第四十九幕 根源的な恐怖
「うわああああ!?」
一瞬の出来事だった
ついさっきまでそこにあった仲間の首が一つ消えていた
ジークサンダー、大切な仲間だ
志を共にして集まった初期メンバーの一人
気難しいヒバナと仲が良くて、辛い時も皆を明るく励ましてくれていたジークがなんで──
なんで喰われているんだ
任務は簡単、ジークの座標操作で事前に契約しておいたジョルトと言う古代の精霊の結界にオーニアスを含めた数人の強者を入れる、ただそれだけの任務だった
ジョルトの結界内には強力な催眠効果を持つガスに溢れていて、そのガスを少しでも吸えば現実と変わらない感覚のまま一秒のうちに数億回は苦しんで死ぬ
そうして精神が壊れた所をトドメを刺す、そう言う計画だった
最初にズレが生じた
座標を入れ替えた時、何故かオーニアスが外にいた
感づいたのか、と思ったがどうやら偶然らしかった
決して柔らかくない結界をいともたやすく両断して、そして数分もしないうちに中に入れたはずの奴らが全員出てきた
純人の二人組は意識はあるようだったが抜け殻の様だった
だから早めにトドメを刺して戦力を減らしておこうとした
ここで二つ目のズレが出た
オーニアスが私たちの存在を警戒して一人だけ外に残していたのだ
国を落とす為に行動しているんだ、内部の戦力については詳しい
だからそこにいるのが最年少で隊長格に上り、王国騎士団最高戦力に数えられている〝銀糸の狼〟グレイテッドだという事はすぐに気が付いた
私たちはグレイテッドがテムペラの仇であることは知っていたし、数的有利もあったから戦うことにした
ここで最後のズレが発生した
ジョルトが負け、オーニアスが結界から出てきたのだ
最高戦力と最強を同時に相手して勝てると思っているほど私たちは自惚れていない
逃げようとした
「ジーク、逃げるよ」って、そう言おうとして横にいたジークの顔を見たら、そこには噴水のように血を噴き出しているジークの姿があった
生暖かい血が私ともう一人の仲間のラーンの身体をペンキをぶちまけたみたいに染めていく
誰も動けなかった
反応すらできなかった
色んな悪事を働いたし人を自分の意志で殺したこともある
そんな事をしているんだ、いつでも命を失ってもいい、そんな覚悟を持って生きてきた
けど、〝コレ〟は違う
「ぁあぁぁ」
四足歩行のオーニアスが私たちのすぐ後ろにいる
ぐちゃぐちゃぼりぼりと、何かを食べている音だけが場を支配している
壊れてしまった扇風機みたいにしか動かない首をギギギと曲げ、後ろを振り返る
血だまりの中、こちらを振り向き、心底不味い物を食べたかのように顔を顰め、プッと何かを吐き出し、私の頬に生暖かい球体がへばりつく
黄緑色の色彩、ジークの眼だ
身体の芯か震えだす
それでもオーニアスまだ足りないとでも言うようにニタっと笑う
もう何が起きているのか正確に理解できない、できている気がしない
腰が抜けたんだと思う、重心が定まらなくなってへたり込むように尻餅をついた
のっしのっしと恐怖心を煽るように近づいて来る
嫌だ、食べられたくない
そんな死に方したくない
涙が滲む、足元に暖かい物が広がった感覚もある
それでも、恥を感じることは無い
恐怖だ
言い表しようのない絶望感から逃げるように地面を這いずった
そして足を踏まれ、転んだ
わかっている
私は今から死ぬんだ
後ろを振り向くと大口を開けて徐々に私の頭に近づて来るオーニアス
血の混じった涎が服にボタボタと落ち、これが夢ではなく現実だと教える
最後の抵抗と言わんばかりに手で口の進行を止めようとする
少し、ほんの少しだけ勢いが緩やかになる
でも、焼け石に水だ
ミレイは死を悟り、ギュッとに目を閉じた
「流星」
目を瞑ったミレイの身体は宙に浮き、凄まじい風を感じる
恐る恐る目を開けると金髪を短くそろえた美青年がミレイをお姫様抱っこしていたのだ
その美青年はポケットから模様の描かれた石を取り出す
「重要参考人、救助完了。ユグレシア王国騎士団副団長 ライト・クロクアローの名において戦闘を許可します。──後は任せました」
粉々に砕け散った石からまばゆい光が漏れ、そこから人が数人出て来る
「……〝獄長〟レリエ、現着。戦闘を開始するよ」
「〝医院長〟テレイズ、着いたよ。……けどこれ私の仕事ある?」
「〝局長〟ミエナ・ブルスリー、到着したよぉ。けど、わたしの仕事もないよねぇ」
三者三葉の態度で光の中から現れる
全員知ってる
国を動かしているユグレシア王国騎士団の隊長格だ
それぞれ独自の分野で力を示し、各々一年以内に隊長の地位に就いたまごうことなき最強の集団
でも、話ではこの三人がそろって戦ってもオーニアスには勝てないって話じゃ
「そこまでです。殺しの許可は出してません」
「え?」
急に美青年が口を開き、何もない空間を指で摘まむ
丁度私の首の位置でだ
「おいおい、クロクアローよぉ。何でそいつを助けるんだ?悪・即・殺でいいだろ。そういう汚れ仕事をさせる為に俺まで呼んだんじゃないのか、あぁ?」
「そのつもりではありません。単なる戦力としてですよ」
睨むようにして何もない空間を見つめる美青年
その見つめている位置から、急に死んだ目が現われた
目の次に顔、頭、首、胴と景色との同化を解除しながら姿を現す男
情報にない人物だ
「……っち。確かにあの状態のアイツになら俺の能力も通じるが、だからって呼ぶんじゃねぇよ、クソが。こういう泥臭いのはレリエで十分だろ、俺は仕事を蹴ってまで来たんだぞ」
ぶつくさと文句を言う男を宥めるように男の肩に手を置く
「メルク隊長、この件に関わりを作っておけば団長に借りを作れますよ?」
「……っち。嫌な後輩を持ったもんだ。〝戒長〟メルク・ユウェ、任務を開始する」
小さく悪態をつきながら男はまた姿を消す
「何……どういう事、なの?」
あまりにいろんなことが起きすぎている
頭がこんがらがって来た
「アマツキ ミレイだな。ジークサンダーについては助けられなくてすまない。いくら理性が飛んでいるとはいえ団長の一撃を止めれるほど俺は強くないんだ。今回のラーフィット邸襲撃の罰は後で話す。今は大人しくして居ろ、いいな」
「……はい」
「さて、どうしたものか──」
俺では力不足、ここにいる民間人たちに被害が及ばないようにはできるがそれだけだ
到底戦力にはなれない
勝ち目は、レリエ隊長がやる気を出してくれるか
何もできない自分がもどかしい
「おい、ライト。やることないんならおつかいを頼まれてくれないか?」
「テレイズ医院長、何をですか?」
倒れている人たちを前にしゃがみ込み、真剣そうに診察している
何か必要なものがあるのだろう
俺が断る理由はない
「ちょっとヤバいから巻きで頼む。コッコのやつを連れてきてくれ、何か仕事があっても無理に連れてきて欲しい。〝記憶凍結〟が必要だ」
「了。団長の事、任せましたよ」
流れ星の様な光の軌跡を残して凄まじい勢いで世界樹の根元まで向かっていく
記憶凍結が必要、それはその記憶が精神に異常をきたす可能性がある場合にのみ使われる能力
……気絶していた人たちは助かるだろう、記憶をはっきりと認識していないのだから能力がよく効く
だが、あの場で意識のあった男女、彼らはもう駄目だろう
二人とも眼に生の光が宿っていなかった
いや、とにかく急ごう
俺の役割はそれだ──
一気にキャラ出しをしてしまった為、補足しておきます
〝戒長〟メルク・ユウェは表立って処分できない事件や人を秘密裏に消す組織である『ユグレシア王国騎士団完全秘匿組織 何も無い』のトップに立つ人で、表向きには存在しないことになっている組織ですが、必要不可欠な組織です
〝獄長〟レリエ・フェリップスはメルク達が処理したり、捕まえた人や、王国内で犯罪を犯した人の処分を担当する場所である冥界を担当する『ユグレシア王国騎士団冥界統制断罪執行機関』のトップで、相手が誰であろうと罪を裁き、平気で拷問や処刑を執行する人です
〝局長〟ミエナ・ブルスリーは魔道具の開発や日用品の発明までやっている団体『ユグレシア王国騎士団全能開発局』のトップで、めったに外に出ずに自室で開発を続けている仕事人です
〝医院長〟テレイズ・フォン・アライヤは貴族から平民まで、幅広い層が利用する国唯一の医療機関『ユグレシア王国騎士団救護医院』のトップで、〝命〟の練度だけで並みの治療系能力より早く、正確に治せるすごい人です
〝団長〟オーニアス・ラーフィットは上記の組織の報告書やら始末書やら予算やらを管理している『ユグレシア王国騎士団』のトップで、王直属の護衛を任されるほどの信頼を獲得しており、国民全員が認める最強です




