第三部:朝焼けの空に、再会の約束
銀河鉄道の終着駅は、現実の屋上だった。夜空に溶けていく光の線路は、まるでカイトの存在が遠ざかっていくようで、ハルカの胸を締め付けた。列車が朝靄の中に静かに消えていく様を見つめながら、彼は手帳を胸に抱きしめ、ただ立ち尽くしていた。屋上の冷たい空気が、頬を伝う熱い涙を奪っていく。その涙は、悲しみの涙だけではなかった。カイトとの出会いから別れ、そして手帳に込められたメッセージのすべてが、彼の胸の奥で温かい光となって輝いていた。カイトの存在は、もう手の届かない場所にあるのではなく、この手帳の重みとして、そして胸の奥の温かさとして確かにそこにあった。ハルカはカイトの最後のメッセージを心の中で何度も反芻した。
「ハルカ、銀河鉄道の旅はどうだった?僕は、いつか君とまた会いたい。だから、君が悲しみに囚われず、この星空の下で、新しい一歩を踏み出してほしい。いつか、あの朝焼けの空で、僕たち最高の親友として再会しようね」
空が、少しずつ白んでいく。東の空には、まだ星が瞬いていたが、その光は次第に薄れ、代わりに優しい桃色や橙色、そして淡い紫色のグラデーションが広がり始めた。それは、カイトが病室の窓から見ていた景色そのものだったのかもしれない。病と闘いながらも、彼が見つめていたのは、きっとこの、希望に満ちた空の色だったのだろう。明日への希望を、ほんの少しでも感じていてくれたのだろうか。ハルカは顔を上げ、朝焼けに向かって深く息を吸い込んだ。彼の瞳に涙はなかった。カイトとの友情は、もう過去の思い出ではなく、ハルカの未来を照らす光となっていた。
その日から、ハルカは変わった。かつては誰とも話さず、リュックに天体図を描くノートを隠し持っていた彼が、教室の隅で一人、黙って過ごすことはなくなった。休憩時間には、自らノートを開いては「この間、オリオン座の三ツ星がすごく綺麗に見えたんだ」と、自分から声をかけるようになった。最初はぎこちない言葉だったが、やがて彼の周りには自然と人の輪ができた。放課後には、新しくできた天文部の仲間たちと、星の話を熱心に語り合った。カイトとの銀河鉄道の旅が、ハルカの心を解き放ち、誰かと繋がる勇気を与えてくれたのだ。まるで、カイトが遺してくれた**「星の地図」**が、ハルカの人生を導いてくれているようだった。
数年の月日が流れ、ハルカは、幼い頃からの夢を叶え、地方の天文台で働くことになった。日中は、子供たちに星座の物語を語り、夜になれば、大望遠鏡の前に立ち、宇宙の神秘を追いかける。
ある日の夕方、ハルカは子供たちを連れて天文台の屋上へと上がった。夕暮れの空に一番星が輝き始める。一人の男の子が、ハルカに尋ねた。「先生、どうしてそんなに星が好きなんですか?僕、星って一人で見るものだと思ってた。」
ハルカは、その言葉に一瞬、胸が締め付けられるような懐かしさを感じた。かつての自分と、そしてカイトの言葉を思い出していた。彼は優しい笑顔で答えた。「昔、僕に星の美しさを教えてくれた、大切な友達がいたんだ。彼は、賑やかな場所にいても、心の中ではいつも一人で、この星空のどこかに、大切な人がいるって信じていた。だから、僕は彼の代わりに、この星空をずっと見守っていたいんだ。それにね、星って一人で見るものじゃないんだよ。誰かと一緒に見ると、もっと綺麗に見える。だから、君たちも、大切な人と一緒に見てほしいな。」
その夜、ハルカは一人、誰もいない天文台の屋上で、夜空を見上げていた。彼の胸には、あの金曜の夜にカイトがくれた手帳がしまってある。星の海を望む大望遠鏡の前に立ち、レンズを覗き込む。そこに映し出されたのは、あの頃二人で見た、懐かしい星々の光だった。
ふと、彼の目の前に、あの日の銀河鉄道が、一瞬だけ光となって現れたような気がした。それは、カイトが今も、星空のどこかでハルカを見守ってくれている、そんな再会だった。
ハルカは、微笑んで、夜空に語りかける。
「カイト、見てるか?俺、星空の下で、たくさんの人と出会えたよ。お前がくれた勇気のおかげだ。また会おう。いつか、あの朝焼けの空の下で、最高の親友として」
彼の言葉は、銀河の彼方へと吸い込まれ、永遠に輝く一つの星となった。ハルカの心に宿る、カイトとの友情という名の光が、これからもずっと、この星空の下を照らし続けるだろう。
完結




