第五十二幕 私から見た君
始まりは私にとって些細な事だった
日課のランニングなんてここ数年やっていない
ただ、責任から逃れて、自然に囲まれて暇な時間を過ごす
そんな毎日を過ごしていたある日、とある男の子が助けてくれたんだ
山菜を取りに外に出た時、いつの間にか作られていた神獣の縄張りに入っちゃったことがきっかけだった
神獣を攻撃することは、歴史を重んじるユグレシアでは重罪だった
随分と昔、世界を一つにまとめるために起きた戦争の生き残りが神獣とされている
そんな事は私としてはどうでもいい事だった
だからある程度逃げて、他の神獣の見ていないところで殺して終わり、そうするつもりだった
順調に遠くに離れて、あたかも偶然こけた事を装うために、木の根っこを操作して地面に倒れる
振り向いて、噛みつこうとした所を脳天に一撃打ち込んで終わらせる予定だった
地面についた手から魔力を流そうとした時、目の前で赤い物が散った
誰かが私を庇ったのだ
まず私は何故、と思った
こんな辺鄙な地の名前もない広いだけの森に人がいると思っていなかったから
王国の追手が私の居場所を嗅ぎつけて来たのかと思った
でも違った
私を守るために歯を食いしばり、ナイフで神獣の眼を突いたのだ
命知らずだ
神獣に傷を付ける行為は神獣の命に関わる関わらないに関係なく死罪として処理される
見ず知らずの私を助けるために命を張って助けてくれた男の人
私は一目ぼれした
腕から血を流して倒れ込んだ男の子の傷を治す為、虎の子で残しておいた世界樹の雫を惜しみなく使った
最近さぼっていたから私の治癒だけじゃ死んでしまうと思ったからね
だだっ広いだけの家の一角にある一番大きな部屋に傷ついた君を寝かせ治療したんだ
私、君が目を覚ました時は嬉しすぎて声が大きくなっちゃったよね
朝に弱いのを知らなかったから、ごめんね?
でも久しぶりの事だったんだよ、他人の事でこれほどまでに感情が高ぶったのはさ
君はとっても誠実で、嘘をつかずにすべてを教えてくれた
それに君の眼を初めて見た時からさ、私は気づいてたんだ
君の眼が濁っていることに
きっとつらい思いをしたのだろう、それなのに、嫌なはずなのにしっかりと私の眼を見て話す君
私はそんな君に不誠実な事をした、この時は君が純人だと知らなかったから
私は私の身分ではなく、私を見て欲しかったから、君に偽名を教えた
その名前に何の疑いもなく信じたその心の純粋さにまた一つ、心が惹かれた
君は記憶喪失にでもあったかのように何も知らなかったよね、だから私は知る限りのことを教えたの
君と話す時間はとても楽しかった
数日たった後、君は名前を教えてくれた
君の名前はユイガマサミチ
ここで私は君が純人だという事に気づいた
あの純粋さは純人だったからなのか、と君を嫌いになることは無かったよ?
むしろ私は転生してくる純人に対して昔から興味を持っていたからさ
君が名前を教えてくれた翌日、君は大きな声をあげて飛び起きたよね
何事かと思い、急いで駆けつけると何やらつらそうな表情をしていたのを覚えてる
何があったのかを問い詰めると君は自分の過去を教えてくれた
君の話を聞いて初めに出て来た感情はね、怒りだったの
でもその感情もすぐに別の者に置き換わった
全部を吐き出して、寄りかかってくれた君の支えになりたいと思った
鳴き疲れて寝てしまった君の頭をずっと撫でていた
疲れ切った子供みたいに寝る君を見ていると心が締め付けられた
こんなにもいい人がなんであんな目に合わなければいけないのだろうか……
次の日、私は失礼な事をしてしまった
君にさ、何とかしてあげたくてね、膝枕をして撫でてあげていたら私も眠ちゃって、涎を垂らしちゃったよね
あの時はとっても申し訳なくて、とっても恥ずかしかった
間抜けな所を君に見られた、その事実だけで顔から火が出そうだった
でも、そんな事よりも、君は未だあの重い過去を背負っている事を知った私は魔力について教えることにした
気分転換にもなると思ったしね
もし次にあんな事が起こっても私が助けてあげればいい、でも私も本当の意味でずっと一緒にいる事は出来ない、だから君に自衛の手段の一部として魔力を覚えさせようとしたのだ
私は感覚派寄りだったから教えるのは苦手だったけど、君は一所懸命に丁寧に噛み砕いて理解しようとして、次に繋げていったよね
そんなところも好き
二ヶ月もたったくらいだろうか、早くも君は私の課したトレーニングを容易にこなすようになった
君の過去を聞いた感じ運動とは無縁な生活だったはずなのにここまで早くに身体が出来上がるとは思っていなかった
正直、一緒にずっと走っていた方が楽しいのだが、そうはいかない
という事で私は君にリハビリの様な物をさせることにした
誰もが魔力を持ち、人を殺す力を持ちうるこの世界では、法で制御されてはいるものの、その根底には力による支配が根付いている
そんな世界の中で人を傷つける事を躊躇してしまう君は格好の的になってしまうからね
だから私は戦闘における単純な立ち回りと受け身を覚える事、そして攻撃の意志を持たせ人を傷つける事になれさせようとした
そんな中でも君は甘さを捨てきれていなかったよね
それは君の美徳であり、弱点だ
君が変われないのなら、私が一生守ればいい
でも、一度だけ彼女にチャンスを与えて見ることにした
単なる気まぐれ、期待している訳ではない
そう言い聞かせて、私は戦いに分身体を送った
私の考えが甘かった
そう思い知らされたのは戦いが始まってからすぐの事だった
思いもよらない強引な一撃で私の分身体を打ち倒して見せた
また一つ、君を好きになった
ずっとだ、ずっと君は進もうとしていたのに気づけていなかった
そこで私は君に一つ質問を投げかけた
答えは最初からわかっていた
それでも期待せずにはいられなかった
君の答えは予想道理の物だった
私では君を変えれないと、わかってしまった
それほどまでに君を縛っている過去は凄惨なものなのだってわかってるつもりだったからね
それからもいろいろな事があった
アルベリ達が来るのを忘れていて、君を困らせてしまった
心の整理がまだついていないのに二人の会わせてしまった事で、トラウマが再発してしまった
申し訳ない事をした
そんな自責の念に駆られる私をよそに、いつの間にかアルベリと君は仲良くなっていた
私なんて心を開いてもらうのに何日もかかったというのに……
でもなんだか納得している自分もいる
アルベリはバカだけど、優しくて頼りがいがある
私には持っていないモノを持っているのだ
仕方のない事だろう
アルベリは人の痛みに寄り添える人なのだから
彼が横になっている間、アルベリが君の過去について聞いて来た
人に広めて良い物じゃないのはわかっていた
でも、コイツなら大丈夫だと思ってしまった
君の痛みの理解者は一人でも多い方がいいだろうって思ったからさ
そうして、私は君から聞いたすべてを話した
グレイもアルベリも、自分の事のように心を痛めてくれた
少し安心した
私の友達はやはりいい人だと更にわかったから
急だった
グレイが部屋を出て行って、戻って来た時の事だ
めったに大きな声も、自分から話すこともないグレイが何かに警戒していた
視線の先を見ても何もない、そう認識してしまった
でもそこに人はいた
そして君を攫ったのだ
理由はわからないけど、君が何か不幸な事に巻き込まれそうな予感がして、すぐに助けに行った
アジトらしきものを見つけ、攻め入った所、アルベリの攻撃が掠ったらしく君が倒れていた
すぐに残り少ない世界樹の雫で傷口を治そうとしたが、アルベリの能力の影響でうまく治らなかった
私は一刻も早く君のことを治してあげたかった
だけど私にはそれができない、だからテレーズさんを頼ることにした
君を宿に預けて置くのはとても心配だったがそれ以外に手がない事は知っていた
苦渋の決断と言うやつだったんだよ
早めに事を済ませようと頑張ったけど、やはり一筋縄ではいかない
顔や能力がばれると面倒なことになる
指名手配されているのがこれほどまでに厄介な事だとは思わなかった
だからフードで顔を隠して、極力魔力を使わないように救護騎士団の運用している医療施設に忍び込んで、テレーズさんに話を通すことに成功した
ひとまず安堵した
そう思っていたのも束の間、彼に渡していたはずの現身から声が聞こえた
君に何か危険が迫っている
それがわかった途端、すぐに現身の位置に転移した
〝根〟を使えばすぐに移動できる
そこだけはこの能力に感謝しておこう
移動した先には強い気配が二つ、戦っているのを感じた
私の横で安堵の表情を浮かべている君の姿を見て嬉しくなった
一目見ただけでわかるほど魔力の扱いがうまくなっている
君も君なりに努力をしていることが解って嬉しくなった
それと同時に、ボロボロになった君の姿に怒りが湧いた
こんな風にしたのは誰だってね
ここまで強い殺意を抱いたのも久しぶりだ
それでも一様私にも理性は残っている
大きく能力を使って私の存在が大々的にバレると上の連中が飛んできて面倒くさいことになる
だから私は最低限の魔力で戦うことにした
そこにいた君に命を助けられたチョーという少女が居てくれたおかげで楽に勝てると思っていた
でもヒバナと言う男は想像以上に強く、負けそうになった
全力を出せばこの状況を打破できるけど、君と一緒にいる事が出来なくなる
その二つを天秤にかけてしまったせいで、危うく命を落としかけた
君が助けてくれなかったら首から上が跡形もなく吹っ飛んでいただろう
君は数日見なかっただけどすごく強くなっていた
完璧とは言えないが戦えるだけの力を身に着けて、命を懸けて私を守ってくれた
相手が引いてくれたおかげで命拾いをした
本気になっても厳しそうな相手がいた
私は自分の怪我も気にしないで君に駆け寄った
先の戦いで大きな傷を負った君は何もしなければすぐに死んでしまう
私は自分の焦りを押し殺して君を治療しようとした
そんな中、君は魔力を通じて想いを伝えてくれた
そんな場合じゃないのはわかっていた、でも私はその言葉が嬉しかった
だからこそ、絶対に死なせたくなかった
私は自分の手首を切り、溢れた血を患部に垂らし、〝世界樹〟の力を使った
そうして治療している間に私は誰かにバレる事を考えずに全力でテレーズさんのもとに向かった
君は意識を失ってたから気づいてなかったと思うけど、すんごい焦ってたんだよ、私
君の命を助けてくれたテレーズさんには感謝してもしきれない
おせっかいと、私の気持ちを知ったうえで茶化してくるのは鬱陶しかったけど、テレーズさんだから仕方のない事だ
久々にオーニアスちゃんにも会えた
偶然の出会いで、彼女にも用事があったからそんなに話せなかった
でもその様子を見たオーニアスちゃんが家に招待してくれたおかげでまた話す機会を得た
嬉しい事だ
途中でアカツキと言う女性が付いて来たけどその気は感じなかったから黙認することにした
いちゃいちゃしていたのは許す気はなかったけどね
アルベリの家に行くときはアカツキの挑発に乗って君の取り合いっこしてたら袖をちぎっちゃって怒られたっけ
そういう何気に所で君らしさを出してくれるようになってくれたのはとっても嬉しかった
前のままなら怒る事なんてしなかったと思うしね
ちなみにだけど、まだちょっとだけ覗きに来たこと怒ってるからね
本当にちょっとだけだけどね……
二日目、あんまり記憶がないってよりかは、その日の記憶だけ消えているような感覚だけど、さっきのアイゾメの能力の範囲内に入っちゃってさ、全部知った
君の事、全部知っちゃったんだ
それでも、私は身勝手で我が儘だからさ、君に「好きだよ」だなんて無責任な事を言いそうになっちゃう
そんな自分の事が嫌になっちゃうよ
傷ついて弱っている君に付け込んでいるみたいでさ
それでも、私は君に言うよ
君に居なくなって欲しくないから
「好きだよ」
これが私から見た君……ユイガマサミチだよ




