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第二部:孤独な夜の旅路

カイトが旅立った日、空は分厚い雲に覆われ、星ひとつ見えなかった。まるで、この世から光が一つ消えてしまったかのように。ハルカは、カイトのくれた手帳を抱きしめ、ただ部屋に閉じこもっていた。彼のいない日常は、色彩を失ったモノクロームの世界だった。カイトと過ごした日々が、どれだけハルカの心を温めていたか、失って初めて痛いほどに知った。「どうして、もっと話をしてくれなかったんだ…」無力感と後悔が、波のように押し寄せてくる。

手帳を開こうと試みたが、怖かった。手帳を開けば、カイトとの楽しかった記憶が鮮明によみがえり、さらに自分を苦しめるような気がした。彼の筆跡を見るだけで、胸が張り裂けそうだった。カイトと星を眺めた屋上にも、しばらくは近づくことができなかった。あそこに立てば、彼の残り香を追いかける自分が情けなく思え、そして何より、カイトがもういないという現実が、一層はっきりと突きつけられるようで、恐ろしかった。彼の死が、まだ信じられなかった。

しかし、一週間、二週間と、ただ無為に過ごす中で、ハルカはカイトの言葉を何度も反芻していた。「いつか、僕の代わりに、この銀河鉄道に乗って、旅をしてくれないか」。このままではいけない。カイトの最後の願いを、無駄にしてはいけない。そう強く決意したハルカは、震える足で、カイトと星を眺めた屋上へ向かった。

錆びついた扉をこじ開け、薄暗い階段を上がると、冷たい風が吹き、月がぽつんと空に浮かんでいる。あの日のように、ただ静かに。ハルカはカイトが座っていた場所にそっと腰を下ろすと、まるで彼の温もりがそこにあるかのように感じた。震える手で、手帳を開いた。

ページをめくると、そこにはカイトが描いた、無数の星々が光り輝いていた。それは、ただの絵ではなかった。ハルカは、自分の天文学の知識を総動員して、その運行図を読み解いていった。一つ一つの星の配置、軌道の曲がり方、描かれた星座のシンボル。それは、カイトが病室の窓から見つめた、孤独な夜空の記憶の地図だった。ハルカがその運行図をなぞるたび、カイトの声が聞こえてくるような気がした。

「この星は、僕が君と出会った日。あの夜、僕は君の望遠鏡を覗いて、初めて誰かと繋がっている気がしたんだ」

ハルカがページをたどるごとに、手帳の絵が淡く発光し、その光の線が屋上のコンクリートの上に、まばゆい線路として浮かび上がった。それは、カイトの記憶とハルカの知識が共鳴して生まれた、心の中の「銀河鉄道」だった。線路の向こうから、一両編成の小さな列車が静かに現れる。ハルカは、カイトの言葉を信じ、光の列車に乗り込んだ。

列車が最初に止まったのは、サファイア色に輝く星だった。窓の外には、カイトが入院していた病院の窓から見えた、あの夜の星空が広がっている。その星空の向こうには、幼い頃のカイトの病室がぼんやりと見えた。窓辺に立つ小さなカイトは、どこか寂しげな表情で星を見つめていた。「…誰にも言えない痛みを、星に語りかけていたのか…」ハルカは、幼いカイトの横顔をじっと見つめながら、彼の孤独に初めて触れた気がした。

次の停車駅は、カシオペア座が輝く夜。列車を降りると、そこには、二人が初めて語り合った屋上のベンチがあった。夜風の冷たさ、カイトの優しい微笑み、そして自分の中に生まれた、初めての温かさ。ハルカは、五感すべてで、あの日の記憶を鮮明に思い出していた。「あはは!まじかよ!お前、意外とそういうとこ、頑固だな!」カイトの笑い声が聞こえる。「…ああ、僕はあの時、初めて君と笑い合えたんだ…」ハルカの胸に、じんわりと温かいものが広がった。

銀河鉄道の旅は続いた。ハルカは、カイトとの思い出の場所を巡りながら、彼の言葉なきメッセージを読み解いていった。ある駅では、カイトが「僕の命は、あの彗星みたいに、一瞬で終わっちゃうのかな」と呟いた夜の光景が広がっていた。彼の声は、風に溶けて聞こえなかったが、ハルカの心にはその孤独と哀しみが痛いほど伝わってきた。「どうして、僕はあの時、何も気づいてあげられなかったんだろう…」カイトが自分の病を悟りながらも、誰にも頼れず、孤独を抱えながら、ハルカとの時間を大切にしようとしてくれた。その強い気持ちを知り、ハルカの胸は締め付けられるようだった。

手帳の最後のページには、何も描かれていなかった。しかし、列車が銀河の果てにたどり着いた時、空白のページに光の文字が浮かび上がった。それは、カイトが旅の途中で書き留めた、最後のメッセージだった。

「ハルカ、君と出会う前の僕は、ずっと一人だった。誰にも言えない痛みを、星空に話すことしかできなかった。でも、君と出会って、僕は星空の旅に、やっと乗客を見つけることができたんだ。この手帳は、僕がずっと探していた『君』に宛てた、タイムカプセルだよ。寂しくなったら、また開いてくれ。僕の心は、いつも君の隣にいるから」

メッセージを読んだハルカは、静かに涙を流した。それは悲しみの涙ではなく、カイトの想いを受け止めた、温かい涙だった。初めて、カイトの死を受け入れ、そして、前に進むことを決意する。この旅は、カイトの過去を知り、彼の死を乗り越えるための、ハルカ自身の旅でもあったのだ。


第二部完


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