10. とりあえずの生きがい
結はなぜああも必死だったのだろうか。
結の生前の言葉が引っ掛かって、誠吾に同居を続けようと言われた時には断った。だが、憔悴した誠吾を放っておけずに掃除や料理から色々と面倒を見ていたら、誠吾が笑ってくれることも増えていった。そうしたら何となく、同じように大事な家族を失った者同士として連帯感も愛着もあったのか、そのまま引っ越すこともなかった。
誠吾は真面目な性質がそのまま表れたような切れ長の目に薄い唇をしている。さらに結が亡くなってから随分と体の線が細くなったため、どこか冷たい印象だった。しかし、近頃は食欲が戻ってきたお陰で線が細い印象はなくなった。寂しさを隠しきれなかったその表情も、笑顔が増えた。それらは自分の存在と家事仕事の結果だと思うと少し誇らしかった。
芯まで冷える冬のある日、居間のテーブルで向き合って座って、誠吾とゆったりとした時間を過ごしていた。窓際から離れたところに石油ストーブが置かれ、テーブルは布団が掛けられ炬燵となっている。夜になり寒さも厳しくなってきて、容は右手に置いた炬燵の電源で『弱』寄りだったところを『強』の一番上にした。
依二島は日本海側の若干北寄りにあるため、夏は暑く、冬は寒いという暮らしにくい場所だ。冬は雪や曇りの日が多く、例にもれず今日も雪が降っている。
「雪、止まないね。明日も雪下ろししなきゃ」
容が炬燵の上に肘をつき、顎を乗せて面倒そうに言うと、誠吾が頷く。
「そうだな。容は屋根はやらなくていいからな」
「え~。やるよ。義兄さん結構背高くて重いから、屋根には上らないでよ。屋根踏み抜いちゃうよ」
「屋根が壊れるのは嫌だけど、俺1人分なら大丈夫じゃないかな?」
「念には念を入れよ、というんだよ」
容に根負けしたか、誠吾が「やれやれ」と言って、炬燵布団の中に肩を潜り込ませた。
しばらく2人で黙り込む。静かな時は、2人とも、結のことを考えていると思う。忘れられないあの眼差しが、脳裏に焼き付いて離れない。それを共有していることに気づきながらも、今まで話題にしたことはなかった。
だから、容はその薄氷の壁を壊すように、決心して声に出した。喉が震える。
「義兄さん、私、お姉ちゃんが生きがいだったんだ。お姉ちゃんには言ったことなかった。重荷になると思って。私、両親が亡くなって、世界の全部が真っ黒になった感じがしてた。でも、お姉ちゃんがいたから……お姉ちゃんは私の親代わりだった」
容にとって、これは誰にも言ったことのない秘密だった。一番大事な人を亡くした者同士で、今は家族のように暮らしている誠吾だからこそ、言おうと思えたことだった。
「結もきっと容が生きがいだったはずだ。自慢の妹だって、いつも言ってた。俺もそうだよ。結がいたから、俺も生きてこれた。身寄りのない俺がやっと見つけた、幸せだったよ、結は」
誠吾の震える声に、容はどうしようもなく心を揺さぶられた。結を失った時、もし、容1人だったら、どうだっただろうか。今のように落ち着いてはいられず、もっと混乱していたのではないかと思った。誠吾が結の死を悼んでくれるのが、心強かった。
「これからどうしよう、お姉ちゃんがいなくて。一番大事な人がいないのって、辛いね」
「そうだな。辛いな」
誠吾は薄い唇の端を上げて、穏やかに目を細めた。
「でも、容。俺は容を家族だと思ってるよ。結にそっくりだしね、違和感もないよ」
笑いながら、誤魔化しながら言った誠吾だったが、だからこそ大事なことを話してくれたのだと容は思った。
「じゃあ、家族になればいいかな」
容も冗談を言うように笑った。
「うん。俺を本当の兄さんだと思ってくれたら、俺は嬉しいよ」
「ありがとう。そうするよ。とりあえずは、義兄さんを生きがいにしておく」
胸の中が、温かい水のようなもので満ちる。誠吾が容を受け入れてくれたことが、こんなにも嬉しい。
だが当の誠吾は何か引っかかるものがあったらしく、笑いながら指摘された。
「とりあえずって、なんだよ。とりあえずって」
「私が巣立つまでだから」
誠吾は噴き出すように笑った。
「容が巣立つまでか。兄というより親じゃないか」
「そうかも。それでもいい?」
誠吾の言う通りだと思い、身を乗り出してそう言うと、誠吾は仕方なさそうに息を吐いた。
「いいけどね。容はこれだから。結の言ってた通り、甘えっこだな。じゃあ、これからもよろしく」
「約束、な」
視線が混ざり合う。
「うん。約束だ」
炬燵の上で、向かい合って指切りをした。
一緒に生きていこうと、2人で約束した。




