始めましての二人
鍵括弧の位置を変えました。
まだ太陽が姿を隠しているころ、マサミチは違和感に起こされる。
「……くぁあ。」
眠い目をこすり着替えを手に取る。
今日もまた一日が始まった。
ソラのおかげで健康的な生活習慣が身に着いた。
あれ……?何か忘れてるような。
「おーい!! ソラー!! 来たぞー!!」
知らない人、男の声。
誰だ?
窓から声のした方を見る。
そこには見知らぬ男女がたっていた。
靄がかかってない?
初対面、それに全く信用してない他人。
男の方には靄がかかっているのに、なぜ?
透き通るような銀髪を高いの位置で結わえているどこか静かな、はかなげな印象を感じさせる女性だ。
目元は髪で隠れていて見えない。
男の方はとても大柄でピンク色とオレンジを混ぜたようなサンゴ朱色のような髪色に、所々跳ねているくせ毛が目立つガタイのいい男。
感覚的に言えば真反対にも思える二人組。
ソラの言っていた来客とはこの二人組のことなんだろう。
確かソラは来客のために料理を作るといっていた気がする。
寝起きだから頭がうまく働かない。
「とりあえず鍵、開けに行かないと。」
自室を出ようとするために扉に手をかける。
あれ……?
手が震える。
少し力を入れれば開くのに腕が、体が思うように動いてくれない。
理由はわかってる。
アレのせいだ。
ソラとは長い間居たから慣れている。
害のある人じゃないのはもう知ってる。
信用できる、優しい人だって……。
そんなソラでさえ最初は少し警戒をしていた。
無条件に人なんて信用できない。
トラウマなんて簡単に克服できない。
でも、ソラさんに頼まれた。
歯を食いしばって扉を開け、震える足をだましながら一歩一歩進んでいく。
目的の場所、扉に近づくにつれ呼吸が荒くなっていくのが分かる。
汗が止まらない。
動悸が激しくて心臓が痛い。
視界が揺れ、吐き気が襲ってくる。
あとちょっとが遠い。
あと少し、といった所で何か話し声が聞こえた。
それすらも自分の心臓の音でよく聞こえない。
「─あもう───して───な?」
「怒ら───りま───」
やっと着いた……早く鍵、開けなきゃ。
扉に手をかけた刹那すさまじい勢いとともに体が吹き飛ばされる。
「ハッハーーーー!! 痛快だぜ!!」
木片に下敷きにされ、身動きが取れない。
「あ、誰かそこにいますね。大丈夫ですか?」
体が何かに引っ張られ、扉の残骸から救い出される。
所々に木屑やらが刺さって痛い。
ただ、それは些細な事。
目の前に知らない人がいる。
すごい視線を感じる……。
冷や汗をかきながらうつむいていると厨房の辺りから勢いよくこちらに向かってくる足音が聞こえた。
ソラが走ってきたのだ。
「な・に・やっとんじゃーーーーーーーーーー!!」
すさまじい勢いで男の顔に飛び蹴りをかます。
「ッぶはっ⁉」
扉という障害物がなくなった玄関から、男は外へと投げ出される。
外に吹き飛ばされた男のもとへ早歩きでソラは向かっていく。
あおむけに倒れている男の胸倉を掴み、前後に揺さぶった。
「ちょっ、ま、待っ──」
「うっさいッ!! なんであんたは毎回毎回私ん家の玄関を壊すのよ!!」
あまりの出来事に呆けていたが憤慨しているソラを止めに行く。
緊張がこの一瞬だけは解けていた気がした。
先ほどまであった怖気は消えていた……。
少し後
「はあ、ほんっと嫌になる。信じらんない。今年三回目だよ?」
「ま、まあまあ落ち着いて?」
あの後、男に扉を直すように指示してたけど……あんな鬼の形相初めて見た。
ソラを怒らせるのは絶対にやめようと心に誓った。
「はぁ、マサミチ君。水汲んできて。」
「前々から思ってたんだけど能力で出した水を飲めばよくない?僕は出せないけど。」
ソラは「あー……。」と少し考えた後に言う。
「言ってなかったっけ?魔力で作った水は人体に有毒だから飲んだら気持ち悪くなる。なんか魔力回路が乱れてうまく能力が使えなくなる。お酒を飲んだ後の吐き気とかと同じなんじゃない?自然由来のものと魔力由来のものとじゃ色々と違うらしいし。ま、水としては使えるからお風呂とかの水は魔力水でもいいんだよ~。」
「なるほど。わかった。ありがとねソラさん。」
そういって部屋を出ようとしたとき大柄な男の方が入ってきた。
「おう。玄関治ったぜ。ったく。もっと頑丈に作れってんだ。」
「あんたは頑丈にしても関係なく壊すでしょうが!! ホント、あんただけだよ扉に耐久力を求めるのは。」
「へいへい。さーせんしたっと。ンな事よりよ。こいつ誰だ?前こんなやつ居なかったろ?」
露骨にイライラしていたソラの手が止まる。
「私、紹介してなかったっけ……?」
男二人組は顔を見合わせ、ソラの問いに揃って頷く。
やらかした、と言わんばかりに目をそらす。
「なんだ。ソラらしくないな。」
茶化され顔を真っ赤にしているソラを横目に男が僕の方を向く。
「まあいいや。俺の名前はアルベリ・ラーフィット。ユグレシア王国騎士団最高の……いや、最強の騎士だぜ。」
「はんっ。なーにが王国最強の騎士よ。それはあんたのお姉ちゃんの話でしょ?まずは騎士の試験に受かってから大口たたきなさい。」
「はぁ~!? 前回は体調が最悪だったから落ちただけだしー。たまたまだしー!?」
「あれれ?試験行くときに『絶対受かったわ。今年こそ行ける。絶好調だしな!!』とか言ってたのにぃ~?」
わぁすっごいキレれてる。……にしてもまた聞いたことのない単語が出てきたな。王国騎士団?まだまだわからないことだらけだな。
取っ組み合って小学生みたいな喧嘩をしている二人を置いて女性が近づいてくる。
「あ、こ、こんにちは。僕はユイガ・マサミチです。よろしくお願いします。」
近づいてきた女性にできる限り礼儀正しく挨拶をする。
そうすると驚いた顔をして片膝をついた。
「申し訳ありません。まさか貴族だったなんて。申し遅れました。私、グレイテットと言います。グレイと、そうお呼びください。」
貴族?なんで僕が貴族だって思ったんだろう。
「えっと、グレイさんは苗字、というか、えーっと。あ、家名は何ですか?」
グレイは首をかしげる。
「私のような平民、ましてや元奴隷には家名などありません。グレイテットという名もアルベリ様より頂いた名ですので。」
奴隷……聞いたことがある。
いや、言われたことがある。
嫌なものほど、嫌なことほど鮮明に覚えているものだ。
「お前は一生俺たちの、この町の奴隷だ。ストレス発散のためだけに生きてる。いや飼われているだけのな。」
脳にこびりついた笑い声、フラッシュバックする……最悪の過去。
母の笑い声が脳内でこだまする。
少しだけ、確かにある楽しかった家族の思い出。
それをかき消す母の死、父の怒号、人間たちの嘲笑。
視界が揺れる。
ふらついた僕の様子に心配そうな顔をしてグレイが覗き込んでくる。
「すみません。もしかしてなにかを変な事でも言いましたか? もしそうなのであれば謝罪させてください。」
その言葉さえもちゃんとは聞こえていなかった。
二人、アルベリとソラは異変に気が付いたのか喧嘩を辞め、こちらに歩み寄ってくる。
「大丈夫か?おい。なんかあったか?」
「……マサミチ君?」
ついさっき、玄関に向かうまでの間、マサミチはずっとストレスを感じていた。
生理的に無理だった他人との会合。
呼吸が乱れる。
とても立っていられない。
今までこんなことはなかった。
立て続けにかけられたストレス……もう。
もう……
耐 え ら れ な い
「お”えぇ」
ビチャビチャッ
膝をつき体を震わせる。
一度気持ちを吐き出す機会はあった。
でも、それだけでは彼の苦しみは尽きることはなかった。
ソラのやさしさが少しづつ苦しみ、痛み、悲しみの塊を徐々に溶かしていった。
幸か不幸かその負の感情が彼の限界を超えてしまう前に吐き出せた。
悲しみの濁流は止まらない。
意識を失う刹那、その少年が最後に見たのは心配と不安に染まった顔で少年を見つめるソラだった。
(そんな、そんな顔しないでほしい。君の……そんな、顔見たくな──)
意識の糸が切れた……。
「大丈夫かよ!? おい!」
問いかける言葉に答えるものはいない。
慌ただしい一日が今、始まる。




