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帰還せし王  作者: 陽炎
1章【帰ってきた王】
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人間の国と、最大の敵の存在

 ファッティエット族の族長、狂戦士の異名でこの一帯に名を馳せたギーゼルヘアは今や小さな子供のように身体を小さくし、大祭壇の真ん中で自分が仲間として契約をしていた人間のことをフレギオンやネリスト族に話した。その話とはこんな内容であった。

 まず彼が繋がった人間はこの地より遙か南に存在するエクスラード国と呼ばれる人間の国の貴族であるということ。この国はここ数百年に渡って彼らダークエルフの脅威となっている人間の国である。予想人口はおよそ三百万人――ただしこの情報はギーゼルヘアによって聞き出した情報ではなく、オーフィディナが亡き夫、ネリストの大長老アサンドラの水晶玉によって確認した情報――だ。

 またギーゼルヘアはこの国の貴族達に、かつて捕らえたネリスト族の女達を渡したそうだ。これと同じくウェルリーナも渡そうとしたが、それはフレギオンによって阻止されている。

 さらにギーゼルヘアと繋がった貴族の他に、別の貴族がエルフと繋がっている可能性も浮上した。こちらはいろんな考え方が可能だった。


(ギーゼルヘアと繋がった貴族はダークエルフを手中に収めて、国の中での自分自身の地位の向上を狙ったかあるいは単純にダークエルフの勢力を削るために利用したかどちらかだろうな。国の状況を見ればもう少し予想も立てられるが)


 ではエルフと繋がった貴族のことはどうだろうか。そちらに関してはフレギオンはこう考えた。


(エルフと繋がった貴族が敵対貴族だとしたら、ギーゼルヘア側の貴族の力がのし上がるのを食い止めるために邪魔をしたと考えられないか? 村を襲わせ壊滅状態にして生き残ったファッティエット族の仕業と騒げば、ファッティエット族を滅ぼす口実を手に入れることが出来る。そのあとギーゼルヘアを手中に収めて権力を手に入れようとした貴族を裏切り者扱いにでもすれば……)


 ギーゼルヘア側の貴族は力を衰退させ、やがては落ちぶれるにちがいない。あるいは断罪にあうかもしれない。とにかくそうなればエルフ側の貴族は権力を手に入れることが出来る。しかもこの貴族はエルフとダークエルフの関係を少し理解した者ということになり、なかなかしたたか者である可能性も浮上してきた。


(行動が迅速に感じるな。ギーゼルヘアがネリスト族を襲うより早くに村は襲撃……、俺の考えすぎか?)


 これも情報が足りないために憶測の域を出ないが、仮にこの推測が当たっているのであるならギーゼルヘア側の貴族は既に敵対貴族の手の平で踊らされている。先手を打たれ、もう後に戻れない所に来てしまっているように感じられる。村は既に壊滅しているのだ、位置的にもエクスラード国の村になるし、この壊滅の情報が国にもたらされ実行者がファッティエット族と既になっている場合、怒り狂った人間の軍が、攻撃がもうすぐそこまできている可能性すら浮上してきた。

 考えすぎではないだろうか、もっと楽観視してもいいのではないだろうか。そんなことはフレギオンは一瞬たりとも思いはしなかった。

 既に村は壊滅しているのだ、しかもこの話をしてくれたオーク達もこの仕業はファッティエット族だと決めつけていた。魔族であるオークの部族でもそうなのだ、なら人間達が民衆を焚き付けるのはいとも簡単なことではないだろうか。


(事態は思っていたより危険かもしれないな……)


 軍の規模など予想も出来ないが、ここに攻撃してくる可能性は非常に高いものと考えられる。この話をしている間にも人間達が近づいているかもしれない。


(エルフの事を考えていられる余裕もないかもしれないな。彼らの集落自体はそこまで遠くない場所にあるには分かったが……)


 もっと遠くにエルフの集落があるとフレギオンは考えていたが、どうやらそうでないようだ。ギーゼルヘアやオーフィディナ等が言うにはこの森を南東に向かい、ヴォリドール山と呼ばれる山を越えた先にあるアルシェ森林の中に住んでいるという。移動時間ならエクスラード国に向かうよりも近いと彼らは話してくれた。

 そしてフレギオンが頭を悩ます話はこれだけではない。ギーゼルヘアは全く理解していなかったが、オーフィディナやサフランそしてウェルリーナが重大な事実を明かしてくれた。それが――大長老アサンドラが水晶玉で見た、人間の国とその国に仕える男の話だ。

 その話は間近に迫ってきているかもしれないエクスラード国の兵よりも、ずっと重要だとオーフィディナは話した。


「オーフィディナ、もう一度話してくれないか? その国のことを」

「かしこまりました。その国は我が夫アサンドラが透視の力を持つ水晶玉で毎夜毎夜確認し、私に話してくれました」


 フレギオンに頼まれ、オーフィディナがかつて夫が話してくれた内容と彼女自身がその目で見てきた人間の話をもう一度説明した。


「国の名はヴェッツハルム皇国。その国は皇帝と呼ばれる人間の王が統治し、規模もエクスラード国など比べものにならないほど大きく、私が知る限り人間の最大の国です」


 彼女が言うには人間の国の最大の国であり、最も脅威となる国であるという話だった。そして彼女の話はこれでは終わらない。


「その国にはセインツハイム騎士団と呼ばれる軍団が存在し、その騎士団によって皇国の東に住むオーガ族や、ドワーフ族の多くは殺され滅ばされそうになっており、また最も脅威なのがその騎士団にいる騎士団長――名をレオニオス・ダ・メルシド・シュッツトハルム。この者に滅ぼされた部族の数は計り知れず、私や夫が……そしてここに居る二人が知る限り、最大最悪の脅威となる人間です」


 彼女はかつて大長老アサンドラが生きていた時、彼が使う水晶玉によってこのレオニオスの戦いを見てきたという。その強さは暴風の如く圧倒的で、彼に果敢に挑んだ屈強なオーガ族の戦士はレオニオスが使う絶大な力の前にひれ伏し、為す術もなく敗れ去ったそうだ。また彼に挑んだ者はオーガだけでは無く、他にもリザードマンの部族や、ゴブリン達も彼と戦ったという。だが結果は全て敗北に終わったと彼女は話してくれた。


「今やレオニオスは皇国だけでなく、周辺の人間の国、エクスラード国の民からも救世主として崇められている男なのです」


 ギーゼルヘアに知っている情報を話せと命令し、この周辺にエクスラード国という人間の国があるのが分かり、またエルフの集落の位置も特定はできた。ひとまずの最低限の情報を手に入れることが出来たが、彼らダークエルフが抱えている問題も同時にフレギオンの頭上に降り注ぐ。

 ひとまずエルフと人間の国を理解したうえで、ファッティエット族の蘇生のことを考えようとしていたフレギオンにとっては頭が痛い思いだった。村壊滅の件から始まって、エクスラード国の動向、ひいては貴族の思惑も知りたいところだがそれだけではなく、さらにヴェッツハルム皇国という人間の国の事まで、念頭にいれて対策を考えなくてはならなくなった。

 彼女、オーフィディナの口ぶりからしてそのレオニオスという男は、相当に危険な男なのであろう。でなければここにきてそんな話題を話したりはしないはずだ。


「救世主といったな? それはそのレオニオスが魔族を滅ぼす力があるから……ということか?」


 いろんな状況や人物の情報を聞き、口元に手を当てて思案していたフレギオンが何かに気付いたようにオーフィディナに問う。それはレオニオスが救世主と崇められているという言葉に注目したからだった。

 オーフィディナは即答した。


「正にそのとおりでございます。レオニオスの強さは人間の域を超え、その身体能力は一人で複数のオーガと戦っても引けを取らないばかりか、勝ってしまうばかりの驚異的な高さを備えており、魔法も大魔道士が扱うような上位魔法を……それも全属性にわたって扱う信じられない強さを誇っております」

「まて、どういうことだ? 全属性を扱う?」


 レオニオスの強さがいかなものなのかオーフィディナが説明してくれたとき、ここでまた一つの疑問が湧く。もうずっとこの繰り返しだ、一つ聞けばまた一つ疑問が湧く。だからこそ彼はその疑問を解決するために彼女に問うた。


「レオニオスは大魔道士が使うような上位魔法に属される魔法を、火、水、雷、氷、風、土、光、闇の全ての属性で詠唱が可能なのです」


 彼女はフレギオンに聞かれたことを一字一句丁寧に説明をした。

 彼女の後ろに控えているウェルリーナ、サフランは信じられないという表情でその説明を聞いており、さらに後ろにて控えているセトゥルシアもまた驚きの顔を浮かべていた。

 そしてフレギオンも驚いていたその訳は――


「待てオーフィディナ、質問の意味の解釈を間違えているようだ」

「え? ………と、いいますと?」

「上位魔法の全属性を使うという意味なんだが、その口ぶりからしたら普通は使えないように聞こえるが……? 俺の勘違いか?」

「まぁ……」


 オーフィディナは眼を丸くして、口をあんぐりとあけてサフラン達と顔を見合わせる。彼らも一様に驚いたような、狐につままれたような顔をしていた。

 ハッとなって、自分があまりにもだらしない表情になっていることに気付いた彼女は顔を元にもどして詫びた。


「申し訳ありませんフレギオン様、私としたことがフレギオン様にこの程度のこともお話するのを忘れているとは……」


 ぺこりと頭を下げ、続けて彼女はその説明を行う。


「フレギオン様ならば上位魔法を全属性に渡って使う事も難しいことではないでしょう。しかし、我らはそうではないのです」

「使えないということか?」

「はい。ウェルリーナは回復呪文を使う事は出来ますが、それも中位魔法まで。また他の呪文は使う事は出来ず、彼女は回復呪文のみ扱う祭司です。サフランは魔法を使うことが出来ますが回復呪文は使えません。そうですね? サフラン?」


 促されサフランがずいと前に出てきて、フレギオンの眼を見ながら「私は風魔法を使うことが出来ます。ただ下位魔法までですが……」と答えた後、もとにいた位置に戻る。


「私も回復呪文を使う事は出来ます。セトゥルシアも同じく、ただ回復呪文の一番の使い手はウェルリーナです」

「中位魔法か……。では上位魔法をつかうというのは……?」

「恐らくフレギオン様が感じられたとおりだと思います。私達ネリスト族の中に上位魔法を扱える者はおりません。また、上位魔法というのは人間ならば、大神官や大魔道士が扱えるというレベルの代物となります。また、そんな大魔道士も上位魔法を扱えるとしても属性を一つか二つ使う事が出来るかどうか。ですのでレオニオスは信じられない力を持っているのです、彼は剣士でありながら大魔道士をも超える魔道士であり、皇国の貴族でもある。……ですので人間達は彼を救世主と呼んでおります。あの者と戦えば我らなど瞬く間に討ち滅ぼされることでしょう。私はあの者が恐ろしい」

「なるほど……」


 おそらくそうではないかと予想していた事をオーフィディナより聞き出し、フレギオンは空を見上げた。もうすっかり陽も落ち、空に星々が映し出され輝きを放ち始めている。風の音がヒュウヒュウと木霊し、冷たい風を運んできてくれた。

 口元にもう一度手を当てて、彼は祭壇の上を一周して少し考えをまとめさせることにした。


(エクスラード国にエルフの里。貴族の関係図に、皇国のレオニオス。さらに上位魔法について……。オーク達に会ったときに比べて知識も状況も分かってきたが、全くすごいところに俺は来てしまったようだ……)


 ちょうど日数にすれば二日、たった二日しかまだ経っていないのだが、あまりに多くの出来事があったような気がする。いや、実際そうであった。

 オーク達と交戦し、彼らがフレギオンに臣従するといって、ヴァサドールを連れてこの地に訪れ、ファッティエット族に壊滅させられていたネリスト族を救い、ネリスト族から光のエルフの生まれ変わりと我らが王と呼ばれここにまで至っている。しかも、フレギオンはこの世界の住民ではなく別世界にいたダークエルフだと言うのだ。もうこれを形容するなら波瀾万丈の人生と呼ぶしかないのではないだろうか。さらに彼自身は自分がかつていた世界で何をしていた者なのかも忘れているという始末だ。


(まぁ、前の世界のことを覚えていないから、こうしてここに立っている訳なんだが……)


 光のエルフ様と光王フレンジャベリオンの生き写しと呼ばれ、否定もせずある意味流されるままにここに立っている理由はまさにそれだ。彼がかつていた世界に執着心がほとんど湧かず、また今の彼には彼らを救う力があったがゆえにこうしてここに留まることを選んだ。

 だいたい記憶が戻らないのだ。前の世界で自分が何者であったかは分からずじまい――ウェルリーナやサフランが言うには、神の座に登り詰め闘神ガルデブルーグからその神具を受け取ったダークエルフということだが――であるし、その人生も気にはなるものの今の彼らの状況を聞いていくと彼らを放って、元の世界に戻りたいという欲求は生まれなかった。その気持ちが生まれたのも、この手でネリスト族を生き返らせたという事実も大きい。

 ただし、エクスラード国の貴族の事を考えたり、その行動の予想がこうも簡単に思いつくあたりは彼自身も不思議に思っていた。彼もダークエルフだ、人間の貴族の権力闘争などという事を考えることも普通のダークエルフはしないのではないだろうか。仮にも魔族である自分が人間という種族のそれも貴族の考えなど思いつかないというのが普通な気もしないこともない。

 ほんの少しの自分自身に対する疑問と好奇心を胸にフレギオンは考えるのをやめた。


「だいたい把握した。レオニオスという男が相当に危険なのもな」


 祭壇の上にいる五人の顔に眼を配って観察すると、ギーゼルヘアを除くオーフィディナ以下四人はその表情を強ばらせた。四人は大長老の水晶玉とやらでレオニオスの強さをその目でみているのだろう、彼女らの常識でいうならば化け物と呼べる人間がレオニオスなのだ。そして、フレギオンをもってしても危険と言わしめるレオニオスにさらなる不安が募ったようだ。

 四人の表情をみて手に取るように彼女らの信条を察知したフレギオンは、小さくだが唇の両端をつり上げて笑みを作りながら手を空に向けた。


「魔族を救えという意味、それはレオニオスを倒してくれという意味だと俺は受け取った。安心しろ、そいつが全属性の魔法を……上位魔法を使えるのだとしても、それはそいつだけの特権ではない。この俺も使える」


 天に向けていた手の平をグッと力をいれて握り拳を作りフレギオンは続けた。


「お前達が俺に救ってくれと言うのなら、俺はそうしよう。そして、この手でお前達の道を作っていこう。…………今、この世界が俺の世界であり、お前達は俺の仲間だ。俺がいる以上はお前達を――」


 まるでその手で天を摑むかのように握られた拳とその立ち姿、そしてかつて誰も言ったことが無い言葉を聞き、五人は身が焼けるような熱い感情に包まれた。

 のちにフレギオンの代名詞ともなる言葉。

 それをこの時彼は初めて己の口から言葉にした。



 ――死なせない。と………。

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