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男の娘がヒロインでもラブコメは成立しますか?  作者: @芳樹
3章 その気持ちに、嘘はダメだよ
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第45話 才川裕作という男

七海は話し終えると、膨張した風船の栓を解くように長い長い息を吐いた。

話しつかれたのか、額には汗が滲んでおり顔色からも少し疲れているのが分かる。


「っとまぁこんな感じで……って先輩! なんて顔してるんですか!?」

七海が振り向くと、そこには鼻水をたらし今にも泣きそうな表情を浮かべていた裕作の姿がそこにはあった。


「……七海、お前……!」

「――あはは! 先輩、それにしても変な顔っすね!」

目元が潤んだ裕作の顔を見て、七海は思わず噴き出した。

ちょっとした昔話を本題の前に挟んだはずが、こうも真剣に聞いてくれるとは七海は思っておらず、場の雰囲気を変える為に明るく振る舞った。


「ほら先輩、これで鼻かんで」

「すまん……すまん……」

いつしまったかわからないヨレヨレのポケットティッシュを手渡すと、裕作は爆音を鳴らしながら鼻をかんだ。

その姿は体格に似合わず無邪気そのものであり、七海はいよいよお腹を抱えて大笑いをした。


「あはは! 先輩、やっぱ面白い人ですね!」

「ん、そうか? 別に普通だと思うぞ?」

「いやいや、僕が会ってきた人の中でも飛び切りユニークな人ですよ」

涙を浮かべる程笑う七海に対し、不思議そうに裕作は首をかしげる。


「なんか変な話になっちゃいましたね。あれ? 僕の言いたい事ってなんだっけ?」

話が脱線し、本来助言する為に話したはずがいつのまにか自分の過去語りになってしまった事に気が付く。


「伝わったよ」

「え?」

「七海の気持ち。十分伝わった」


誰かに頼ること、その大切さ。

そのことを七海が過去を明かし、自分にアドバイスをしてくれたことを無下にするわけにはいかない。

そう感じた裕作は、真剣な表情で七海に返事をした。

……若干声は枯れていたが。


「少しは、まぁ、頼る事を覚える」

後ろ頭を掻きながら照れくさそうにそう答えると、七海は「うん」と短い返事で満足げに笑みを溢す。

「それでいいんですよ、特に先輩たちは親友なんでしょ?」

「ああ、それは間違いない」

「なら、後々返していけばいいんですよ。時間は沢山あるんですし」

七海はもう温くなり、大量の角砂糖を入れた紅茶の底をジャリジャリと音を鳴らして、スプーンでかき混ぜながら楽しげに言葉を紡ぐ。


「でも、返すって言ってもなぁ」

しかし、裕作は新たな問題が生じる。

いつもは借りが出来た時、すぐにでも何かを返すように心がけていた。

特に金銭面に関しては親に借金をしてでもすぐに返していたので、いざ別の方法を考えるとなると、何もアイデアが浮かんでこないのが現状だ。


「別にすぐ返さなくても、なんか困ってたりしたら力になるとかでもいいんですよ」

ほぼ砂糖水と化した甘い紅茶を満足げに飲みながら答えると、裕作は「いや……」とどこか納得していない表情を浮かべる。

そんな様子を見た七海は、何かヒントになればいいと思いざっくばらんに提案を投げかけることにした。


「例えば……そうだな、秋先輩が重たい荷物を持っていたら――」

「そりゃ、持つだろ。筋肉担当だぞ?」

七海が適当に提案を話しているのを遮るように、裕作がノータイムで答えを出す。

右腕を曲げて上腕二頭筋をパンパンに膨らませてドヤ顔をする裕作を横目に、何かを察した七海はソレを確かめるために提案を続ける。


「あー、なら秋先輩の頼まれごとをいっぱい聞いてあげるとか!」

「友達が困ってたら助けるなんて普通だろ? そんなの貸しでもなんでもない」

「……じゃあ! 秋先輩がナンパされてるところを先輩が――」

「助けるに決まってるだろ、親友だぞ!?」


悩むことなく裕作から言われる解答を聞いて、七海はある結論に至る。


「先輩って、すごいお人よしですよね」

そう、裕作という男は超が付くほどの善人である。

他人を蹴落とすような事は全くしないし、困っている人がいれば誰であろうと喜んで手を貸す。


「そうか? 別に普通だと思うぞ?」

まっすぐで純粋、そんな言葉が似合うだろうか。

彼が誰かを助ける行為……それらは恩を返すなどの話以前に、損得勘定など微塵も考慮していない。

自分のやっている行動は当たり前の事に過ぎず、それで恩を返せるとはこれっぽっちも思っていない。


故に、裕作は他人から与えられた恩義には敏感だが、自分が行った善義に関しては酷く鈍感という極めて異質な存在ということになる。


「なんていうか、何食べたらそんな仏みたいな人になるんっすか?」

「仏……つまり強い男という事か……!? お前、それは勿論プロテ――」

「七海様、大変お持たせ致しました」


裕作が自信満々にポケットからプロテインを出そうとした瞬間、割り込むように黒川が会話に入ってきた。

彼の手には綺麗な模様が施された皿があり、その上には本日四つ目となる甘そうな苺のショートケーキが乗っている。


「いやはや、お話の所申し訳ございません。何やら楽しげな会話が聞こえてきたので」

明るい笑顔のまま、黒川は手に持った皿を七海の目の前にゆっくりと置いた。


「あ! ケーキ!」

「ほほ、そんなに慌てなくてもよい……というのは遅いですな」

餌が待ちきれなかった子犬の様に、七海は目の前にケーキが置かれた瞬間に食べ始めた。

一口ごとに異なる笑顔を見せながら幸せそうに頬張る七海を他所に、裕作は黒川にあることを尋ねる。


「黒川さん、あんたもしかして俺たちの話を聞いてたんじゃないか?」

ケーキを取りにキッチンへ向かった黒川だったが、戻ってくるタイミングが遅かったのだ。

ここからキッチンまではほんの数十秒で、準備をしていたにしては時間が掛かっている。

なので、黒川はリビングの外で二人が話し終えるのを見計らっていたのではないかと裕作は推測していた。


「ほほ、そのようなことはございませんよ」

「そうですか、変なこと聞いてすいません」

「いえいえ。ですが、あえて言うのであれば『青春だなぁ~』とだけ」

「やっぱり聞いてたんじゃないか!」

もし黒川の気遣いで、部屋に入るタイミングを逃して待ちぼうけをしていたら申し訳ないと思っていた気持ちがどこかへ吹き飛んでいった。


「ほほ、裕作様は本当に変わった方ですね」

「……あなたほどではないと思いますけどね」

「ほほ、それはそれは――おや?」


そんな会話をしていた最中、秋音宅に「ピンポーン」と甲高いチャイム音が鳴った。

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