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帰還せし王  作者: 陽炎
1章【帰ってきた王】
10/36

フレギオンの考え

 祭壇の上にて、こちらを見下ろしつつ少し困惑した表情を浮かべながらも、ネリストの声に応えようと右手を天空にむかってつきあげたフレギオンをみて、ウェルリーナは感動で身体が震えた。


(あぁ……、私達のもとに再び王がお戻りになられた。見ていますか、大長老様……。大長老様が私に話をしてくださった王がお戻りになられましたよ………)


 彼女が言う王とはダークエルフが光のエルフと呼び、エルフたちが光王と呼んだ者のことだ。

 光王フレンジャベリオン――その名を知らぬ者はエルフの中では居ないであろう、エルフ族の唯一無二にして崇高なる絶対王。

 右手を突き上げれば嵐が巻き起こり、左手を突き上げれば大地が揺れ動き、両手を突き上げればその上空を光で輝かせ闇を切り裂いたという。

 それは人間が今ほどの勢力を持たず、大陸に魔族が(ばつ)()していた時代のことだ。当時はエルフの勢力も大きく、他の魔族と大陸の覇権をかけて争いを行っていた。その中でエルフとダークエルフの指導者であったのが光王フレンジャベリオンであったと聞く。

 光王という名は彼が王となったときに彼を称えるために、各エルフの部族長が考えた名だと大長老はいっていた。

 神話に出てくるおとぎ話としてウェルリーナは幼き頃より光王の話を好み、よく大長老にせがんでは聞かせてもらっていたものだ。エルフ族最強のエルフと言えば言葉は軽いが、その言葉以外に適切な言葉が見つからないという程に強かったと言い伝えでは残っている。

 龍王の眷属と呼ばれ、肉体的にも魔力も遙かにエルフより優れた龍族からの攻撃から仲間を守り、頭と肩に角を生やし、口は横に裂けるほどに広がりその図体はゆうに二メートル五十を超える鬼の魔族オーガにも一歩も引かず戦い抜いたという。人間は彼を恐れ、ヴァンパイア達は彼の光を浴びるのを嫌い、エルフがこの大陸の実質的な支配者にもなったという。

 彼が作り上げた国はエルフにとってまさに楽園そのものであり、今ではエルフが死した時その場に魂は送られると信じられている。だがそれはあまりにも荒唐無稽な話ゆえにウェルリーナは夢幻の話だとさすがに一笑に付したが。

 しかし光王――ダークエルフ等は彼のことを光のエルフと呼び敬意を払っている――が生きていたのはかつての話であり、彼の勇名が轟き他種族に影響を与えたのももう遠い昔のことだ。彼が作ったという国は跡形も無く消え去っているし、今では人間が大陸の支配者になってしまった。危機に瀕しているのは彼女たち魔族に打って変わり、今や刻々と滅びの道を歩んでいる。


(だけどフレギオン様なら、この方ならこの方のお力があれば私達は……いえ、光のエルフ様も成し遂げられなかった事をやってのけられるかもしれない)


 その期待に彼女の胸が高鳴り、熱を帯びるような体温の上昇を感じた。光のエルフが成し遂げられなかった事は少ない。国を作り、王となり、多種族からの敬意を得た偉大なるエルフ。それを超えるのは至難の業だろう。だがフレギオンに対する期待に彼女は身体が震えて、アドレナリンまで分泌して喉に渇きを覚えた。

 眼前で祭壇の上にて、手をあげて歓声を浴びるフレギオンを見る。彼が今何を考えその右手をあげているかは彼女も窺い知ることはできない。

 彼はこの世界のことを知らないと言った。光のエルフのことはおろか自分自身がかつていた世界で何をしていたのかも分からないと言った。もしそれが彼女自身が全く同じ境遇になったとしたらどうだろうか。不安で不安で仕方が無いのではないだろうか、たとえ力をもっていたとしてもだ。けれどもフレギオンはあの時、大長老の言葉を告げた時彼はこう言った。


 ――目の前にいるお前を、お前達ネリストを救うのが先だ、そうだろ?


 普通の者はこんな答えを言うだろうか? いや言えない。それもあの時彼は蘇生術のやり方も知らなかったというのにあの自信に満ちた言葉を言ったのだ。そしてかの光のエルフもが不可能だった死者蘇生の魔法をいとも簡単にこなし、死者を生者にへと戻してくれた。


(あの方は私達をきっとかつてない場所に導いて下さるに違いない)


 その期待が時間を追うごとに強くなっていく。光のエルフがその生涯で成し遂げられなかった大きな――ウェルリーナが想像もつかないことをフレギオンがやってのけると彼女は確信に満ちた何かをその身にその心に感じ取った。

 一頻り歓声を浴びたフレギオンは右手を下ろし、階段を降りてくる。カツンカツンと漆黒のレガースが大理石を蹴りあげ心地よく響き渡る。フレギオンと眼があった彼女は頭を垂れてその道を譲った。

 ネリストのダークエルフの群衆をかき分けて、フレギオンはこの間ずっとひたすらに黙って黙していたギーゼルヘアの前で立ち止まると、彼に立ち上がるように指示を与えた。


「ギーゼルヘア、もういい。立ち上がれ」

「光のエルフ様の生き写しのお方の前で立つなど……」


 そんな恐れ多いことはできませんとギーゼルヘアはフレギオンの前に立つのを拒む。その肩にフレギオンはポンと置いた


「周りを見ろ。もう皆は立っている、お前も立つんだ。それに言いたいことがある」

「言いたいこと……ですか?」

「ああ。だから立て」


 ギーゼルヘアは周りを見て、ネリストのダークエルフ達が興味津々に自分を見ているのを確認した。中にはやはり好意的で無いものの目もあるが、それらは気にならなかった。彼もまたついさきほどまでは一緒だったからだ。

 フレギオンの手が離れていくのを感じて、視線をかの光のエルフ様の生き写しの顔を見上げる。彼はギーゼルヘアが立ち上がるのを待っているようだった。さすがにこれ以上拒むことはできないとギーゼルヘアは諦めて立ち上がる。


「まずお前に伝えないといけないことがある。だが、その前にあいつらにも言わないといけない」

「それは……まさか?」


 フレギオンが言うあいつらとはネリスト族のことだろう。そして自分に伝えないといけないことがあると言うことはつまるところそういう意味だ。


「皆よく聞いて欲しい!」


 フレギオンがバッと振り返り、ネリスト族一人一人に目をやりながら彼の考えを発表する。その声にネリスト族全員の注目がフレギオン一人に集まった。


「俺を光のエルフの生き写しだと皆は言うが、俺自身はその光のエルフのことを一切しらない。そればかりか、俺は自分がいた世界で何をしていたかも覚えていない。それでも……俺を生き写しだと信じて、皆が俺に救ってくれと言うのなら、お前達がそう望むなら。俺はこの力でお前達を救おう。この世界に俺が……今はこの世界が俺の世界だ」


 普通の魔族がもし、いや、フレギオンがぽんと出てきた何の力も無い魔族でそして、この言葉を口にだしたならばあまりの大言壮語っぷりに聞いていた全員が一斉に小馬鹿にしたように下品に笑ったことであろう。

 しかし、この言葉は光のエルフもが成し得なかった死者蘇生術を行い、神々の一体である闘神ガルデブルーグの武具をその身に身につけたフレギオンが言ったのだ。ネリスト族全員がわーっと喚き散らすように大歓声をあげた。

 だがその言葉はギーゼルヘアの望む言葉ではなかった。たしかにフレギオンが言った言葉は十分彼にも魅力的だったし、状況が違えば喜び勇んだことだろう。だが、今の彼が望む事はそれでない。彼が望む事は彼の仲間の復活だ。

 だがそんなことはフレギオンはしっかりと理解していた。物事には順序というものがあるということだ。


「では、皆に聞きたい。大長老は俺に魔族を救ってくれと言ったと聞いた。皆も同じ意見か?」


 その意味を推し量ればかなり深いことを言っていると何人のダークエルフが気付いたことだろうか。今、フレギオンが質問した内容は一見至極単純な質問のようだが、実のところそんな単純な質問では無い。

 彼が同じ意見か? と聞いたのは魔族を救うという話だ。そうだ、魔族をだ。その意味は人間との戦いも想定した質問でありそして何より、魔族を救うという意味ならば、どうしてもやらねばならない事がある。

 それが――


「皆がそう望むなら、俺はファッティエット族も蘇生させる」


 この宣言にネリストの中から悲鳴があがった。

 それだけは嫌だ、なぜあいつらも!? やつらは敵だ! と言った怒号が飛び交う。が、それをオーフィディナが両手をあげて、振り下ろしざまに力強く手の平を叩きバシンと乾いた音が鳴り響き渡り、その場は静寂を取り戻した。


「お黙りなさい」

「しかし、オーフィディナ様。ファッティエット族が蘇るなど私には……!」


 だがそれでも不平不満を言う者はこれだけは譲れないと食ってかかる年若いダークエルフ。だがそんな若者にオーフィディナがピシャリと言い放った。


「黙りなさいと言いました」

「っ…………」


 大長老アサンドラの妻であるオーフィディナはネリスト族の中でも最高齢のダークエルフの一人だ。培ってきた知識も見てきた世界も年若い男のダークエルフよりも遙かに多い。

 さすがオーフィディナにここまで言われれば彼も大人しく従うほか無かった。

 だが、経験や地位の力で抑えるばかりのこのやり方は長続きはしないのもオーフィディナはきちんと理解している。だからか、オーフィディナはこの不平不満を言ってきた男の気持ちも汲んで、フレギオンに問いかけた。


「フレギオン様にお聞き致します。何故、この(ギーゼルヘア)の仲間を生き返らす必要があるとお考えになられたのですか?」


 その質問はオーフィディナにとってみればする必要はないものだった。彼女ももちろん、ファッティエット族が生き返ること自体は賛成では無い。仇である敵対部族であったのは変わらないのだから。しかしフレギオンがこの状況下でファッティエット族を蘇らす必要があると考えたのを内心賞賛すらしていた。

 フレギオンが知ってか知らずかは分からないが、彼はこの時点で王に必要な素質を見せ、そして今後の地盤固めに着手しているのだ。また、ファッティエット族が蘇るということは彼女の夫であった大長老アサンドラの願いも間接的にではあるが叶えられることになる。

 魔族を救うの意味をきちんとフレギオンが受け取っているのであるなら、この質問の彼の答えに不安は覚えなかった。


「ネリストを救うだけなら確かにファッティエットは助ける必要はない。だが、大長老の願いは魔族を救ってくれというものだった。なら、その言葉の通りにするならファッティエットも救うのが当然ではないか? ネリストだけを救い、ファッティエットは見殺しにしてそれで魔族は救えるとお前達は考えているのなら話は別だが、俺の考えでは違う。両方救ってこそだろう? それでも魔族の括りではほんの一握りの救済にしかなっていない」


 ああ、やはりこの方はここまで既に考えておられた。魔族をという意味をきちんと理解されておられた。後は私が皆を説き伏せればすぐにこの騒ぎは収まる。

 と、オーフィディナはここで再び自分の出番だと背を伸ばした。


(フレギオン様。貴方様のお言葉に誰しもが耳を傾け、貴方様の道を皆がついて行くのはそう遠くない未来でしょう。この世界に訪れて間もない今でこの思慮深さ。貴方様は必ず光のエルフ様をお超えになる偉大なる魔族として皆に記憶されます。それまでの間、亡き夫の代わりにこのオーフィディナ、命が続く限り貴方様のお力になりましょう)


 オーフィディナはフレギオンが口にした彼自身の考えに大満足し、思わず唇が緩みそうになる。夫が命を捨ててまでこの世界に呼び寄せた男は、まだ大陸の北の端にてネリストを従えさせているにすぎないが、この状況は数年もあれば大きく変わるだろう。

 それこそ大陸全土にフレギオンという名が轟き渡るのももはや時間の問題だ。

 人間は彼の存在に脅威を覚えることだろうし、その頃には数多くの魔族も彼の元にひれ伏しているに違いない。

 まだ見ぬ未来に思いをはせてオーフィディナは、孫娘の支えを借りて背筋を伸ばした。


(仮にこのオーフィディナが倒れても、セトゥルシアがいます。この娘に貴方様の補佐をさせますのでご安心ください)


 それはいつのことかは分からない。遠い未来かも知れないし、実は近い未来かも知れない。しかし必ず訪れるであろう未来だ。来たるその時までに孫娘のセトゥルシアにフレギオンの補佐ができるまでの力を身につけさせてやらねばならない。

 だがまずは今せねばならない事がある。


「さすがフレギオン様。このオーフィディナ感服いたしました。魔族を救うにもまずはこの場にいる者からというお考え、さすがは光のエルフ様の生き写し様。このオーフィディナ、ファッティエットは亡き友の仇なれど、フレギオン様のお考えに深く賛成致します」


 やや仰々しくなるのも厭わずオーフィディナは言葉を飾っていく。むしろ大げさにするぐらいがこの場合は丁度良いぐらいだろう。下手に中途半端にしたほうが後々後悔するかもしれない。そして彼女の期待通り、皆の口から反対の声はあがらなくなった。


「しかし、蘇生させたファッティエットがまた暴れる可能性があるのでは……?」


 暫くしてまた一つ不安げな声があがる。群衆の最前列にいた男がフレギオンとギーゼルヘアを交互にみやる。

 だがそれは反対の声ではなく、生き返った後のファッティエットの動向を気にしての言葉であった。先ほどのフレギオンの考えとオーフィディナの賛成表明によって、ファッティエット族の蘇生に反対する者は居なくなった証である。


「心配するな。万が一にもそんなことにはしない、そうだろ?」


 フレギオンがギーゼルヘアの眼を見据える。

 そんな馬鹿な真似はもう二度としないだろう? と言葉のない圧力がギーゼルヘアの両肩にのし掛かって、彼の胃は極度のストレスを感じて、吐き気が一気にこみあがるがそれらをぐっと押さえ込んだ。何も言わずにただ首を縦に数回振る。


「ギーゼルヘアはこう言っている。信じてやってくれ。それにもし攻撃するなら……………その時はまた俺が倒す。二度と蘇生もしない」


 ファッティエットが生き返ることによって再び起こる暴力に不安を募らせていた者はこの約束で安心したように床に座った。

 これと同時にオーフィディナも床に腰を下ろした。


「さて……、ギーゼルヘア。お前に言わなければいけないことがあるとさっきも言ったが、その件なんだが……」

「なんでしょう、仲間が生き返るなら何でも」

「まず謝ろう」

「え……?」


 それは予想していなかった言葉で、ギーゼルヘアはおろか彼ら二人の様子を伺っていたネリストのダークエルフ全員からも困惑の声が洩れた。なぜフレギオンが謝らなければならないのか誰一人として理解できるものはこの場にいなかった。

 それはオーフィディナもそうだったし、ウェルリーナもサフランも誰一人理解できなかった。当然、ギーゼルヘアもだ。


「お前の仲間。ファッティエットを生き返らすと言ったが、それはすぐにできない」

「な………、どうして……?」

「まず順番に話そう。お前の仲間がネリスト族を襲い、その攻撃で彼らは死んだ。だが、それは俺が生き返らせた。お前も見ただろう、魂を失った肉体にもう一度魂を容れるのを」


 言われてギーゼルヘアはフレギオンが行ってきた蘇生術の生き返るまでの過程を思い出す。彼は魔法陣を作り、その魔法陣を死体に打ち込み魂を呼び戻し蘇生させていた。

 その魔法陣が白く光り輝いている間に魂が呼び戻され、彼らは生き返ったのだ。超常現象のそれはそうやって行われていた。


「そしてお前の仲間を殺したのは俺だ。この剣で切り裂き、お前の仲間は消え去った……肉体もろともな。………気付いたか?」

「…………?」


 フレギオンが言わんとする意図が掴みきれずギーゼルヘアは大いに頭を悩ませた。もともと彼は利口なほうではない。知恵比べをするなら圧倒的にあそこにいるオーフィディナのほうが回転が速いだろう。

 ギーゼルヘアが理解できてないのを見て取ったフレギオンが答えを出してやる。


「俺がやった蘇生術は器がいるんだ、魂を容れる器がな。器がない魂を呼び戻しても空間に漂うことしかできず、生き返ることはできない。この剣で斬ったものは肉体を消滅させていき、次第に全ての肉体を失う。つまり、肉体がないお前の仲間は蘇生させるには今のやり方ではどうしようもない」

「なっ……! それでは俺の仲間はあいつらは生き返らないと言うのか!」


 これまでのやりとりで仲間も生き返ると信じたギーゼルヘアは思わず激高した。

 これではあんまりではないか! 口先だけで実行もできないことを約束したのか! と。

 持ち上げ持ち上げられて、垂直に脳天から落とされたような気分に陥ったギーゼルヘアはもはや冷静さを失ったように唾を吐き散らし怒る。


「嘘を言ったのか! お前は光のエルフ様だと!? 違う、お前はあの人間のようにずる賢く薄汚い性根を持つクズだ!!」


 ザワりとする周囲。その場にいた全員が緊張した面持ちで事の成り行きを見守りながら、戦える者は臨戦態勢をとろうとする。

 ネリストの何人かはこのフレギオンの言葉にギーゼルヘアに対して、ざまぁみろと揶揄する者も出てくる。


「ギーゼルヘア、やめろ」

「何をだ!! お前に勝てないことは百も承知だ、だがこのままでは仲間に顔向けも、あいつらの恨みも消え去ることはできん!」

「お前は全てを無にするのか? やめろ。蘇生するとは言った、それは必ずやる」

「いいやもう騙されん! やはりお前を召喚させるのを何としてでも止めるべきだった!! そうしていればあいつらが死ぬことはなかった!」


 武器を抜き去ってギーゼルヘアは一歩後ろに飛び退く、その顔は赤く高揚し身体も少し赤く発光する。彼が何らかの闘気を使ったのが分かった。

 だがフレギオンは武器を構えることはなかった。ただ彼の名を呼び一喝する。


「ギーゼルヘアァァッ!!」


 雷鳴が轟くが如く繰り出された声。それと同時に質量の重い空間に閉じ込められたのかと思う程の重くずっしりしたものが肌に纏わり付く。その空間は紛れもなくフレギオンによって作り出されたものであり、あまりに強大な力に、フレギオンから少し離れた位置にいるネリスト族までもがガタガタと震えてほぼ全員が腰を抜かして地面にへたり込んでいた。

 直近のそれも一メートルほどの距離しか離れていないギーゼルヘアは膝から崩れ落ちるように前屈みに倒れ、四つん這いになって激しく息継ぎを行っていた。酸素がなくなったわけでもない、だがその想像を絶する重圧にギーゼルヘアは胃からせりあがった胃液を思わずはき出した。


「げほぉ、おお、おおぅえ……ご……おぇ……げぇぉぉ……」

「よく聞けギーゼルヘア。俺がさっきまでやった蘇生術は死者蘇生と呼ばれる蘇生術だ。蘇生にも魔法の段位が存在し、これは一番段位が低い蘇生術だ。お前の仲間を生き返らすにはもう一段上の蘇生術を使わなければならない」


 もはや戦意を失い、一瞬でも見たフレギオンの力の片鱗に恐怖するギーゼルヘアにこの声がどこまで届いたかは不明だ。胃液をまき散らし、幾度も咳き込み吐き続ける。


「その魔法を使ってお前の仲間を生き返らすためにも、まずはお前の誠意を俺に……ネリストに示せ。俺と、ネリストに人間の情報と、お前が知るこの近辺の種族勢力図を全て話せ。お前は人間と繋がっていた、いろんな情報を知っているはずだ。ネリストに償いをやってみせろ、そうすればファッティエット全員を生き返らせてやる」


 吐き続けるギーゼルヘアを横目にフレギオンはその場から離れる。

 フレギオンは蘇生術の術式をウェルリーナによって聞き、その通りにサフランを生き返らせたが、その蘇生術は最も下位魔法とされる蘇生術だったことを思い出した。死体から抜けていった魂を呼び戻す魂の帰還術だ。

 だがそれでは【永久なる死】で肉体もろとも消え去ったファッティエット族の戦士達は蘇生させることは叶わない。ならどうすべきか、その答えは至極単純である。蘇生魔法の段位を一段階上のものを使えばいいだけのことだ。肉体をも復活させる中位の蘇生術を使うということになる。ただし、それを行うには下位蘇生術と違って膨大な魔力がいる。

 フレギオンはあの数のファッティエット族を一人で蘇生させるにはさすがに己の魔力が足りないと考えた。消え去った肉体を復元させるところから始まる蘇生術は下位の蘇生術に比べて数十倍にもなる魔力が必要になるのだ。

 記憶を失った彼だが、何の因果か魔法知識などの記憶は残されており、中位蘇生術を行うには現時点では魔力が足りない――行ったとしても十数名が限界――と分かった。これを一人で行うには時間がかかり、自分一人でさすがに蘇生させきるのも不可能だ感じた。

 そのため彼はギーゼルヘアに中位蘇生魔法まで必要になることを理解させなければいけなくなったのだが言葉足らずでギーゼルヘアは怒り、闘気でもって彼を止めるような事態になってしまったのだが。


(もうすこし穏便にいきたかったんだがな………)


 あの状況下でさらに魔力が足りないと言えばギーゼルヘアはどうしただろうか。暴れただろうか? しかし、暴れたところで何もならないのは彼も分かっているだろう。それでも暴れるかも知れないが。

 ならばとフレギオンは思案した。良い策はないものかと。その時に思いついたのがギーゼルヘアやオーフィディナが話していたダークエルフの対になるエルフ達の存在だ。

 これは一種の賭けに近いが、中位蘇生術をファッティエット族全員分に行うためにネリスト族とエルフのなんらかの部族の祭司達の魔力を借りることが出来れば、蘇生は上手くいくとフレギオンは考えた。それは魔力の同期を行って、足りない魔力分を補うという考えである。これが成功するならファッティエット族全員を生き返らすことは出来るし、この同期に至るまでの経緯でエルフの考えも見えてくるであろう。そうなれば、また物事の視点の考え方の選択肢も増える。

 勿論、彼だけでも時間と日数をかければファッティエット族を蘇生させることは可能だ。だがそうしないのは、ネリスト族への配慮もある。このままファッティエット族全員を蘇生させればネリスト族にとってはおもしろくないであろうし、溝は埋まらないままであろう。それを取り除くためには一度ギーゼルヘアに、彼自身の手の内を見せてもらわねばならない。そうして初めてファッティエット族が蘇生され、ネリスト族と和解させる。

 ここまでフレギオンは考えを巡らせ、自分が思い描いた青写真になるように彼らを誘導させるための言葉を一つ一つ考えていく。


「ギーゼルヘア。まずはエルフと人間について話せ。さっきも言ったが、お前の仲間は蘇生させる、それは信じろ」


 胃液も出し切り、あとはゼェ、ハァと息を切らすギーゼルヘアにほんの少しだけ優しげに声をかけた。彼はほんの小さなうめき声をあげて、震える足でなんとか立ち上がり「話します……」と囁いた。

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