それぞれの意見
フレギオンの「死なせない」という言葉に感銘を受けた五人はその後、身を震わせてフレギオンを称えた。それは祭壇の下で意見こそ述べてはいなかったが、耳を傾けて話を聞いていたネリストのダークエルフ達も同じだった。 皆一様にフレギオンを「我らが王」と称える。
それもこれも光のエルフ、別名、光王フレンジャベリオンの絶大なる影響を肌身に感じさせる光景だった。彼らはフレギオンに、かつての王であったフレンジャベリオンの姿を幻影して見ているのだ。
フレギオンの言葉は光王の言葉であると、錯覚にも似た感情でその言葉を聞いている者も何人もいた。だがその感情はフレギオン自身は気付いていない、そもそも彼はフレンジャベリオンを知らないのだから無理も無いのだが。
一同は一旦そこで会話を終えた。それはフレギオン自身が状況整理と今後の行動の指針を自ら定めるために思考を重ねたいと思ったのが一つの理由であり、もう一つは彼らに休息の時間が必要だと感じたからだ。
蘇生した直後にこの重要度の高い会話は辛いものがあるだろう。今はフレギオンを王だと称え、興奮し、大騒ぎしているが心身共にボロボロなはずだった。一度は死んだ身なのだ、そう易々と精神まで回復とはいかない。
現に今現在――話を終えてから一時間ほど経ったぐらいだが、皆の顔は疲労と安堵で疲れ切っていた。年老いたダークエルフに駆け寄って、話しかけているのはその家族だろうか。または幼く小さなダークエルフの息子と抱擁を交わす母親と父親らしきダークエルフもいる。多くの者はこの時、また再会することが叶って喜び泣いていた。
只一人、彼らを裏切ったとされるクーヴェスという男だけは非常に浮かばない顔をして遠く離れた場所でポツリと、丸太をぶった切って椅子にした場所で、一人寂しく座っている。
声をかけてやろうかとも思ったがそれはやめておいた。これはネリスト族の問題であるし、彼らの、彼ら流の罰し方もあるはずだ。それはサフラン達がうまくやってくれるであろう、もしかしたらオーフィディナが決めるかも知れない。とにかくこの件に関してはフレギオンは何もする気にならなかった。
(あらかた話は聞けたことだし、今後の対策も考えたいが……。さて、どうすべきか。人間の国にいってみるか……? 攻撃してくるかどうかなんかここからだと分からないし。たしか、ネリスト族の女も捕まっているんだったな。それならすぐに助けに行くべきだが……、だけどそれはあまりに危険か。第一、国に入るのも難しいに違いない、魔族だとバレたらその場で戦いになるだろう。そうなると捕まった者が殺されるかも知れない。それに俺一人では道も分からない、国のことを知っているのはギーゼルヘアだけだし、そうなると最低でも二人で行くことになる。それに……)
脳裏にあの老婆の姿と顔が映し出される、恐らく彼女はフレギオンとギーゼルヘアを二人でエクスラード国に行かせはしないだろう。ギーゼルヘアが裏切る可能性があるとでも言って、ネリストの中から誰かを選ぶに違いない。それ自体は問題ないが潜入という点ではあまり得策ではないだろう。
(オーフィディナのことだ、誰か選ぶに違いない。そうなると三人……、人間しかいない国に魔族が三人だ。バレたら大混乱になってそれこそ兵が仕向けられる。…………ならエルフの里に行くべきか?)
これが、フレギオンが一番頭を悩ます原因になっていた。エクスラード国に行くべきか、それともエルフの里に先に行き、ファッティエット族の蘇生の魔力の同期及び彼らとネリストとファッティエットとの同盟か。
蘇生に関しては今すぐにやるのも可能だが、そうなると時間がかかる上にネリスト側の気持ちが収まらないだろう。やはり蘇生は後回しにしてエクスラード国からが良いか。
フレギオンはあらゆる可能性を模索し、答えができる限り最善の道にいくように考える、木に背中を預けて立ちっぱなしで思考を駆け巡らせた。
(エルフだってそう簡単に協力などしないだろう、ここまでずっと別々の道を進んできたんだ簡単な話ではない。彼らが信じる者が光王だという共通点だけでどこまで進められるか……………)
腕組みし、右手の指で左腕の鎧をコツコツと叩く。それは規則正しい音となり闇夜の月下の中で音楽となってその場に響いた。
(エルフはダークエルフを下に見下している……とまではいっていないのか? わからないな。とにかくエルフが考えているのは、光王はエルフ出身であってダークエルフの出身でないという考え方だ。まぁそれはダークエルフ側も、光王はダークエルフ出身だと思ってるみたいだが。そうなるとダークエルフともう一度手に取り合うのは至難の業か。実際拒んでるからこうなってるんだ)
考えを練るほど頭が混乱していくようだった。今の彼は頭をこの世界に来て一番働かせているが、なかなか妙案が思いつかない。
エクスラード国に行き兵の動向をみるか。エルフの里に行きエルフ達とダークエルフ達にもう一度協力関係を結ばせるか。
ひとまずこの二つの選択肢のどちらかを選びたいというのがフレギオンの現在の思いだった。
だが、このエルフが難題である。彼らの協力を得ることが可能なのか、はたまた得ることが出来た場合何を要求されるか、まずそこからが問題であった。
(協力させるには対価がいるだろう。いや、そもそも味方になるのを前提で考えるのが間違いか?)
そもそもエルフのことを考え出して協力うんぬんをさせようと思うのが早計なのかもしれない。エルフのことを分かってもいないのだ、彼らをよく理解もせずに協力しろは筋が通らない。仮に協力させたとしてもそれは光王の名を借りて協力させたも同然だろうし、フレギオンが光王の生まれ変わりだとエルフが信じたとしてもそれは、光王の名を悪用しての結果という気分になるだろうと予測された。
やはりここは地盤固めをしっかりとし、やるべき事をやるのが一番なのではないだろうか。
思考を何度も駆け巡らせフレギオンは知らず知らず「うーむ」と唸った。
「お考えでしょうか?」
ふいにかけられる優しげな声。
目の前には肩をさらけだした碧玉色のローブを身に纏う女性が立っていた。
銀色の髪を一つにまとめ、肩より胸にかけて垂らし落として左肩を隠し、ややつり上がった目尻にオパール色の大きな瞳がフレギオンを穏やかに見上げている。僅かに口元がつり上がっていて小さく笑みを浮かんでいるようだった。
「ウェルリーナ? あ……ああ。少し悩んでていてな、それよりも父親とはもういいのか?」
「はい、父とは先ほど十分に話すことができました」
たちまち小さな笑みが本当に満足そうな笑顔に変わる。ニッコリと微笑んだウェルリーナの顔、ネリスト族の女性のダークエルフの中でも一、二を争う美貌の持ち主である彼女の微笑みを見て、フレギオンも気分が良くなるようだった。
「それは良かった」
「フレギオン様がいてくださったからです。ところで」
「ん?」
「先ほどから何かお考えだったご様子でしたが、宜しければ話していただけませんか?」
どうやらフレギオンが思う以上に長い時間を思考に当てていたようだ。父親との会話も終えて彼が一人悩んでいるのを見ていたのだろう、これにはさすがに少し気恥ずかしく感じた。
フレギオンは気を取り直して、せっかくウェルリーナが来てくれたのだ、彼女に相談してみようと決めた。
「そうだな、悩んでたのは今後のことだ」
「今後のことですか?」
今後のと聞いてウェルリーナの顔から笑顔が消え、真面目な凜とした引き締まった顔つきに一瞬にして変わった。
「ああ。これからすべきことを考えていたんだが……、少し聞いてくれるか? 意見も欲しい」
「私の意見で何かお役に立てるなら是非」
「助かる」
フレギオンは先ほどまで自分が考えに考えていた問題を彼女に打ち明けた。南にあるというエクスラード国。そこでギーゼルヘアを利用した貴族のこと、攫われたネリスト族の女がいるために救い出したいという気持ち。
そして村を襲ったであろうエルフ、それを裏で操った貴族がいるだろうと予測していること。そして魔族が追い詰められていっているという現状を打破するには魔族同士の協力が必要になっていくという彼の考え。そして、ファッティエット族の蘇生に時間がかかる問題、そのためにエルフの協力を得たいと考えているのも彼女を信頼して話した。
その考えに、とりわけ彼女が感銘を受けたのはどうやら貴族の事で、これまで誰として人間の貴族の事など気にもかけたことがなかったと言っていた。それと同時に彼女は唇を尖らせてフレギオンに不満も口にした。
「貴族のことまでお考えであったとは、さすがはフレギオン様。私達ネリストの誰もそこまでの考えに至っておりませんでした。たしかに敵対貴族の動きが分かればこちらも対処がしやすくなるでしょう。仲間も救うというフレギオンの様のお考えも本当に感謝致します。ですが、フレギオン様。なぜ蘇生術を行うためにエルフの力を借りねばならないのですか? 私達ネリストの者も魔力はあります、私にもあります、蘇生術を行うために魔力の同期というものが必要なら私達の魔力を使ってください。私達はフレギオン様により救われた命、フレギオン様のお役に立てず生きようとは誰も考えていません」
中位魔法の蘇生魔法を行うためにエルフの魔力を借りてというフレギオンの考えにウェルリーナが強く反発した。しかし恐らくこの反発は彼女一人の気持ちではないだろう、ネリスト全員の気持ちの代弁である。
フレギオンはエルフの力を借りてという考えに至ったのは、ネリスト族がファッティエット族の蘇生に協力したがらないであろうし、襲ってきたファッティエット族をそのまま生き返らせでもすればネリスト族の気持ちが収まらないだろうと考えたからだ。
それならばエルフの協力をと考え、そしてなにより、ダークエルフと敵対しているエルフに協力させることができたのなら、彼らの思惑も分かるだろうと考えたからだ。
しかし、実際はどうやら違うようで、ウェルリーナの気持ちがネリスト族の総意ならば彼らはファッティエット族の蘇生に協力的だ。というよりもフレギオンに協力できず、エルフに頼ろうとするフレギオンの行動がたまらなく辛いようだ。
彼女らネリスト族の事を考えているようで考えが足りなかったことを知って、フレギオンは一言彼女に詫びた。
「すまない。ファッティエット族をそのまま蘇生させればお前達も納得出来ないと思ったんだが、認識が甘かったようだ」
「そのとおりです。エルフなどに頼るなど……」
「すまない」
こうして静かに怒り顔を作りそれ以上何も言ってこなかったウェルリーナの心情を鑑みてフレギオンは二度目の謝罪の言葉を口にした。
フレギオンは彼より頭二つ分ほど小さな――とはいっても彼女の身長もダークエルフの平均的高さであるが――ウェルリーナの顔を覗き込むように真っ直ぐ見つめる。
ずいと近づいてきたフレギオンの顔に驚き、顔をほんのり紅くさせたウェルリーナが瞬きを二度ほどをし固まるようにフレギオンを見上げる。
「エルフの協力を借りるというのはやめる。そのかわり、ネリストの魔力を俺に少し貸してくれ」
「あ……、勿論です!」
近づいてきたフレギオンの顔をみて思わず全身を硬直させたウェルリーナだがすぐに意識を覚醒させて返事を返す。ほのかに赤らんだ頬は褐色の彼女の肌からはわかりやすいものだったが、フレギオンはそれに気付かず彼女の肯定の言葉に満足して体を離した。
「助かる、おかげで考えがまとまってきた」
「そ、それは?」
フレギオンが離れたことで幾分か冷静さを取り戻した彼女は、右手で頬をさすりながら顔を少し隠すようにして彼を眼で追いかけながら問いかける。
フレギオンは先ほどまでの難しい顔から一転して穏やかな顔をしていた。
「ファッティエット族を先に生き返らせる。そのあとエクスラード国のことを調べる、先に言った貴族たちの事も。お前の仲間のことも」
それはギーゼルヘアからもっと聞き出すがな。と付け加えたのち、フレギオンはウェルリーナにオーフィディナを呼んでくれと頼んだ。
「オーフィディナ様をですか?」
「ああ。魔力を借りるにしても、全員の同意はいるだろう? まずはオーフィディナからだ」
「そういうことですね! すぐオーフィディナ様をお呼びします!」
皆の同意をもって初めてそれを行うというフレギオンの考えに、ウェルリーナはパッと笑みを浮かべて、オーフィディナの姿を探しに走って行く。
最初、エルフに頼ろうとしたフレギオンの考えを聞いて内心憤りを覚えたが、こうして彼女らネリストの力を借りると言ってくれたフレギオンに今は喜びを感じていた。
頼ってもらえたという満足が彼女の心に残り、心なしか体が軽い。
(フレギオン様のお役に立てる)
たとえそれがあのファッティエット族の蘇生だとしても、今の彼女は喜んでいた。
別世界にて転生してしまった光のエルフの生まれ変わり、その人はネリスト族が本来彼が居るべき世界にて彼を呼び戻した。そしてこの短期間にてネリスト族の命を救い、その偉大なる力は光のエルフと呼ばれたその頃よりも遙かに高くなっている。
今はまだその存在を知る者も少ないが、近い将来フレギオンはその名をこの大陸に轟かすだろう。いや、そうしてくれるはずだ。
いつしかフレギオンという存在は彼女の中で加速的に大きくなっていった。
――ウェルリーナが行ってから、フレギオンはこの間、ずっとひたすら黙して待っていたヴァサドールのもとに寄った。
オークの勇猛果敢な戦士である彼は、この長い時間――フレギオンがネリスト族を蘇らせ、今度はファッティエット族を蘇らすためにウェルリーナが説得しに行くまで――をこの集落の外れでひたすらフレギオンが戻ってくるのを待っていた。
彼の存在はネリスト族全員からも視認されていたが、好奇心で彼を見る者こそ居たが彼の事について邪推するものはいなかった。
これはヴァサドールもいささかか驚きを感じたが、よくよく考えればフレギオンの事やギーゼルヘアの事、そして蘇生、それらがうまくかみ合った結果、たった一頭のオークの戦士がいることなど気に留める余裕がなくなっただけだろう。
「すまない、長く待たせてしまったな」
「いえ、滅相もございません。フレギオン様が、かの光王フレンジャベリオンの生き写しなのであれば、仕方ないことでしょう」
とは言っても相当な時間を待ったのは間違いない。さすがのヴァサドールも疲労と空腹で早々に休みたいと身体は休息を欲していた。
それをフレギオンは察したのか、ぽんとヴァサドールの左腕に手を教えてると軽く回復呪文をかけた。
「疲れただろう、待つのも楽じゃ無い。だが、まだまだ時間がかかりそうだ」
「そのようですな。ここに居ても話はだいたい聞こえておりました」
オークは魔族の中でも比較的、動物型の魔族の一種である。夜目も利くし、耳もそこそこいい。そのためか祭壇からそれなりの距離にいるにも関わらず話を理解できていた。
左腕をもう一度ぽんとたたき、フレギオンはヴァサドールの眼を見据えた。
「なら少し、お前の意見も聞かせてくれ」
優しげな声色がヴァサドールの耳に心地よく入ってくる。
その優しそうな声と表情がいざ戦いになると、呼吸すらままならなくなるほどの重くズッシリとした威圧感を与え、大木さえも生きるのをやめてしまうほどの恐怖心を感じさせてくる。
やはりそこが光王フレンジャベリオンの生き写したる力なのか、はたまたフレギオンというダークエルフの力なのかそれは分からないが、フレギオンが普通のダークエルフではない証拠だろう。
ヴァサドールは彼に求められた答えを考えた。
「それは、ファッティエット族のことでしょうか?」
「ああ、お前はどうおもう? いや、聞く前に先に言っておこう」
言ってフレギオンは反転して、ネリスト族が集まっている方向を見据えた。そして彼らを指さし、ヴァサドールに言う。
「あいつらはファッティエット族に殺された。特に彼女、ウェルリーナの父親のサフランは殺されてから丸焼きにされていてひどいものだった……。それをやったイェレミーアスとツァハリーアスの兄弟は俺が殺したんだが……、今でも思い出すと、あいつらに生き返らす価値があるのか疑問だ」
「では生き返らさないでよいのでは?」
そう疑問に思うのであれば蘇生させる必要はない。あの二人は残忍で、非道な行為を行った張本人だ。このまま死者のままで良いのでは無いだろうか。
ヴァサドールはこう考えて、フレギオンに思いのまま告げた。彼はそれを聞いてチラりとヴァサドールを見て「そうだな」と同意するように数回首を振った。しかしすぐに否定した。
「理由が、ネリストが気にくわないというだけなら、そのままにしたんだがな。…………お前も聞いただろう、この二種族の争いの原因の根本は人間にある。それを知った上でファッティエット族だけを滅ぼしたままにはできない。第一、俺がやったんだし、それに……」
「それに?」
「ギーゼルヘアが、ネリストを攻撃すべきじゃなかったと言っていたのを覚えているか?」
「む、たしかにそのようなことを」
たしかそれを言ったのはサフランと呼ばれるダークエルフの男、そうあのウェルリーナという女ダークエルフの父親を蘇生させたときだ。
たしかにそのときギーゼルヘアはフレギオンの前で跪き、彼に懇願していたと記憶している。
「それを聞いた時は、まだファッティエット族を蘇生させるかは迷ったが、状況を整理していくと、ここに人間の兵がくる可能性が高いことが分かった。だが現状戦える者は少ない、そこでだ。ギーゼルヘアのあの態度でファッティエット族を改心させることができるなら蘇生もありだと思った。もちろん、改心しないのであれば俺がこの手で死者に戻す」
人間の兵が来る、それはヴァサドールの理解の及ぶ話ではなかった。ファッティエット族を蘇生させるという話から百八十度会話の内容が変わったような気分だった。しかし、それは彼自身が分かっていないだけなのかもしれない。
一気に混乱しそうになる頭の思考を停止させて、ヴァサドールはひとまず肯定しておくことにした。
「フレギオン様のお考え通りでよろしいかと」
その答えに満足したようにフレギオンは小さな笑みを浮かべた。
「ああ。まずはやってみよう。彼らの同意を得てからになるがな。それとお前に一言あやまっておきたいことがある」
ネリスト族のもとに戻ろうとヴァサドールから離れていきながら、フレギオンは彼に謝った。
「首を絞めて悪かったな」
それはフレギオンとヴァサドールが最初に出会った時のあの時のことであった。
まさかあの時のことをここで持ち出すとは思いもせず、ヴァサドールは少々面を喰らった表情を浮かべた。ただし彼は猪顔なのでフレギオンはそのことに気付くことはなかったが。