、ダークエルフのフレギオン。その容姿は彼がよく知るフレギオンというキャラの顔そのものであり、一寸の狂いもなく、顔のパーツが現実の世界で再現されていた。

 頬に指先を当ててその顔を見る。間違いなく涼がゲームで作ったフレギオンの顔だ。試しにと水晶に向かって笑顔を作ってみる。


(ゲームじゃ、笑ってもこうどこか不自然さがあったけど、ここじゃ人間みたいに笑えるんだな……)


 ゲームではキャラの笑顔を作らすために、顔のパーツの動きなどのプログラミングをして、初めてそれが視認できるようになる。

 しかし、この世界は現実で動く世界、実際にある世界だ。フレギオンというキャラが笑うためにいちいちプログラミングを組んで笑わせていた動作は、この世界では涼が日本で笑っていたのと一緒のように、笑顔を作ることができる。

 それがたまらなく、不思議に感じるのと同時に、もう如月涼ではなくフレギオンという人物になってしまったのだなという実感がふつふつと沸き上がってくる。

 それはどこか寂しさを感じた。


(日本……、戻れるのかな)


 当然の不安が込み上がってくる。ここは彼が全く知らない世界であり、元は人間――であることに疑問を感じたこともなかった学生の――男が突如、別人物となってこの世界にやってきたのだ。不安になるなというのが無茶だ。

 しかし彼はなかなかの胆力の持ち主で、この不安も次第に薄れていく。


(なるようになるか。今はとにかく魔法の確認と、あいつらの様子を見なきゃな)


 うだうだと考えても始まらないと、彼――フレギオンは水晶から顔を離し、周りに誰も居ないことを確認する。


(誰もいない。やるならいまだ)


 紫水晶の岩を傷つけてはいけないと、数メートル離れた彼はそこで土属性の簡単な魔法を詠唱することにする。


(【魔道士】が低レベル時でも発動できる、土属性の魔法。これならそれほど被害もないだろう)


 【エンジェルオブダークネス】を遊ぶ上で、基本職業(クラス)の一つとなっている魔道士という職業。その魔道士が低レベル時に覚える土属性の魔法の下位魔法。それをフレギオンは実験で詠唱することに決めて、魔力を込めた。

 右手をかざし、術の詠唱を開始する。非常に不思議なことだったが、ゲーム上では詠唱の方法など学ぶ機会もなく、唯一覚えるとすれば魔法を発動するときの魔法名ぐらいだ。なのにフレギオンの身体は、昔から魔法を知っていたかのように詠唱を唱えることが出来る。

 これは記憶がなかったとき、本当に自分は魔法が存在する世界からやってきて、その記憶が喪失しただけだと思っていた。だから詠唱方法を欠落しただけだと思っていた。

 それがどうだろうか。如月涼という記憶が蘇り、フレギオンがゲームのキャラだと判明した今、詠唱方法までも思い出すというのは摩訶不思議と言うほかないのではないだろうか。教わってもないことを思い出すなど、本来ありえないはずだ。

 しかしこの時の彼はそのことにまで頭が回っていなかった。


(下位土属性魔法・隆起する地面)


 心の中で発動させた土属性魔法。それはフレギオンの声と呼応するように発動し、彼の目の前にあった地面がうなりをあげて地面が揺れはじめ、次第に地面がググっと盛り上がっていき、一瞬揺れが止まったあと、フレギオンの目の前の地面がドンという音を立てながら、一秒ほどで二メートルほどの高さにまで一気に隆起した。その隆起した地面の幅は十センチほどで、その小さく長い柱は総数五本ほど。

 発動された場所に何者かが立っていれば、酷い打撲を受け、訓練も受けていない一般人が受ければそれだけでも打撲死するだろう。いや、隆起する速度を考えれば、もしかすれば身体を貫通するかもしれない。


「これすごいな………。下位でこれか……。しかもゲームじゃ発動後に地面が元に戻るからインパクトも小さかったけど、この世界じゃ戻らないんだな……」


 下位魔法での破壊力にフレギオンは驚く。ここまでの威力なら十分相手を殺せそうであるし、仮に戦うことになればこれ一つで相手と渡り合えそうな気すらする。

 それと同時に、上位魔法を発動せず下位魔法を選んだことに安心した。もし、氷属性上位魔法の一つである、極寒の地獄など使おうものならば一体どれほどの被害を受けたことであろう。この一帯が壊滅したのではないだろうか。


「でもこの魔法、こんな強かったか?」


 ゲーム上ではこの魔法は柱は一本しか出現しなかったはずだった。それがよくよく今の状況を見れば五本も柱がたっていて、彼の記憶との食い違うが生じている。


「威力があがっている? いやでも同じ魔法なはずなんだが」


 しかしそれを確かめる術を今の彼は持ち合わせていないために悩むほかなく、一旦、この事を考えるのはやめることにした。


「まぁ、いいか。あとでオーフィディナ達にでも聞こう。とりあえず次はっと」


 彼はその場から、柱状に突き出された地面を眺めつつ、もう一つ確認したかった召喚魔法のことを考える。

 彼が扱える召喚魔法にも下位中位上位と言った段階が存在する。下位では下位に属するであろう小型モンスターが。中位召喚魔法ではそれに該当する中大型のモンスター。上位召喚魔法ともなれば、悪魔や天使といったものまで呼ぶことが可能になってくる。

 そんな中でとりわけ、彼が【エンジェルオブダークネス】をやっていたときから、狼系統の召喚獣を呼ぶのが好きだった。

 彼が属していたギルドも狼好きが集まった集団だったことからも、彼の狼好きがどれほどか物語っているだろう。そんな彼が勿論、召喚魔法で呼びたいモンスターは一つだ。


「天狼!」


 その声は弾みをつけて、声高く空に向かって飛んでいく。それは幼い子供が好きなものを観るときに、テンションが上がったときに出す声と一緒だ。

 彼は現実となったこの世界で、天狼を召喚したくてしかたがなくなっていた。見てみたい、眺めていたい。そんな欲求が先ほどの土魔法成功から一気に上がった。

 天狼とは元いた世界、日本では存在しない狼。もちろん日本には龍も魔族も存在しないのだが、狼という動物はかつてはいた。その狼をモチーフにした白毛の巨狼が天狼であり、現実にいれば是非見たいと彼は(つね)々(づね)おもっていて、それが現実として呼び出せるかも知れないとなれば気分が高揚するのも無理はない。


「一回だけ、一瞬なら大丈夫かな。それが終わったら戻ろう。魔力の同期のことも説明した方が良さそうだ」


 記憶が蘇ったことで、中位蘇生魔法で使う魔力がフレギオン一人で十分事足りることが判明したために、魔力の同期はすること自体を中止した。

 それについて彼らになんらかの形で説明しなければならないだろう。彼らは疑問に思っているはずだ、魔力の同期なくして魔法が成功した理由を。それをフレギオンは説明するのが義務でもある。

 そのため、あまりここにいるのも決して良いとは言えない。黙ってきているのだから尚更だ。そのため、天狼召喚に関しては一度だけやってみようと考えた。この世界で呼び寄せられるかの判断もかねてであったが。

 しかしそれを行うのは時間がすでに足りなかった。


「フレギオン様の匂いだ、この近くだ」

「どうしてこのような場所に」


 背後から迫ってくる数人の足音。後ろを振り返ればそこにはよく見知った顔があった。


「フレギオン様、探しましたぞ。こんな場所にお一人でいらっしゃるとは……………………………、な、なんですかこれは!?」

「っ、地面が………!」


 そこにはオーク族の戦士で、この場所まで単身でフレギオンと一緒に同行してくれたヴァサドールと、その横にはオーフィディナの孫娘のセトゥルシアと数人のダークエルフの姿。彼らは柱状に隆起した柱をみてひどく驚いていた。

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