18. 戦いの如き遊び
ミシンは女衆がよく使っているらしい。洗い場で一緒の、古参女衆の恵に頼んだら容の部屋へすぐに持ってきてくれた。容の部屋の押入れに丈夫な折り畳みの木の低いテーブルがあったので、それを引き出し、ミシン台の代わりに広げて部屋の中心に置いた。
「何をお作りになるんですか?」
恵はいつも容を格上のように扱うのが、容には気になっていた。男衆の一員、かつ太智の世話係とはそれほど偉い存在なのだろうか。以前そうほのめかして聞いてみたら、「男衆の一員であるのもそうですが、容さんはそれだけではありません。何か驚くことが起きます。私は若い時分からいますからね。手に取るようにわかるのですよ」と予言者のように語られた。
「作るのは、太智の学校の体操着入れの袋です。昔、太智のお母さんが作ってくれたんじゃないかな。もうボロボロだったから、それは大事にとっておいて、代わりに私が作ったものを使ってもらおうと思ってます」
「すっかりお母さんのようですね」
悪気無く言われた。考え過ぎ、妄想過多かもしれないが、そう言われると天贖と夫婦のようだと言われているようで、竦んでしまう。容だけに冷たい態度を取る天贖に、心を傷つけられている。だからこそ、道場でふと向けられた天贖の視線の熱さが何を表していたのか、気になって仕方がない。
恵が去った後、容はミシンの電源を入れた。太智の持ち物を作りたいと思ったのも本当だが、単に容の趣味でもある。結と一緒に時間を潰す時は、いつも縫い物をしていたことを思い出す。
ミシンがガタガタと音を立て、手縫いで『山王司 太智』と刺繍した布を裏地と一緒に縫っていく。紐通し部分を縫ってから、紐を入れていく。丈夫で簡単な白い巾着袋が完成した。本当は小さな飾りなど刺繍しようかと考えていたが、太智が嫌がってもいけないと思い、名前だけにした。巾着袋を高く広げてでき栄えを確認していると、襖を軽く叩く音がした。立ち上がり、襖を開けると、太智が手を後ろにしてそこにいた。
太智は多分小学校から戻ってきたところだ。
「どうしたの? 太智」
「遊ぶんだろ。遊んでやるから表へ出ろ」
照れくささのあまりか、ほぼ脅迫のようになった台詞を、太智はそっぽを向いて零した。こちらから遊びに誘っても良い返事をもらえなかった容としては、太智から声をかけてもらえて胸が弾んだ。
「何して遊ぶ?」
「……キャッチボール」
太智が手を前に回すと、グローブを容に渡してきた。気まずいのか恥ずかしいのか、恐る恐るといった手つきだ。
「天贖様が前に買ってくれたんだ。大事に使えよ」
「天贖様と、前にキャッチボールした?」
「した。1回だけ。天贖様は、これで友達と遊べって」
ほぼ新品同様のグローブを見て、太智は誰かとキャッチボールをほとんどしたことがないのだと容は悟った。
「いいよ。やろうか!」
太智は笑顔になると、我先にと庭先へ降りて行った。白玉砂利の庭を抜け、土だけの地面に2人で歩いていく。屋敷の中央横にあたる場所で、奥には大きな正門が見える。
山ノ神の力を持つという太智の球は、剛速球だった。最初の一投目で、もう容は音を上げた。
「こんなの取れるわけないだろ!」
球が早過ぎてそもそも目で追えない。全く取れなかったが、容はどなられながら懸命についていった。球を取ろうとして転び、全身土塗れになる。少し古いTシャツと安いジーンズと、汚してもいい格好で良かった。しかし髪まで汚れてしまい、一刻も早く風呂に入りたくなった。
小僧め、よくもお姉さんをここまでよれよれにさせたなと恨みが募る。
「天贖様は取ってくれたぜ。お前、鈍いんじゃないの」
人間離れした天贖と比べてのこの発言に、容は今後を不安に思った。普通の小学生と遊ぶ時、太智が剛速球を投げていてはキャッチボールはできないし、もしかしたら異端児扱いされるかもしれない。
運動不足もあいまって、息切れが激しい。
「はぁ……、は……、キャッチボールはさ、今度、義喜さん達とやるといいよ……」
「いいよ。お前で」
太智がそっぽを向いて小さく零した。聞き漏らしたかもしれないと思い、太智に詰め寄る。
「何?」
「俺が稽古をつけてやる」
普通、立場逆だよね。
だが、一般人はこの程度の力とスピードなのだとわかってもらえるまで稽古につきあうしかないだろう。
太智の世話係は思っていたより遥かに体力を消耗しそうだ。




