第六十一幕 ピンチは突然に
ここは町はずれの路地のはずなんだけど……
大きな音が近づいてくるのを感じ、頭を抱える
方角が分からない程、四方八方から足音と魔力を感じて警戒を強める
どこから位置を捕捉されたかとかの理由はわかっている
さっき使った魔力でバレたんでしょ
こっちの方向に仲間がいるってことが解ってたらまず安否を確認するために来るでしょ
「どうする、ソラ」
ソラから作戦を聞こう
何か考えついてるかも知れないしね
そんな意を込めた質問だったのだが、帰って来たのは不敵な笑みと
「どうもしないでしょ、やってやろうよ」
徹底抗戦のGOサインだった
そうこうしている間に路地の出口の両側が塞がれた
壁にめり込んでいる二人組を見ればいやでも状況を理解するだろう
ソラもやる気だし、僕も頑張ろうか
「私あっちやるね」
「じゃあ僕はこっちで。ベィリィーンちゃんは僕らの後ろにから離れないでね」
目測だけで言えば二十人入るのかな
どうしてこの子を狙ってるかは知らないけど
負ける気はない
「先手必勝。四季・冬式 荒雪」
ここが狭い路地であることを最大限活用する
通路が一本しか以上、奇襲を心配する必要がない
あえて広範囲の技を狭い場所で使えば行き場を失った技が一方向にだけなだれ込む
瞬間的に大雪が生成され、襲ってきている者達に視界と体温を奪う
が、それだけではない
本来広範囲、マサミチ本人は使ったことは無いが能力に刻まれた記憶の中では一面を埋め尽くすほどの荒野をたった数分で雪景色に変える技
マサミチの精度が高くない事が幸いして威力は低かった
だがそれでも、さながら、雲が落ちてきたような大質量の雪が一瞬で積り、そこにあったはずの通路と人を白で上塗りした
「……あちゃあ、やりすぎたかな……。そういえばソラさんは?」
もう二三分は時間が掛かると思っていたが、適当に選んで出した技が思いのほか強かった
後ろからまだ魔力を感じているからソラはまだ戦っているのだろう
手助けでも……
「お兄ちゃんっ! 後ろ!」
「っ!!」
振り返ろうとした瞬間、ベィリィーンの大きな声と共に後ろに重心が傾く
崩された重心に身を預け身を屈める
ブンッ! っと鋭い音が聞こえ、瞼に暖かいものが滴る
薄皮一枚ほど斬られたようだ
よろけた体勢のまま、振り切られた刃物を掴む
刃の部分を掴んだことで血が出るが、それが狙いだ
「四季・冬式 氷砕」
出血した部分から直に魔力を捻出し、刃の芯を凍らせて砕く
僕を襲った奴は雪の壁から手だけを出している様な状態だが刃物が壊されたのは感覚で気付いたのだろう、雪の中から体を出し、全身が見える
「……まずいかな、コレ」
見た目はボロボロのおじいさん
でも、この目が捉える情報は危険信号を発し続ける
立ち上る魔力はむらが無く、服の袖からちらり見える腕にはご老体とは思えない程引き締まった腕が見える
直感で理解した
ただ者じゃない
おじいさんが腰に下げたもう一振りの刀を抜き、こちらに構える
マサミチの見た構えは異形
刀を構えた右手を上から支えるように左手を添えている
明らかに所見の何かが飛んでくる予感があった
それに反応するために目、と言うよりは反射神経を強化するために脳と目、神経に魔力を送る
おじいさんが右足に重心を傾けた瞬間、身体がブレた
既に首の横まで迫った刀身を何とか身を捻って躱す
振り下ろした後隙に反撃をしようと手に魔力を込めたが、中断させられる
攻撃の間を潰すように腹に蹴りを入れられた
「ぐっ……」
魔力を別の場所に集中させていたせいで衝撃を受け切れず身体がくの字になる
すぐに体勢を立て直そうと路地の壁に手を付いた時、視界の端に映る
逆手……!?
狭い狭い路地、二人ほどが横に並べばもうキツイ程の横幅しかないこの場所で刀を全力で振ろうものなら壁に当たって威力が落ちる、普通ならば
流れるような動作、繋がった一つの動きのように見えたその技は横の幅など関係がないと言わんばかりに通り抜けて来る
この壁、石だったはずなのに……なんで豆腐みたいに斬れるんだよ
身体全身の力を使い、無茶な動きで身体を仰け反らせ紙一重で回避する
顎先を掠めた刀身が赤い線を宙に撒く
ちょっと斬られてた……痛い……って、まず──
真上まで振り上げられた刀の柄に、添えられていただけの左手が握られる
一刀両断の構えだ
体勢的に難しいけど避けられなくは……でも、避けたらそこには──
視界の端に映った少女ベィリィーンこの子に当たる
「月朧 水面割り」
声が聞こえた後、遅れて熱が身体を駆ける
胸の右側から腰へと斜めに走る衝撃
それは痛みというより、身体の奥で何かが「外れた」ような感覚だった
膝がわずかに揺らぐ
呼吸が浅くなる
右腕に力が入りにくい
体幹が支えを失ったように傾ぐ
そして、鮮血が咲く
「がはっ……」
身体が自然に裂けるような様子で傷口が広がって行く
昨日、鮮烈に感じた死の足音が耳の横で鳴り響く
息が深く吸えず、浅い呼吸と血の混じった咳が口から洩れる
死ぬ、死ぬ、死ぬ……
「ぁぁぁぁあああ”あ”あ”あ”」
「なんと!?」
噴き出した鮮血をなぞるように氷が生まれる
老人は手に持っていた刀を離し、大きく後ろに跳ぶ
赤黒い生命の宿った氷が裂けそうになった身体を繋ぎ留め、止血する
傷付いた臓器から溢れた血を使い傷を塞ごうとする
死にゆく身体から命が零れないよう必死に抗うように
なんと……あそこまで気概のある若者がいたとは……
普通なら激痛で何もできずに死を待つのだが、まさかあそこから反撃までしてくるとは
「だが、フラフラではないか。それでどうやって儂に勝つつもりじゃ?」
儂にはもう武具はない、だがあそこまで魔力を消費し、限界寸前の小童には負ける気はないぞ
この若者を打ち倒したら、あっちの加勢でもしようかの
「────」
「……?──ッ!!」
魔力の高鳴りと同時に左右の壁から氷が押し寄せて来る
押しつぶすつもりか
この狭い路地ならば最適解とも言えよう
「だが、甘い」
魔力が完璧に氷になる前に刀を入れ、左右の壁ごと両断する
切り裂かれた身体を繋ぎとめている状態で無理に魔力を行使したマサミチは右手で胸を抑えて倒れる
「ふむ……終わりかの」
せめてもの慈悲じゃ、一撃で首を落としてやろう
そうしたらあの子を……
どこに行った?
マサミチの後ろにいたはずの少女の姿が無く、視界を凝らす
奥の方で戦っているもう一人の若者の方へ走っている姿が見えた
小童を見捨てて逃げたか……いや、まさか……
胸を抑えている右手とは逆の手に氷の欠片が転がったのが見える
それは文字のような形をしていた
文字に気を取られていると、奥の方で魔力が霧散した
慌てて視線をやると、背中に少女を背負った女が高く飛び上がっていた
「まさか……」
見上げた視線を戻す前に、視界が白に染まった




