第三十八幕 戦いの後の労い
「────」
声が、聞こえる
「で──しょ」
薄っすらと聞こえてくる二つの声
その一つには聞き覚えが……
「──ソラ?」
声の主を確かめるように跳ね起きた
「わぁ。もう起きたの?早いね」
寝起きのぼやけた目が捉えた景色には見知らぬ人がソラの横に座っていた
白衣を羽織ったダークブラウンの髪の女性だ
「マサミチ君!!」
「ぶぇっ!?」
すごい勢いで飛びついてきたソラに押し倒されて、また横になる
「よかった……。ありがとう、テレーズさん」
抱きつきながら後ろの女性にお礼を言うソラ
「テ・レ・イ・ズだ!! ったく、というかその子、治ったとはいえまだ色んな所を怪我してるんだ。それにその子、今は上裸だよ?はしたない」
「なぁ!?」
顔を赤らめながら離れていったソラは何にもない所で転んでいた
「さて、気分はどうだい?マサミチ君とやら。腕やお腹に違和感はないかい?」
僕が寝かされているベットの横の椅子に座りテレイズは微笑む
自分の身体を見ると至る所に包帯がまかれており、確かに服は着ていなかった
そんなことよりもヒバナに吹き飛ばされた腕と腹が治っている
何度かこぶしを握り締めてみるが全く違和感は感じない
「はい。あなたが治してくれたんですか?えっと……テレイズさん?」
「ああそうだとも。存分に感謝してくれたまえ。勿論、はしたないソラちゃんにもね」
「テレーズさん!! 茶化さないでよ!!」
顔を赤くしてテレイズの肩を左右に揺らす
「ソラちゃんがいつまで経ってもテレーズ呼びを続けるからだよ~」
うははと笑いながら揺らされ続けるテレイズ
「ソラちゃんは死にかけの君を連れて来る時も頑張って治療をして君の命を繋いでいたんだよ。感謝は本当にするべきだよ」
「そうだったんだ……ありがとうねソラさん」
上体だけ起こして礼をする
ただ顔を上げた時に見たソラの顔は不貞腐れたように頬を膨らましていた
「えっと……ソラさん?」
「さっきまではソラって呼んでくれてたのに。さん付けは辞めて」
ええ……そんなことで膨れてるの?
「じゃ、じゃあ……ソラ」
「うんっ!! その感謝を受け入れます」
わぁ、わかりやすいくらいに上機嫌になった
もし尻尾があったらすっごい勢いで振っているんだろうな……
そんなやり取りを見て頬杖をつきながら口角をあげ、テレイズは珈琲を一気に呷る
「いやぁ若いって良いわね。眼福眼福。あっ、メノ~おかわり持ってきといて」
「そういえばソラさん」
「むっすー」
あ、さんずけしちゃった
なんかちょっとめんどくさいな
まあ可愛いからいいか
「ソラ」
「何?」
「チョーは大丈夫だった?なかなかに重症だったでしょ?」
腕も折れてたし多分全身やけどしてたっぽいし
そういえば戻るって言ったのに気絶してたからいけてない……
怒ってるかもな
「大丈夫だよ。ちゃんとここまで連れてきてるから治してもらってるはず」
じゃあここにチョーもいるんだ
それならいいか
……なんか隣の部屋が騒がしくなってるな
それにこの声にも聞き覚えが……
「嫌っス。堪忍っス。そんな物近付けないでっスぅ~!!」
「あら騒がしい。ソラちゃんのもう一人の子は元気だね」
元気で済ませていいのか?って思うくらいにはガチっぽく聞こえるんだけど……
というかやっぱりチョーだったのか
「ギョエェェェェェ!!」
痛ましい叫び声が隣の部屋から響き渡る
その後、数分もしないうちに小脇に抱えられた状態でチョーが連れてこられた
「……アレ本当に大丈夫なの?ぐったりしてるけど」
青い顔で力なく抱えられたチョーの姿は全く無事に見えない
「メノ?その子なんでそんなに叫んでいたの?」
「注射です。精霊持ちだったので半端なのでは弾かれるので内部にと思ったのですが……」
「その子が注射が嫌いだったと。……可愛いからいいんじゃない?」
ぐったりしているチョーをソラに預けてメノルは外に出ていった
「さて、全員集まったしお話タイムと行きましょうか」
テレイズの声色は先ほどのものとは変わっていなかったが部屋全体の空気が変わった
真剣な話なのだとすぐに分かる
気を引き締めて聞こう
「本来私の治療は豚畜生……間違えた。貴族用の治療なの。だから、結構お金がかかっちゃうのよね。そこのところわかってるわよねソラちゃん」
お金の話、それはどんな所でもついて回る話
お金がなければ生きていけない、それが今の社会だ
ソラにそんなところでまで迷惑かけれない
「あのっ。お金は持ってないですけど、僕能力もあるし男です! 働いて返します、のでその……」
「あー、いーのいーのマサミチ君。テレーズさんもわかってると思うから」
「へ?」
勇気を振り絞って出した言葉は気の抜けた声で壊された
恐る恐るテレイズの方を向いてみると、それはも物凄いくらい笑顔だった
「いやー良いわね!! 若い男女の色恋沙汰!! たまんないわ~!! 男の子の方が僕っ子だなんて芸術点が高すぎる!! これだけでご飯三杯は行けるわ!!」
「……え」
悶えているかのように身体を抱え、くねくねと体を揺らしている
この人、大丈夫な人なんだろうか……
僕の視線に気づいたのか、取り繕うようにコホンと咳払いをする
「冗談よ冗談。半分くらいは。お金の話はもうこっちで済んでいるのよ」
「私が昔テレーズさんのミスを隠すのに協力したときの借しがあってね。マサミチ君もびっくりすると思うんだけどさ、目の前で有名どころの貴族の息子さんの告白を振ったらしくてね。危うく打ち首だったんだよ」
「えぇ……」
「仕方ないじゃない。あの性格と顔のマッチ率が異常なほどに高いヘドロ豚の嫁になんて死んでもなりたくないんだもの」
わっはっはと女性人二人組で笑っているが何のことだかわからない
ソラに聞いても「マサミチ君はまだ知らなくていいの」って言われて教えてくれなかったけど、本当に何の話だったんだろう
「とりあえずソラちゃんにおっきな借りがあるからお金は無しでいいのよ」
なるほど……えっじゃあ僕が勇気出す必要なかったって事!?
恥ずかしい思いをしただけじゃんか
先ほどの発言を思い出し恥ずかしさに顔を赤くしていると誰かが来た
「どうぞ~」
「邪魔すんぜ~メノいるか?」
「えっアルベリ君?それにグレイさんまで」
そこには見知った顔があった
見知った顔とはいってもアルベリの身体は包帯まみれで痛ましい
「おっマサミチじゃねぇか、なんでここにいるんだ?」
気さくに話しかけてきたアルベリは前会った時と変わらない様子だった
案外大丈夫なんだろうか
「ちょっと、マサミチ君も怪我人なんだから……。先に治療を受けてきたら?その間に私が話を聞くからさ」
「おっそうか。んじゃそうするか」
話しながら外に行ってしまった
にしても……
「グレイさんは無事なんだね。大丈夫だった?いろんなところで戦いがあったらしいけど」
服どころか髪にさえ一切の乱れのない所を見ると戦いに遭遇していないっぽいし
しかしグレイはこの問いに否と返した
「大丈夫でしたよ、私の所に来ていたのはあまり強くはありませんでした」
普通の事のようにサラッというものだから流してしまいそうになった
「えぇ……」
驚きを通り越して困惑してきた
若干引いている僕とは違いテレイズはにこやかに笑った
グレイが無傷で勝つことが差も当たり前だと言っているようなそんな意味が込められた笑みだった
「相変わらず強いね。グレイテッド」
「お褒めに与り光栄です」
見ほれるほどの美しい所作で礼をするグレイを見てテレイズは呆れた様に笑う
その笑みに隠された意味は僕には知る由もないけれど
──コンコン
不意響いた静かな乾いた木の音、それは先ほどアルベリとソラが出ていった扉からの音だった
さっきアルベリ君が出て行ったばっかりなのにもう帰って来たのかな?
そんな緩い考えは扉が開かれ、現れた人物の圧によって消え去る
「失礼する。テレイズ、ここに弟は来ていないか?」
低く、わずかに掠れたその声は、ベルベットの様な生地を撫でた時の感触に似た響きを感じる
ざらりとした野生の気配と、滑らかな気品が、奇跡的なバランスで混ざり合っている様な心地の良い声
ただ次の瞬間本当にびっくりした
そこにいたのは僕が声から想像できた人物像とかけ離れた女性だった
その肩幅は、並の大男二人分ほどもあるだろうか
鎧越しにすら伝わる筋肉の隆起は、岩盤を削り出した彫刻のように硬質で、一切の無駄がないように見えた
生物としての格が違うのだと、そう認めざるを得ないそんな圧を放つ巨躯に思わず身体がのけぞる
背中に汗が伝い歯が奥の方でガチガチと音を鳴らしている
「ん?あぁすまない。患者がいたのか」
「そうよ。アナタにおびえちゃってるじゃない」
一切の動揺なく珈琲を入れているテレイズはグレイに目配せをして椅子に腰をかける
少しの間を置いて部屋に渦巻く圧が消え、ようやく息を吸える
肩で息をしていると女性が近づいてくる
一歩、また一歩進むごとに地面がキィと悲鳴を上げていく
僕の眼の前に来た事でより一層体格の差を感じる
ベットに腰をかけている状態とはいえ僕の身長の三倍はある
高い天井に容易に頭が付きそうなほどの巨躯を屈め目線が合う
鋭い瞳の中に内包される目を奪われそうなほど綺麗な紫色の瞳が僕の目を真っすぐ見つめて来る
「ごめんなさい。人がいるとは露知らず」
「……いえ、大丈夫、です」
途切れ途切れに紡いだ言葉の意味が伝わっていると信じたかった
ちょっと前に感じた死の気配
この人が少しでもその気になったのなら僕はななすすべなく死ぬだろう、そう本能が警鐘を鳴らしていた
圧が消えても奥底にある恐怖は消えない
「……嫌われてしまいましたかね」
目を伏せ物悲しそうな声で呟く
先ほどの粗暴な言葉遣いはいつの間にか上品な言葉に変わっている
なんだかとても失礼な事をした気がしていたたまれなくなった
「あの、嫌って、ない……です。怖かっただけで……」
少し目を大きくして驚いたような表情になった
少しの間を置いた後、鈴の音がなるようなそんな綺麗な笑い声が聞こえてきた
「ふふ。気のいい人ですね、弟の気に入りそうです。また今度機会があったのなら弟とお話ししてあげてくれませんか?きっと後悔はしないと思うので」
初めて会った時に感じた感覚はすっかり消え失せほんわかとした空気に変わった
「あの、そういえば弟さんは何て言う名前なんですか?」
「弟の名前は──」
そう言いかけた所で部屋に轟音が響く
音の方を見ると隣の部屋の方向の壁が粉々になっていた
「マサミチ!! 俺は感動したぜ!!」
肩に乗った瓦礫など気にもしていない様子でズカズカと僕の目の前までやって来る
「最高だ!! 漢の中の漢だ!!」
わっはっはと笑いながら背中をバシバシと叩く
痛かったけどそれ以上にやばいものが見えていたせいで気にもならなかった
アルベリの後ろで部屋に入って来た時と同じ圧を発しているのが見えたから
ゴッっと鈍い音が響きアルベリの頭に女性の拳が叩き込まれる
「ッッッッォォ!?」
拳の振り抜かれた方向そのままに吹き飛んで行き、さらなる穴を壁に開け、埃が舞う
「あちゃ~火に油だったね」
真横にアルベリが飛んできたというのにテレイズは全く体勢を崩さず珈琲をすすっている
「はぁー。アル!! 今回の物的被害の一番の原因はあなただって言うのに……。また壊して……尻拭いだって私がやってるのよ?毎度毎度大変なんだから」
顔に青筋を立てながらつらつらと文句を吐く
ため息をつき、アルベリの飛んで行った所に人差し指を向ける
そうすると埃の中から浮かんでいるアルベリが出てきた
気を失っているようで青い顔をしながら泡を吹いているアルベリは透明な水?に身体を掴まれ、宙に浮いていた
「うわぁ……」
壁の穴を通ってやってきたソラは泡を吹いているアルベリを見て声を漏らした
ただその声に反応するように女性の表情は明るくなった
「ソラ様!!」
女性がソラの方に駆け出していくのと同時になぜか女性の身体がしぼんでいく
大体四メートル弱だった身体が僕とほとんど同じ身長にまで縮んだ
「オーニアスちゃんっ!」
ソラは満面の笑みで女性に抱き着いた
「お変わり無い様で何よりです。私は会いとう御座いました」
「私もだよ。元気してた?」
きゃいきゃいと抱き合って喜んでいる姿を見てポカーンとしておくことしかできなかった
さっきから空気が二転三転して訳が分からない
呆然としている僕を見てソラは女性を僕に紹介する
「あっマサミチ君はオーニアスちゃんは初めましてだよね?この子はオーニアスちゃん。アルベリのおねぇさんだよ」
紹介が終わった瞬間にオーニアスは頭を下げ礼をする
「ご紹介に与りました。ユグレシア王国騎士団団長オーニアス・ラーフィットと申します」
「……えーっとユイガマサミチです。よろしくお願いします」
頭を下げた後握手を交わすと、テレイズが立ち上がり自己紹介を始める
「今がベストタイミングかなと思ったから私の事も教えておくよ。私はテレイズ・フォン・アライヤ。ユグレシア王国騎士団救護医院の医院長をやってるんだ。因みにメノ、パラ・メノルは副院長をやってるよ」
堂々と胸を張りながら自慢げに自己紹介をするテレイズにソラがツッコむ
「マサミチ君が純人族なの知ってるでしょ?騎士団の組織なんて知らないよ」
あら、そう?と首をかしげて楽しそうに笑う
「というかオニャースさ、弟君放置したままでいいの?」
「あぁそうでした、マサミチ殿とはもう少しお話したいのですが弟を家に連れ帰る用事がありましてね」
懐に手を入れオーニアスは紙を取り出す
「コレは私の家に入るための招待状です。また後日暇ができた時にいらして下さい。勿論ソラ様も一緒に」
「はい。ありがとうございます」
招待状を確かに受け取った後、浮かんだアルベリを連れて部屋を出ていった
「嵐みたいだったっスね」
いつの間にか起きていたチョーが招待状を覗きながら呟く
「マサミチさんマサミチさん。あのでっかい女の人貴族っスよね」
「う、うん。そうだけど……どうしたの?」
キラキラした目をしながら舌なめずりをするチョー
「って事は遊びに行ったら豪華なご飯が食えるっスよね。是非チョーもいきたいっス」
上目遣いでお願いしてくるチョーの目は既に飢えた獣の様だった
いいのかな、そんな理由で行っても……
そう悩んでいるとソラが口を開いた
「いいんじゃない?行っても。用事もないし、久しぶりに私も行きたいしね」
足にがっちり引っ付いていたチョーを引きはがしながらソラが言う
僕もやることがないし行ってみようかな
何か面白そうなことが起こる予感もするし
「よし、じゃあ明後日にでも皆で行ってみようか。多分明日辺りはアルベリ君は大変そうだしね」
「オッケー」
「やったっス~」
マサミチ達は談笑しながらお互いをねぎらっていく
戦いの疲れを互いに癒すように
「そういえばソラは一週間も何するつもりだったの?」
「顔バレしたくないからいろいろ準備が必要だったの」
「ほえーソラさんは美人さんなのに繊細っスね」
「あ、そう?嬉しいな☆」
「ソラちゃんが調子乗るからあんまりおだてないでよー」
「はー?事実だから調子に乗るもクソもないでしょ。ねぇマサミチ君?」
「うぇ!? 急に僕?」
「そうだよー。美少女で天才のソラさんは可愛いって言いなさいよ~」
「えっ、あー美少女で、天才のソラはか、可愛いです」
「あーソラちゃん照れてる~。いざ言われたら恥ずかしいって?もう、乙女なんだから」
「テ・レ・イ・ズ・さん!!」
「きゃーソラちゃんが怒った~」
全員で騒いでいると廊下の方からドカドカと足音が聞こえてきた
ガラガラガラ
「全員五月蠅い!! 患者さんたちに迷惑です!! それに医院長も茶化さないでください!! こういう無自覚熱々系カップル予備軍はそっと見守るのが鉄則でしょうが!!」
急に入って来たメノは言いたいことをすべて言い終わるとピシャリと扉を閉め去っていってしまった
「無自覚熱々系カップルだってさ」
黙っててくれないかなー?とソラは青筋を立てながら枕をテレイズに投げる
楽しいな、戦いが終わって目立った問題がなくなった事でようやく一息つける
ずっと話していたはずなのにまだまだ足りないや、もっとこの時間が続けばいいのにな
皆、思い思いに話をして、いつしか夢の中へと沈んでいった……




