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本懐短編

迷彩アプリがすべてを暴く

作者: 宴懐石

 今から三十年前の日本では、年間に三十万件の自動車事故が起きていたらしい。よく平気な顔をして毎日出かけられるなと思う。


 近代文明が生み出してしまった深刻なエラー。全人類的無差別殺人システム――これを解消するべく開発されたのが、いわゆる『迷彩アプリ』である。


 これは俗称であり、正式名称ではない。アプリストアで表記されているのはナントカ波ブザーとかだったはずだが、ナントカの部分を大半の人は知らないし、私も知らない。理系の人なら分かるかもしれないけど。


 迷彩アプリとは何か。


 要するには、防犯ブザーのようなものである――アプリを立ち上げ、画面中央のボタンをオンにすると、ナントカ波がスマホから出る。オフにすると出なくなる。ごく単純な仕組みである。


 これがなぜ自動車事故の防止に役立つのかというと、ナントカ派はその性質上、建物や塀などの構造物を貫通しつつ、数十メートル先まで伝播する。


 すなわち、そのナントカ波を検知するシステムを自動車側に導入してしまえば、運転者は建物や塀の向こう側に隠れた歩行者の存在を、事前に把握することができるという寸法だ――音の出ない、車用のブザーといった塩梅である。


 では、これらアプリやその沿革システムの普及率はどうなのかというと、三十年前に公開されてから現在に至るまで、実に目覚ましいほど社会構造に浸透している――今や店頭で販売されている自動車やスマホの大半には、アプリないし検知システムが最初から標準搭載されているし、削除することも出来ない仕様になっている。


 パーセンテージが実際どのようなものか知らないけど、九割は見繕って良さそうなものだ――その甲斐あってか、現在では自動車事故の年間発生件数は、たったの五千件しか起こらない時代になっている。三十万件だった頃からしたら激減と言って差し支えない。誰もがこのシステムを諸手を挙げて称賛している。


 が、このアプリには重大な欠陥があった。


 すなわち、アプリをオンにしている間は、人間から認識されにくくなるというデメリットである。これはいただけない。


 言うなれば、ナントカ波というものは、他で例えるなら「モヤ」なのだ――アプリをオンにしていると、スマホからモヤが発生するというイメージ。


 モヤはスマホの持ち主を覆い隠し、そのせいで他人から認識されづらくなる。そこに誰かいることは何となく分かっても、姿形も話す声も曖昧にしか感じ取れない――ただしその付近を通る自動車側の目線としては、「モヤが立ち込めていて危ないから注意して運転しよう」と、こうなるわけだ。


 ここで立ち返って、俗称『迷彩アプリ』。


 なぜナントカ波ブザーは、「見つけやすくなる」性質の方ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それについては実体験を交えた方がより明確である。


 私は過去の出来事を遡る。


 未練がましく、言い訳のように。



       *



 私は私立原野丸学園の、裏門のあたりで突っ立っていた。


 木陰で日差しは多少マシでも、大気そのものが蒸し暑くては世話がない。そろそろ痺れを切らして帰路につこうかと思っていた。


 頃合い、何やら右頬のあたりが、濡れたこんにゃくでも宛がわれたような、得も言われぬ感じがして、私をその場に留めた。


 私は右を向く。何やらボンヤリとした存在がそこに佇んでいる。こちらに何か話しかけているような雰囲気は感じる者の、それが何を言っているのかも、誰が言っているのかも分からない。


 私はもう、いつものことなので大して動転もせず、「オフになってないよ」と伝えた。


 すると、蜃気楼は何かアタフタした感じになり、ややあってからその座標上に人間が出現した。テレポートでもしたみたいに。


 私と同じ制服を着た、茶髪パーマの女子高生、マツリ。


 右手にはスマホ、左手にはスポーツドリンクを携えており、「あっちゃー」という塩梅に舌を出している。


「ごめんごめん、気配隠して生きるのがクセになっててさ――ま、それはさておき、差し入れっす。えらい待たせちゃったんでね」


 マツリは私にペットボトルを差し出す。「マツリが謝ることないのに」「待たせたことには変わりないし」「……じゃあ、ありがたく」と受け取る。キャップを回し、唇を湿らす程度に。


「じゃあ帰ろうか」と私は一歩踏み出し、マツリは「うん」と眩しい笑顔を向けてくれる。


 しばらく駄弁りながら歩いていると、


「サチコちゃんはさ」とマツリがこちらを覗き込んでくる。「学校楽しい? 楽しめてる?」


「……それ、私にそれ聞く?」

「そりゃもう、アタシらの仲だもん」

「どんな仲?」

「それアタシに聞く?」

「…………」


 どう回答したものか悩んだ私は絞り出して曰く、


「迷彩アプリをさ、校則に組み込む時点でどうかしてるよね」――とぼやくなど。


「そう? でも今はどこの学校でもそうらしいよ?」


 マツリは首を傾げて承服しかねる。「登下校時は車に轢かれないようにアプリをオンにして、学校では学生同士の健全な交流を育むためにアプリをオフにしましょうって、どこもそうやってるよ。校則で」


「じゃなくて、謹慎の方。分かっててすっとぼけてるの?」

「あー、()()()()ね。分かってる分かってる。アレはクソだよねー」


 マツリはけらけら笑って誤魔化す。

 彼女にはそういうところがある。当事者意識が欠けているというか、他人事というか。



       *



 迷彩アプリが社会に広く浸透してからしばらくすると、迷彩アプリが各方面でルール化されていった。


 例えば、大体の学校は校則の中に、『()()()()()()()()()()()使()()()()()()』と書き加えた……まあ、そもそも大体の学校はスマホ禁止だから、無意味なルール設定と言えばそうなのだが、世に無駄なルールなどありふれていて、その内の一つというだけのことに過ぎない。


 理由はマツリが言った通り、学校内での健全な交流を育むためである。


 当然のことだが、アプリをオンにした状態でマトモなコミュニケーションなど不可能である――互いにモヤがかかった状態では友達になれない。交流できない。だからしないべきという、シンプルかつ真っ当な考えである。


 ただ、一方ではこの迷彩アプリを、制裁の手段として用いようという邪悪の考えも波及していた。


 すなわち、何か校則違反を犯した生徒に対して、()()()()()()()()()使()()()()()()――これである。


 従来では、校則違反者は自宅謹慎処分されるのが一般的だったらしい――早い話が、「一人になって頭を冷やせ」というもので、社会から隔絶させることを罰としていたわけだが、それも遠い昔の話である。


 現代日本の諸学校では、校則違反者は学校に出席させつつ迷彩アプリを使わせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、いわゆる登校型の謹慎がポピュラーになっているのだ。


 表向きの理由としては、「校則を違反したからといって学習の機会を奪うのはいかがなものか」と騒ぎ立てる、モンスターペアレンツへの配慮。


 後ろ向きの理由としては「社会の中に存在するのに無視され続ける方が堪えるだろう」という、要は厳罰化であった。


 悪者は皆で無視するというイジメを、学校ぐるみで仕向けるのだ――なぜこのような陰湿な取り組みが、広く普及するようになったのかを、私は寡聞にして知らない。


 単純に、良さげな棒を見つけたらまず他者を殴ることに使ってみようとする、猿の本能が呼び起こされてのことかもしれないが、いずれにせよ低俗な取り組みには違いなく、ほとほと呆れるばかりであった。


 学内謹慎。

 出席しながらにして謹慎させるという、矛盾した歪んだ仕組みである。



       *



「大変だよ」


 と私はぼやく。


「プリント回すのも一苦労だし、ちょっとボンヤリしてたら教室に鍵かけられて閉じこめられるし……これならいっそ、不登校になろうかと思うよ」


 マツリはうんうん頷きつつ、


「災難だったよね。学校内でのイジメを動画に撮って報告しようとしたら、『学校内でのスマホ使用は校則で禁じられている』って謹慎食らったんだもんね。そりゃねえよ先生って。ねぇ?」


 迷彩アプリがクソな所以である。


 というのは、迷彩アプリというシステムを、()()()として持ち出す人間がいるのだ。これはいただけない。


 ……まあ、これはアプリが悪いというより、人間の性根が悪いと言った方がより正確なのだが、とにかく。


 事の発端は、私が学校内でイジメを目撃したことに遡る。


 私はもちろん、そのことを担任の教師に報告したが、その場ではうやむやな回答で済まされ、以後も彼がイジメに対処することはなかった。


 痺れを切らした私は、「どうして何もしないんですか」と担任に詰め寄ったのだが、


「俺にはイジメなんてどこにも見当たらんがなぁ。迷彩アプリで見えないようにやってるんじゃないか?」


 このザマである。まるで緊迫感のない、責任感のない、だらけた姿勢で応じるばかりだった。


 そんなことはない。私には見えている。何度も見かけた。一件だけじゃない。私は折れずに訴えた。


 でも、教師は()()()する。「きっと迷彩アプリで見えないようにイジメをしているんだ」、「だから俺には見えない」、「見えないものはどうしようも出来ない」と。


 どこまでも面倒がっていた。のらりくらりしつつ、教師の責務から逃げ続けるその態度が、私は気に食わなかったし、このままで終わらせてはならないと思った。


 だから私は、イジメの現場をスマホで撮影し、それを教師に見せることにした。


 誰がどう見てもイジメの現場だ、これを見て「俺には見えない」と言い逃れすることは出来ない。さあ動け。責務を果たせと、再度、担任に詰め寄ったところ、


「学校内でのスマホの使用は校則で禁止されている。明日からは学内謹慎するように。お前のような真面目な生徒が違反行為をするとはな。先生はガッカリだよ」


 クソである。何がクソかって、「スマホの使用を咎めるクセにスマホアプリを使った謹慎をさせるのかよ」という、矛盾したルール設定にも不満がある。いい加減に仕事しすぎではないだろうか。


 そして、マツリに対しても、私は申し訳ない気持ちだ。


 私の向う見ずに巻き込まれる形で、彼女まで迷彩アプリをオンにしたまま学校生活することを余儀なくされていた。


 快活な彼女が周囲の人間みんなからことごとく無視されつつ生活するなど、拷問にも等しいだろうに。


「別に気にしてないよ。見られてないなら別に、何してもいいわけだしね」


 マツリは屈託のない笑みを私に向けてくれる。それはもう眩しいほどに。


「……何それ。なんか変なこと企んでないよね?」

「んー? さあどうかなぁ」


 と、ここまで彼女との与太話を辿ってきたが、このような駄弁りながらの帰宅というのは、迷彩時代では物珍しい部類に入る。


 車に轢かれないようにと、登下校時はアプリのオンが推奨されているから……真面目な学生は、学校内でのみ友達と談笑し、行きと帰りはバラバラがセオリーである。


 私は感性の方が平成だから、友達と談笑せずに登下校するというのは、どうにも性に合わない。学内ではオンにしていたスイッチを、学外ではオフにする。他の生徒とはアベコベに。


「謹慎っていつまでだっけ?」マツリが口走る。

「今日までだよ。先生から言われなかったの?」

「えー、あのクソ先公がアタシに声かけてくれるわけないじゃん。自明だよねぇ」

「……まあ、それもそうか」


 声をかけるわけがない。

 その通りだ。そうでないと困る。



       *



 翌朝。


 体育館に、全校生徒が集められた。


 冷房は完備してあるが、申し訳程度にしか稼働していない。ぬるい。


 そして、地べたに座らされている……まあ、わざわざ全校生徒分の椅子を出すまでもないという判断である。あくまでインスタントな。


 この会を催したのはマツリである。


 通常、学内謹慎を終えた生徒はそのまま何事もなかったかのように謹慎を解除し、通常の学校生活に戻ることになっているのだが、マツリはそれに異を唱えた。


 校長に直談判し、


「アタシが校則違反をしたことでご迷惑をおかけした諸先生方や全校生徒それぞれに、きちんとお詫びの言葉をお伝えしてからでないと、アタシは皆様に合わす顔がありません」と。


 校長はこれにいたく感銘を受けたらしく、「なんと立派な生徒に改心したのだね」と大喜びし、全校生徒ならびに全教師を体育館に招集した。マツリ一人のためだけに。


 私は全校生徒の隅っこの方で、壇上の方を眺めている。


 誰かしらそこに登っていく気配はするが、それが誰であるか分からない。ボンヤリとしたものがそこにふわふわと漂っているだけにしか感じない。


 モヤは壇上の隅、演台の向こう側あたりで静止すると、そのまましばらくジッとしていた。


 校長が、


「もうアプリを切っていいからね。じゃないと誰にも何も伝わらないからね」


 と声を張り上げる。一同はクスクスと笑う。


 すると、蜃気楼は何かアタフタした感じになり、ややあってからその座標上に人間が出現した。テレポートでもしたみたいに。


 私と同じ制服を着た、茶髪パーマの女子高生。


 右手にはスマホ、左手には何かテレビのリモコンのようなものを携えており、「あっちゃー」という具合に舌を出している。


「すみません、気配を隠して生活するのがクセになっているもので」演台のマイク越しにレスポンスする。


 一堂がドッと噴き出し、マツリは本題に入る。


「さて、本日みなさまにお集まりいただきましたのは他でもありません……不肖アタシが、愚行のために皆様に多大なるご迷惑をおかけしました段、謹んでお詫びさせていただければと存じ、朝の会のお時間を拝借させていただきました次第と相成ります」


 敬語なのかなんなのか分からない言葉遣いをする。マツリにはそういうところがある。


「まずこちらをご覧に入れてください」


 彼女がリモコンを操作すると、スクリーンが壇上の天井から降りてくる。「ここまで大掛かりなことをするのか」と生徒がざわめき、映写機がまっさらなスクリーン上に、



 ?



 と表示した。


 マツリはゴホンとわざとらしく空咳してから、演説を開始した。


「アタシはこの謹慎期間の間、勉学に励みつつもその傍らで、不肖ながら学校内をパトロールをしておりました。


「愛すべき我らが原野丸学園で、不逞を働く輩がいないかと目を瞠っていたのです。それがせめてもの罪滅ぼしになると信じて、それはもう頑張りました。


「そうした結果、実に数百件にも及ぶ校則違反行為を、アタシは目撃しました。


「ですがアタシは学内謹慎中の身分、モヤのような存在ですから、アタシが見聞きした真実を話そうとしても、誰もそれに耳を傾けてくださいませんでしょう。


「そこでアタシは、それら違反行為を映像として残すことにいたしました」


 一堂は、この段になって全てを察した。


 もう、あと何か一つでも刺激があれば、バンと爆発するだろうくらい、どよめきが増していく――――マツリは人の悪い笑みを浮かべ、殊更に演技じみてみせる。


「これより執り行いますのは【上映会】。されど()()()()の皆々様におかれましては、自らの名誉のために暴徒と化して妨害に出られる方もおられるでしょう――したがって、暴徒を鎮圧した方の映像に関しては、原則公開しないことをお約束いたします。なお、もしブレーカーを落とすなど上映会そのものが中断されるようなことがございましたら、当該映像は丸ごとネット上に公開しますので、くれぐれもご注意くださいませ。それでは、」


 始め。


 の号令を皮切りに、パニック状態と化す体育館。怒声に暴力に入り混じる。


 興味深いことに、マツリの言うところの『暴徒』にあたる人物はほとんど現れなかった――それよりはむしろ、映像設備を死守しようと映写機を取り囲んだり、壇上に繋がる階段の前で立ち塞がったりする連中の、「上映会を止めるな」運動が、実に狂乱そのものであった。


 暴徒を鎮圧した者の映像は公開しない。という約束。


 俺はこんなにも上映会に協力的なんだから、俺の秘め事は公にしないでくれと、自分の学年からクラスから出席番号からフルネームまで絶叫しつつ、映像設備を死守する手合いもいるほどで、浅ましいことこの上ない。


 私はスマホでSNSを確認する。


 既に全員分の悪行が、ネット上に公開されている。それはもう、悪逆たる。


「………………………………」


 教師らは、比較的穏やかであった。


 勿論、パニック状態に陥る生徒らを宥めようという姿勢は見せていたが、いずれも平静を装っていていけ好かない。我々には関係のないことだと言わんばかり。


 でも、担任だけは違った。


 ミナミ担任だけは、体育館の脇に突っ立ったまま、呆然と壇上を眺めていた――そして、オロオロと戸惑う校長からマイクを取り上げると、


「お前、誰だ?」


 マツリに向かって問いかけた。


 会場はその刹那、水を打ったようになる…………が、彼女の方は何の気なしに、


「へえ、アタシがサチコちゃんじゃないことは分かるんだ。しばらくぶりの再会なのにね。流石は担任の先生だね」

 と返した。


「……へ、」


 ミナミ担任が段々と絶叫する。


「返事は、返事になっていないぞ……お前は誰なんだ。お前は花村サチコじゃない……()()()()()()()()()() ……花村サチコは謹慎期間中も欠かさず学校に来ていたはずだ。出席だって取ってある……でも、違ったのか? 教室に来ていたのはお前だったのか? 映像を集めたのは誰だ! ()()()()()()()()()()()()


「そんなに騒ぎ立てなくても、みんな聞こえてますよ」


 私は立ち上がる。今やその場にいる全員が立ち上がっていたから、最後になる。


 もはや静まり返っていて、マイクなんか要らない。アプリをオフにしたから、私の声はクリアに聞こえているはずだ。


「だから観念しましょう、先生――みんな聞こえているんです。あなたが『ここなら聞こえないだろう』『生徒は授業中のはずだからな』と高を括って、あの()()()()()()()()()()()()()の中に顔面を埋めつつ、誰もいない教室の隅で気色の悪い喘ぎ声を漏らしていたのは、みんな私が聞いているのです。記録しているのです」


「……花村、サチコ…………」


 ミナミ担任は顔面が真っ青になり、大馬鹿のようにポカンと口を開けると、マイクを落とし、スピーカー越しに衝突音とハウリング……そしてしょんぼりとスマホを弄り、間もなくモヤとなった。


 マツリは上映会を始める。私はアプリをオンにして、早々に体育館から立ち去った。





 これが私の走馬灯だ。


 体育館から去り、校門を出て間もなく、私は車に突っ込まれて撥ね飛ばされ、大量出血している。


 ナントカ波システムのおかげで自動車事故は激減したが、それでもゼロではない。


 というか、事故件数のうち、死亡事故の割合はむしろシステム導入以前より増えたまであるらしい。


 運転の思い切りがよくなったからだ。


 ナントカ波システム普及後のドライバーは、死角に人がいるかいないかをナントカ波の有無で確認する――徐行や一旦停止して、様子を窺いつつ走行しようという意識は、ここ数十年で著しく低下したと言える。


 私はアプリをオンにせずに下校していた。マツリは隣にいないが、彼女と一緒に帰るのが習慣になっていた私は、癖でアプリをオフにしたまま下校していた。


「………………………………」


 意識が遠のいていく。救護してくれる気配はない。轢き逃げされたようだ。


 見られているのに、認識されない。


 轢かれたのに無視される。


 そういうやり口に嫌気が差したから、頑張って蜂起したのに、これでは報われない。非常に業腹である。


「………………………………」


 私は、轢き逃げした車のナンバープレートを、しれっと撮影していたことを思い出す。


 悪行をひたすら映像として収めるということが、クセになってしまっている。


 ……マツリのフレーズを思い出して、「フッ」と笑い声が漏れる。大怪我のせいでアドレナリンが過剰分泌されて、気が触れているのだと思う。


 私はナンバープレートの画像をネット上に投稿しようと思って、画像フォルダを開くが、そこに保存されている原野丸学園の悪行一覧がバッと目に入り、ゲンナリしてくる。


 これが私の見たかったものか? 本当に?


 私はスマホを放り捨て、瞼を閉じた。

最後までお読みいただきありがとうございました。


全自動運転車が実現するためにはどのような環境整備が必要だろうかと思索する中で閃いた作品かもしれないし、あるいは全く違うことを考えていたかもしれない作品です。


登下校時や就寝前など、ちょっとした時間で読めるような作品をぽつぽつ投稿しようと思っています。応援いただければ幸いです。

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