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僕は人が嫌いだ。

 その日の朝は、父さんの怒号と痛みで目が覚めた。

  「てめぇ!! クソガキが!! いつまで寝てんだ殺すぞ!!」

 優しさの欠片も容赦もない蹴りが腹に衝撃伝わり、息が漏れ、咳が出る。

 また、一日が始まってしまった……憂鬱だ。

 家に長居してもいいことなど何もないので、支度をすぐに済ませ息を殺して家を出る。


 学校についても家とは変わらない、僕にはかかわりのない会話が飛び交っている、その合間に僕にはモノやゴミが飛んでくる。

 顔に当たろうが目に直撃しようが視線と意識がこちらに向かうことはない。

 そんなおかしなことも、ここでは当たり前として消化される。

 学校が終わりクラスの奴らは帰り支度をしている。

 一日の終わり、この時だけ僕は暴力から解放される……されないときもあったけど。

 ぼろぼろにされ教科書本来の機能を失った紙の束を抱え龍二の待つ図書室へと向かった。

 今日は龍二が少し遅れて図書室にやってきた。


  「遅れたわ。」

 そう端的に言い放つと龍二は近づいてきた。

  「なあ、唯我。」

 いつもとは雰囲気が違う龍二の態度に少したじろいでしまう。

  「ど、どうしたの? 龍二。」

 ドッッ   

 頭に強い衝撃が来てまともに立てなくなりその場に座り込んでしまう。

  「っ痛……。」

 痛みを感じ、龍二のいる方を見る。

 僕の頭は嫌なくらい冷静だった。

 痛みの原因は龍二にある。

 龍二の周りにクラスの奴らがどんどん集まっていく。

 少しずつ現状を理解するのに必要な材料が集まっていく。

 嗚呼、龍二の顔に靄が……そういうことか。

 僕はまた。

 また……


 母さんが死んだあの日から僕の脳と心は他人と関わらなくていいように、自分に敵意を向けるもの害があるものを靄で隠して傷つかないようにしていた。

 靄がかかるのは僕を傷つける相手、僕の心を傷つける相手、僕が期待することができなくなってしまった人間すべて。

 僕の心は母さんが死んだあの日に一度壊れている。

 僕の心は再び壊れることを恐れて他人とのかかわりを避けていた。

 そのことを僕は何となく理解していたつもりだった。


 今、目の前にある光景は治りかけていた僕の心を壊すには十分なほどの出来事だった。

 龍二はクラスの奴らと一緒に僕のことを見下ろしていた誰と一緒にいるかなんてわからない……。

 知りたくない。

  「……馬鹿だな、なんで気づかなかったんだ?」

 心底馬鹿にしたような声で龍二は話し続ける。

 わざとらしくため息をつき、腕を組む。

  「俺がお前の友人ふりをして関わりをもっているのに、なんで俺はいじめられないのか、疑問に思わなかったのか?」

 足を僕の頭に乗せ、踏みつけるような体勢で僕に話し続ける。

 その間にも取り巻きは増えていく。

  「いまいち理解できてなさそうだからよ。シンプルに言ってやるよ。お前もお前の家族もいじめられているのは俺のせいだ。」

 …………。

   「お前母親が死んでるよな? あいつ死ぬ寸前までお前の名前を呼んでいたぜ? 馬鹿みたいによぉ。」

 わからない   

  「お前の父親だってよ、月10万なんてはした金で毎日お前に暴力振るってんだぜ? お前に対する愛なんてちょっとの金で簡単に消えるのさ、笑えるだろ?」

 しんじられない   

  「俺は転校生とかなんじゃないんだよ。最初からこの村にずっといる。お前の境遇も家族全員が村全体でのけ者にされてたかも全部知ってるんだよなぁ。」

 

  「……な、なんで僕たちはそんなことされてたんだ?」

 声が震えてまともに喋れてる気がしない。

 怒りも悲しみも押しこらえ蚊の鳴くような声で問う。

  「は? そんなの、面白そうだからに決まってんじゃん。」

 …………?

 そんなことで?

 僕は?

 母さんは?

 そんなくだらない理由で?







 そのあと何度も何度も殴られたけど痛みは感じなかった。

 僕の心にはもう何もなかった。

 腕が変な方向に曲がった時も、爪が指ごと叩かれて割れた時も。

 もう何時間こうしていたのだろうか。

 あたりが暗くなり死んだように座り込んでいた僕には、ある考えが頭をよぎる。

 ……もう生きてても仕方ないよね。

 無責任な考えにも僕の体は答えた。


 僕の体に刻まれた傷は、心に刻まれた痛みにかき消され黒く黒く沈んでいく。

 痛みをこらえ帰路につく。

 寒い、寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い。

 僕はその時なんでそんなに寒かったのか、わからなかった。

 裏切られたことによる極度のストレスか、それとも……。


 そんなことを考えていると家に着いた。

 家に着くと僕は母の仏壇に向かった。

 生前、母の趣味はキャンプとかのアウトドアだった。

 母さんが一番大事にしていたのは母さんの父に当たる人から亡くなる前にもらったナイフだ。

 母の仏壇にはそのナイフが置かれている。

 最後に少しでも母さんからの愛を感じていたくて……。

 ナイフを首に当てても恐怖を感じることはなかった。

 少し安心していたくらいだ。

 僕は思い切ってナイフを引いた。

 そこからはどんどん体から力が抜けていき眠くなった。

 これで解放される……。

 大量の血は横になった僕を包む。

 なんだか少し暖かかった。

 力が入らず、重くなった瞼を閉じた。

 これで母さんのいるところに行けるかな……?

 血が抜けていく喪失感がなくなり、死んだのかなと思っていると、風を感じた。

 それが僕がこの世界に来るまでの……人を嫌いになるまでの物語。



ここで、最初の話と繋がります。

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