記憶
(ん……、なんだ……。これは……)
それはフレギオンにも考えが及ばない事態であった。
流れ込んできた魔力を遠隔操作し、自分の魔力の波長に合わせようとしたとき――突如、彼らの記憶の一部がフレギオンの脳の中に入ってきた。と言ってもそれは非常に断片的な内容で、それが誰の記憶なのかは分からない。が、しかし、それらはフレギオンの脳を強烈に刺激し、脳内をかき回される感覚を味わった。
(あ、あぁ……っあぐ………!)
何人ものダークエルフの記憶が走馬燈のように駆け巡り、脳がまるでオーバーヒートでも起こしそうなほど頭痛に見舞われる。それでもフレギオンという強靱な肉体がその痛みを耐え抜いた。
その結果、彼の脳の中にある一場面が断片的に再生され、それを彼は理解した。
(これは、水晶玉……、じいさん……)
脳の中で再生される光景。
景色はおぼろげでぼやけて見えないし、記憶の主の前に居る白髪のダークエルフの老人はかなりの年を召しているのはわかるが、着ている服装などはぼやけて何も分からない。
会話もほぼ分からないが、一部分だけフレギオンは聴き取ることができた。
『みよ、この双頭龍を。この方はこの怪物をお一人で倒そうとしておられる』
記憶の中の老人はそう言って、水晶玉を記憶の主のほうに向ける。そこには金髪で黄色の肌をもつダークエルフが映し出されており、眼前には彼よりも遙かに図体がでかい龍。その龍は頭を二つ持っていた。
(あれは………)
『闘神に認められる戦い、しかしあまりにも危険な戦いだ。いますぐ儀式を始める、あの方をお呼びしなければならない』
老人が口にした言葉がフレギオンの心に残る。
呼ぶ、闘神に認められる。そしてダークエルフに向かってあの方と呼ぶ呼称。
この世界にきて、欠落してしまった記憶のピースが蘇ってくる。それは予想だにしない形で。
(俺……)
そこで記憶の回廊は途切れ、流れ込んできた記憶がすぅと消え去り、フレギオンを現実――異世界にいるという事実――に引き戻した。
人の記憶を見るというある意味でトリップ状態に近い状況からの現実への復帰は、彼の肉体もさすがに悲鳴をあげた。
「か、かはぁ……!」
ガタリと膝が折れて直立二足で立つことが出来ず、片膝をついて咳き込む。予想もしなかった形で記憶が戻ったことと、ダークエルフ、おそらくはオーフィディナの記憶が流れ込んできて、それを脳が処理できず疲労困憊となって脳が酸素を欲する。
肩で息をしてフレギオンは自身の手をみた。
(はぁはぁはぁ……はっ! 俺の身体……じゃない)
俺の身体というのはすなわち、如月涼という男の肉体のことだ。だが今の彼が何度自分の身体をみても、その身体は如月涼という日本人の肉体ではない。
身体は完全に、涼だったころよりも大きいし、彼の周りにいる人物も人間ではなく、魔族と呼ばれるダークエルフ達だ。そこに彼の知る日本人の存在は皆無だった。
「フレギオン様? 大丈夫ですか?」
汗をかき、片膝をついて荒く息をするフレギオンの様子を気にして、彼の横に立っていたセトゥルシアが心配そうに彼の横でしゃがみ込んでくる。
オレンジの髪、碧玉色の瞳、傷一つ無く純白の陶器のような綺麗な肌。そしてほのかに漂う甘い香りに鼻腔が刺激されるが、今のフレギオンにその余裕はなかった。
それに気付いてセトゥルシアがオーフィディナを呼ぶ。
「お婆さま来て下さい! フレギオン様のご様子が」
呼ばれオーフィディナが駆けつける。周りのダークエルフも円陣を崩し、その様子を不安げに、一体全体フレギオンに何が起こったのだと騒ぎ出す。
バタバタとしだした周囲の雑音が鳴り響き、サフランが、オーフィディナが、ウェルリーナまでもがフレギオンのもとに駆け寄った。
セトゥルシアの腕が、フレギオンの上半身を抱きしめるように巻き付いて、彼の身体が地面に倒れ込こむのを防ぐ。
オーフィディナが駆けつけたときにはフレギオンは異常なまでの発汗をしていて、その状態の悪さを必然的に悟らせた。
「ひどい汗……。セトゥルシア? フレギオン様に何があったの?」
「私にも分かりません、突然お倒れになられて」
フレギオンの真横にセトゥルシアはいたのだ。何か彼女なら気付いたのではないだろうかと、オーフィディナが質問するがセトゥルシアは首を横に振るだけだ。
彼女は嘘を言うような娘ではない。彼女が分からないというなら本当に分からないのだろう。それを知っているだけにオーフィディナとしては逆に頭を悩ませた。
「フレギオン様、どうなさいましたか?」
セトゥルシアに支えられながらも、荒い息づかいをしているフレギオンに彼女の方から質問する。
が、フレギオンは彼自身の身体を何度も見るだけで、オーフィディナの質問に返事をしようとする気配はない。
それもそのはずだった。今の彼は日本人だった記憶が一気に蘇り、彼自身現状について整理が追いつかないのだ。
(俺は、俺の……、俺の身体はどこに………。日本……、俺の家、俺の部屋)
彼は最後に【エンジェルオブダークネス】をやっていたあの日の事を思い出していた。
あれはたしかに自分の部屋で、ゲームをやっていて、それで双頭龍リベリオスを撃破し、闘神ガルデブルーグの神器装備を手に入れたのだ。そしてミラーザの街に行こうとしたときそこで記憶がプツりと途絶えたのだ。
そう……、その瞬間から彼は如月涼という日本人から、フレギオンというダークエルフになったのだ。
(今の俺はフレギオンなのか……)
フレギオンというのは如月涼が作り出した【エンジェルオブダークネス】の世界で遊ぶための自分自身のキャラだ。言うなら、ゲーム世界での彼自身である。
だがそれはあくまでゲームの彼だ。現実の彼ではない、ないはずだった。それが今や彼そのものとなっていた。フレギオンというキャラが彼自身となり、彼は如月涼ではなくフレギオンになったのだというということを、納得するのは、なかなか上手くいかなかった。
(親父……母さん……)
この世界で存在しないはずの実の両親に思いを馳せる。が、この場所でいくら考えたところでその思いは一切届くことはない。いくら考えたところで、別世界に来てしまった涼の思いは届くことはないのだ。それは彼自身が最も理解していた。
(なんでこんな場所に……)
ただゲームをしていただけだ。そう、神器装備という最高峰の装備を手に入れるためにゲームをしていて手に入れただけだ。それなのにどうしてこうなってしまったのだという滲み出てくる悲しみを、涼は噛みしめる。
「フレギオン様、大丈夫ですか? フレギオン様?」
少しずつ意識が現実に戻ってきた涼の耳に、彼を呼ぶ声が入ってくる。その声は彼を支えてくれていたセトゥルシアのものだった。
「セトゥル……」
声に反応して、思わず彼女の名を呼ぼうとしたが上手く名を呼べず言葉を切ってしまう。記憶がない状態ならダークエルフの女性だろうと男性だろうと何も思わなかったが、今は違う。
日本人だった彼は、ほぼ話したことがない相手に対して、名を呼び捨てで呼ぶことなどなかったし、今でも呼び捨てで呼ぶことに抵抗が出てくる。これは記憶がなかったときには全く感じなかったことだ。
さん付けで呼びそうになり、思わず言葉を止めてしまった涼。だが長らく反応を示さなかったからか、セトゥルシアが安心したような顔を作って「よかった」と声を洩らした。
「フレギオン様、どうかなされたのですか!? やはりあの魔法は危険なのでは……」
大声をあげてサフランがフレギオンのまえで膝をついた。その顔はまさに顔面蒼白であり、彼自身のほうが危険なんじゃないのかと逆に心配にさせられるほどだ。
「いや……」
思わず言葉を濁す、一体なんと言えばいいのか思いつかないからだった。それを誤解してサフランが呪文の中止をしようと提案してくる。
「やはりこの魔法は危険なのです。中止しましょう、フレギオン様の御身になにかあってからでは手遅れに……」
言って早々に魔法の中止を促そうとするサフラン。それをフレギオンは――記憶が戻って少しばかり混乱しながらも――止めた。
「心配ない、少し目眩がしただけ………」
です。と言いそうになったがその語尾は喉から口には出されず、彼の体内で飲み込まれる。記憶さえ戻れば彼は大学三回生の普通の学生なのだ、サフランなど彼からすれば目上の人物にほかならない。
だが、結果的に彼が記憶を失った時に話していた口調と大差ない言葉で終わる。
「し、しかし……」
「大丈夫、なんとかできる」
足腰に力をいれて立ち上がろうとすると、セトゥルシアがその細い両腕をフレギオンの身体から離した。
支えがすぅとなくなり、身体の芯がブレる。
(う……。身体が……)
ずいぶんとセトゥルシアに助けられていたことを初めてその時実感して、彼はセトゥルシアのほうに向きなおる。
そこには、フレギオンが立ち上がる姿を確認して安心したというような表情を見せているセトゥルシアの姿があった。
純白のような白く細い身体、碧く澄んだ瞳。薄い唇に小ぶりな鼻。輝かんばかりのオレンジの髪。これほどの美人に支えられていたのかと思うと頭がクラクラとする思いだ。
それもこれも日本人だった頃の記憶が蘇って、美的感覚が蘇ったからなのだが。
「助かった……」
記憶がない状態で、自身が強大な力を持つダークエルフであると思っていた頃は、何ともなく出せていた言葉が途端に出なくなる。
如月涼という男の感覚でいうならば、セトゥルシアは間違いなく彼が出会ってきた女性の中で一番の美女だ。絵に描いたような美人を見て、気後れしそうになったがなんとか平常心を保とうとする。
逆にセトゥルシアからすれば、命を救ってくれたフレギオンの支えを出来たという点で内心喜んでいたが、それに今の彼が気付くことは不可能だ。
(えと……、何をするんだったっけ……。魔法陣、あ、ファッティエットの蘇生だ)
記憶が急に戻り、頭の思考が追いつかない。日本人であった記憶、そしてこれまでの数日間のフレギオンとしての記憶。それらが混合し、彼の思考速度を低下させるのだが、眼下に広がる巨大な魔法陣が、今現在の使命を思い出させる。
(ファッティエット族の復活。ハハ、記憶のない俺も俺か)
身体をよろめかせながら、魔法陣の真ん中に向かって歩を進める。そこには哀れな姿となったファッティエット族のダークエルフ三人の死体がある。
それを見ながらフレギオンは、記憶を失いながらもこうして救いの手を差し伸べていた自分自身に安堵した。
(記憶の無かった俺が、くそったれな性格でなくてよかった)
如月涼という日本人は、ゲームの中でもプレイヤー同士の戦いを嫌うタイプの人間だった。と言ってもそれは、俗に言うPKと呼称されるプレイヤーキルという行為を嫌っているといったほうが正しい。
そのために彼は、ギルドメンバーが襲われたと聞けば仲間を助けに行ったし、逆に助けられもしてきた。そんな彼の性格は記憶が失ってもなお、深層心理の奥底には存在しており、結果的に、ファッティエット族に襲われたネリスト族をいち早く助けるという行為に出ることが出来た。
では、なぜファッティエット族を蘇生することを決めた己に対して、くそったれな性格でなくてよかったと思ったか。
(殺しておいて満足するような性格でなくて良かった)
それが本音だ。
ファッティエット族と戦った時のことを、落ち着いて見直せばかなり好戦的だった。だが、自分の手で救えると知った時、ファッティエット族とネリスト族の過去を知った時、彼らにもチャンスはあるはずだと彼は考えたのだ。
記憶を失い、言わば本能で動く生き物に近い状態だっただろう。その時にそう考えたのだから、それこそがフレギオン――如月涼の性格である証拠だ。故に彼は安心した。
(しかし、いや今は考えるのをやめよう。今はとにかくファッティエット族の蘇生だ。………魔力の同期はなしでいいか)
ただでさえこの世界について知りたい事が多くあるのに、記憶が戻って状況整理が追いつかない。そんな状態であってもフレギオンは努めて冷静でいようとした。
(日本のこととか、今はなしだ。考えてもすぐ答えはでない)
もしだ、もしこの如月涼の記憶が、ヴォンルチー大森林でヴァサドールと出くわしたときに蘇ったなら、こんなにも冷静ではいられなかったであろう。
あの日から今日までたった数日の時間しか経っていないが、されど数日経っているのだ。その間にもいろんな事を目にしてきたし、考える時間もあった。その時間が今、非常に役立っている。
(同期はなしだ。あれは人の記憶が見えてしまう、ダメだ。やるべきじゃない。なら、俺だけでやってやる)
どういう原理かは全く不明だが、魔力の波長を合わせ、それを取り組むときに記憶が見えてしまうようだ。それのおかげでこうして記憶が戻ったわけだが、彼の趣味に人の記憶をのぞき見るなどいうものはない。
それにどういうリスクが存在するかも分からないのだ、やらないほうが身のためである。
なにより、記憶が蘇ったことで彼は、フレギオンという存在が持つ魔力の大きさも把握しきっていた。
(中位蘇生魔法を使えば魔力が無くなるとか……、たしかそんなことを考えていたな)
それは記憶がなくなっていたときに考えていたことだ。おぼろげに覚えていた中位蘇生魔法の消費魔力、たしかにあの魔法は膨大な魔力が必須であるし、魔力の同期も通常の者ならば行うべきだろう。
しかし、このフレギオンという男。つまり如月涼が作り上げたこのキャラの最大魔力は、中位蘇生魔法を行ったとしても、底を尽きることはない。
記憶が蘇ったことで、フレギオンの実質的な能力を把握しきった涼は魔力の同期という行動自体をやめることにした。
(フレギオンの魔力はこのレベルの魔法でも尽きることはない。だいぶ減るが、無くなることはない。ゲーム上なら……)
そこに一株の不安を覚えるが、何とかなるだろうと自分に言い聞かせる。この数日間で見てきた、やってきた事が彼に勇気を与えた。
死体から眼を離し、周囲をぐるりと見渡す。全員が、それは不安そうな顔をしていた。フレギオンは大丈夫なのだろうか、一体これから何が起きるのだと言った顔つきだ。
とりわけギーゼルヘアの顔が印象的だった。
彼はフレギオンが倒れたことで蘇生魔法そのものが中止になるではと危惧し、祈るようにその目をフレギオンに向けている。唇は僅かに震えていた。
(ギーゼルヘア……)
今やどこにも狂戦士とよばれていた面影がなく、ただの、言うならばチンピラのようなギーゼルヘア。その彼の必死な眼は仲間の復活を切に願っている証であった。
(俺は言ったことは守る)
フレギオンは途切れた集中力を引き締め直し、魔力の活性化の準備に入った。
「フレギオン様……。………皆の者! すぐに下がりなさい! フレギオン様が魔法を発動されようとしています、邪魔にならない場所に下がりなさい!」
状況をいち早く察知したオーフィディナが声を張り上げた。その声に従って、すぐさま後方に下がっていくネリスト族の面々。
全員が魔法陣から十メートル以上離れ、その様子を見守ろうとする。が、フレギオンの発動した魔力は、そんな距離などまだまだ近いぞとばかりに強烈な突風をまき散らす。
その突風はフレギオンからあふれ出す、膨大な魔力が突風となって現れたものだ。
「む、むうぅぅ………!」
右腕を顔に当てて、風よけ代わりにし、吹き飛ばされないように足腰に力を入れるサフラン。その額からは汗が噴き出す。
「なんという魔力だ。これがフレギオン様の魔力だというのか!? こ、これほど強大な力だとは……!!」
かつて光王フレンジャベリオンが両手をかざせば、光が立ちこめたと聞かされてきたサフラン達ネリスト族。
それは光王を崇めるために、若干の誇張が入った言葉だと思っていた。そこまではありえないと思っていた。いかに光王が偉大であろうとも。
しかし、眼前で起こっている、圧倒的な魔力、そのあふれ出した魔力が突風になるという現象は、聞かされてきた話などではなく事実なのだ。そう、おとぎ話ではない。
「と、突風が……!」
フレギオンが右手を天高く振り上げる。その瞬間、突風は吹き止んだ。
すると魔法陣の端にむかって三角形の紋様から伸びていた線の端っこから、それぞれ三本の光の柱がスーと立ち上がり、その光の柱は真ん中にある三角形の紋様の上に向かって倒れ、三本がフレギオンの頭上で交わる。
交わった三本の柱はフレギオンの右手にむかってゆっくりと落下していった。
「こんな魔法は初めてだ」
眼を丸くして思わず独りごちたサフランだったが、それは彼だけではない。ここに居並ぶ全てのダークエルフが初めてみる光景だった。
「光…………、まさしく光王様のお生まれ変わりの証拠……」
神話にも等しいフレンジャベリオンの光の一説。
それをまさかこの目で見ようとは、とサフランは感嘆の声を洩らす。その目は感動のあまりに濡れそぼっていた。
「光王様をお超えになられておられる………!」
サフランが泣き崩れるように膝を折って、地面にへたり込む。けれどもその瞳は真っ直ぐにフレギオンを見つめていた。
それは彼の娘であるウェルリーナも、オーフィディナを支えるセトゥルシアもひいてはあのギーゼルヘアもそうだった。
裏切り者の名を当てられたクーヴェスは、数人のネリスト族の男によってその身体を拘束されていたために、よくフレギオンの姿が見えなかった。
「中位蘇生魔法・死者再誕」
右手に光を宿したフレギオンの声が響く。彼は言い終わると右手を広げて、そのまま大魔法陣の紋様に向かって右手を降下させた。
叩きつけられるように右手が地面と紋様を叩く。すると、フレギオンの右手から魔法陣に向かって光が流れ始めて、白線で描かれた魔法陣は黄色に発色していった。
白線が黄色に変わっていくと同時に、死者の文字と呼ばれる文字たちが地面から浮き上がっていき、魔法陣の中で飛び交い始めた。
その文字達も徐々に黄色に発光していき、魔法陣の中は黄色の発光によって、中がみえなくなっていく。
「う、うおおぉぉおおお…………」
その光景から一瞬たりとも目を離すものかと意気込むように、サフランは瞬きするのも惜しんで見つめる。その口からは雄叫びに近い声が洩れ出していた。
魔法陣はそのまま光り続け、魔法陣の端から立ち並ぶ光の壁によって完全に外から中の様子を隠していく。その光の壁は、五メートルはあろうかという高さだ。
中の様子を一目でいいから見たいと、サフランが前に行こうとするがあまりの神々しさに身体がうまく動いてくれなかった。
そうこうしている間に魔法は着実に進行していき、ついに魔法陣の光の壁が、魔法陣の白線部分よりはみ出して、まるでガラスが割れるように飛び散って消えていった。
「終わったのか……!」
魔法陣を覆った光の壁が消え去り、中の様子がほんのりと浮かび上がってきた。
僅かながら地面の土が舞い上がり、土煙が起こり視界が悪い。しかし眼を見開いてサフランは中を凝視した。
魔法陣は跡形も無く消え去っており、その真ん中にはフレギオンの姿が土煙の中から出てきた。サフランはさらにその場所を凝視していく。それは、この場に居合わせたダークエルフ全員も一緒だった。
徐々に浮かび上がってきた光景、フレギオンの真下。そこから無数のうめき声があがってきた。
「ファッティエット………」
サフラン達、ネリスト族が見間違うはずもない。そこに倒れ込み、力なくうめき声をあがているのは間違いなく、彼らネリスト族の仇敵であるファッティエット族の戦士達だった。
全員衣服の類のモノを身につけておらず、生まれたばかりの姿で倒れており、それに気付いたフレギオンはネリスト族を手招きした。
「誰でもいい、誰か布かなにかをもってきてくれ」
その声を聞きつけて、いち早く動いたのはネリスト族の女たちだ。
彼女たちはすぐさま寝床におかれている衣服や、荷物を包む込むことができる無地の布を取ってきて、ファッティエット族にかけていく。
肉体を失ったファッティエット族が、肉体からの再生を行われたのだ。衣服の類のモノを身につけていなくても不思議ではない。
「後は任せていいかな」
セトゥルシアやウェルリーナが率先してファッティエット族の戦士達――その過半数はほぼ男だが何人かは女もいた――に布をかぶせていくのを横目に、フレギオンはそう言った。
フレギオンは顔を下に一切向けず、セトゥルシア達に頼むように言ったことから、彼が見ようとしていないのは一目瞭然だった。
「もちろんです。後のことはお任せください」
「助かる」
「あの、お顔が優れないように見えますが、大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫だ。すまないが後のことは任せた」
「そうですか、それなら良いのですが……。すこしお休みになられてください」
セトゥルシアが頭を垂れて深くお辞儀をすると、続いてウェルリーナも頭を下げた。それを見て、作業をしていた他の女性達も頭をさげた。
フレギオンは背を向けて、その場所から移動していく。見事なまでの手法による蘇生術の大成功に、全員が心の中で祝辞の言葉を贈っていた。