トラの娘
ハイチのお話です。
あるところに、人間にあこがれるトラの娘がいた。トラは人間になりたいと昼夜祈り、仲間のトラたちに呆れられていた。
ある時、パパ・ゴッドがトラの群れの近くを通りかかった。娘トラはパパ・ゴッドの前に出てお願いした。
「わたしは、人間になりたいのです。どうか、人間にしてくださいませ」
パパ・ゴッドは、娘トラに言った。
「よかろう。お前が試験に合格したら、人間にしてやる。試験とは、一年間人間の姿で暮らすことだ。ただし、人間や獣を一切殺してはならぬ。肉を食べてもならぬ。一年の間にただの一欠片でも肉を口にしたなら、お前はたちどころに元のトラに戻ってしまう。よいな?」
娘トラはすぐにうなずいた。
翌日の朝、娘トラが目を覚ますと、黄色と黒の毛皮は消え失せ、爪と牙もなくなり、彼女は人間になっていた。娘はトラたちが目覚める前にこっそりと巣穴を抜け出し、人間の町へ向かった。
若く美しい娘は、働く場所をすぐに見つけた。慣れない人間の仕事は大変だったが、辛抱して陰日向なく働いた。じきに、よく語り合う友や、身寄りのない娘を可愛がってくれる養父母ができた。
人間と交わって暮らす中でも、娘はパパ・ゴッドの言いつけをしっかりと守り、肉を少しも口にせず、また虫一匹殺さなかった。
やがて、娘を愛する若者が現れた。若者と娘はダンスを踊って仲を深めていった。しかし、娘はある時、どうしても肉が食べたくなり、ひどく悩んだ。
「ああ、肉を食べたい。あのやわらかい肉にかぶりつき、うまみを楽しむ喜びが忘れられない。だけど、肉を食べてしまったら最後、わたしはトラに戻ってしまう」
悩んだ末に娘は町を出て、過酷な旅をした。空腹になった時は、果物を腹がはちきれそうになるほど食べた。肉の誘惑がある場所には近づかないようにした。
幾月も経った頃、恋仲だったあの若者が、娘を探し当てた。若者は何も聞かずに娘と同じ生活をした。
それからまたしばらく経った頃、娘と若者は一人の狩人と出会った。狩人は大きな鳥をしとめたばかりだったので、二人を食事に誘った。娘は困ったが、若者が喜んでいたので、断ることもできなかった。
狩人はさっそく鳥を焼き、塩を振った。串に刺した肉を差し出され、娘はとうとう我慢できなくなった。
熱い肉をほおばり、飲み込んだ瞬間、一頭の大きなトラがひらりと現れ、娘に向かってこう言った。
「我が娘よ、一年の間よく耐えた。ちょうど昨日が、お前が人間になってから一年目だったのだ。お前は永遠に人間の姿のままだ」
それから、さっと身を翻し、姿を消した。
喜んでいる娘に、若者が求婚した。トラだった娘と若者は結婚式を挙げ、二人でダンスを心ゆくまま踊った。