表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

外伝 僕には君しかいらない

長官の過去話


 僕には君しかいらない


 一目惚れだったのだと思う。彼女は凛と美しかった。ドラッグやセックスに支えられて生きている隊員たちの中で彼女はただ清らかで美しかった。


 部屋は向かい同士、仕事サイクルもほぼ同じ、彼は彼女に恋をした。

友人としての仲は良かった。ただ彼は彼女にこの気持ちを伝えるつもりはなかった。彼女は常に孤高を保っていた。まるで荒廃しきったこの環境に溶け込むことを拒んでいるようだった。そんな彼女のこの気持ちを伝えることで、この関係が崩れてしまうことが恐かったのだ。孤高を保つ彼女も肉体関係や異性とのそういう繋がりを求めない彼とは、穏やかな友人関係を築けていた。


しかし、ある日彼は口を滑らせてしまった。二人きりの薄暗い格納庫。ただ、いつも通りの会話。それだけだったはずなのに、ふとした瞬間に溢れる気持ちを抑えきれなかった。

「好きなんだ。」

彼女にこの言葉は届かなかった。

幻滅したような、汚らしいものをみるような目で「私、そういうの興味ないから。」と言った。

よく響く、透き通った声だった。



 彼は彼女に嫌われてしまったことにひどく落ち込んだ。しかし、二人の関係はそれからも何も変わらなかった。食堂では必ず向かい合って座ったし、戦闘から帰還すれば固く手を握り合った。一日の終わりに言葉を交わすのは決まってお互いだった。

ゆるい二人の繋がりは以前と変わらずに続いた。




 彼女の部屋に呼ばれたことがあった。

部屋は向かい同士だったが、今まで一度もお互いの部屋を行き来することはなかった。座って、と彼女に促され彼はソファーに座った。湯気の立つマグカップを二つ目の前に置くと、彼女も彼の隣に座った。

心臓が信じられないほど早く鼓動を刻んでいることに彼は戸惑った。一人に一つずつ与えられる狭い部屋で彼女と二人きり。体がじんわりと熱を帯びていくのが分かった。汗がにじむ。

しばし無言だったが、彼女は正面に顔を向けたまま言葉を発した。

「セックスがしたいなら、私以外にした方がいいわ。あなたなら誰でも寝てくれると思うの。・・・私は絶対したくないから。・・セックスに理由を付ける必要はないと思う。だって皆そうやって精いっぱい・・」

彼女の言葉を遮って、彼は強く拳を握り立ち上がった。

彼女の言葉は彼を怒らせるには十分だったから。

「違う。」はっきりとした声で彼は否定した。

しかし、彼は何もうまく説明出来なかった。彼が恋をしたのは始めてだったから。恋が何かわからなかったから。


俯いたままだった顔を上げると、目に映ったのは哀しそうな、不安そうな、どこか期待をしているような、弱い女の子の顔があった。


彼は噛み締めていた唇を引き結び直して、それから一度深く呼吸した後、言った。

「恋にセックスは必要じゃない。僕は君が好きだから。君がしたくないことはしたくない。君のことが好きだから。」


今思えば、なんて汚い綺麗事なんだと思う。けれど確かに彼は彼女の肌を蹂躙したかった訳ではなく、ただ彼女を抱きしめることができて、二人だけは確かに生き残りたかった。

ただそれだけだった。

彼女は堰を切ったように泣き始めた。





 それから二人は幸せだった。

新しく知ったことがいくつもあった。彼女は音楽を愛していた。

「音楽を教える先生になりたいの。」

叶いもしない夢を無邪気に話してくれた。


本当に幸せだった。少しの間だけ。




二人が兵役を終えるまでちょうど残り二ヶ月となった日だった。

二人きりの部屋。いつものマグカップに、いつもの会話。


彼女がセックスをしたいと言った。彼は断った。恋にセックスを必要としないのは二人の恋の約束だったから。ただ心臓だけは馬鹿正直に早鐘を打ち、頭はくらくらした。

けれど彼女は必死だった。彼は彼女の異常な必死さに気がつかないくらい、胸が苦しかった。

ぎゅう、と握られた手が汗で湿っていた。久しぶりに抱きしめた彼女の体はやっぱりか弱い女の子のもの

だった。


彼は最後まで幸せのカタチだと信じて二人の約束を破った。彼女はとても幸せそうに泣いていた。




 朝目覚めると彼女がいなかった。

ふと、自分の手首に今まで彼女が手放すことのなかった飾り付きの髪留めゴムが巻いてあることに気がついた。今日は休みだと聞いている。今日は二人でゆっくり過ごそう、そう彼女は言っていた。


何故これを置いていった。あんなに大事にしていたのに。

何故彼女はいなくて、掛けてあった飛行服が無い。


今日は飛ばないと聞いていたのに。



飛行機のエンジンの音に彼は慌てて窓を開けて空を仰いだ。

美しい夏の空を裂いて鉄の塊が飛んでいく。




彼女は戻ってこなかった。

大人になれなかった。


僕ももう、大人になれない。



これにて「ピーターパン症候群」は終わりです。


淡々とある子どもたちの話を書いていくだけのお話でしたが、

このそれぞれの話が思い浮かんだ時、

「この子たちが生きていたことを書かなきゃ」と思いました。私の想像の中の人物でも、それはそうして彼らが生きていたということだからです。

未熟ゆえに思い浮かんだこと全てを綺麗に書き出すことはできませんでしたが、読んでいただけて本当に嬉しいです。


少しでも印象に残ればいいなぁ、と思います。

感想、評価できればよろしくお願いします。

これからの参考にさせていただきたいです。


では、初投稿作品「ピーターパン症候群」を読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ