克服
窓から差し込む心地の良い日差しとずぶぬれになった服を着ている事の不快感で目を覚ます
起き抜けに感じた頭痛が嫌でも意識を覚醒させる
「うえぇ、気持ち悪い」
ソラに渡された一週間分の着替えすらもびちゃびちゃになってしまった
重い体を動かして服を日の当たるところに干す
ああそうだ、日課をやらなければ
今まで機械的に続けてきた生活リズムに一瞬の乱れが生じたせいで日課のタイミングがずれてしまった
人のいる時間帯に……
マサミチの起きた時刻は正午
人だかりの一番多い時間帯である
扉を開けた時に聞こえる喧噪に身体が固まる
それでも足だけを動かし外に出る
続ける事こそ大事だと、ソラに教わっていたから
靄のかかった人たちが道のあちらこちらにいる
せわしなく動いていく人間の姿に足がすくむ
見るな、見なければいないのと同じだ
そう思い込み、足早に駆け出していく
いつもよりペースを上げて走る
何も見なくて済むように、何も聞かなくて済むように
走り出して数十分ほどたった頃、一つの問題がマサミチを襲っていた
「ここ何処?」
道が分からない、いわゆる迷子である
昨日と違い風景や道を見たり覚えたりすることなく我武者羅に走っていたせいで完全に道が分からなくなってしまった
あたりを見回しても昨日見た景色と全く合致しない
人通りも少なく民家もボロボロ
辺りがほぼほぼ静寂に包まれている
声が微かに聞こえる以外何も聞こえない
何もわからないからとりあえず声の聞こえる方に向かうことにした
近づくごとに会話が鮮明に聞こえてくる
どうも聞き覚えのある内容だ
「ハンっ。ナマイキなんだよお前」
「お前なんかいらないんだよ!」
何とも聞き覚えのある醜悪な会話だ
「おらッどうした」
聞くに堪えない
「ぎゃはは。コイツ泣いてやがるぜ」
関わりたくない人種だ
無視すればいい、それでいい……いや、良くない
ここで見て見ぬ振りしたら何も変われない
変わる努力をしろ
チャンスが降ってきたんだ
ここで変わって見せろ、ユイガマサミチ
変わるって決めたじゃないか
「そこまでだ」
「は?なんだお前」
「その恰好よそもんだな?」
うずくまる少女を踏みつけたままこちらを見てくる
その眼には確かな敵意と警戒が見て取れた
「その足をどけてやってくれ。その子が君たちに何をしたのかは知らない。もし何か許せないことをしたとしてもそこまでやる必要はないはずだ」
どんな理由があったって暴力に走るのは良くない
話し合う事が出来る知性があるのだから
「は?何言ってんだコイツ」
「気持ち悪ぃ」
「行こうぜ」
そそくさと逃げるように去っていく少年を横目で見送り、少女に声をかける
「君、大丈夫?」
「う……うう」
腕を押さえながらうずくまっている
見たらわかる
骨が折れているんだ、そうそう味わう痛みじゃないからな
前までの僕じゃ何もすることができなかったけど、今なら何かできるんじゃないかな
「四季・冬式 氷塊」
昨日気絶するまで出したんだ
感覚が覚えてる
身体から一滴、血を垂らすような感覚
大きくしたいなら二滴、三適と増やすイメージで……
創り出した氷の塊を出し傷口に当てる
そんでもってできるかわからないけど挑戦してみよう
春、実り、満開の桜を思い浮かべ紫色に変色した部位に手をかざす
感覚は、ソラのあの光
痛みを無くしてくれるあの光
「四季・春式 春好」
淡く桃色に光る波動が少女の腕を包み込んでいく
完全に治ったわけじゃない
けど少しなら痛みをなくせるはずだ
紫色に変色した部分が徐々に薄くなっていく
やがてきれいさっぱり無くなった
「温かい……それに、痛くない?」
何が起こったのかわからないような表情を浮かべている少女
「うまく言ってよかった」
ぶっつけ本番完全感覚の挑戦だったけど何とかなった
それにしても少し疲れた
昨日、氷を出していた時は全く疲れてなかった
それに今回も氷を出しただけじゃ全然疲れなかったのに
春は適性がない、そのせいなんだろうか
「貴方っスか?助けてくれたのは」
不安そうな声が聞こえた
助けたと言っても相手は知らない人だしな
僕だって不安になるよ
「助かりましたっス。チョー感謝っス」
さっきまで傷だらけでうずくまっていたのとは打って変わって元気になった少女が近寄ってくる
「あのまんまならいろいろまずかったっスし、痛いしでホントに助かったっス。なんかお礼させてほしいっス」
結構な勢いでまくしたてられ少したじろぐ
知らない人に対する忌避感はないのだろうか
けど、ちょっとだけ都合がいい
「それじゃあちょっと案内を頼んでもいいかな?自分で言うのもなんだけど迷子なんだ」
「そうなんスね。わかったっス」
他の人に比べてこの子は少し靄が薄い
きっと僕は昔の自分に重ねてるんだと思う
何とも身勝手な話だ
「そういえば名前聞いてなかったっスね」
「そうだね。僕の名前はユイガマサミチだよ」
少し驚いた顔を見せる少女に前聞いた話を思い出す
『私の様な平民、ましてや元奴隷に家名などありません』
そうだ、完全に失念していた
「あっいやっ僕別に貴族とかそういうんじゃないから。あっそう、……あれ?何だっけ」
やばいやばい僕達の事なんて言うんだっけ?
頭を抱えて四苦八苦していると少女は突然笑い出した
「あはは。おもろい人っスねマサミチさん」
「え?」
「たぶん純人族のこと言いたいんスよね?今のでいろいろ分かったっス。初対面のガキんちょにそこまで慌てるのすごいっスわ。腹痛てぇっス」
痛快に笑い飛ばされポカンとしていると少女は言う
「チョーの名前はチョーっス。以後お見知りおきをっス」
「えっと……チョーさん、でいいんだよね。」
一人称が名前なのか、今ちょっとだけ困惑したけど何とか理解できたぞ
「さん付けいらねぇっス。チョーまだ十二歳なんでマサミチさんのが年上っスから」
あってます?僕の顔を覗き込んでくる
「わかったよ。チョーって呼ぶね」
「はいっス。よろしくっス」
目的地の事を話してからそこに向かうまでにいろいろ話をした
なんで暴力を振るわれてたとか僕のトラウマについて相談になってもらったりだとか、ほんとにいろいろ話した
「そっか、下層でも珍しい能力持ちだったんだ。だからそれを面白く思わない奴らにって話か」
「そっスね。両親も早いうちに亡くなってるから味方もいなくて……まあその両親の遺言馬鹿正直に守ってたらエスカレートしたって訳っス」
チョーの両親の遺言
さっき聞いた話だと
能力を持っている事は恵まれている事だ、きっと神様がくれたものだろう。 だから能力を与えてくださった神様に恥じないように生きなさい。との事
チョーは能力を持っていない人に能力で反抗するのは恥ずかしい事だと言った
チョーはとっても優しい子だ
だからこそ
「他人事のようにしか聞こえないと思うけど、辛かったね」
支えを無くしたっていうのに前を向いて歩いている
僕とは大間違いだ
でもチョーはそう思っていないみたいだ
「いやっそれを言うならマサミチさんのが辛ぇえっス。むしろ今までよく耐えてきたっス。チョーならきっともっと早くに心が折れてたっス。マジ偉いっス」
偉い、か
そんな言葉に苦笑する
「僕は偉くなんかないよ。寄り添うことも理解しようとすることも諦めて、勝手に心を閉ざして……」
そう、閉ざしたのだ
チョーにだって靄がある
親身になって話を聞いてくれたのに、やっぱ僕は何も変われてないや
「……それは考え方の違いっス。もとの世界にいた人らが軒並み悪い奴らでもこっちの奴らにはいい奴もいるっス。どんなに綺麗な宝石でもゴミに紛れりゃ輝きがかすむもんっスよ。マサミチさんのお母さんは最後までマサミチさんの事を想ってたと思うっス」
「……」
「マサミチさんより年下のチョーが言う事じゃねぇっスけど、人生これからっス。今から何でもできるし何にだってなれるっス。変わることだってできるっス」
「……そうかな」
「そうっス。それにマサミチさんはもう知ってるっス。悪い人ばっかりじゃないって事を」
一言一言が僕の心に刺さっていく
そうだ、僕はもう知ってる
ソラさんやアルベリくんグレイさんやアイゾメさん、アキラさん
皆んな優しくて温かくて
それにソラさんが言ってくれてたじゃないか
今、チョーが言ってくれていることを
「今すぐじゃなくたっていいっス。でも期待してみて欲しいんス。人間、悪い奴らだけじゃないって期待してみて欲しいっス。見限るのはそれからでも遅くないはずっス」
「うん。……うん」
視界が開けた気がした
道行く人達の顔に、もう靄はない
今まで目をそらしていたせいで気付かなかった
世界はこんなにも明るいのだと
目をそらさなくなったからこそ見えた
人の笑顔はとっても綺麗で何物にも変えられない大切な物だと
「悪い人もいるっス。でも全員がそうじゃないって事を知ってるだけで気分がすっごく楽になるはずっス。きっと、マサミチさんの友達の人もそう言ってくれるはずっスよ」
そうだ
ソラ、アルベリ、グレイ
きっと皆もそう言う
「うん。ありがとう。チョー」
お安い御用っスと胸を張る少女
その姿がぼやける
内から込み上げてくる熱いモノが溢れて止まらない
「うえぇ!? 泣いてるっスか?どっか痛いんスか?」
「大丈夫、僕は大丈夫だよ」
涙は出るのに笑顔になる
あの時、ソラに言われた問いの答え
今なら好きになれると、胸を張って答えられる
みんなが教えてくれたから
世界は悪い人だけじゃなくて、良い人もいるって
教えてくれたから……
僕はこの日、元の世界からの呪縛を解いた




