表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

流れ星に願うな、まず確認しろ

作者: ミケ
掲載日:2025/12/22

 その日、私は人生に対して非常に雑だった。


 仕事は終わっていないのに終わったことにして帰宅し、コンビニで買った弁当は温めすぎて水蒸気を失い、財布の中身は「現実を直視するには暗すぎる」状態だった。

 要するに、きらきらとは程遠い夜である。


 街灯の少ない道を歩いていた私は、なんとなく空を見上げた。

 理由はない。人生に理由がないとき、人は空を見る。たぶん。


 星は思ったより多かった。

 都会の空にしては頑張っている方だ。私は星座の名前をひとつも言えないくせに、そういう評価だけはする。


「どうせ、流れ星なんて見えないよね」


 独り言としては、非常にフラグ感の強い台詞だったと思う。

 そして案の定、その直後だった。


 ――すっと、光が走った。


「あ」


 声が出た。

 驚きというより、反射だった。


 流れ星だった。

 それも、教科書に載せたいくらい分かりやすいやつ。

 細くて、長くて、きらきらしていて、「願い事をどうぞ」と言わんばかりの軌道。


 私は慌てた。

 こういうとき、人は驚くより先に焦る。


(え、なに願う?

 お金?健康?それとも人生全般?)


 脳内会議が始まる。議長不在、結論未定。


 そのとき、横から声がした。


「ほら、早く。三回言わないと。願いは具体的にね」


 知らない女だった。


 いつの間に隣にいたのか。

 年齢不詳、妙に落ち着いた声。スニーカーにロングスカートという、現実と非現実の中間みたいな格好。


「え、誰ですか」

「今それ重要?」


 重要だったが、たしかにそれどころではなかった。


 流れ星はまだ流れている。

 というか、やけにゆっくりだ。


「えっと……じゃあ……」


 私は半ば投げやりに言った。


「楽して、幸せになれますように」


 言った瞬間、自分でも分かった。

 雑だ。あまりにも。


 すると。


 流れ星が――止まった。


 物理的に、止まった。


「……え?」


 空の途中で、ぴたりと静止している。

 きらきらはしているが、もはや「流れ」ではない。


「止まってるよね」

「止まってますね」


 知らない女が、冷静に同意した。


「流れ星って、止まらないですよね」

「普通は」


 その「普通」が、今どこかへ行ってしまっている。


 次の瞬間、星が――ゆっくりと降りてきた。


 落下、ではない。

 エレベーターみたいに、滑らかに。


「いやいやいや」


 私は後ずさった。

 知らない女はむしろ一歩前に出た。


「ほら言ったじゃない。具体的にって」

「今それ言う?」


 星は、地面に降り立った。

 いや、正確には「人の形」になって立っていた。


 発光は控えめ。

 顔はあるが、特徴は薄い。役所の窓口にいそうな雰囲気。


「願いの受付でお呼びしました」


 星――たぶん流れ星が、淡々と言った。


「は?」

「先ほどの願いについて、確認事項があります」


 確認事項。

 ロマンのかけらもない単語だった。


「楽して、幸せになれますように、とのことですが」


 流れ星は、どこからともなく紙のようなものを取り出した。


「“楽して”とは、努力をどこまで排除するか、という意味です」

「……そこ、聞く?」

「重要です」


 知らない女が、腕を組んでうなずいた。


「ほら。だから言ったじゃない」

「何を」

「願いは具体的にって」


 私は空を見上げた。

 星はもう流れていない。

 きらきらは、目の前に立っている。


「ちなみに」


 流れ星が続ける。


「“人生どうにかなりますように”という追加願望も検知されていますが」

「言ってないです」

「心の中で」


 勝手に検知しないでほしい。


「こちらは抽象度が高すぎるため、処理できません」

「処理……」

「再提出をお願いします」


 私は、夜空の下で、人生初の体験をしていた。

 流れ星に、願いのダメ出しをされている。


 きらきらしていたはずの夜は、いつの間にか――

 妙に事務的な光に照らされていた。


 ---


 私は流れ星の前に立たされていた。


 夜道の真ん中で、知らない女と、発光する人型天体と一緒に。

 通行人がいないのが不思議なくらいだったが、今さらそこを気にする余裕はない。


「では、願いの詳細を詰めます」


 流れ星は淡々と言った。

 きらきらしているくせに、声が完全に役所だった。


「まず、“幸せ”の定義を教えてください」

「定義……」

「曖昧なままですと、想定外の結果になります」


 知らない女が、横でぼそっと言う。


「臓器が全部健康で幸せ、って判定される可能性あるよ」

「怖いこと言わないで」


 私は観念した。

 どうやらこれは逃げられないやつだ。


「……えっと、朝起きるのがつらくなくて」

「はい」

「仕事がそこそこうまくいって」

「はい」

「お金の心配があまりなくて」

「具体的な金額は?」

「そこも?」

「そこもです」


 流れ星は、何かに書き込んでいる。

 ペンの音はしない。だが、確実に“記録されている感”があった。


「では、“楽して”について」


 来た。

 一番突っ込まれたくないところだ。


「努力は完全に排除しますか?」

「いや、ゼロはさすがに……」

「では、どの程度まで許容しますか」


 私は考えた。

 ここで下手なことを言うと、人生がブラック仕様になる気がする。


「……頑張ってる感が出ない程度で」

「感、ですか」

「はい。本人はやってるつもりだけど、周りから見るとそうでもない、みたいな」

「それは“錯覚労働”に分類されます」


 そんな分類があることに、私は軽く絶望した。


「錯覚労働は、成果保証がありません」

「じゃあやめます」

「では、“最低限の努力”に修正しますね」


 勝手に修正しないでほしいが、もうどうでもよくなってきた。


 知らない女が、楽しそうに口を挟む。


「ね、願いって自分の価値観が丸裸になるでしょ」

「今それ言う?」

「今だから」


 流れ星が、こちらを見た。


「次に、人間関係について」

「そこもあるんですか」

「あります。必ず」


 必ず、という言い切りが怖い。


「“幸せ”を実現するにあたり、他者からの評価をどの程度含みますか」

「評価……」

「承認欲求、とも言います」


 胸の奥が、少しだけチクリとした。


「……少し」

「少し、とは?」

「できれば、ちゃんとやってるねって言われたい、くらいで」

「頻度は?」

「頻度?」


 知らない女が、肩をすくめた。


「週一か、月一かで、人生の消耗度変わるよ」

「何でそんな詳しいの」

「昔、ね・・・」


 その言い方が、妙に引っかかった。


 流れ星は、書き込みを終えたらしい。


「確認します」


 彼――いや、それ――は、顔を上げた。


「楽して、幸せになりたい」

「最低限の努力は可」

「金銭的不安は軽減」

「承認は、控えめに欲しい」


 私は、言葉にされると急に恥ずかしくなった。


「……すごく、普通ですね」


 流れ星が言った。


「悪いですか」

「いいえ。ただ」

「ただ?」

「きらきらは、あまりありません」


 その一言で、何かが落ちた。


 そうだ。

 私は、きらきらを求めていた。


 楽して、劇的に、人生がひっくり返るやつ。

 なのに出てきたのは、現実に足のついた願いだった。


「ちなみに」


 流れ星が続ける。


「この内容ですと、即効性はありません」

「ですよね」

「時間がかかります。結果が出ない期間もあります」

「……ですよね」


 知らない女が、にやっと笑った。


「でもね」

「何」

「この願い、一番叶いやすいよ」


 私は、彼女を見た。


「きらきらしない願いほど、長持ちする」


 その言葉は、やけに静かだった。


 流れ星が、最後に一言だけ付け加えた。


「なお、途中で“やっぱり楽したい”に戻した場合」

「場合?」

「最初からやり直しです」


 私は空を見上げた。

 星はもう、流れていない。


 でも。


 さっきより少しだけ、夜が明るく見えた。


 ---


 夜は、すっかり深くなっていた。


 時計を見ていないのに、そう分かる。

 空気が少し冷えて、音が減っている。


「最終確認に入ります」


 流れ星が言った。

 声は相変わらず淡々としているが、発光がほんの少しだけ強くなっていた。


「この願いを承認すると」

「はい」

「あなたの人生は、急激には変わりません」

「……分かってます」


 本当だろうか、と自分で思う。

 でも、ここまで来て「やっぱり宝くじ当てたい」とは言えなかった。


「努力が必要な場面もあります」

「はい」

「報われない時期もあります」

「……はい」


 知らない女は、何も言わずに聞いていた。

 さっきまでの軽口が嘘みたいに静かだ。


「それでも、この願いを続行しますか」


 続行、という言葉が胸に引っかかった。

 まるで途中解約できるサブスクみたいだ。


 私は、少しだけ黙った。


 その沈黙の中で、ひとつだけ、浮かんできた。


 最初に願った言葉。

 楽して、幸せになれますように。


 あれは、本当に願いだったのだろうか。


「……正直に言っていいですか」


 流れ星が、うなずいた。


「正直は、推奨されています」


 どんな世界観だ。


「私、多分」


 言葉を探す。

 きらきらした言葉じゃなくて、使い古したやつ。


「誰かに、ちゃんと見てほしかっただけなんだと思います」


 空気が、少し止まった。


 知らない女が、こちらを見た。

 流れ星の光が、一瞬だけ、柔らかくなる。


「頑張ってるって。ちゃんとやってるねって。それだけで、続けられる気がして」


 情けないと思う前に、口から出てしまった。


「でも、それを願いにするのは、ずるい気がして。だから、楽とか幸せとか、大きな言葉で誤魔化しました」


 言い終えたあと、妙にすっきりしていた。

 きらきらはない。

 でも、嘘もない。


 流れ星が、少し考えるような間を置いた。


「その本音」


 ゆっくりと言う。


「仕様に追加しますか」


 私は、思わず笑った。


「追加料金、かかります?」

「いいえ」

「……じゃあ、お願いします」


 知らない女が、小さく息を吐いた。


「やっと、ちゃんとした願いになったね」


 ---


「承認します」


 流れ星が言った瞬間、光が一気に強くなった。


 眩しい、というより、懐かしい。

 子どもの頃、花火を見上げたときみたいな光。


「ただし」


 やっぱり、ただしが来た。


「この願いは、結果が見えにくい」

「ですよね」

「誰も褒めない日もあります」

「……ですよね」


 私はうなずいた。

 それでも、不思議と怖くなかった。


「ですが」


 流れ星は続ける。


「あなた自身が、自分を雑に扱わなくなる可能性が高い」

「それは……」

「副作用のようなものです」


 副作用なら、悪くない。


「では」


 流れ星は、一歩下がった。


「業務を終了します」


 その体が、少しずつ光に溶けていく。


「ちょっと待って」


 私は、思わず声を上げた。


「きらきらって、結局なんだったんですか」


 消えかけた流れ星が、こちらを見た。


「期待です」

「期待?」

「自分に対する」


 それだけ言って、星は空へ戻っていった。

 今度は、ちゃんと流れながら。


 夜は、元通りだった。

 街灯、アスファルト、コンビニの看板。


 知らない女が、伸びをした。


「じゃ、私は帰るね」

「誰なんですか、結局」

「願いを一回、失敗した人」


 それだけ言って、彼女は歩き出した。


 私は、また空を見上げた。

 星は、相変わらず遠い。


 でも。


 きらきらしてたのは、星じゃなくて。

 どうにかなるかもしれない、って思えた、その一瞬だった。


 私は、人生を雑に扱わないように、歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ