第51話 底なしの水面
秋音が連れられたのは、公園の近くにある河川敷だった。
町の自治体により綺麗に整備された草原に、浸水をを防ぐために築造された高い堤防。
水はきれいで澄んでおり、流れが速く底も深い川を隔てるように建てられた大きな道路橋を通れば、裕作達がよく遊びに行く大型百貨店のある隣町に繋がる。
なので、秋音にとってもゆかりのある場所ともいえる。
「秋ねぇこっち!」
「ちょっと、もう。いい加減手ぇ放しなさい」
道路橋の中央に到着したのを確認し、少年はようやく手を離した。
雄太の勢いのままに連れられた秋音は、早くも体力がなくなりヘロヘロの状態だった。
元々体力が無いのもそうだが、何か急いでいる様子で、二人はここまでずっと駆け足で歩いてきた。
膝に手をついて声が出るくらいの息切れをする秋音に対し、雄太は元気いっぱいのまま河原に向かって指を差した。
「秋ねぇ見てよ! 綺麗でしょ?」
「はぁ……はぁ……え?」
息を整えながら、少年の指さす方角へ目線を向ける。
その先に映っていたのは、橋の下から見えるゴミ一つ浮かんでいない水面だった。
夕焼けにより光が反射し、まるで宝石のようにキラキラときらめいている。
日の当たり方や天候によって変わる気まぐれな景色で、雄太はこの場所を気に入った人間にしか教えない程自信のある場所だった。
「まぁ確かに、綺麗ね」
「だろー、へへっ」
「あんた、見かけによらず洒落たことするのね」
息を整えた秋音は柔らかな笑みを溢し、それを見た雄太は満足そうに鼻を摩った。
時折吹く強い風に煽られ肌寒さすら感じる場所ではあるが、そんなことを忘れてしまうような神秘的な光景ともいえる。
しかし、この時間帯だからこそ見られる綺麗な光景ではあるが、正直な所、秋音は何度もこの道を通っており、新鮮味に欠ける部分もある。
だが、わざわざこんな場所に連れだして見せびらかしてきた無邪気な行動に、子供らしい可愛らしさを感じて思わず頬を緩んでしまう。
「……それにしても、まぁまぁ高いわね」
秋音のお腹辺りまでしかない低い柵に両手を置き、橋の下で流れている川を凝視する。
ここまでくるの間ではそれほど気にならなかったが、改めて見るとそこそこの高さを誇り、秋音は思わず足がすくみそうになる。
運動神経が悪く、まともに泳げない秋音にとって、どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。
「なんだ秋ねぇ、ビビってんのか?」
そんな様子を横目に見た雄太はニヤリと口を吊り上げ、ヘラヘラと生意気な笑みを見せる。
「なッッべ、別にビビってないし!?」
甲高く大きな声で反発するわりに唇をこれでもかと震わせ、
「あたしは水とか怖くないし? 思ったより高いとかそんなこと思ってないし?」
雄太が何も言っていないのに、自分の恐れている事をわざわざ話を始め、
「全然ビビってないわよ! ほんとこれだからガキはほんと!!!」
早口のまま言いたいことをありったけ話した秋音は、高らかに鼻を鳴らして満足げに腕組みを見た。
「うわ~秋ねぇわっかりやす~」
しかし、強がっている事を一瞬で悟られ、雄太は人差し指を向けながら馬鹿にする。
「な、なによ!」
「ほんとに高校生かよ~」
「ふんっ! 馬鹿にしないでよね!」
ケラケラと指を差して馬鹿にする雄太と、ムキになり歯を食いしばり怒りをあらわにする秋音。
傍から見れば子供の兄妹喧嘩のようにも見える光景が繰り広げられており、小学生と高校生のやりとりとは誰も思わないだろう。
「手すりもついているし、こうやって覗いてもなんも感じ……ひっ!?」
「やっぱりビビってんじゃん! なっさけねー」
「う、うるさい! そんなこと言ってるあんたも怖いんじゃないの!?」
「ん? 俺は全然怖くねーよ」
そこそこの高さのある橋の上で小動物の様に震え始める秋音に対し、何の恐怖も抱いていない雄太は、おもむろに手すりに手を駆ける。
「よっと」
そしてそのまま、すぐ隣にある柵の手すりに体を預け、そのまま二本足で手すりをバランス棒のように立ち上がった。
「ちょっと! なにしてんのよ!?」
「へへー、すごいだろ?」
身軽な体を活かし不安定な足場に器用に立ち上がると、雄太は今日一番の笑顔を浮かべた。
落ちないという絶対の自信の表れ、もしくは自分は勇敢さをアピールをしたいだけかもしれない。
だが、落ちれば川へ真っ逆さまという状態は非常に危険であり、一刻も早くやめされなければいけない気持ちが先行するように、必死に雄太を止めに入る。
「馬鹿! 落ちたらどうすんのよ!? 早く降りて来なさい!?」
「落ちるわけねーだろ、俺何回もやってるから慣れてるんだよー」
「何回もって、あんたねぇ――」
秋音が呆れるようにため息を吐いてから、危ない行動を止めさせるようにそっと近くに歩み寄ろうとした。
――その時
「うおぉ!?」
秋音の長い髪がなびくような強い風が吹き抜け、雄太はバランスを大きく崩した。
体の半分以上が柵の外側に傾いてしまい、いくら体幹に優れていようとそのまま落下してしまうだろう。
「ちょ、まッ――」
その様子を見た秋音は反射的に助けようと、我が身を顧みずに全身を使って鉄柵に飛び込んだ。
秋音は体の半分以上を外に出し、どうにか受け止めようと必死になって手を伸ばす。
そして、なんとか雄太の右腕をつかみ取る事に成功した秋音だったが、子供とはいえ人ひとりの体重を支えられるだけの腕力など秋音には持ち合わせていない。
「秋ねぇッーー!」
「きゃあ!?」
秋音はバランスを大きく崩してしまい……
二人は、そのまま深い深い水の底へ落下していったのだった。
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