第四十四幕 違和感の正体は……
いやー美味しかったな
ユイガマサミチはディナーの片づけを手伝いながら味の余韻に浸っていた
初めてあんなに豪勢な食事を口にした
下層のお店のお肉やアルドルフ一押しのお肉とはまた別の美味しさだった
野菜や果物もあっちの世界で見たことのない物や類似した物とかもあったけど全部美味しかった
驚きなのがこれをグレイがほぼ一人で作ったことだ
ソラも手伝っていたとはいえ凄まじい手際だった
「すごかっただろ?俺は料理の味も好きだが作ってる時の方が好きなんだよな」とはアルベリの言葉だが本当にその通りだ
人型の糸が配膳や盛り付け、料理を作っていたのを見た時はビックリした
能力の都合上、僕にもできなくはないとは思うけど頭がパンクするんだろうな
皿の片づけを終え、皆の待つリビングに足を運ぶ
そこには各々でくつろいでいる姿があった
「何見てるの?ソラ」
僕が声をかけたのはオーニアスと一緒にいるソラだ
オーニアスほどではないけど、僕もまた会えてうれしいし、話したい
「今はね、アルベリの子供の時の転写を見ているの」
「マサミチ殿も見ますか?」
「ぜひ」
オーニアスの広げている転写坂を見るために少し覗き込むような体勢になる
この世界には写真がない
だから転写という能力で映し出し、写真のように保存する
一様その術式が組み込まれた魔道具をアルドルフの工房で見かけたが、だいぶ大きかった
空間の情報を切り取るという解釈で使っているのだろうけど難しいようだ
「あ、見て見てコレ。アルベリがおねしょして泣きべそかいてるよ」
「ほんとだ、なんか想像つかないけど可愛いね」
「そうでしょうそうでしょう?アルは可愛いのです」
「あとは──あっ、とられた」
次の板を見ようとすると、アルベリが転写坂を取り上げた
相当恥ずかしかったのだろう、顔が真っ赤だ
「何見せてんだよ姉貴!」
「いいじゃない、減るものでもないし」
「減るわ! ったく姉貴はいいよな。転写坂に子供の時の板ねぇんだもん」
「私の時は忙しくてそんな暇がなかったから仕方がないじゃない」
「うっせぇズル姉貴」
「む、誰がズル姉貴ですか!」
喧嘩を始めてしまった
大丈夫なのだろうか
そう思ってソラをチラッと見ると笑っていた
その笑顔を見ていると、この喧嘩が微笑ましい物なのだと理解した
こういった幸せの形もあるのだろう
羨ましい限りだな
「ねぇ、ユイガ君ちょっといい?」
不意に横から声がした
ハスキーな声が鼓膜を揺らし、ぞわっとする
父さんに似た優しい匂い
「アカツキさん?どうしたの」
そう答える前に肩をひかれ廊下に連れていかれる
ペタペタと廊下を歩く音が響く
明かりの届かない場所まで連れていかれ、少し不安になる
「どうしたの?」
そう聞くと目隠しをした目で、あたりを二度三度見まわし、改めてこちらを向いた
「同郷のよしみとしてお願いがしたくてね」
「それはあそこじゃ言えない事なの?」
「……まあね」
言えない事、何だろうか
それにわざわざ僕にだけ言うって事は、僕にしかできない事なのかな
そう身構えていると優しい声色が聞こえた
「そう身構えなくてもいいよ~、何も難しい事を頼もうって訳じゃないからね」
「そうなんですか?」
僕の問いかけに首を縦に振って肯定する
「私が頼みたいのは、気を付けて欲しいってだけさ」
「何に?」
「あれ、聞いてなかったのかい?ボス達が言っていたずっと追っていた奴がオーニアスを狙っているって情報を掴んでね。世界最強を狙ってるんだ、そいつも強い。だから巻き込まれないように気を付けてって事」
……なるほど
オーニアスを狙っているのは強い人だから巻き込まれないように気を付けて……
「それってオーニアスさん自身には伝えてるんですか?」
「いや、彼女には自然体でいてもらう必要があるんだ。彼女が警戒したら誰も責められないからね」
「ずっと追っていた人がそれで断念したら嫌だからって事ですか?」
再度、肯定の意を持って頷くアカツキ
決して嘘が得意と言うわけではないけど言われたことを秘密にすることくらいならできる
僕自身がすることは警戒だけだ、なら問題はない
「わかったよ。そういうことなら任せて」
「ん、ありがと」
ちょっとした約束をして、僕たちはリビングに戻った
リビングにて
危なかった
今しがた僕の頭に飛んできた椅子をキャッチした体勢のまま二人を見る
さっき廊下に行く前までは綺麗だった部屋が荒れ放題になっていた
まだいろんなものが飛んできているのを見るに、喧嘩は終わっていないようだ
「あ、マサミチ君戻って来たんだ」
「お帰りっス~」
色見の付いたジュースを片手に喧嘩を見物している二人組は僕が帰ってきたことに気づき、声をかける
結構激しめの喧嘩なのだがソラが治療できるしお互いの力量差もちゃんと把握している
だから止めることなく悠長に見物しているのだろう
持っていた椅子をもとの場所に戻しているとグレイがソラ達の飲んでいるのと同じ飲み物を持ってきた
「どうぞ」
「ありがとうございます」
感謝もそこらにエメラルドグリーンの液体を少し口に含む
爽やかな味がのどを潤しアルベリと剣の打ち合いをしていた時の疲労が消える
あまりの美味しさに気づけば丸々一杯飲み干していた
……もう一杯飲みたいな
「美味しいですね、これ」
「それはよかったです。おかわりはいりますか?」
「できれば……」
もう一杯分の飲み物をもらいソラの横に座る
チョーの出したギルとガッシュがソファのような形になっていた
ごめんねと思いながら腰を掛けると沈み込むような感覚と押し返されるような反発感が同時にきて心地いい
余談だが、アカツキは少しだけ外の空気を吸いに出て行ってしまった
「どう、それ美味しい?」
「うん。これ何なんだろうね」
そう言いながらまた一口飲む
飲めば飲むほど身体に力が湧くから何杯でも行ける
癖になりそうだ
「美味しそうに飲むね。それ、魔力水なのに」
「ぶふっ!?」
〝魔力水〟と言う単語に反応し、飲み切っていない飲み物を吐き出す
記憶が間違っていないのなら毒じゃなかったっけ
「あ、ごめん。言い方が悪かったね」
急に吐き出したことでむせた僕の背中をさすりつつ説明してくれた
この水は魔力水であっても悪い物ではなく、むしろ良い物らしい
世界樹の湧き水、或いは世界樹の神涙と呼ばれている御利益のある物なのだとか
「一様ユグドラシルの魔力を帯びているから魔力水って呼ぶこともあるんだよ」
「そういう事だったのか……」
勿体ない事をしたな
そもそも一杯飲んで身体が無事だったのとグレイさんが出したものって時点で問題はなかったって言うのに
こぼしちゃった部分は凍らせて消せばいいか
床に沁み込む前に手をかざし、少量の魔力を込める
「四季・冬式 寒床」
パキッと凍った水分を溶かし切るようなイメージで更に能力を使う
「四季・秋式 秋風迅雷」
軽い感じで出したプラズマが氷に直撃しパンっと音を立てて蒸発した
そこには一切の水も残っておらず、完全に消滅した
「……マサミチ君、もうそんなに能力使えるようになったの?」
驚いた表情のまま固まっているソラに、僕は答える
「うん。でもこれは僕の力じゃないと思うんだ」
「……?」
話の内容が分からないとそういうように首をかしげている
僕の説明が下手だったのだろう
だから今度はわかりやすい言葉で
「ヒバナと戦った時からなんだ、
僕は、僕じゃない誰かに助けられて技を使っている」
あの時感じた違和感はきっとそうだ
「僕は多分、この能力を持っていた人が使った、誰かの技を使わせてもらっているんだと思う」
誰でもない、僕だからこそ分かった違和感を胸にそう言い切った
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僕はもう、この時既に
僕という存在のヒントを得ていたんだ
何者でもないと知った今の僕は
この時の呑気な時間に、平和な時に
戻りたくても戻れない……




