幕開け
書きたい展開、書きたいキャラ、書きたい物語を詰め合わせた僕だけのストーリーです。
ギシギシと軋む床の音が虚しく響く。
吊るされている白熱電球に集る羽虫が空に絵を描くように飛び回る。
廊下の横の部屋で聞こえる寝息が煩わしく思える。
一度進む毎に引き返せない場所への距離が近づいて行く。
目に映る何もかもが色褪せて見える。
壁に見えるシミも塗装の剝がれた天井も、最初から色なんてついていなかったようにすら見えてしまう。
一歩進むごとに、この後の事が頭を過り、額に冷たい物が伝う。
乾いた喉の感覚を誤魔化す為にごくりと音を立てて唾を飲み込む。
夏の夜だというのに寒気が止まらない。
蝉の声が遠く聞こえる、あんなに忙しなく鳴いているのに。
額を濡らした汗を拭う。
拭ったのに止まらない、どんどん溢れて、ナニカと混じって流れていく。
汗が入ったのだろうか、視界がぼやけてしまう。
きっと汗だ、じゃないと僕はこれからも苦しむことになるのだから。
瞳からこぼれた汗を乱暴に腕で拭く。
それでも視界がおかしいのは多分……。
八月の半ば、山奥の名前も知らない土地の古い一軒家。
クーラーなんて物があるはずもなく、夏の暑さが家を包んでいる。
夏の暑さで作られた陽炎が先の景色をじんわりとゆがませる。
僕の心の現身を見ているようだ。
もっとも、歪むだなんてそんな甘い物じゃないんだけどね……。
乾いた笑いが喉の奥から微かにもれる。
表情は何も変わっていないのに。
そうして一歩ずつ踏みしめていくように廊下を進む。
目的の部屋に行くために。
所々が破れた障子がはってある木枠のドアを開ける。
ゴミが詰まっているせいで半分開いた所でこのドアは役目を終える。
畳の匂いと腐ったお供え物の匂いが、胃から異物を引きずり出そうとする。
嗚咽が漏れ、とっさに口を手で押さえる。
吐いてはいけない、ここは大切な場所なんだ。
気分の悪さを誤魔化す為に血のしみ込んだ畳に身体を預ける。
今更になって色んな所が痛くなる。
反対方向に折れ曲がった左腕を押さえ、大きく息を吐く。
腫れあがって殆ど潰れた右目を開き目の前にある〝仏壇〟を見上げる。
ひび割れた硝子に蜘蛛の巣が張っていて、まともに写真の人物を見ることはできない。
気持ち悪さを押しこらえ膝立ちになって手を合わせる。
動かなくなった左手は、残った右手と合わさることは無く静寂を保っている。
母さんごめん。
僕も今から、そっちに行くよ。
木の枠とお菓子のアルミで作られた骨壺を一撫でして立ち上がる。
写真立ての横に置いてある小綺麗なナイフ。
ずっと誰も触っていなかったはずなのに埃をかぶっておらずに綺麗なまんまだ。
ナイフの柄の部分を拾い上げ、確かに握る。
革の持ち手から少しの冷たさを感じながら、刃を革のケースから抜く。
窓から入って来る星の光に照らされてより一層銀色に輝く刃。
その刃に映るのは至る所から血を流し痣にまみれた、生きる希望の光を失った少年だった。
我ながら酷い顔をしているなと思う。
今から死のうとしているというのに口元が笑っている。
手に感じる確かな重みを首筋に突き立てる。
冷や汗が止まらない、動悸が激しくて息がまともに吸えない。
それでも決意は変わらない。
根底にあるものは現実からの解放だ。
大きく息を吐き、目を閉じる。
自分の鼓動だけが聞こえる。
もう何も感じられなくなることが怖く感じ、奥歯がガチガチと音を立てる。
今になって母さんが殺された時のことが浮かぶ。
何も分からなくて、でも悲しくて、冷たくなった身体を抱いて声をあげて泣いたあの日。
呆然とする父さんに代わって枯草に包まれた母さんに火をつけた事を思い出す。
昨日まで一緒に笑っていた母さんが有無を言わぬ骸になっていくのが怖かった。
僕もそうなるのだろうか。
言い表せない死への恐怖が身体の芯を震わせる。
それと同時に嬉しみも感じる。
脳裏に浮かぶ母親の顔。
僕は母さんと同じところに行けるだろうか……きっと行ける。
僕とこの世界の関りを断つように、静かに銀のナイフが引かれた。
白銀と呼べた刀身は深紅に染まる。
全身から力が抜け、赤い沼に身を投げる。
命の重みが抜けていくごとに赤の沼は全身を包むように広がっていく。
そうして少年の意識は彼方へ消える。
だが、一縷の想いは母のもとへ




