第三十九幕 ──の地獄──
僕はその日地獄を見た
大衆から向けられる視線は槍のように僕の身体を突き刺していく
うつ伏せのまま縄で縛られている僕は何もできずにその視線を一身に受けた
誰かが口を開いた、悪魔め……と
その声には嫌悪と憎悪が乗せられていた
また誰かが口を開いた、犯罪者め……と
その声に続き、一人また一人と声を上げる
ドス黒い負の感情は泥のように纏わりついていく
向けられる負の感情に喉の奥から乾いた嗚咽が漏れる
身をよじり少しでも声の届かないところへと動こうとする
直後、背中に大きな衝撃を感じ、肺の空気が外へと押し出される
息がうまく吸えなくて身体を動かし何とか息を吸おうとする
そうやって身体を動かせば動かすほど背中にかかった圧は強さを増していく
脂汗が額に滲む
力を振り絞り首を捩じり圧をかけている人物の顔を見る
「──っひ」
その眼には怒りを越えた殺意すら宿っており今にもこちらを殺さんとするように睨んでいる
息が続かなくなり視界が白くぼやけ始める
どんどんと消えていく意識とは裏腹に負の感情が籠った罵声と視線だけは鮮明に感じ取れる
薄く涙がにじみ気が……失わ……
──ザグッ!!
右足に強烈な痛みが走り意識が強制的に覚醒させられる
いつの間にか背中の圧がほんの少し緩みギリギリ息が吸えるようになる
だがすぐに圧は強くなりまた意識が消える寸前で刺される
やまない罵声に続く痛み
気が狂いそうになる
なんで僕がこんな目に
今度は掌を刺され意識が覚醒する
そんなことが続くうちに僕を取り囲む人の言葉は変わっていく。
「殺せ!!」「そんな人間この世に要らない!!」「とっとと死ね!!」「息をしているだけで目障りだ!!」「殺せ!!」「殺せ!!」「殺せ!!」
次第に声が大きくなりたった一つの言葉になる
「「「「「「殺せ!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」
大衆の声が鼓膜を揺らし脳を刺激する
不意に背中の圧が解かれ苦しみから解放される
背中に圧をかけていた青年は僕の首を乱暴につかみ木枠に嵌める
……ああコレは本で見たことがある
〝ギロチン〟だ
上に感じる死の気配が首の感覚を敏感にさせる
少しの風ですら身体が反応してしまう
違う!! 僕は何もやっていない!! そう言葉にしようとしたのに声が出ない
何度も声を出そうとした、何度も何度も何度も何度も
その度に僕の喉からは乾いた息だけが漏れて行った
青年が僕の横に立ち紐を握る
全身に悪寒が走り声を張り上げようとする
口の横が裂けて血が流れる
それなのに声が……
やまない罵声と死の恐怖、弁明することも訳を聞くことも許されず……
青年が目の前まで歩いてきて僕に見えるように紐を離す
薄い鉄の刃が風を切る音が聞こえる
避けられない死が直前まで来た時、ようやく声が出た
「あははっ」
最後に僕の口から出たのは紛れもなく笑いだった
狂気に押しつぶされ、転がった視線の先から見える嫌悪の表情に笑いが止まらなくなる
何も知らないくせに、何も知ろうとしなかったくせに
そんな顔をするなそんな目を僕に向けるな
嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌い嫌い嫌い嫌嫌嫌嫌嫌嫌
大っ嫌いだ!!
そこで僕は〝一度目〟の死を迎える
僕は地獄を見た
僕は見知らぬ地で木にはりつけにされている
身動き一つ取れない
そんなことよりも、僕はさっき……
―――ゴッ
先ほどの悪夢ともいえる状況に顔をしかめているとどこからともなく石が投げられてきた
額からつうっと暖かい物が流れ視界の片方が赤に染まる
石の出所を確かめるように顔を向ける
そこには涙をにじませ震えている少女が立っていた
いや、少女と言うには幼すぎる、女の子がそこにいた
また別の方向から石が飛んできた
また別の方向から……
投げられる石の数が一つまた一つと多くなっていく
痛みが物を考える事を許さない
口に当たり歯が根元から折れる
鳩尾に当たり息ができなくなる
目が完全に潰れ何も見えなくなる
その事は今の僕には救いだった
視界を埋め尽くすほどの大量の石よりも、僕を許さない、殺してやると言う意思の籠った視線の方が痛かったから
……痛みがやんだ?
もはや痛みとして感じ取れなくなっていた衝撃が止む
びしゃりと何か冷たい物がかかる
口の中に少し入り味がわかる
ガソリン、液体燃料だ
理解りたくなかった……
かすかに聞こえるパチパチといった木の割れる音が聞こえる
木が燃えて割れる音だ
「が゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
石でとうに潰れたはず喉から声が出る
焼けてただれた皮膚がくっついて焦げて……痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
ここで命が途切れる
そこで僕は〝n度目〟の死を迎えた
地獄を見た、地獄を見た地獄を見た地獄を見た
僕は何度死んだのだろうか──
私は何度死んだのだろうか──
僕は、私は、「その日、地獄を見た」




